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お説教

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 何だろう? 首をかしげながらも、特に急ぎの用事はないので、頷く。

 「……色々、聞きたいことがあるんだけど、とりあえず、さっき、朱里と一緒にいた男は?」
おそらく田中くんのことだろう。もしかして、私のことを心配してくれていたんだろうか。もうお兄ちゃんのことは、諦めたけれど、嬉しいな。

「亮くんのこと? 亮くんは、暗いからって送ってくれたんだよ」
優しい子がいっぱいいるクラスで良かった。田中くんに次からは、亮って呼んで欲しいって言われたので、お兄ちゃんの前だけど呼んでみた。うん、クラスメイトの男子を下の名前で呼んだことって今までないから、ちょっと気恥ずかしいな。

 「亮、くん……?」
すると、お兄ちゃんはなぜか、亮くんの名前に反応した。知り合いだったのかな?

 「うん、田中亮たなかりょうくんだよ」
私が頷くと、お兄ちゃんは顔をしかめた。やっぱり知り合いなのかな。そんなことを考えていると、お兄ちゃんは据わった目をした。
 「朱里、男は単純なんだ。名前を呼ばれるだけで、自分のことを好きだと勘違いする。だから、そんな簡単に名前を呼ぶものじゃない」

 えぇー。でも、お兄ちゃんのことを散々優くんって呼んでたけど意識の欠片もしてくれなかった。お兄ちゃんのその説は、信憑性にかけると思う。

 「それから、朱里。僕の呼び方といい、『卒業』って言うのは──、」
お兄ちゃんがその後も何かいいかけたけれど、そこで、玄関の扉が開いた。お父さんが帰ってきたのだ。

 「ただいまー、おお! 二人とも俺の帰りを待っていてくれたのか!?」
感激したように、お父さんが涙を流した。顔が赤い。それに、お酒くさい。これは、ひっかけてきたな。

 お父さんは、私とお兄ちゃんを抱き締めた。

 「いやぁ、俺はこんな素敵な子供たちがいて、幸せだなぁ」
そういって、またお父さんは泣き出した。こうなったお父さんは誰にも止められない。けれど、そのおかげで、お兄ちゃんのお説教から逃れることができたのだった。



 お風呂からあがってリビングでお茶を飲んでいると、お兄ちゃんが、二階から降りてきた。
「朱里、さっきのことなんだけど──」
そういえば、お兄ちゃんは何かいいかけていたんだった。

 「『お兄ちゃん』に、『卒業』って、なんのこと?」
やっぱり、その話だったかぁ。間接的に振られるようでつらいから、あんまり何度も説明したくないんだけどな。

 「そのままの意味だよ?」
そういって、自室に戻ろうとすると、お兄ちゃんが私の手首をつかんだ。
「そのまま、って?」
ひぇ。お兄ちゃんの顔が笑っているようで、笑ってない。これは、ちゃんと話さないといけない気がする。

 「お兄ちゃんは、お兄ちゃんでしょう。それなのに、ちょっと今までの私は妹としては、べたべたしすぎだったかなぁって」
だから、「優くん」は卒業して、これからはちゃんとお兄ちゃんと妹の関係になるのだと言うと、お兄ちゃんは頷いた。

 「……………………………………わかった」
ほんとに!? なんか、すごく間があった気がするけれど。まぁ、でも、納得してくれたなら、いいか。

 なんてことを、考えていた私はまだまだ甘かったなんて、そのときは思いもよらなかった。
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