光速文芸部

きうり

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第十二章 姑息文芸部

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   十二
 私たちが靴探しをしている頃、倉持くんは文芸部の部室を訪れていた。
 この時、彼は放心状態だったという。理由は言うまでもない、私のせいだ。自分はどこまでも見透かされていたという事実を突き付けられ、彼はがっかりしていたのだ。
 謎かけで勝負をしている時、彼と高柳くんは平等だった。出題者と解答者は公平であらねばならないからだ。だが実はそうでないことを、彼は知ってしまった。
 とはいえ、最初から分かっていた気もするのだった。彼は背伸びをしていた。届かないからこその背伸びだったのだ。
 高柳錦司という人物を初めて知ったあの日を、彼はずっと忘れられずにいる。彼の持て余していた謎を、高柳くんは瞬時に解き明かした。それ以来、彼にとって高柳くんは手の届かない太陽になったのだ。
 二人はそう大差ないと多くの人は思うだろう。ルックスでも知能でも彼らは恵まれている。もしかすると、平素から女子にちやほやされている社交的な彼のほうが幸福に見えるかも知れない。だが彼は高柳くんが羨ましかった。物事を見抜く力が欲しかった。
 羨ましいか、そうでないかというただそれだけが、二人を平等にさせない。唯一それによって彼らは分かたれている。
 そんな彼にとり、片桐優実は媒体だった。高柳錦司に繋がっているかも知れない手がかりの一つだった。だから彼は片桐優実を口説く。手に入れたいと思う。
 侮辱かとも思う。彼は片桐優実を口説くことを手段としか見ていない。藤枝彩子が辛辣な態度を取っているという事実すらも、優実の気を引くために利用価値があるかどうかという観点から考えているのだった。この間の傘の一件などは、まさにその実践だった。
 だが彼は徹底している。どちらかを切り捨てろと言われれば、彼は藤枝彩子をそうするだろう。面と向かって嫌いだというのも平気な気がする。望みが叶うなら、バランスなど壊れても構わない。
 彼はいつも追い求めている。価値あるものを、そして自分がそう認めたものを。
 こうして彼は文芸部の前に立った。
 ドアをノックする。返事はない。手をかけてみると鍵はかかっていなかった。
「不用心だぜ」
 そこでふと思い出す。前に書いた作品を、高柳くんは部室に保管しているという。それは当時の彼の集大成ということだった。
 そこで魔が差した。
 部室を覗き込み、見回した。それらしいものはないか。家探しまでするつもりはないが、すぐ見つけられそうならこっそり読んでみたい。
 本棚から、一冊の冊子の背表紙がはみ出していた。あれか。それを手に取ると急いで部室から出、足早に駆け出した。
 もともと、部室を訪れた理由がそれだったのだ。高柳くんがいたら見せてもらおうと彼は考えていたのである。
 ちょっと借りるだけだ、後で必ず返す。心の中で言い訳をしながら彼は逃げた。優実の傘に関する企みといい、冊子泥棒といい、彼のやることは意外にせこい。
 持ち去られた冊子の表紙には、手書きでこう記されていた。『20th century flight』。それはタイトルというほどのものではなく、作者が気まぐれに書き込んだ記号だった。
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