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第二章

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   二

 ある日の放課後、私はその暗号のことを倉持芳明(くらもち・よしあき)くんに話した。彼も正志さんとは知り合いだ。
「へえ。あの人にそんな悩みがね」
 読んでいた文庫本を閉じ、彼は言う。文芸部の部室の窓際が、彼が読書するときのいつものポジションだ。
「君はいつも木下さんに似ている、ましてや雪の中ならなおさら……。意味不明だな」
 呟く彼。一方、私はワープロで小説を書きながら言う。
「意味なんて、そこに示されている通りよ」
「そりゃそうだけどさ。文脈が分からん。コンテクストが想像つかない」
 首をかしげて両手を拡げる。彼の大げさな挙動はいつものことだ。
「夢に出る女の子って、幼稚園児くらいなのか」
「ええ。その点だけが同じで、状況はまちまちみたいね。家の周りとか、前に見たことがある風景とか、見知らぬ場所とか」
どちらかというと、正志さんの見る夢に少女が割り込んでくる感じらしい。
「暗号かな」
「夢判断の観点からいけば、そういうことになるかしら」
「優実(ゆみ)ちゃんは解かないのか? 解読できれば小説のネタになるぜ」
「まあそうね」認めておいた。私は読むのも書くのも推理小説専門だ。「でも、それが暗号だというのもそもそも仮説よ。解くことでそれを証明しなければ使えないわ」
「物凄い不合理さだな」彼は笑う。「暗号であることを証明するために解読するのか」
 その時、部室のドアが開いた。入ってきたのは部員の高柳錦司(たかやなぎ・きんじ)くんである。彼は無表情のまま、ごく微細な頷きだけで挨拶した。それからおもむろに言った。
「すまない。今日はすぐに帰るよ」
「あら。今日はワープロの使い方はいいの」
 彼は最近ブラインドタッチを練習している。
「うん。母親が風邪を引いたんだ」
「分かったわ」
 それなら今日は私がワープロを使えそうだ。部室には一台しかないのだ。
 だが、出て行こうとした彼を、倉持くんが引き止めた。
「おおお錦司、ちょっと待て」
「なんだい」
 高柳くんは振り向く。
「お前、この暗号をどう思う」
 いつの間にか、倉持くんはあの暗号をメモしていた。

  君はいつも木下さんに似ている。
  ましてや雪の中ならなおさら。

 一秒。
 ほんの一秒の間をおいて、高柳くんはこう呟いた。
「農協職員かな。三十代くらいの……」
「え?」
「いや、正直よく分からない」彼は首を振る。「これはなんだい。暗号と言ったね」
「いいんだ。別にいい。引き止めて悪かった」
 倉持くんは彼をすぐ解放した。母親が病気なのに引き止めては悪いと思ったか。高柳くんは愛想のいい方ではないが、引き止めれば留まるし、話をすれば聞いてくれる律儀な性格だ。
「いいのかい。それじゃあ」
 今度こそ彼は出ていった。足音が部室棟から離れていく。
「ふふん。優実ちゃんとの語らいを邪魔されちゃ困るからな」
 倉持くんは一人ほくそ笑む。こういう言い草はいつものことなので無視した。
「それで解読はどうするの」
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