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篭絡

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(レガレス視点)
「……陛下」
 いつの間にか、夢も見ないほど、深く眠っていたようだった。
「……マーガレット」

 マーガレットは私の顔を見て、心配そうに表情を歪めた。
「陛下、大丈夫ですか……? 侍従からお薬をいただきましたの」
「あぁ、ありがとう」

 ゆっくりと体を起こし、マーガレットから差し出された水と、薬を受け取る。
 薬を水で流し込むと、苦みが口の中に広がった。

 思わず、顔を顰めながら、その苦みに耐えていると、マーガレットはくすりと笑った。
「陛下ったら……子供みたい」
「!」

 まさか、子供のように純真なマーガレットにそう言われるとは。
 気恥ずかしくて、横を向くと、マーガレットは、また、笑った。
「拗ねていらっしゃるの? ……かわいい」

 小さく漏らされた言葉は、けれど私の耳に届いた。

「……かわいいのは、君の方だ、マーガレット」
 あの日と変わらぬ、金糸の君。

「!」
 途端に頬を赤くするマーガレットを好ましく思いながら、見つめる。
 マーガレットは、赤くなった頬を手で押さえながら、はにかんだ。

「そういえば……陛下、あの日を、憶えているか、と聞かれましたが。私たちが再会した日のことは、憶えておいでですか?」
「もちろん」
 ――君と、再会した日を、憶えている。
 花奏師の試験に合格し、晴れて花奏師となった君。

 花奏師の証は、合格した日に私――竜王から花奏師へと与えられる。
 その回の受験者は、マーガレットだけだった。

 そして、迎えた証の二人だけの授与式のなか、マーガレットは涙を流して、呟いた。
「六年前を、憶えていますか? ……だったな、君の言葉」
「はい。もしかしたら、忘れられてしまっているのでは、と心配でなりませんでした」
 視線を落としたマーガレットに力強く微笑む。
「忘れるわけない」
 ――忘れられるはずもない。

 あの日、恋した君のことを。

「……ふふ、そうでしたね」

 マーガレットの笑みに、また記憶が鮮やかに蘇る。

◇◇◇

 あの日、あまりにも驚いて、証を取り落としそうになった私の手を握り、マーガレットは微笑んだのだ。
『私は、忘れたことは一度もございません』
「六年前、ということは……」

 私にとって特別思い入れがある思い出は、一つしかない。

 あの子が、本当に花奏師に……?

 聖花を見て、涙を流した君。
 きっと、いつかは花奏師を目指すと思っていたが……こんなにも早く、出会えるなんて。
「はい。あの日、聖花を見て涙を流した私を、笑わずに涙をぬぐってくださった」

 そういわれた瞬間に、花の香りがするようだった。

 聖花に香りはないから、あの日、聖花の周りに植えられていた、他の花々の。
「――ずっと、あなたに恋をしていました」
 金糸の髪が、揺れる。

 その輝きは、六年前と同じもの。

「レガレス陛下、あなたに会いたい一心で、花奏師を目指したのです」

 ずっと焦がれ続けた子が、目の前に。
 しかも、君も、私を想っていてくれたのだという。

「……あ」

 嬉しくて、恋しくて、涙がこぼれた。
「!」
 マーガレットは、ハンカチで私の涙をぬぐうと、微笑んだ。
「……心からお慕いしております」
「――私も」

 私も、ずっと、君を待っていた。
 君に、会いたかった。

 その言葉を体で伝えるように、気づけば私は、マーガレットを抱きしめていた。


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