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第七章 攻速文芸部
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七
翌日は、藤枝さんグループを避けることはできなかった。机を取り囲まれたのだ。昼休みに本を読んでいた時のことで、とっさに人間バリケードという言葉が頭に浮かんだ。
「あんたなんなの」
簡潔明瞭な言いがかりだ。
「なにかしら」
「調子のんな。高柳くんとベタベタしやがって」
彼女の声は小さく抑えられている。バリケードのおかげで外には漏れない。
「どう答えればいいの。調子に乗ってもいないしベタベタしてもいない、とでも?」
「ふざけんな。色目使いやがって気持ち悪いんだよ。あんたのせいで迷惑してんだ。彼に近づくんじゃねえよ」
「気をつけるわ」
「部活やめろ」
「それはお断り。それより迷惑ってなんのこと。貴女たち、私のせいで彼に話しかけられないの? それは変よ。私たちは常に一緒にいるわけじゃないわ」
「それが迷惑だっつってんだ」
取り囲んで脅せば降伏すると思っていたか、反論されたのが意外そうだった。その戸惑いが見て取れて、少し意地悪な気持ちが湧く。
「悔しかったら奪ってみれば?」
彼女は目を見開いた。
「奪えばいいじゃない。文芸部を辞めるように、貴女が彼を説得すればいい。うまくいけば教えてくれるかも知れないわよ、私と彼があの部室で毎日どんなことをしているか」
彼女は蒼白になり絶句する。そこでバリケードの一人がこう言った。
「高柳くんは、あんたはただの部活仲間だって言ってたけど」
彼女の名は栗山さん。私を敵視しているのは藤枝さんと同じだが、グループ内では比較的冷静な人だ。
「それは昨日聞いたのね。そういえば彼も、貴女たちに話しかけられたと言ってたわ。倉持くんから教えられたのよね?」
栗山さんの眉が動く。
「彼と話したの?」
「ええ」
そこで藤枝さんが割って入る。
「嘘こいてんな。なんで倉持くんがあんたに話すんだよ」
どうやら彼女は、私と倉持くんの関係についても腹に据えかねるらしい。
「彼に直接聞いてみたら。私もなんと説明したらいいか……」
「頭おかしいんじゃねえの。どうやって誘ったんだか知らないけど、高柳くんだけじゃなく倉持くんまで、二人も」
話を聞いていない。
会話を通して、少しずつだが、彼女の頭の中のイメージが読めてきた。女子には愛想がなく、男子には巧みに色目を使うふしだらな女。彼女にとって、私とはそういう女なのだ。
「貴女、考えることいやらしすぎる」
思わず口をついて出た。だがそれだけに本心で、しかもそれは図星だったようだ。彼女は苦しげな声で言い放ってきた。
「倉持くんのこと、あたしは中学の時から知ってんだよ。あんたなんかよりもずっと」
「いい機会だから言い添えておくわね」
少し声のトーンを上げて遮ると、彼女は黙った。
「私は男を引っかける趣味もなければ、王子様に守られるような役回りでもないの。私たちが年中ベタベタしているように見えるなら、奪うくらいの気持ちで動けばいいじゃない。私はそれを妨害したり遮ったりなんてしないし、今ここで貴女たちが言ってることを、わざわざ彼らに伝えたりもしないわ」
我ながら滑らかな口調だったと思う。わざと少しずつ声を大きくしていって、最後にこう付け加えた。
「何もできないのは貴女の意気地の問題よ。八つ当たりはしないで」
「もういいじゃん。行こう、彩子」
私が全てを言い切ったタイミングだった。栗山さんが藤枝さんに声をかけると、最初に机を取り囲んだ時の緊迫感もゆるみ、女子生徒たちはぞろぞろと動きだした。藤枝さんはもう私を見なかった。
「もっとちゃんと読みなさいよ」
読んでいた本のページへ目線を戻しながら、私は呟く。動悸が激しい。
「中学の時から知ってる、か」
その言葉が印象に残っていた。
飲み物が欲しい。席を立った。
翌日は、藤枝さんグループを避けることはできなかった。机を取り囲まれたのだ。昼休みに本を読んでいた時のことで、とっさに人間バリケードという言葉が頭に浮かんだ。
「あんたなんなの」
簡潔明瞭な言いがかりだ。
「なにかしら」
「調子のんな。高柳くんとベタベタしやがって」
彼女の声は小さく抑えられている。バリケードのおかげで外には漏れない。
「どう答えればいいの。調子に乗ってもいないしベタベタしてもいない、とでも?」
「ふざけんな。色目使いやがって気持ち悪いんだよ。あんたのせいで迷惑してんだ。彼に近づくんじゃねえよ」
「気をつけるわ」
「部活やめろ」
「それはお断り。それより迷惑ってなんのこと。貴女たち、私のせいで彼に話しかけられないの? それは変よ。私たちは常に一緒にいるわけじゃないわ」
「それが迷惑だっつってんだ」
取り囲んで脅せば降伏すると思っていたか、反論されたのが意外そうだった。その戸惑いが見て取れて、少し意地悪な気持ちが湧く。
「悔しかったら奪ってみれば?」
彼女は目を見開いた。
「奪えばいいじゃない。文芸部を辞めるように、貴女が彼を説得すればいい。うまくいけば教えてくれるかも知れないわよ、私と彼があの部室で毎日どんなことをしているか」
彼女は蒼白になり絶句する。そこでバリケードの一人がこう言った。
「高柳くんは、あんたはただの部活仲間だって言ってたけど」
彼女の名は栗山さん。私を敵視しているのは藤枝さんと同じだが、グループ内では比較的冷静な人だ。
「それは昨日聞いたのね。そういえば彼も、貴女たちに話しかけられたと言ってたわ。倉持くんから教えられたのよね?」
栗山さんの眉が動く。
「彼と話したの?」
「ええ」
そこで藤枝さんが割って入る。
「嘘こいてんな。なんで倉持くんがあんたに話すんだよ」
どうやら彼女は、私と倉持くんの関係についても腹に据えかねるらしい。
「彼に直接聞いてみたら。私もなんと説明したらいいか……」
「頭おかしいんじゃねえの。どうやって誘ったんだか知らないけど、高柳くんだけじゃなく倉持くんまで、二人も」
話を聞いていない。
会話を通して、少しずつだが、彼女の頭の中のイメージが読めてきた。女子には愛想がなく、男子には巧みに色目を使うふしだらな女。彼女にとって、私とはそういう女なのだ。
「貴女、考えることいやらしすぎる」
思わず口をついて出た。だがそれだけに本心で、しかもそれは図星だったようだ。彼女は苦しげな声で言い放ってきた。
「倉持くんのこと、あたしは中学の時から知ってんだよ。あんたなんかよりもずっと」
「いい機会だから言い添えておくわね」
少し声のトーンを上げて遮ると、彼女は黙った。
「私は男を引っかける趣味もなければ、王子様に守られるような役回りでもないの。私たちが年中ベタベタしているように見えるなら、奪うくらいの気持ちで動けばいいじゃない。私はそれを妨害したり遮ったりなんてしないし、今ここで貴女たちが言ってることを、わざわざ彼らに伝えたりもしないわ」
我ながら滑らかな口調だったと思う。わざと少しずつ声を大きくしていって、最後にこう付け加えた。
「何もできないのは貴女の意気地の問題よ。八つ当たりはしないで」
「もういいじゃん。行こう、彩子」
私が全てを言い切ったタイミングだった。栗山さんが藤枝さんに声をかけると、最初に机を取り囲んだ時の緊迫感もゆるみ、女子生徒たちはぞろぞろと動きだした。藤枝さんはもう私を見なかった。
「もっとちゃんと読みなさいよ」
読んでいた本のページへ目線を戻しながら、私は呟く。動悸が激しい。
「中学の時から知ってる、か」
その言葉が印象に残っていた。
飲み物が欲しい。席を立った。
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