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第七章
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七
ここからは後日談だ。
その後、私は正志さんに結論を報告した。すると彼は目を丸くして「分かった」と頷いていた。
彼は親に相談した。すると事の真相は呆気ないほど簡単に明らかになった。
まず結論を言うと、木下さんという人は実在していた。当時町内に住んでいた農協職員の男性で、十年前には近所の産直所を手伝っていたという。現在は辞めており、当時同僚だった女性と結婚して一子をもうけ、別の街へ引っ越していた。
正志さん一家は、その産直所に頻繁に通っていたのだ。
また夢の中の少女も実在していた。これも町内に住んでおり、当時は家族ぐるみでその産直所によく出かけていたという。少女の名前は津村茜(つむら・あかね)さん。正志さんと同い年だ。
しかし今、正志さんが彼女のことを覚えていないのには理由があった。彼女はこの十年、昏睡状態にあるのだ。
少し細かい話だが、茜さんの家はカトリック系の教会で、幼稚園も経営していた。幼少の正志さんもそこに通っており、二人は大の仲良しだったという。
正志さんの家、つまり曾野内家はカトリックではなかったが、クリスマスの行事や日曜の礼拝などにはよく参加していた。家族ぐるみで農家の産直所に赴くのも、日曜礼拝の後の散歩がてらであることが多かった。津村家には車がなく、曾野内家が買出しの手助けをしていたのだ。
ところが悲劇が起きる。
産直所で、屋根からの落雪事故があったのだ。正志さんと茜さんがそれに巻き込まれた。
二人はすぐ救助されたが、茜さんだけ意識が戻らなかった。
幼い正志さんは状況が理解できず、当時は事故の前後の記憶も曖昧だった。そこで両親を始めとする周囲の人々は、このショッキングな事実を隠すことにした。正志さんの混乱と記憶の曖昧さを利用して、事故のことをうやむやにしたのだ。曾野内家は茜さんという人の話題を完全に断ち、教会とも完全に縁を切ると、どさくさに紛れるようにして息子を小学校へ進学させた。事故のとき、彼はちょうど幼稚園の年長組だった。
だから正志さんには幼稚園の記憶がほんの少ししかない。当時の写真や記念品の類も極端に少ないという。
それから十年。夢で茜さんが出てくると聞き、両親は驚愕したという。
茜さんは今も津村家にいる。事故後に幼稚園は廃園となったが、今も教会は残っているし津村一家も住んでいる。ただ曾野内家との繋がりは断たれたままだった。十年前、津村神父は聖職者らしい厳かさで事実を受け止め、家族同士の交流を断った上で幼い正志さんの記憶を封印することにも納得したという。
曾野内家には負い目もあった。事故当時、傍目には責任はないと言える状況だった。だが連れて行った先の事故である以上、何も感じないはずがない。二つの家族が疎遠になるのは自然の成り行きでもあった。
夢の中で津村茜さんが口にした暗号の正体もはっきりした。当時二人のそばにいた正志さんの母親が覚えていたのだ。君は木下さんに似ている──これは落雪に巻き込まれる直前、茜さんが正志さんと交わした最後の言葉だったのだ。
茜さんはきっと、夢の中で助けを求めていたのだろう。
だが安心してもらいたい。これを書いている現在、彼女は目を覚まして正志さんと共にいる。夢がきっかけで二人は再会を果たした。彼の呼びかけにより茜さんは奇跡的に覚醒したのだ。現代の眠り姫といったところか。
二人の付き合いはずっと続くことになる。
十代後半から小学校の教育を受け始めた茜さん。彼女は今までの分を取り返すかのような勢いで知識という知識を吸収し、通信教育等を経て大学へも進学した。そんな彼女を正志さんは支え続け、二十代半ばには妻に迎えることになる。
私と倉持くんの、推理とも妄想ともつかない議論は、こんな思いがけない結果をもたらした。その後、調理師の免許を取得した茜さんは、今もときどき私に手作りの料理を持ってきてくれる。私はそれに舌鼓を打ちながらいつも思うのだ──そういえばこの瞬間を、いつか私は光の中で見たような気がするな──と。
