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「――え」
毒……を、マーガレット様が私に?
「……ど、して」
どうして。マーガレット様はいつだって、私に優しかったのに。
「花奏師の試験の前日、マーガレットと会わなかったか?」
「……!」
確かに、花奏師の試験の前日、私とマーガレット様は会っていた。
でも、あのときだって、試験合格を願って、一緒にクッキーを食べましょうって、少し焦げた手作りのクッキーをマーガレット様は持ってきてくれた。
「マーガレット様は……、手作りクッキーをくれて……でも」
でも、その翌日、つまり試験当日、私は発熱した。
この国では聖花の加護があるから、風邪を引くことはめったにない。
それでも、無理が祟るなどして、風邪を引くことはある。
私は数か月前からずっと、この花奏師の試験のために、いつも以上に練習を重ねていた。
だから、試験当日に高熱が出たのも、頭が朦朧としたのも、無理のせいだ、とみんないっていたし、私もそう思っていた。
……マーガレット様が毒を盛るはずない。
あれは、私の無理がたたったせいだもの。
「……そう、そのクッキーに毒を盛ったと、マーガレットは供述している」
「! ……そんな」
クッキーに毒を。
マーガレット様はどうして、そんなことを……?
友人だと思っていたのは、私だけだった……?
指先が白くなるほど、きつく手を握りしめる。
そうでないと、正気を保っていられる気がしなかった。
「……マーガレットの目的は」
レガレス陛下は、静かに続ける。
「『君』に成り代わることだったようだ」
「私に……?」
愛らしいマーガレット様。
マーガレット様は、なんでも持っていると思っていた。
地位も名誉も花奏師の資格も……レガレス陛下の愛も。
「マーガレットは、君に六年前……私と君が出会ったあの日の話を聞いて、思いついたらしい」
「……そんな」
確かに、六年前の話は、一度だけマーガレット様にしたことがある。
それでも、全部は話していない。
レガレス陛下が、聖花を見て、涙を流した私の涙をぬぐってくれたことなど断片的にしか、話していなかった。
でも、それじゃあ、もし、私がその話をしなかったら、マーガレット様は、今でも私の友人でいてくれたのだろうか。
それとも、最初から、友人だと思っていたのは私だけだった?
知りたくなかった事実ばかりで吐きそうだ。
「花奏師の証を授与するとき、マーガレットは、私に言った。『六年前を、憶えていますか?』と」
「!!」
だったら……。
「マーガレットの髪色は、あの日の君と同じ金髪で。……私にとって特別だったあの日の話をされた。だから、私は、マーガレットを君だと勘違いしてしまった」
あの日、私は名乗らなかった。
名乗る前に、レガレス陛下の迎えが来てしまったから。
「私は、ずっと……君を見つけ出せずに、マーガレットを君だと勘違いしていたんだ」
でも……。
マーガレット、そう、愛し気に名前を呼ぶレガレス陛下を何度見てきただろう。
その度に、私の名前をそんな風に呼んでくれたらと、何度願ってきただろう。
「……ラファリア」
レガレス陛下が、私を呼ぶ。
甘さを含んだ、その声で。
「すまない。君を見つけられずに、ずっと傷つけてしまった」
まっすぐ、私の瞳を見つめるその瞳は、朝焼け色だった。
「……いえ」
首を振る。
色んなことが一気に起こりすぎて、混乱していた。
「もう二度と、君を傷つけない。だから……もう一度言うが、私の〈運命〉になって欲しい」
……〈運命〉。
「〈運命〉とは、なんのことですか……?」
〈竜王の運命〉ならわかる。
竜王陛下の妃のことで、私がずっとなりたかったもの。
でも、〈運命〉って……?
「〈運命〉は、魂の伴侶と呼ばれる、竜にとって唯一無二の特別な存在だ」
「……魂の伴侶」
「あぁ」
レガレス陛下は頷くと続ける。
「一度、〈運命〉に選ぶと、〈運命〉に選ばれたものも、選んだものも、相手以外との婚姻ができない。それは、転生してもそうだ。だから……魂の伴侶と呼ばれる」
「……なるほど」
生まれ変わっても、その人以外と結婚できないって、すごいリスクだ。
でも、レガレス陛下は、そのリスクも承知の上で、私を……ということかしら。
「また、〈運命〉は互いの同意がないとなれない。リスクを背負う分、当然だが」
「……そうですね」
レガレス陛下は目を細めて、私を見つめた。
「私は、もう一度『君』に会えたら〈運命〉に選ぶと決めていた」
「〈運命〉は必ずしも、選ばなければならないのですか?」
ふと、疑問に思ったことを投げかけてみる。
「……いや。そうではない。リスクが伴う分、選ぶのは義務ではないが……それでも、私は君との確固たる絆が欲しい。もう二度と、傷つけずに済むように」
「……私は」
初恋の人から、そう言われて、まったく舞い上がらないと言えば嘘になる。
それでも……、今日は色んな事が起こりすぎて、正常な判断ができるとは思えなかった。
「ああ、すまない。答えは急がない。ゆっくり一週間で考えてくれればいい」
「……はい、ありがとうございます」
そういえば、ガロンさんと〈運命の花嫁〉について話をしたことがあった。
〈運命の花嫁〉と〈運命〉は同じものなのかしら。
ぼんやりとそう考えながら、一番大事なことを聞き忘れていたことを思い出す。
「……聖花は、なぜ、枯れたのですか?」
毒……を、マーガレット様が私に?
