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『特別』になれなかった私
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「──第96代巫女は、」
ぎゅっと、手を握りしめる。どうか、お願い。他には、なにも要らないから、巫女になりたい。
「アイーダとする」
「ありがとう、ございます」
アイーダと呼ばれた少女は、涙声になりながらも確かに笑っていた。
──ああ、私はまた、『特別』になれなかった。
■ □ ■
私こと、セリーヌ・マドリックは、マドリック侯爵家の長女として生まれた。
私は、蝶よ花よと3歳になるまで、育てられ、私は自分が特別なのだと感じるようになっていた。
でも、3歳のとき、私に妹が生まれた。名前をチェルシーという。チェルシーが生まれてからというもの、両親はチェルシーにかかりきりになるようになった。チェルシーは、体が弱く、すぐに体調を崩しがちだったからだ。
両親の『特別』が私から妹にうつるのは必然だった。
最初は、あんなに甘やかしてくれたのに今度は私に見向きもしなくなった両親に私を見てほしくて、イタズラをしたけれど、両親の気を引くどころか、こっぴどく叱られて以来、両親の関心を引くことは諦めた。
両親にとっての『特別』にはもうなれないのだと、理解した。
だから、私が10歳のときにできた婚約者に、甘えてみることにした。
「マルクス様」
「なんだい?」
「私、マルクス様の特別になりたいわ」
「君は、とっくに僕にとって特別だよ」
そう言って、頭を撫でてくれたことに歓喜する。
婚約者のことが好きだった。婚約者、いずれ結婚する相手。この人なら、私をこの人にとっての『特別』にしてくれるだろうし、私もこのひとは『特別』だ。
そう思っていた。
私が12歳のとき、チェルシーと彼の顔合わせがあった。今までは、チェルシーの体調不良を理由に、先伸ばしにされていたけれど、チェルシーはこの頃になってようやく、体が健康になったのだ。
けれど。
チェルシーと彼は目があった瞬間、頬を真っ赤にして顔をそらした。私は積極的に会話をふってみたりしたのだけれど、二人はもじもじとして、全然話さない。
こんな婚約者の姿は見たことがなかった。その様子に違和感を感じつつも、お互いに初対面だから緊張しているのだろうか、と思うことにした。
彼は、一ヶ月に数日、私の家を訪れる。それは、もちろん婚約者たる私に会うためだ。
それなのに。
「マルクス様、それは本当?」
「もちろん、チェルシー嬢に嘘はつかないよ」
私と彼のために用意された席にいくと、なぜか、チェルシーがいて、チェルシーと彼は楽しそうに話していた。
「あら、お姉さま、待ってたのよ」
「え、ええ」
顔合わせはすんだはずだ。なぜ、チェルシーがここに? 疑問には思ったけれど、口には出さずに飲み込んだ。将来的に、家族になるのだ。仲がよいことにこしたことはない。
けれど、そんなことが数回続いたある日のこと。
「マルクス様、手紙に書いてあったことですれけども……」
「ああ、あれは──」
手紙? 私は、彼から手紙をもらっていない。では、婚約者がチェルシーに宛てた手紙だということになる。それがどうかしたのだろうか。
私が首をかしげていると、私の存在にようやく気づいた二人がはっとした顔をした。
そして、なぜか、婚約者は、チェルシーを庇うように、席をたち、私を見つめてくる。
「僕とセリーヌの婚約は解消されることになった。かわりに、僕とチェルシーが新たな婚約を結ぶことになったんだ。これは僕の父上と貴女方のお父上も了承している」
一瞬、何を言われているかわからなかった。つまり、マルクスは私の婚約者ではなく、チェルシーの婚約者になるということ。マルクスの『特別』も、チェルシーなの? しかも、もう、両親の間で話はついてしまっているらしい。私には事後報告というやつだろう。
「ごめんなさい、お姉さま。わたくし、マルクス様に恋をしてしまったの。でも、お姉さまは、別にマルクス様に恋をしていらっしゃらないみたいだし──」
チェルシーが涙を浮かべて、何かをいっていたけれど、私の耳には入ってこない。
ああ、私はまた、『特別』になれなかったのか。
けれど、もう一度、私にチャンスが訪れる。私が15のときに、不思議な力──に目覚めたのだ。それは、植物の成長を助けるという地味なものだったけれど、そのおかげで、私は、巫女候補として、神殿にあがることになった。
巫女は不思議な力をもつ存在の頂点にたつ女性で、この国で王に次ぐ権力を持っていた。
巫女の選定は、二年後──つまり、今日、行われることになっていた。