〈了〉
ここからは後日談だ。
その後、私は正志さんに結論を報告した。すると彼は目を丸くして「分かった」と頷いていた。
彼は親に相談した。すると事の真相は呆気ないほど簡単に明らかになった。
まず結論を言うと、木下さんという人は実在していた。当時町内に住んでいた農協職員の男性で、十年前には近所の産直所を手伝っていたという。現在は辞めており、当時同僚だった女性と結婚して一子をもうけ、別の街へ引っ越していた。
正志さん一家は、その産直所に頻繁に通っていたのだ。
また夢の中の少女も実在していた。これも町内に住んでおり、当時は家族ぐるみでその産直所によく出かけていたという。少女の名前は津村茜(つむら・あかね)さん。正志さんと同い年だ。
しかし今、正志さんが彼女のことを覚えていないのには理由があった。彼女はこの十年、昏睡状態にあるのだ。
少し細かい話だが、茜さんの家はカトリック系の教会で、幼稚園も経営していた。幼少の正志さんもそこに通っており、二人は大の仲良しだったという。
正志さんの家、つまり曾野内家はカトリックではなかったが、クリスマスの行事や日曜の礼拝などにはよく参加していた。家族ぐるみで農家の産直所に赴くのも、日曜礼拝の後の散歩がてらであることが多かった。津村家には車がなく、曾野内家が買出しの手助けをしていたのだ。
ところが悲劇が起きる。
産直所で、屋根からの落雪事故があったのだ。正志さんと茜さんがそれに巻き込まれた。
二人はすぐ救助されたが、茜さんだけ意識が戻らなかった。
幼い正志さんは状況が理解できず、当時は事故の前後の記憶も曖昧だった。そこで両親を始めとする周囲の人々は、このショッキングな事実を隠すことにした。正志さんの混乱と記憶の曖昧さを利用して、事故のことをうやむやにしたのだ。曾野内家は茜さんという人の話題を完全に断ち、教会とも完全に縁を切ると、どさくさに紛れるようにして息子を小学校へ進学させた。事故のとき、彼はちょうど幼稚園の年長組だった。
だから正志さんには幼稚園の記憶がほんの少ししかない。当時の写真や記念品の類も極端に少ないという。
それから十年。夢で茜さんが出てくると聞き、両親は驚愕したという。
茜さんは今も津村家にいる。事故後に幼稚園は廃園となったが、今も教会は残っているし津村一家も住んでいる。ただ曾野内家との繋がりは断たれたままだった。十年前、津村神父は聖職者らしい厳かさで事実を受け止め、家族同士の交流を断った上で幼い正志さんの記憶を封印することにも納得したという。
曾野内家には負い目もあった。事故当時、傍目には責任はないと言える状況だった。だが連れて行った先の事故である以上、何も感じないはずがない。二つの家族が疎遠になるのは自然の成り行きでもあった。
夢の中で津村茜さんが口にした暗号の正体もはっきりした。当時二人のそばにいた正志さんの母親が覚えていたのだ。君は木下さんに似ている──これは落雪に巻き込まれる直前、茜さんが正志さんと交わした最後の言葉だったのだ。
茜さんはきっと、夢の中で助けを求めていたのだろう。
だが安心してもらいたい。これを書いている現在、彼女は目を覚まして正志さんと共にいる。夢がきっかけで二人は再会を果たした。彼の呼びかけにより茜さんは奇跡的に覚醒したのだ。現代の眠り姫といったところか。
二人の付き合いはずっと続くことになる。
十代後半から小学校の教育を受け始めた茜さん。彼女は今までの分を取り返すかのような勢いで知識という知識を吸収し、通信教育等を経て大学へも進学した。そんな彼女を正志さんは支え続け、二十代半ばには妻に迎えることになる。
私と倉持くんの、推理とも妄想ともつかない議論は、こんな思いがけない結果をもたらした。その後、調理師の免許を取得した茜さんは、今もときどき私に手作りの料理を持ってきてくれる。私はそれに舌鼓を打ちながらいつも思うのだ──そういえばこの瞬間を、いつか私は光の中で見たような気がするな──と。
〈了〉
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