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『……花奏師かぁ。じゃあ、聖花たちは毎日きみの音楽を聴いてたわけだ……なるほど、それでこの香りってわけね』

 挑戦的な瞳で、アギノは私を見上げる。
『じゃあさ——今から聴かせてくれる?』
「今から……ですか?」
 楽器は、荷物の中……つまり、もう自室に運ばれてしまった。

『うん、いーま! ボクさぁ、まっずーい音楽ばっかり聴かせられて、お腹、空いてるんだよね。きみの音楽でボクを満たしてよ』

 アギノはさっきも布団の中にくるまっていたし、言葉は元気だけれど、もしかしたら弱っているのかも。

「わかりました」
 大きく頷いて見せる。
『やったぁ!』
「楽器が必要なら……」
 踵を返そうとしたガロンさんを止める。

「いえ、大丈夫です。楽器なら、ここに」

 そう言って、胸に手を当てた。

 六年前の聖花の輝きを思い出す。大丈夫、私なら、きっとやれるわ。
 曲は、もう決まっていた。六年前のあの時と同じ曲。

 息を吸い込む。

 あのときは、アドルリア王国の繁栄と聖花を想って歌ったけれど。
 今回は、魔国の繁栄とアギノを想って歌う。

 この曲によって、アギノのお腹が満たされますように。

 アギノのお腹が満たされることによって、もっともっと魔国が豊かになりますように。


 小さな始まりの音は、徐々にリズムを変えて、大きな音になる。

 その様子がだんだんと繁栄していく国みたいで好きなのよね。

 そんなことを考えながら夢中で歌っているうちに、曲が終わってしまった。
 アギノのお腹はいっぱいになったかしら。

 ……何も見えないわ。

 そういえば、歌うのに夢中で、ずっと目を閉じていた。
 ゆっくりと、目を開ける。
「!!?」

 目を開けると、そこにアギノはいなかった。

 どうして……、曲がおいしくなかったのかしら?

 急ながら慌てて、ガロンさんを見ると……。

「……ガロンさん!?」
 ガロンさんはなぜか、涙をこぼしていた。
 えっ、そんなに聞くに耐えないほどだった?

 どうしよう。花奏師としてちゃんとやってこれたし、ガロンさんにも大丈夫、って言ってもらっていたとはいえ、調子に乗りすぎていたかも。

「……あ」

 ガロンさんは、私の声で初めて涙に気づいたような仕草で零れた涙を拭った。

「あなたの歌が——」
『ラファリア、きみ、すごいね!!!』

 ベッドから塊が私に飛びついてきた。
「わ!」
 塊は、ぐりぐりと頭を私に擦り付け……って、アギノ!?

 どうやら、私が歌っている間に、また布団に入っていたらしいアギノだった。
「闇獣様……どうでしたか?」
『どうもなにも! お腹いーっぱいになったよ。おかげで、眠くなっちゃって、途中から寝ちゃってた。久しぶりにぐっすり眠れたよ』

 よかった。退屈すぎて眠ったわけじゃないのね。

『ありがとう、ラファリア。それから、ボクのことはアギノって呼んで。敬称もいらないよ』
「わかりました。……アギノ」

 ゆっくりとその名を呼ぶと、アギノは嬉しそうにうん! と頷いた。

『ボクを名前で呼べるのは、ガロンときみだけだから、感謝してよね! あれ、そういえば、ガロンは……』

 そうだった。ガロンさんは、確か涙を零していて……、それに、さっき何かを言いかけてた。

 
「……いや。あなたは、すごいな」

 ガロンさんは、もう泣いていなかった。ふ、と柔らかく微笑んで、私の頭に手を乗せた。
「急だったにも関わらず、素晴らしい演奏だった。あなたに来てもらって、良かった」

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