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第六章

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 ひとまず話が落ち着いたので、私と真琴さんは『21th Century Flight』を回し読みすることにした。とりあえず私がパラパラとめくって、あまりの懐かしさに嘆息してから真琴さんに回した。
「ところで」彼女は冊子をめくる前に尋ねてきた。「これ、読む前にひとつ確認ですけど、さっき優実先生は高柳先生の本のことを、読むべきじゃないとか処分した方がいいとか言ってましたね。でも本当は、高柳先生の本が大好きなんじゃないですか? ファンなんでしょう」
 私は頷いた。この子は勘が鋭い。茶に口をつけていると気持ちが落ち着いてきて、否定するのも面倒になってきた。
「まあね。なんだか言えないのよねえ、自分の旦那が書いたもので未読のものがあると知ったら、居ても立ってもいられなくなるなんて」
 だから、図書館に眠る『21th Century Flight』について彼と話をした時も、「私読みたい!」なんてはしゃぐ姿を見せる気にはならなかった。だがそれでも、彼はちゃんと、私がそれを取りに行くだろうと予測していたのだ。だから先回りしてあんな紙片を挟んでおいたのである。
「ですよねー。じゃあ、この冊子って本当に私が読んじゃってもいいんですか? 優実先生が独り占めした方が」
「そこまで気にするなら、探すのを貴女に依頼したりしないわ。レモンさんにもさっき見られたし」
 私が言うと、事務机で仕事をしていたレモンさんは、またすんません、メンゴメンゴとかるく謝罪した。
「ありがとうございます。じゃあ失礼します」
 と、彼女はうきうきした様子で読み始めた。こういう表情で好きな本を読めるような性格だったら、もっと気楽に生きられるのかも知れないな……などと思いながら、私は十代後半の自分を思い出していた。
 先に結論を言っておくと、二十年ぶりに読み返す『21th Century Flight』には、読むスピードを光速に導くことはおろか、読者に未来までも見通させるような力はなかった。私たちはただ、高柳錦司の十代の頃の習作に淡々と目を通したのだった。
 ひとまずこれでゲーム・クリアーだが、私にしてみればこれはゲーム・オーバーである。私の先の行動まで読まれて先手を打たれてしまったのだから、これがチェスの盤上だったら今頃はチェックメイトだろう。
「あー、レモンケーキってうまそう。食べてみたいなぁ」
 パソコンの作業に戻っていたレモンさんがいきなり声を上げた。真面目に仕事をしているかに見えたのは勘違いで、ネットで画像検索していたらしい。
「じゃあ、今度買ってくるわ。その時は錦司も強制的に引っぱってくるわよ」
 私が応えると、彼女は下品に指を鳴らして、よっしゃ言ってみるもんだ! と喜んでいた。
 その時はまた、錦司にケーキを買わせるとしよう。最初からレモンケーキがメインだと決まっていれば、まさか彼も全種類買うなんて馬鹿なことはするまい。
 真琴さんが冊子を読み終えるのを待ちながら、私は家に帰るときのことを想像した。きっと錦司は、相変わらず感情の起伏が感じられないあの涼しげな顔で、口元だけで笑いをこらえて出迎えることだろう。
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