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四つ
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運命?
竜王の運命……つまり、妃になれってことかしら?
「……」
ずっと恋焦がれたひとからの、これ以上ない提案だった。
でも、マーガレット様は?
それに、それに……。
少し視線をずらすと、ユグが心配そうにこちらを見つめている。
そう、私はここ――アドルリアに、何をしに帰ったのかといえば。
花奏師としての引継ぎと、聖花たちにさよならを告げるためだ。
「……へい――」
「答えはまだ急がなくていい。君も突然のことで驚いただろうし、まだ、帰るまで一週間もある。それに……」
レガレス陛下は、立ち上がると、首を振った。
「聖花の……花奏師の引継ぎのこともある」
「……聖花に、なにか、あったのですか?」
聖花。私の憧れの花。銀白に輝く美しい花たち。
「ここから先は、国家機密となる。悪いが……」
レガレス陛下は、ユグや他の護衛たちに目配せした。
「……しかし」
ユグが戸惑った声を上げると、レガレス陛下は微笑んだ。
「ここから先は、ラファリアには指一本、触れないと、約束する。それに、魔国の王ともあろう方が、無策で彼女をこちらに送ってくるとも思えないが」
「! ……っ、略式の誓約書を書いていただけますか?」
ユグがさっと紙を渡すと、レガレス陛下は、それを受け取り、さらさらとサインした。ち
「これでいいかな、侍女殿」
「……たしかに。承りました。ラファリア様……」
ユグはそれでも心配そうな顔をしている。
「ユグ、話を聞いたら、すぐにあなたの元へ行きますね」
なので、ユグを安心させるよう微笑んだ。
「! ……はい。失礼いたします」
ユグやレガレス陛下の護衛たちも出て行った。
残されたのは、私とレガレス陛下、二人だけ。
「……それでは、こちらを見てほしい」
レガレス陛下が見せたのは、萎れた何かだった。
「……これは」
聞かなくても何か、わかる。
それでも、聞かずにいられなかったのは、私にとって、それほどまでにショックなものだったから。
「……ああ。聖花だったものだ」
「……そんな」
あんなに瑞々しかった聖花が、こんなに萎れるなんて。
そもそも、聖花は、よほどのことがないと、枯れないはずだけど。
「何が、あったのか。お聞かせいただけますか?」
「……あぁ」
レガレス陛下は、ソファに座るとゆっくりと話し出した。
「どこから、話そうか……。そうだな、まず、この聖花は、君が担当していた区画の聖花だ」
「……え」
私が、担当していた聖花?
どうして。去る日の聖花たちは、ちゃんと輝いていた。
間違っても、そんな姿はしていなかった。これは、自信を持って言える。
「でも……、私の区画は今、花奏師長が担当してくださっているんですよね」
花奏師長は、私と同じくらい、ううん、もしかしたら私以上に花奏師という仕事に情熱を注いでいた。
そんな彼女が、こんな風にするとは思えない。
……だったら、私のせい?
引継ぎがというのは、花奏師の引継ぎをしないと、聖花が枯れてしまうということ?
頭の中でぐるぐるといろんな考えが浮かんでは、消えていく。
「……あぁ。花奏師長が『今は』担当している」
レガレス陛下は、頷き、今、を強調した。
「……どういう、ことですか?」
「もともと、君の担当していた区画を任されたのは、マーガレット、彼女だったんだ。どうやら、彼女たっての希望だったらしいが」
「……マーガレット様が」
愛らしい金髪に、緑の瞳のマーガレット様の笑みを思い出す。
「でも、マーガレット様は腕のいい、花奏師だと、花奏師長から……」
花奏師長は、すべての区画の聖花を見て回る。
そんな花奏師長が、腕のいい、と表現したのだ。実力に問題があるとは思えない。
ということは、やっぱり、私の――。
「……彼女は、腕のいい花奏師……のふりをしていたんだ」
「え?」
ふり?
そんなことができるの?
でも、それだと花奏師の試験は……。
「これに見覚えは?」
レガレス陛下が、取り出したのは、翡翠のネックレスだった。
「……? はい、それは幼い頃からマーガレット様が大事にしていたものですよね」
「なるほど、幼い頃から」
レガレス陛下は頷くと、ネックレスに触れた。
すると……。
「!?」
流れ出したのは、聞き覚えがある音楽だった。
「それ、は……」
私の歌声だった。私が一番好きな、基礎をしっかりしていないと、綺麗に聞こえない曲。
全身から血の気が引くのを感じる。
「君の声、だろう?」
レガレス陛下が、もう一度ネックレスに触れると、その歌は止まった。
「……は、い」
震えながら、頷く。
頷くので、精いっぱいだった。
どうして。
どうして。
その言葉ばかりが、頭の中をぐるぐると回る。
『あなた、花奏師をめざしているんですってね!』
幼い頃のマーガレット様の声が蘇る。
『だったら……今日から私たちは、友達よ!』
そういって、握ってくれた、柔らかな手も。
親し気に細められた緑の瞳も。
風に吹かれて揺れる、金糸の髪も。
ぜんぶ、ぜんぶ、思い出せるのに。
友人、だと思っていた。
だからこそ、レガレス陛下と微笑みあう、マーガレット様を見ていられなくて。見ていたくなくて。
それなのに、どうして……?
「君には、酷なことだが……。話しておかなければ」
レガレス陛下は、四本の指を立てた。
「マーガレットに、かけられた容疑は四つ」
「四つも……?」
聞きたくない。
でも、聞かなきゃいけない。
「一つ、不正な手段で、花奏師の試験を突破したこと」
これは、そのネックレス、かしら……。
「二つ、聖花を枯らしたこと」
でも、ネックレスでごまかしてたのなら、枯れたのは、私のせいなんじゃ……。
「そして、三つめは……」
レガレス陛下は、私を見つめた。
悲し気に細められたその瞳に、は、と息を吞む。
「私相手に偽証したこと」
偽証……? レガレス陛下相手に?
それは、かなり重い罪に問われるだろう。
でも、レガレス陛下の表情から察するに、私に関係があることなのだろうか。
「そして、最後。……これは」
レガレス陛下は、首を振った。
「聞きたくないとは思うが。……それでも、聞いてほしい」
どくどくと心臓がうるさい。
そう前ぶりがいるほど、私に衝撃を与えられるものなのだろうか。
「君……ラファリア・トドリア侯爵令嬢に、毒を盛った疑いがかけられている」
竜王の運命……つまり、妃になれってことかしら?
「……」
ずっと恋焦がれたひとからの、これ以上ない提案だった。
でも、マーガレット様は?
それに、それに……。
少し視線をずらすと、ユグが心配そうにこちらを見つめている。
そう、私はここ――アドルリアに、何をしに帰ったのかといえば。
花奏師としての引継ぎと、聖花たちにさよならを告げるためだ。
「……へい――」
「答えはまだ急がなくていい。君も突然のことで驚いただろうし、まだ、帰るまで一週間もある。それに……」
レガレス陛下は、立ち上がると、首を振った。
「聖花の……花奏師の引継ぎのこともある」
「……聖花に、なにか、あったのですか?」
聖花。私の憧れの花。銀白に輝く美しい花たち。
「ここから先は、国家機密となる。悪いが……」
レガレス陛下は、ユグや他の護衛たちに目配せした。
「……しかし」
ユグが戸惑った声を上げると、レガレス陛下は微笑んだ。
「ここから先は、ラファリアには指一本、触れないと、約束する。それに、魔国の王ともあろう方が、無策で彼女をこちらに送ってくるとも思えないが」
「! ……っ、略式の誓約書を書いていただけますか?」
ユグがさっと紙を渡すと、レガレス陛下は、それを受け取り、さらさらとサインした。ち
「これでいいかな、侍女殿」
「……たしかに。承りました。ラファリア様……」
ユグはそれでも心配そうな顔をしている。
「ユグ、話を聞いたら、すぐにあなたの元へ行きますね」
なので、ユグを安心させるよう微笑んだ。
「! ……はい。失礼いたします」
ユグやレガレス陛下の護衛たちも出て行った。
残されたのは、私とレガレス陛下、二人だけ。
「……それでは、こちらを見てほしい」
レガレス陛下が見せたのは、萎れた何かだった。
「……これは」
聞かなくても何か、わかる。
それでも、聞かずにいられなかったのは、私にとって、それほどまでにショックなものだったから。
「……ああ。聖花だったものだ」
「……そんな」
あんなに瑞々しかった聖花が、こんなに萎れるなんて。
そもそも、聖花は、よほどのことがないと、枯れないはずだけど。
「何が、あったのか。お聞かせいただけますか?」
「……あぁ」
レガレス陛下は、ソファに座るとゆっくりと話し出した。
「どこから、話そうか……。そうだな、まず、この聖花は、君が担当していた区画の聖花だ」
「……え」
私が、担当していた聖花?
