私は、木になりたい。

夕立悠理

文字の大きさ
上 下
2 / 12

2

しおりを挟む
これは、何という嫌がらせでしょうか。死亡フラグを避けるため、攻略可能キャラクターと名のつく方々とは関わらないようにしようと思った翌日に、夜会が行われるなんて。

「……はぁ」

 シャンデリアがきらきらと輝き、目に眩しいです。そして、見渡せば、綺麗に着飾った女性を男性がエスコートして、踊ったり、談笑したりしていらっしゃいます。
 私の長い髪も、いつものように細いリボンでくくっているのではなく、私の侍女のソリアがまとめて、何やら飾りをつけてくれました。
 「大変お似合いです!」
と可愛らしく笑って、太鼓判を押してくれましたが、落ち着きません。

 首にかけているペンダントや、私が今現在着ているドレス。……今までは、これが普通だと思っていましたが、前世の記憶を取り戻した私からすると、卒倒しそうなほどの金額のものです。
 ……着飾ることは私も女ですから嫌いではないですし、こうした場所で着飾ることの意味も理解しているつもりです。
 ――ですが。

 「……もう少し、地味なものがよかったです」

 このドレスはとても美しいのですが、派手です。もう少し、落ち着いた色のものもあったのですが、
「舞踏会では、女性が主役ですよ!他の方々も、たくさん着飾ってこられるでしょう。マリー様はそのままでもお綺麗ですけど、このドレスを着られたマリー様の美しさったらもう……。どんな殿方たちもマリー様を放ってはずがございませんわ!」

 私がこのドレスを脱ごうとする度に、ソリアや、他の侍女たちにいろいろ言われて、止められてしまいました。
 ……私は、男性たちに放っておいて頂きたいのです。この夜会には、攻略可能キャラクターの方がたくさんいらっしゃいますし、死亡フラグを避けるためにも、できるだけその方々との接触は控えたいです。だから、ひっそりと身を潜めて、この夜会をやり過ごしたいのに、ドレス的にはまあまあ目立ってしまいます。

 終わってしまったことは、仕方ないので忘れましょう。ドレスは美しくとも、私は、そうでもないですし、きっとそんなに目立ちませんよ。侍女たちはこぞって美しいと褒めてくれましたが、センスは皆さんお持ちですから、きっと視力が低下しているのでしょう。この夜会から、帰ったら腕のいい眼科医を手配しなければなりませんね。


 非常に残念なことに、攻略可能キャラクターたる方々は、そう邪険には扱ってはならない方々なので、どんなに会いたくなくとも、挨拶ぐらいは軽くしておかなければなりません。

 なんて面倒な。

 「……マリー、大丈夫かい?」
「ええ。大丈夫ですわ、お父様」
 心配そうなお顔をされたお父様に向かって、にこりと微笑みます。お母様は現在お腹の中に新しい命が宿っています。それでもう間もなく生まれるので、当然のことながら今回の夜会に出席されることはできません。……というわけで、私はお母様の代わりにお父様にエスコートされています。

 でも、そのぶん挨拶が楽になりそうですね。お父様の隣でうふふ、と笑っていればどうにかなりそうです。


 ■  □  ■


 「ごめんなさい、お父様。私、そろそろ、友人たちのところへ行ってもいいでしょうか」
「ああ、行ってきなさい」

 一礼して、お父様の元を離れます。もちろんですが、友人、は嘘です。お父様に嘘をついたのは後ろめたいですが、そろそろ笑顔と体力の限界です。


 バルコニーに退散します。それぞれが食事やダンスや意中の相手に夢中になっていらっしゃっているので、あそこなら、少々休んでもばれないでしょう。

 バルコニーの手すりにもたれかかります。……疲れました。

「なめてました……」

お父様のお顔が広いことは承知しておりましたが、まさかあそこまでとは……!
 あれだけの挨拶をこなしてもまだ平然としていらっしゃっているお父様もさすがは、ロイド家の当主というべきか。

 ここで体を休めていれば、誰とも話さずに済みますし、何より攻略可能キャラクターの方々と接触することも避けられます。

 これで死亡フラグかい――

「ぐっ!!」

 後ろから急に飛びかかられて、ぐえ、と言わなかった自分を褒めたいです。

「マリー様、マリー様!!」

 聞き覚えがありすぎる声に眩暈がしました。今までなら嬉しいことだったのですが、今は後ろを振り返りたくないです。


 「……マリー様?」
怪訝そうな声とともに、一層つめつけられました。痛いです。

「……すみません、ノエル様。腕を解いて頂けますか?」
「え、あ、あああ!すみません!!」

 そういうと、素直に腕を解いてくださいました。仕方がないので、くるりと向きを変えます。目の前の茶色いふわふわな髪をされた方は、ノエル=マド様です。攻略可能キャラクター様です。
 なんでしたっけ、可愛い顔とは裏腹になかなか暗い過去をお持ちだったとか、そういう設定もあったような気がします。自分がプレイヤーだったら気になるところですが、今は、全く持って気になりません。
 あああああ、関わりたくなかったというのに。

