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やっと

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「……ラファリア様」
「はい、ユグ」

 心配そうなユグに微笑んで見せる。
 もう、大丈夫だ。

「ラファリア様、陛下は……」
「大丈夫です。わかってますから」

 ガロンさんは、私を尊重しようとしてくれただけ。
 それに癇癪を起した私がおかしかった、それだけのことなのだから。

「……それより、ユグ、明日は花奏師の仕事がありますし、お風呂の準備をしてもらってもいいですか?」

「…………かしこまりました」

 ユグはまだなにか言いたげな顔をしていたけれど。
 それでも、私の気持ちを察して、防音室から出て行った。

「これからは……正しく距離を取らなくちゃ」

 そもそも、一国の王で上司でもある相手に甘えていたのがおかしかったんだわ。
 もう、子供じゃないんだし、甘えるなんて、はしたなかったわね。

 ……ガロンさんには、ちゃんと明日謝ろう。

 そう決めて周囲を見回す。
「――あ」
 防音室には、ピアノが常設されていた。

 ピアノは簡単に動かせないから、花奏師の演奏には向かない。でも、私の趣味の一つは、実はピアノだった。
「……」

 子供のころ、楽しく弾いていたのを思い出しながら、ピアノに触れる。
 なんとなく手慰みに弾いていたら、だんだん楽しくなってきた。

「……ふふ」

 大丈夫、大丈夫よ。
 私には音楽があるもの。

 音楽は、いつだって、私のそばにあって。
 いつだって、寄り添ってくれたから。

 しばらく夢中でピアノを弾いていると、控えめなノックと共に、ユグが現れた。

「……ラファリア様」
「ユグ、ありがとうございます。用意ができたんですね。もう、行きます」

 名残惜しく思いながらも、鍵盤から指を離し、立ち上がった。





 ――お風呂に、浸かる。
 温かいお湯は、じんわりと、体と心を解していく。

「……はぁ」
 今日は、色々なことがあった。
 ありすぎたというべきかもしれない。

 レガレス陛下に話されたこと、マーガレット様のこと、聖花のこと、ガロンさんの……ううん、私が幼稚だったこと……。

 考えるべきことがたくさんある。

 でも……。

 今は、この温かさに浸っていたい。
 お湯につかりながら、体をマッサージしていると、なんだか眠くなってきた。

「……ん」

 風邪を引いてしまうとわかっているのに、理性よりも心地よさに浸っていたい欲が勝った。

 静かに、眠りに落ちていく。


「……やっと、会えた」

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