「……ど、して」
どうして。マーガレット様はいつだって、私に優しかったのに。
「花奏師の試験の前日、マーガレットと会わなかったか?」
「……!」
確かに、花奏師の試験の前日、私とマーガレット様は会っていた。
でも、あのときだって、試験合格を願って、一緒にクッキーを食べましょうって、少し焦げた手作りのクッキーをマーガレット様は持ってきてくれた。
「マーガレット様は……、手作りクッキーをくれて……でも」
でも、その翌日、つまり試験当日、私は発熱した。
この国では聖花の加護があるから、風邪を引くことはめったにない。
それでも、無理が祟るなどして、風邪を引くことはある。
私は数か月前からずっと、この花奏師の試験のために、いつも以上に練習を重ねていた。
だから、試験当日に高熱が出たのも、頭が朦朧としたのも、無理のせいだ、とみんないっていたし、私もそう思っていた。
……マーガレット様が毒を盛るはずない。
あれは、私の無理がたたったせいだもの。
「……そう、そのクッキーに毒を盛ったと、マーガレットは供述している」
「! ……そんな」
クッキーに毒を。
マーガレット様はどうして、そんなことを……?
友人だと思っていたのは、私だけだった……?
指先が白くなるほど、きつく手を握りしめる。
そうでないと、正気を保っていられる気がしなかった。
「……マーガレットの目的は」
レガレス陛下は、静かに続ける。
「『君』に成り代わることだったようだ」
「私に……?」
愛らしいマーガレット様。
マーガレット様は、なんでも持っていると思っていた。
地位も名誉も花奏師の資格も……レガレス陛下の愛も。
「マーガレットは、君に六年前……私と君が出会ったあの日の話を聞いて、思いついたらしい」
「……そんな」
確かに、六年前の話は、一度だけマーガレット様にしたことがある。
それでも、全部は話していない。
レガレス陛下が、聖花を見て、涙を流した私の涙をぬぐってくれたことなど断片的にしか、話していなかった。
でも、それじゃあ、もし、私がその話をしなかったら、マーガレット様は、今でも私の友人でいてくれたのだろうか。
それとも、最初から、友人だと思っていたのは私だけだった?
知りたくなかった事実ばかりで吐きそうだ。
「花奏師の証を授与するとき、マーガレットは、私に言った。『六年前を、憶えていますか?』と」
「!!」
だったら……。
「マーガレットの髪色は、あの日の君と同じ金髪で。……私にとって特別だったあの日の話をされた。だから、私は、マーガレットを君だと勘違いしてしまった」
あの日、私は名乗らなかった。
名乗る前に、レガレス陛下の迎えが来てしまったから。
「私は、ずっと……君を見つけ出せずに、マーガレットを君だと勘違いしていたんだ」
でも……。
マーガレット、そう、愛し気に名前を呼ぶレガレス陛下を何度見てきただろう。
その度に、私の名前をそんな風に呼んでくれたらと、何度願ってきただろう。
「……ラファリア」
レガレス陛下が、私を呼ぶ。
甘さを含んだ、その声で。
「すまない。君を見つけられずに、ずっと傷つけてしまった」
まっすぐ、私の瞳を見つめるその瞳は、朝焼け色だった。
「……いえ」
首を振る。
色んなことが一気に起こりすぎて、混乱していた。
「もう二度と、君を傷つけない。だから……もう一度言うが、私の〈運命〉になって欲しい」
……〈運命〉。
「〈運命〉とは、なんのことですか……?」
〈竜王の運命〉ならわかる。
竜王陛下の妃のことで、私がずっとなりたかったもの。
でも、〈運命〉って……?
「〈運命〉は、魂の伴侶と呼ばれる、竜にとって唯一無二の特別な存在だ」
「……魂の伴侶」
「あぁ」
レガレス陛下は頷くと続ける。
「一度、〈運命〉に選ぶと、〈運命〉に選ばれたものも、選んだものも、相手以外との婚姻ができない。それは、転生してもそうだ。だから……魂の伴侶と呼ばれる」
「……なるほど」
生まれ変わっても、その人以外と結婚できないって、すごいリスクだ。
でも、レガレス陛下は、そのリスクも承知の上で、私を……ということかしら。
「また、〈運命〉は互いの同意がないとなれない。リスクを背負う分、当然だが」
「……そうですね」
レガレス陛下は目を細めて、私を見つめた。
「私は、もう一度『君』に会えたら〈運命〉に選ぶと決めていた」
「〈運命〉は必ずしも、選ばなければならないのですか?」
ふと、疑問に思ったことを投げかけてみる。
「……いや。そうではない。リスクが伴う分、選ぶのは義務ではないが……それでも、私は君との確固たる絆が欲しい。もう二度と、傷つけずに済むように」
「……私は」
初恋の人から、そう言われて、まったく舞い上がらないと言えば嘘になる。
それでも……、今日は色んな事が起こりすぎて、正常な判断ができるとは思えなかった。
「ああ、すまない。答えは急がない。ゆっくり一週間で考えてくれればいい」
「……はい、ありがとうございます」
そういえば、ガロンさんと〈運命の花嫁〉について話をしたことがあった。
〈運命の花嫁〉と〈運命〉は同じものなのかしら。
ぼんやりとそう考えながら、一番大事なことを聞き忘れていたことを思い出す。
「……聖花は、なぜ、枯れたのですか?」
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