12 / 17
第十二章 姑息文芸部
しおりを挟む
十二
私たちが靴探しをしている頃、倉持くんは文芸部の部室を訪れていた。
この時、彼は放心状態だったという。理由は言うまでもない、私のせいだ。自分はどこまでも見透かされていたという事実を突き付けられ、彼はがっかりしていたのだ。
謎かけで勝負をしている時、彼と高柳くんは平等だった。出題者と解答者は公平であらねばならないからだ。だが実はそうでないことを、彼は知ってしまった。
とはいえ、最初から分かっていた気もするのだった。彼は背伸びをしていた。届かないからこその背伸びだったのだ。
高柳錦司という人物を初めて知ったあの日を、彼はずっと忘れられずにいる。彼の持て余していた謎を、高柳くんは瞬時に解き明かした。それ以来、彼にとって高柳くんは手の届かない太陽になったのだ。
二人はそう大差ないと多くの人は思うだろう。ルックスでも知能でも彼らは恵まれている。もしかすると、平素から女子にちやほやされている社交的な彼のほうが幸福に見えるかも知れない。だが彼は高柳くんが羨ましかった。物事を見抜く力が欲しかった。
羨ましいか、そうでないかというただそれだけが、二人を平等にさせない。唯一それによって彼らは分かたれている。
そんな彼にとり、片桐優実は媒体だった。高柳錦司に繋がっているかも知れない手がかりの一つだった。だから彼は片桐優実を口説く。手に入れたいと思う。
侮辱かとも思う。彼は片桐優実を口説くことを手段としか見ていない。藤枝彩子が辛辣な態度を取っているという事実すらも、優実の気を引くために利用価値があるかどうかという観点から考えているのだった。この間の傘の一件などは、まさにその実践だった。
だが彼は徹底している。どちらかを切り捨てろと言われれば、彼は藤枝彩子をそうするだろう。面と向かって嫌いだというのも平気な気がする。望みが叶うなら、バランスなど壊れても構わない。
彼はいつも追い求めている。価値あるものを、そして自分がそう認めたものを。
こうして彼は文芸部の前に立った。
ドアをノックする。返事はない。手をかけてみると鍵はかかっていなかった。
「不用心だぜ」
そこでふと思い出す。前に書いた作品を、高柳くんは部室に保管しているという。それは当時の彼の集大成ということだった。
そこで魔が差した。
部室を覗き込み、見回した。それらしいものはないか。家探しまでするつもりはないが、すぐ見つけられそうならこっそり読んでみたい。
本棚から、一冊の冊子の背表紙がはみ出していた。あれか。それを手に取ると急いで部室から出、足早に駆け出した。
もともと、部室を訪れた理由がそれだったのだ。高柳くんがいたら見せてもらおうと彼は考えていたのである。
ちょっと借りるだけだ、後で必ず返す。心の中で言い訳をしながら彼は逃げた。優実の傘に関する企みといい、冊子泥棒といい、彼のやることは意外にせこい。
持ち去られた冊子の表紙には、手書きでこう記されていた。『20th century flight』。それはタイトルというほどのものではなく、作者が気まぐれに書き込んだ記号だった。
私たちが靴探しをしている頃、倉持くんは文芸部の部室を訪れていた。
この時、彼は放心状態だったという。理由は言うまでもない、私のせいだ。自分はどこまでも見透かされていたという事実を突き付けられ、彼はがっかりしていたのだ。
謎かけで勝負をしている時、彼と高柳くんは平等だった。出題者と解答者は公平であらねばならないからだ。だが実はそうでないことを、彼は知ってしまった。
とはいえ、最初から分かっていた気もするのだった。彼は背伸びをしていた。届かないからこその背伸びだったのだ。
高柳錦司という人物を初めて知ったあの日を、彼はずっと忘れられずにいる。彼の持て余していた謎を、高柳くんは瞬時に解き明かした。それ以来、彼にとって高柳くんは手の届かない太陽になったのだ。
二人はそう大差ないと多くの人は思うだろう。ルックスでも知能でも彼らは恵まれている。もしかすると、平素から女子にちやほやされている社交的な彼のほうが幸福に見えるかも知れない。だが彼は高柳くんが羨ましかった。物事を見抜く力が欲しかった。
羨ましいか、そうでないかというただそれだけが、二人を平等にさせない。唯一それによって彼らは分かたれている。
そんな彼にとり、片桐優実は媒体だった。高柳錦司に繋がっているかも知れない手がかりの一つだった。だから彼は片桐優実を口説く。手に入れたいと思う。
