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私の

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「陛下!?」

 そんな深々と――しかも一国の王に――礼をされるほどのことはしていない。
 今回の私は、別に、誰かのために、じゃなくて。
 自分のために、この国に帰ってきたのだから。
 
「私は……ただ引継ぎをしにきただけですから、頭を上げていただけませんか?」
「……それでも、君は、この国に帰ってきてくれた」

「それは……だって、この国には聖花が――」
 私の憧れで、花奏師じゃない人生なんて考えられなかったほどに、輝く花。
「……あぁ」
「陛下?」
 レガレス陛下は頭を上げて、私の返答にゆっくりと瞬きをした。

「やっぱり、君だったのか」

 ……やっぱり? 君だった? どういうことかしら。

「……不思議そうな顔をしているね」
 それは、だって……。そんな意味深な言葉をかけられれば、誰でもそんな表情をすると思う。
「……ラファリア、君だったのか。あの日、聖花を見て涙を流した『君』は」
「!? ……どうして」
 もう六年も前のこと。
 憶えているのは、私だけだと思っていた。

 レガレス陛下にとっては、些細な、何気ない一日だったのだと。
 それに、レガレス陛下の隣には、マーガレット様がいる。
 だからこそ、私は口を噤むことを選んだ。

 レガレス陛下は、目を細めて私を見つめる。
 朝焼け色の瞳には、私だけが映っていた。
 そのことに、胸が締め付けられるような、温かくなるような、不思議な気持ちになる。

「忘れたことは、一度もなかった。あの日は、私にとってとても特別な日だったから」

 でも、それなら……。

「そんな……でも。陛下は一度も――」

 一度も、私にそう話しかけてくれたことはなかった。
 私たちが話すとしても、それは、いつもマーガレット様のことで。
 私個人のことや、あの日について聞かれたことは一度もない。

「勘違いしていた。いや、勘違いさせられていた」

 勘違い? それもさせられるってどういうこと?

 混乱する私をよそに、レガレス陛下は、続ける。

「『君』に会えたら、ずっと言おうと思っていたことがある」

 レガレス陛下は、ソファから立ち上がると、私の前まで来た。
 そして、ゆっくりと、跪く。

「……陛下!?」
「……ラファリア、あの日であった君」

 私の手を取り、朝焼け色の瞳で、まっすぐに私を見つめる。そして――。
「私の唯一……〈運命〉になってくれないか」

 
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