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馬鹿なひと

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「……なぜ」
 呆然と立ち尽くす。
 だって、君の歌声は、あの日のまま、美しく透明で、甘美だった。

「……マーガレットさん」
 花奏師長は、マーガレットに近づく。
「わた、わたしっ、知らな――」
「あなた、今のあなたの歌じゃないわね?」

 ……マーガレットの歌、じゃない?

「あまりにも上手に口を動かすものだから、気づくのに時間がかかってしまったけれど。……あなた自身は、一音も発していない」
 マーガレットが一音も発していない、だと?
 だが、確かにマーガレットから歌声が、聞こえて……。

「!」
 マーガレットは、青ざめた顔でカタカタと震えていた。
 その反応は……何よりも雄弁で。花奏師長の言葉が真実であると、伝えていた。
「歌声や歌自体は、とても素晴らしいものだったわ。きっと、この聖花たちじゃなければ、気づかなかったのでしょうね」
「……どういうことだ?」

 マーガレット、先ほどの歌が、君の歌でないなら、いったい……。
「陛下、こちらの聖花たちは、『ラファリアさんが担当していた聖花』です」
「ああ、それは知っている」

 だが……それと、先ほどの歌。
 どう関係があるという。

 なんとなく、気づいていながら、気づかないふりをする。
 自分の確信が、真実だと、わかりたくない。

「恐らく、ラファリアさんの本物の歌をずっと聞いていたからこそ、この聖花たちは枯れたのです」
「……本物の、歌」
「ええ、マーガレットさん……あなた、自分の区画に音楽を聞かせるときは、さっきのようにずっと、魔道具を使って聞かせていたんでしょう?」

 逃げようともがくマーガレットの腕を、掴んで、花奏師長は告げる。

「ちがっ、さっきのだって、私の歌で……」
「だったら、今、ここで歌ってくれるかしら。……もちろん、首元に輝く翡翠のネックレスには触れずに、ね」
 花奏師長の声は、今まで聞いたことがないほど、厳しい声だった。
「!!!! そんなのっ、……できるわけない!! これがないと、わたしっ!」

「……マーガレット」
 呆然と、その名を呼ぶ。
「!」
 マーガットは、青ざめた顔で、私を見つめていた。
「本当に……君の歌じゃ、ないのか?」
 だったら、私は、今まで、何を――。

「陛下! 陛下は、私を愛してるって……ずるをした私でも、好きだって。恋してるって、そう、おっしゃいましたよね!?」
「私が、好きなのは……六年前に出会った『君』だ。……マーガレット、本当に君なのか?」

 どくどくと、心臓が早鐘のように脈打つ。
 答えが聞きたいが、聞きたくない。
 相反する気持ちに、めまいがしそうだ。

「……っふ、あははははは!! 馬鹿なひと!!!!」

 マーガレットは、突然叫んで、狂ったように笑い出した。
「そんなに大事に思ってた思い出の子を、簡単になりかわらせちゃうなんて、……本当に馬鹿なひとね」

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