侮辱かとも思う。彼は片桐優実を口説くことを手段としか見ていない。藤枝彩子が辛辣な態度を取っているという事実すらも、優実の気を引くために利用価値があるかどうかという観点から考えているのだった。この間の傘の一件などは、まさにその実践だった。
だが彼は徹底している。どちらかを切り捨てろと言われれば、彼は藤枝彩子をそうするだろう。面と向かって嫌いだというのも平気な気がする。望みが叶うなら、バランスなど壊れても構わない。
彼はいつも追い求めている。価値あるものを、そして自分がそう認めたものを。
こうして彼は文芸部の前に立った。
ドアをノックする。返事はない。手をかけてみると鍵はかかっていなかった。
「不用心だぜ」
そこでふと思い出す。前に書いた作品を、高柳くんは部室に保管しているという。それは当時の彼の集大成ということだった。
そこで魔が差した。
部室を覗き込み、見回した。それらしいものはないか。家探しまでするつもりはないが、すぐ見つけられそうならこっそり読んでみたい。
本棚から、一冊の冊子の背表紙がはみ出していた。あれか。それを手に取ると急いで部室から出、足早に駆け出した。
もともと、部室を訪れた理由がそれだったのだ。高柳くんがいたら見せてもらおうと彼は考えていたのである。
ちょっと借りるだけだ、後で必ず返す。心の中で言い訳をしながら彼は逃げた。優実の傘に関する企みといい、冊子泥棒といい、彼のやることは意外にせこい。
持ち去られた冊子の表紙には、手書きでこう記されていた。『20th century flight』。それはタイトルというほどのものではなく、作者が気まぐれに書き込んだ記号だった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
冬の水葬
束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
幻想プラシーボの治療〜坊主頭の奇妙な校則〜
蜂峰 文助
キャラ文芸
〈髪型を選ぶ権利を自由と言うのなら、選ぶことのできない人間は不自由だとでも言うのかしら? だとしたら、それは不平等じゃないですか、世界は平等であるべきなんです〉
薄池高校には、奇妙な校則があった。
それは『当校に関わる者は、一人の例外なく坊主頭にすべし』というものだ。
不思議なことに薄池高校では、この奇妙な校則に、生徒たちどころか、教師たち、事務員の人間までもが大人しく従っているのだ。
坊主頭の人間ばかりの校内は異様な雰囲気に包まれている。
その要因は……【幻想プラシーボ】という病によるものだ。
【幻想プラシーボ】――――人間の思い込みを、現実にしてしまう病。
病である以上、治療しなくてはならない。
『幻想現象対策部隊』に所属している、白宮 龍正《しろみや りゅうせい》 は、その病を治療するべく、薄池高校へ潜入捜査をすることとなる。
転校生――喜田 博利《きた ひろとし》。
不登校生――赤神 円《あかがみ まどか》。
相棒――木ノ下 凛子《きのした りんこ》達と共に、問題解決へ向けてスタートを切る。
①『幻想プラシーボ』の感染源を見つけだすこと。
②『幻想プラシーボ』が発動した理由を把握すること。
③その理由を○○すること。
以上③ステップが、問題解決への道筋だ。
立ちはだかる困難に立ち向かいながら、白宮龍正たちは、感染源である人物に辿り着き、治療を果たすことができるのだろうか?
そしてその背後には、強大な組織の影が……。
現代オカルトファンタジーな物語! いざ開幕!!
AIアイドル活動日誌
ジャン・幸田
キャラ文芸
AIアイドル「めかぎゃるず」はレトロフューチャーなデザインの女の子型ロボットで構成されたアイドルグループである。だからメンバーは全てカスタマーされた機械人形である!
そういう設定であったが、実際は「中の人」が存在した。その「中の人」にされたある少女の体験談である。
There is darkness place
けろよん
キャラ文芸
時坂光輝は平和で平凡な高校生活を送っていた。そんなある日、教室に悪魔がやってくる。
悪魔はかつて闇の王が使っていた力、漆黒の炎シャドウレクイエムを狙っているらしい。
光輝は闇のハンターを自称する隣の席の少女、凛堂郁子から自分が闇の王の生まれ変わりだとか言われて困ってしまうわけだが……
光輝はやってくる魔の者達に立ち向かえるのだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる