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婚約解消
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くるくると風に吹かれて舞い散る花びら。
風が強いですね、と隣の婚約者に微笑みかけようとした、私は。
――その日。
人が、恋に落ちる瞬間を、初めて、見た。
◇◇◇
「アルディア」
物思いに耽っていると、名前を呼ばれて、はっと、顔を上げる。
眩しい黄色の髪が、陽光に照らされて、より輝きを増していた。
「……すまない」
すまない。
そう謝ったのは、私の婚約者で。
何に対する謝罪なのか。
そんなことは、その者の隣を見れば、明白だった。
「ごめんなさい、アルディアさん……」
婚約者――キリル・イルファ公爵令息の隣にいるのは、モモノ・レイグ侯爵令嬢。
モモノは、侯爵令嬢であり、また、私と同じく、〈神女〉と呼ばれる存在だった。
――そんなモモノの手が添えられているのは、キリルの腕で。
キリルは、それを咎めようともしない。
「俺たちの、婚約を、解消してほしい」
「……」
ふ、と息を吐きだす。
いつか、こんな日が来るとは思っていた。
私が初めて、人が恋に落ちる瞬間を見た、あの日から。
あの日、キリルは、モモノに恋をし、モモノもまた、キリルに恋をした。
どうして、も、なんで、も。
口にしかけた言葉は、空気に溶けた。
そんなの、とっくの昔にわかっていた。
私ではキリルの心を繫ぎ止めておけなかった。
ただ、それだけのこと。
「……かしこまりました」
私は、深々と腰を折った。
「……泣かないんだな」
呆然と、呟かれた言葉に、笑う。
「〈黄〉の公爵子息様が決めたことなら、〈色なし〉の私から言えることはなにもございません」
そう、私には色がない。
正確には、白に近い、灰色をしているが、そんなことはどうでもいい。
確かなのは、価値がないと言われる、〈色なし〉だということだ。・
「……っ、アルディア!!」
キリルが、傷ついたような声を上げる。
「……」
私は、黙って、退室の礼をした。
――価値あるものと、価値ないもの。
その差を決めるのは、なにか。
海を渡った他の国では違うようだけれど。
この国では、色と身分がものをいう。
私は、身分だけで言うなら、公爵令嬢で。
さっきのモモノよりも高い地位を持つ。
けれど、モモノの髪は、私とは違い、その名の通り、鮮やかな桃色だ。
そうなれば、モモノの方が、この国では上となるのだ。
生まれ落ちたときに、持って生まれた色は、変わることがないと言われている。
両親が貴族で色ありの場合、その色を受け継ぐ可能性は、約99パーセントと言われている。
つまりほとんどの確率で、両親が持ったどちらかの色を子供は、受け継ぐ。
ところで、私の両親は、どちらも、赤髪をしている。
赤はこの国の最高位の色だった。もっと細かく分類されるが、ざっくりいうと、赤の次が、黄、緑、青、紫、というのが、貴族が持って生まれる色の順番だ。その色が濃ければ濃いほど神の祝福が強いとして、有難がられる。
モモノの場合は、赤に近い、桃色だから、かなり甘やかされて育ったのだろうことが伺える。
この中に、灰色や、白と言った、色は存在しない。
それらは、平民が持つ色だからだ。
灰色や白は〈色なし〉と呼ばれる。
当然、私が生まれたとき、まず浮気を疑われたのは、母だ。
けれど、鑑定の結果、母は、シロ。つまり、浮気をしていないことがわかった。
ともなれば、私は、公爵家の令嬢でありながら、生まれたときからの出来損ないとして育てられることとなった。
教育は、一般的に見て、かなり厳しいものだったと思う。
私は、色で圧倒的に他貴族に劣るので、その分を他でカバーせよと教育を受けた。
失敗すれば、跡が一週間で残らない程度に痛めつけられるのは、当たり前だった。
他の色ありの子――私の兄弟たちが、蝶よ花よと育てられている中、薄暗い離れで、遠くからそれを見ているときは、本当にみじめだった。
けれど、そんな地獄にも、手を差し伸べてくれる人がいた。
……キリルだ。
キリルが私の噂を聞きつけて、離れにやってきたのがきっかけだった。
最初は、冷やかしかと思ったけれど。
キリルは、私と友達になりたいと言ってくれた。
私を蔑まずに、朗らかに笑いかけてくれるキリルに、だんだんと、心を傾けるようになるまで、時間はかからなかった。
そして、キリルから言ったのだ。
婚約をしよう、と。
〈色あり〉とか〈色なし〉が結婚して子ができた場合、色なしを受け継ぐ可能性は5パーセント。
そして、俺は、次男坊だから、子供がいなくても問題ないよ。