どうして。去る日の聖花たちは、ちゃんと輝いていた。
間違っても、そんな姿はしていなかった。これは、自信を持って言える。
「でも……、私の区画は今、花奏師長が担当してくださっているんですよね」
花奏師長は、私と同じくらい、ううん、もしかしたら私以上に花奏師という仕事に情熱を注いでいた。
そんな彼女が、こんな風にするとは思えない。
……だったら、私のせい?
引継ぎがというのは、花奏師の引継ぎをしないと、聖花が枯れてしまうということ?
頭の中でぐるぐるといろんな考えが浮かんでは、消えていく。
「……あぁ。花奏師長が『今は』担当している」
レガレス陛下は、頷き、今、を強調した。
「……どういう、ことですか?」
「もともと、君の担当していた区画を任されたのは、マーガレット、彼女だったんだ。どうやら、彼女たっての希望だったらしいが」
「……マーガレット様が」
愛らしい金髪に、緑の瞳のマーガレット様の笑みを思い出す。
「でも、マーガレット様は腕のいい、花奏師だと、花奏師長から……」
花奏師長は、すべての区画の聖花を見て回る。
そんな花奏師長が、腕のいい、と表現したのだ。実力に問題があるとは思えない。
ということは、やっぱり、私の――。
「……彼女は、腕のいい花奏師……のふりをしていたんだ」
「え?」
ふり?
そんなことができるの?
でも、それだと花奏師の試験は……。
「これに見覚えは?」
レガレス陛下が、取り出したのは、翡翠のネックレスだった。
「……? はい、それは幼い頃からマーガレット様が大事にしていたものですよね」
「なるほど、幼い頃から」
レガレス陛下は頷くと、ネックレスに触れた。
すると……。
「!?」
流れ出したのは、聞き覚えがある音楽だった。
「それ、は……」
私の歌声だった。私が一番好きな、基礎をしっかりしていないと、綺麗に聞こえない曲。
全身から血の気が引くのを感じる。
「君の声、だろう?」
レガレス陛下が、もう一度ネックレスに触れると、その歌は止まった。
「……は、い」
震えながら、頷く。
頷くので、精いっぱいだった。
どうして。
どうして。
その言葉ばかりが、頭の中をぐるぐると回る。
『あなた、花奏師をめざしているんですってね!』
幼い頃のマーガレット様の声が蘇る。
『だったら……今日から私たちは、友達よ!』
そういって、握ってくれた、柔らかな手も。
親し気に細められた緑の瞳も。
風に吹かれて揺れる、金糸の髪も。
ぜんぶ、ぜんぶ、思い出せるのに。
友人、だと思っていた。
だからこそ、レガレス陛下と微笑みあう、マーガレット様を見ていられなくて。見ていたくなくて。
それなのに、どうして……?
「君には、酷なことだが……。話しておかなければ」
レガレス陛下は、四本の指を立てた。
「マーガレットに、かけられた容疑は四つ」
「四つも……?」
聞きたくない。
でも、聞かなきゃいけない。
「一つ、不正な手段で、花奏師の試験を突破したこと」
これは、そのネックレス、かしら……。
「二つ、聖花を枯らしたこと」
でも、ネックレスでごまかしてたのなら、枯れたのは、私のせいなんじゃ……。
「そして、三つめは……」
レガレス陛下は、私を見つめた。
悲し気に細められたその瞳に、は、と息を吞む。
「私相手に偽証したこと」
偽証……? レガレス陛下相手に?
それは、かなり重い罪に問われるだろう。
でも、レガレス陛下の表情から察するに、私に関係があることなのだろうか。
「そして、最後。……これは」
レガレス陛下は、首を振った。
「聞きたくないとは思うが。……それでも、聞いてほしい」
どくどくと心臓がうるさい。
そう前ぶりがいるほど、私に衝撃を与えられるものなのだろうか。
「君……ラファリア・トドリア侯爵令嬢に、毒を盛った疑いがかけられている」
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