けれど、私は巫女に選ばれなかった。
また私は、『特別』になれなかったのだ。
ぎゅっと、手を握りしめる。どうか、お願い。他には、なにも要らないから、巫女になりたい。
「アイーダとする」
「ありがとう、ございます」
アイーダと呼ばれた少女は、涙声になりながらも確かに笑っていた。
──ああ、私はまた、『特別』になれなかった。
■ □ ■
私こと、セリーヌ・マドリックは、マドリック侯爵家の長女として生まれた。
私は、蝶よ花よと3歳になるまで、育てられ、私は自分が特別なのだと感じるようになっていた。
でも、3歳のとき、私に妹が生まれた。名前をチェルシーという。チェルシーが生まれてからというもの、両親はチェルシーにかかりきりになるようになった。チェルシーは、体が弱く、すぐに体調を崩しがちだったからだ。
両親の『特別』が私から妹にうつるのは必然だった。
最初は、あんなに甘やかしてくれたのに今度は私に見向きもしなくなった両親に私を見てほしくて、イタズラをしたけれど、両親の気を引くどころか、こっぴどく叱られて以来、両親の関心を引くことは諦めた。
両親にとっての『特別』にはもうなれないのだと、理解した。
だから、私が10歳のときにできた婚約者に、甘えてみることにした。
「マルクス様」
「なんだい?」
「私、マルクス様の特別になりたいわ」
「君は、とっくに僕にとって特別だよ」
そう言って、頭を撫でてくれたことに歓喜する。
婚約者のことが好きだった。婚約者、いずれ結婚する相手。この人なら、私をこの人にとっての『特別』にしてくれるだろうし、私もこのひとは『特別』だ。
そう思っていた。
私が12歳のとき、チェルシーと彼の顔合わせがあった。今までは、チェルシーの体調不良を理由に、先伸ばしにされていたけれど、チェルシーはこの頃になってようやく、体が健康になったのだ。
けれど。
チェルシーと彼は目があった瞬間、頬を真っ赤にして顔をそらした。私は積極的に会話をふってみたりしたのだけれど、二人はもじもじとして、全然話さない。
こんな婚約者の姿は見たことがなかった。その様子に違和感を感じつつも、お互いに初対面だから緊張しているのだろうか、と思うことにした。
彼は、一ヶ月に数日、私の家を訪れる。それは、もちろん婚約者たる私に会うためだ。
それなのに。
「マルクス様、それは本当?」
「もちろん、チェルシー嬢に嘘はつかないよ」
私と彼のために用意された席にいくと、なぜか、チェルシーがいて、チェルシーと彼は楽しそうに話していた。
「あら、お姉さま、待ってたのよ」
「え、ええ」
顔合わせはすんだはずだ。なぜ、チェルシーがここに? 疑問には思ったけれど、口には出さずに飲み込んだ。将来的に、家族になるのだ。仲がよいことにこしたことはない。
けれど、そんなことが数回続いたある日のこと。
「マルクス様、手紙に書いてあったことですれけども……」
「ああ、あれは──」
手紙? 私は、彼から手紙をもらっていない。では、婚約者がチェルシーに宛てた手紙だということになる。それがどうかしたのだろうか。
私が首をかしげていると、私の存在にようやく気づいた二人がはっとした顔をした。
そして、なぜか、婚約者は、チェルシーを庇うように、席をたち、私を見つめてくる。
「僕とセリーヌの婚約は解消されることになった。かわりに、僕とチェルシーが新たな婚約を結ぶことになったんだ。これは僕の父上と貴女方のお父上も了承している」
一瞬、何を言われているかわからなかった。つまり、マルクスは私の婚約者ではなく、チェルシーの婚約者になるということ。マルクスの『特別』も、チェルシーなの? しかも、もう、両親の間で話はついてしまっているらしい。私には事後報告というやつだろう。
「ごめんなさい、お姉さま。わたくし、マルクス様に恋をしてしまったの。でも、お姉さまは、別にマルクス様に恋をしていらっしゃらないみたいだし──」
チェルシーが涙を浮かべて、何かをいっていたけれど、私の耳には入ってこない。
ああ、私はまた、『特別』になれなかったのか。
けれど、もう一度、私にチャンスが訪れる。私が15のときに、不思議な力──に目覚めたのだ。それは、植物の成長を助けるという地味なものだったけれど、そのおかげで、私は、巫女候補として、神殿にあがることになった。
巫女は不思議な力をもつ存在の頂点にたつ女性で、この国で王に次ぐ権力を持っていた。
巫女の選定は、二年後──つまり、今日、行われることになっていた。
けれど、私は巫女に選ばれなかった。
また私は、『特別』になれなかったのだ。
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