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馬車の行き先

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「……はぁ」
 馬車の中でため息をつく。
 そもそもこの馬車の行く先が私の結婚相手がいるところだということ以外、何もわかっていない。

 私の結婚相手が誰なのか、とか。
 その人はどんな方なのか、とか。

 重要なことは何一つ告げられないまま、父と別れた。

「所詮は、厄介払いよね」

 私には弟がいる。
 その弟は、もう少しで成人。
 つまり、家を継ぐ立場となる。

 そんな中にいつまで経っても結婚できない長女がいても邪魔なだけだろう。

 父からの愛情を疑っているわけではない。
 父が私の結婚のために手を尽くしてくれたのを知っている。

 でも……。

「この結婚が破談になったら、それこそ、居場所がなくなるわ」

 出戻り娘を養うほど我が家は甘くない。

 それならばいっそ、修道院にでも入ろうかしら。

「……?」

 ぼんやりとそう考えながら、窓の外を見ると、ずっと同じ小鳥がこの馬車の周りを飛び回っている。

 
「なにか光り物でもついていたかしら?」

 父が装飾品はあまり好きではないから、そんなはずはないはずだけれども。

「……まぁ、いいわ」

 たんに小鳥の行きたい方向と馬車の方向が一致しているだけだろう。

 そんなことよりも。
 私は、御者のトーマスに話しかけた。

「ねぇ、トーマス」
「はい、お嬢様」
「この馬車の行き先は?」

 御者ならこの馬車の行き先を知っているはず。

「それは、旦那様から口止めされております」
 なぜか心ここにあらずといった様子で答えたトーマスに首を傾げる。

「……トーマス?」
「手元が狂うといけませんので、集中いたしますね」

 つまり、もう話しかけてくれるなと。
 父から口止めされている、ということは。

 なんの準備もせず嫁ぐことを先ほど思い立ったような顔をして、ずっと前から計画していたということね。

「……なるほど」

 これはもしかすると、本当に修道院行きかもしれないわね……。

 お前は結婚するのだ、神とな!!!
 
 ……なんてことを我が父なら言いかねない。

 それにしても、無理矢理行かされるくらいなら、自分で場所を選びたいのだけれども。

 相変わらず馬車についてくる緑の羽の小鳥を眺めながら、ふっ、と息をつく。

 今世に期待をするのは、やめましょう。
 どうせ、どんな結婚相手だろうと、破綻するのは目に見えている。

 私が弱くて何もできない人間だから。

「生まれ変わるなら、次は……」

 強い私になれたらいいのに。
 今度こそ、全てに手を伸ばせる自分に。

 馬車の振動に身を預けて、目を閉じる。
 私の時は、あの黒歴史からきっと止まったままだった。


◇◇◇


「……ん」

 馬車が、止まった。
 微睡から目を覚ますと、そこは……。

「しん、でん……?」

 この国唯一の転移陣もある大きな神殿の前だった。
 修道女ではなく、巫女にでもなれというつもりかしら。

 トーマスが扉を開けてくれたので、しぶしぶ馬車から降りる。
「ぴょ」
 小鳥はまだついてきていたようで、私の肩にとまった。

「では、お嬢様。お幸せに!!!!!」

 そう言うが早いか、トーマスは猛スピードで実家のある方向へと馬車を走らせて行った。

「……これは」

 トーマスと私は幼少期のころからの付き合いだ。もう少し、こう、別れを惜しんでもういいと思うのだ。


 それなのに、爆速でトーマスが帰って行ったということは。

 ……私、死ぬのかしら?


「ぴぃ?」

 小鳥は、呆然と立ち止まった私に首を傾げた。
「あら、あなた……綺麗な目をしてるわね」

 小鳥の青い瞳はどこまでも、輝きに満ちていた。
「ぴ!」
 まるで私の言ったことがわかるように、胸を膨らませた小鳥に微笑む。
「ほら、早くお家へお帰り」
「……ぴ?」
「私、どうやら死ぬみたいだから。巻き込まれないうちにかえったほうが……」

 やっぱり、わかるわけないわよね。
 ぱちぱちと瞬きをした小鳥に、どうしたものかと考えていると。
「お待ちしておりました、ミレシア・ノクシナ様」

 神官が私の方へやってきた。

「転移陣の準備は整っております」
「転移陣?」

 ……ということは、私はどこかに転移させられるのか。
「おや、なにもご存知ないですか?」
「はい、存じ上げません」

 神官は、私の肩に一度視線をやり、それから微笑んだ。
「あなたは、隣国……アムリファに転移することとなっています」
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