 「僕、ちゃんとマリー様の挨拶が終わるのを待っていましたよ!」
えっへん、と効果音がつきそうです。私と一つしか歳が変わらないというのに、何だかずっと年下の弟に接している気分になります。

「ああ、それはありがとうございます」
頭をなでると幻覚の耳と尻尾がみえそうな勢いで、喜ばれました。

 なぜ、こんなに懐かれたのかは心底謎です。

 喜んだのなら、これ以上私に関わらないで下さい、と言いたいところですが、あまり邪険にも扱えないですし。……どうしましょうか。

 「こんなところにいたのか、マリー嬢。久しぶりに会ったというのに、挨拶だけとはつれないな」

 ……あああああ。一番関わりたくない方がいらっしゃいました。

 「それは申し訳ございません、殿下」

 殿下、という言葉の通り、黒曜石のような髪を持つ、アレックス=デュール様……は、この国の第二王子でいらっしゃいます。第二王子と言っても、この国は長子相続ではないので、王位継承は今のところどの王子にも等しくあります。

 この方ももちろん攻略可能キャラクターでいらっしゃるのですが、その中でもアレです。ゲームのパッケージのど真ん中をはられていらっしゃっているお方……つまり、メイン攻略キャラクターというわけです。

 そして、私が一番会いたくない理由のもう一つは、この方が私の婚約者となる可能性が一番高いことです。
 ええ、だって、メインの方ですし。どんなストーリーだったかうろ覚えですが、無駄に長かったことを覚えています。無駄に長い、ということはその分いろいろなストーリーを盛り込めるわけで、ヒロインの親友が死ぬシーンが入るかもしれないじゃないですか。


 ……というわけで、一番お会いしたくない方です。

 「壁の花では勿体無い。せっかくの舞踏会だ。私と踊ってくれないか?」

「お誘いありがとうございます。ですが、私を誘わなくとも、美しい花ならそこかしこに咲いているでしょう。私では力不足ですわ」
 踊る体力も残ってないですし、これ以上関わりたくありません。

 「『身分と友情は関係ない』、そう言っていたのは誰だったかな。……友情とはこんなにも儚いものなのか」
「――!!」
随分と古いことを持ち出されますね。確かにそんなこと言いましたけれど、それは、まさか殿下だとは知らなかったから言えたことです。

 「……わかりました」
殿下がこちらにいらっしゃったことで随分と注目を集めていますし、ここは踊った方が良いでしょう。踊っている間は、コミュニケーションを誰ともとらずに済みますし。

「……マリー様」
ノエル様が不安げお顔をされて私の袖を掴まれました。その姿もなんて可愛らしい……じゃなかった、大丈夫ですよ、という意味を込めてもう一度頭をなでると、しぶしぶといった様子で袖を離してくださいました。

 「では、マリー嬢」
殿下にエスコートされてダンスホールへ戻ります。
 ああ、女性たちからの目線が痛い。
 丁度、新たな曲に変わったようです。
 ――ダンスがスタートしました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

侯爵令嬢の置き土産

ひろたひかる
恋愛
侯爵令嬢マリエは婚約者であるドナルドから婚約を解消すると告げられた。マリエは動揺しつつも了承し、「私は忘れません」と言い置いて去っていった。***婚約破棄ネタですが、悪役令嬢とか転生、乙女ゲーとかの要素は皆無です。***今のところ本編を一話、別視点で一話の二話の投稿を予定しています。さくっと終わります。 「小説家になろう」でも同一の内容で投稿しております。

婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?

ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定

婚約破棄の、その後は

冬野月子
恋愛
ここが前世で遊んだ乙女ゲームの世界だと思い出したのは、婚約破棄された時だった。 身体も心も傷ついたルーチェは国を出て行くが… 全九話。 「小説家になろう」にも掲載しています。

【改稿版】婚約破棄は私から

どくりんご
恋愛
 ある日、婚約者である殿下が妹へ愛を語っている所を目撃したニナ。ここが乙女ゲームの世界であり、自分が悪役令嬢、妹がヒロインだということを知っていたけれど、好きな人が妹に愛を語る所を見ていると流石にショックを受けた。  乙女ゲームである死亡エンドは絶対に嫌だし、殿下から婚約破棄を告げられるのも嫌だ。そんな辛いことは耐えられない!  婚約破棄は私から! ※大幅な修正が入っています。登場人物の立ち位置変更など。 ◆3/20 恋愛ランキング、人気ランキング7位 ◆3/20 HOT6位  短編&拙い私の作品でここまでいけるなんて…!読んでくれた皆さん、感謝感激雨あられです〜!!(´;ω;`)

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

処理中です...