そう、微笑んだキリルを見て、信じてみよう、と、そう思ったのだけれど。
――現実は、そううまくはいかなかった。
風が強いですね、と隣の婚約者に微笑みかけようとした、私は。
――その日。
人が、恋に落ちる瞬間を、初めて、見た。
◇◇◇
「アルディア」
物思いに耽っていると、名前を呼ばれて、はっと、顔を上げる。
眩しい黄色の髪が、陽光に照らされて、より輝きを増していた。
「……すまない」
すまない。
そう謝ったのは、私の婚約者で。
何に対する謝罪なのか。
そんなことは、その者の隣を見れば、明白だった。
「ごめんなさい、アルディアさん……」
婚約者――キリル・イルファ公爵令息の隣にいるのは、モモノ・レイグ侯爵令嬢。
モモノは、侯爵令嬢であり、また、私と同じく、〈神女〉と呼ばれる存在だった。
――そんなモモノの手が添えられているのは、キリルの腕で。
キリルは、それを咎めようともしない。
「俺たちの、婚約を、解消してほしい」
「……」
ふ、と息を吐きだす。
いつか、こんな日が来るとは思っていた。
私が初めて、人が恋に落ちる瞬間を見た、あの日から。
あの日、キリルは、モモノに恋をし、モモノもまた、キリルに恋をした。
どうして、も、なんで、も。
口にしかけた言葉は、空気に溶けた。
そんなの、とっくの昔にわかっていた。
私ではキリルの心を繫ぎ止めておけなかった。
ただ、それだけのこと。
「……かしこまりました」
私は、深々と腰を折った。
「……泣かないんだな」
呆然と、呟かれた言葉に、笑う。
「〈黄〉の公爵子息様が決めたことなら、〈色なし〉の私から言えることはなにもございません」
そう、私には色がない。
正確には、白に近い、灰色をしているが、そんなことはどうでもいい。
確かなのは、価値がないと言われる、〈色なし〉だということだ。・
「……っ、アルディア!!」
キリルが、傷ついたような声を上げる。
「……」
私は、黙って、退室の礼をした。
――価値あるものと、価値ないもの。
その差を決めるのは、なにか。
海を渡った他の国では違うようだけれど。
この国では、色と身分がものをいう。
私は、身分だけで言うなら、公爵令嬢で。
さっきのモモノよりも高い地位を持つ。
けれど、モモノの髪は、私とは違い、その名の通り、鮮やかな桃色だ。
そうなれば、モモノの方が、この国では上となるのだ。
生まれ落ちたときに、持って生まれた色は、変わることがないと言われている。
両親が貴族で色ありの場合、その色を受け継ぐ可能性は、約99パーセントと言われている。
つまりほとんどの確率で、両親が持ったどちらかの色を子供は、受け継ぐ。
ところで、私の両親は、どちらも、赤髪をしている。
赤はこの国の最高位の色だった。もっと細かく分類されるが、ざっくりいうと、赤の次が、黄、緑、青、紫、というのが、貴族が持って生まれる色の順番だ。その色が濃ければ濃いほど神の祝福が強いとして、有難がられる。
モモノの場合は、赤に近い、桃色だから、かなり甘やかされて育ったのだろうことが伺える。
この中に、灰色や、白と言った、色は存在しない。
それらは、平民が持つ色だからだ。
灰色や白は〈色なし〉と呼ばれる。
当然、私が生まれたとき、まず浮気を疑われたのは、母だ。
けれど、鑑定の結果、母は、シロ。つまり、浮気をしていないことがわかった。
ともなれば、私は、公爵家の令嬢でありながら、生まれたときからの出来損ないとして育てられることとなった。
教育は、一般的に見て、かなり厳しいものだったと思う。
私は、色で圧倒的に他貴族に劣るので、その分を他でカバーせよと教育を受けた。
失敗すれば、跡が一週間で残らない程度に痛めつけられるのは、当たり前だった。
他の色ありの子――私の兄弟たちが、蝶よ花よと育てられている中、薄暗い離れで、遠くからそれを見ているときは、本当にみじめだった。
けれど、そんな地獄にも、手を差し伸べてくれる人がいた。
……キリルだ。
キリルが私の噂を聞きつけて、離れにやってきたのがきっかけだった。
最初は、冷やかしかと思ったけれど。
キリルは、私と友達になりたいと言ってくれた。
私を蔑まずに、朗らかに笑いかけてくれるキリルに、だんだんと、心を傾けるようになるまで、時間はかからなかった。
そして、キリルから言ったのだ。
婚約をしよう、と。
〈色あり〉とか〈色なし〉が結婚して子ができた場合、色なしを受け継ぐ可能性は5パーセント。
そして、俺は、次男坊だから、子供がいなくても問題ないよ。
そう、微笑んだキリルを見て、信じてみよう、と、そう思ったのだけれど。
――現実は、そううまくはいかなかった。
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