上 下
3 / 3

2

しおりを挟む
私の幸福な日々が綻び始めたのは、十五才のときだった。異世界からの客人すなわち、稀人が現れたのだ。

 私と、クライド殿下が王宮の庭を散策しているときに、彼女は空から降ってきた。クライド殿下は落ちてきた彼女を、受け止めた。

 真っ直ぐな黒髪が、綺麗な、少女だった。少女は自らをメグミと名乗り、客人として、丁重に扱われた。

 稀人は、福をもたらす存在と言われていたからだ。そして、稀人の特徴として稀人は、不思議な力を持っていた。メグミに宿った不思議な力は、人々の病や傷を癒す力で、その力を用いて、数々の人を治して見せた。

 国中が、不思議な力を持った稀人を歓迎した。けれど、稀人には、もうひとつ、特徴があるのだ。



 「どうしてっ! どうして、アドリアノさんは、私に元の世界に帰れなんていうの」
「それは、再三説明した通り、稀人がこの世界に留まれば、災いとなるからです」
稀人。それは、この世界にとっての異分子だ。長期間、この世界に留まると災いとなると言われていた。

 そして、その稀人を元の世界へ送り返す方法もあったのだ。

 それは、高濃度の魔力をもった清らかな乙女が、小指の血を魔方陣に一滴垂らすというものだった。

 しかし、それほどの高濃度の魔力を持った乙女は、近年産まれていなかった。魔法は、我が国には不要と切り捨てられた現在は、貴族の魔力量も減っていたからだ。

 でも、私なら。彼女をメグミを元の世界に返すことができる。彼女が災いとなる前に。

 
 「私は、災いになんてならないわ! みんなの傷を癒していたのが、その証拠よ。みんな、みんな、私がこの世界に来てくれてよかったって──、わかった。アドリアノさんは、嫉妬してるのね。私とクライドの仲が良いから」

 そんな、はずない。クライド殿下は私のことを想って下さっている。だから、私がメグミに嫉妬する理由はない。

 けれど、勝ち誇ったように、メグミは、続けた。
「クライドは、アドリアノさんとの婚約を破棄して私を、新たな婚約者にするって、約束してくれたわ。だからでしょう?」
「え?」

 違う。違う。そんなはずない。けれど、お母様に、言われた言葉がよみがえる。

 ──可愛くて、可哀想なアドリアノ。お前は、この世界の悪役なの。幸せには、なれないわ。

 確かに、最近殿下が、散策に誘って下さらなくなった。執務が忙しいからだと、思っていたし、実際にそう、言われた。

 でも、メグミのためにはよく時間を割いていた。執務で忙しいといっていた日に、メグミとお茶会をしていたのを知っている。でも、それは、メグミが稀人だからで。決して、メグミが、クライド殿下にとって特別だからではない。

 そのはず、だ。だから、だから、私が不安に思う必要はないはずで。

 そう思うのに、手はがくがくと震えながらナイフを取り出していた。そうだ、彼女さえ、メグミさえ元の世界に帰してしまえば、こんな不安はなくなる。

 魔方陣は、メグミを呼び出す前に、描き終えていた。後は、私の小指の血を流すだけ。

 そんなとき、だった。


 ──クライド殿下が現れたのだ。



 「クライドっ!」
「クライド殿下、メグミを元の世界に帰しましょう」
メグミはクライド殿下にかけより、魔方陣から出てしまった。クライド殿下は、魔方陣と私の構えたナイフで全てを察してくれると思った。メグミが、災いになる前に、元の世界に帰るよう説得してくれるはずだと。

 クライド殿下は、メグミの震える肩をなで、それなら、ゆっくりと私に近づいた。

 「っ!?」
頬が熱い。殴られたのだと気づくまでに、数秒かかった。

 「アドリアノ、君には失望した。大人しくしていれば、穏便に婚約を解消しようと思っていたけれど。まさか、嫉妬して、メグミを手にかけようとするなんて」
「ちがっ、」
「稀人たる、メグミを傷つけることは許されることではない。アドリアノ、君との婚約を破棄し、魔物の森へ追放する」
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

さといち
2019.11.25 さといち

王子、幸せにするって言ってたのに…ひどい

ざまあタグはないようですが、今後、ざまあ展開はないのですか?

夕立悠理
2019.11.25 夕立悠理

お読みくださり、ありがとうございます。ご期待に添えず申し訳ないのですが、私自身があまり上手にざまあをかけないので、予定していません。

解除

あなたにおすすめの小説

変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ

奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。  スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

【短編】転生悪役令嬢は、負けヒーローを勝たせたい!

夕立悠理
恋愛
シアノ・メルシャン公爵令嬢には、前世の記憶がある。前世の記憶によると、この世界はロマンス小説の世界で、シアノは悪役令嬢だった。 そんなシアノは、婚約者兼、最推しの負けヒーローであるイグニス殿下を勝ちヒーローにするべく、奮闘するが……。 ※心の声がうるさい転生悪役令嬢×彼女に恋した王子様 ※小説家になろう様にも掲載しています

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

ヤンデレお兄様から、逃げられません!

夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。 エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。 それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?  ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹

攻略対象の王子様は放置されました

白生荼汰
恋愛
……前回と違う。 お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。 今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。 小説家になろうにも投稿してます。

目覚めた五年後の世界では、私を憎んでいた護衛騎士が王になっていました

束原ミヤコ
恋愛
レフィーナ・レイドリックは、レイドリック公爵家に生まれた。 レイドリック公爵家は、人を人とも思わない、奴隷を買うことが当たり前だと思っているおそろしい選民思想に支配された家だった。 厳しくしつけられたレフィーナにも、やがて奴隷が与えられる。 言葉も話せない奴隷の少年に、レフィーナはシグナスと名付けて、家族のように扱った。 けれどそれが公爵に知られて、激しい叱責を受ける。 レフィーナはシグナスを奴隷として扱うようになり、シグナスはレフィーナを憎んだ。 やがてレフィーナは、王太子の婚約者になる。 だが、聖女と王太子のもくろみにより、クリスタルの人柱へと捧げられることになる。 それは、生きることも死ぬことも許されない神の贄。 ただ祈り続けることしかできない、牢獄だった。 レフィーナはそれでもいいと思う。 シグナスはレフィーナの元を去ってしまった。 もう、私にはなにもないのだと。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。