パラケスの祝祭日

とうかなな

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第一章

第八話

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 そうして冒頭に戻って現在。

 ユーフェミアはユーカスの手を引いて、中央大門に続く巨大な門扉の傍らに立っている。
 彼女達一行が入ってきた中央大門へと続く巨大な扉。
 これは明朝六時にならなければ開かない。ここが開けば、この広場から乗り合い馬車が王国各地に向かって出発する──と、ユーフェミアがユーカスに話している途中に「ふフ」と馬鹿にしたような嗤い声が聞こえた。

 いやこれは明らかに、じゃなくて馬鹿にされてる。
 瞬時に正確に理解したユーフェミアは嗤い声の主で、ユーカスを挟んで向こうに立つ護衛のイルフィンを睨み付けた。

「何がおかしいの!」
 冷静に、平常心で、と思っていたのに今回もつい喧嘩腰になってしまった。
 言ったから後悔する。
 繋いだ手からユーカスがびくっ、と身体を震わせたのがわかった。
 ユーカスはおとなしく人見知りで、争い事が苦手だ。
 こう言ってはなんだが、声も態度もデカいのが男達の標準装備となっているウチの領なんかではさぞ暮らしにくいだろうなと思う。ユーフェミアもな質なので、時折というか日に何度もユーカスをびくつかせてしまっているので悪いなあ、とは常に思っている。

 周囲の大人達、とりわけユーカスの母方の親族達──特に伯父、継母の長兄──が、そうしたユーカスの気性を案じていて、自分とこの養子にしようと申し出があった事はユーフェミアも聞いている。都市の大商会の暮らしがどんなものか見当もつかないが、領にいるよりユーカスが過ごしやすいならソレもありかなと思ってはいる。

「失礼しました。ええと、正直に言っても?」
 失礼だなんて爪の先程も思ってもいない表情かおをしているイルフィンは、祖父だか祖母だかが南方の沿海州出身とかで髪も瞳も黒く、肌の色味もユーフェミア姉弟よりワントーン濃い。
 あまり感情を顔に出さないイルフィンは、普段の口調も淡々としている。ユーカスが緊張感を抱かずに接することができる数少ない大人の男だ。それどころかにこやかに話ができるくらいに仲が良い。イルフィンを護衛につけたのも、ユーカスが彼と親しい事を両親が承知しているからだ。
 そういうところも腹が立つ。
 ユーフェミアはイルフィンと会話するたび、彼の口調に無闇やたらと苛立ってしまうのだ。
 何が、というか彼のやることなすこと、やってないことさえ何もかもが腹立たしくて、今だって身長差のせいで見下ろされるのにも腹が立って仕方なかった。
 
 (ここは落ち着かなくては。大声で喚いてばかりだとユーカスに嫌われちゃう)

 ユーフェミアは顎を上げ背筋を伸ばすと深呼吸する。
 しかしイルフィンはユーフェミアより頭ふたつぶんは背が高い。騎士団員の中でもすらりと細身なせいか、実際の身長よりも高い印象が強い。近づくと見上げる首が痛いので、ユーフェミアはイルフィンと話をするのが好きではなかった。首に負担がないように少し距離をとるせいでどうしても声が大きくなってしまう。
 そして大声とかが苦手なユーカスに冷たくあしらわれる。という負のスパイラルに陥るというわけだ。

「言っていいわよ、正直にでも正確にでも。お好きなように」
 今だってと顎をそびやかし、イルフィンの黒い瞳に視線を据えているユーフェミアを、ユーカスが冷ややかな目で見ている。心なしかイルフィンの側に近いような……?気のせいだろうか。そう思いたい。

「この扉が開くのは、もう少し早いんですよ。乗り合い馬車の始発が午前六時なんで、馬や車両の準備はそれより早く始まりますからね」
 以前、来たとき酒場で隣り合って座った相手に聞いたんですけどね、そう言ってイルフィンは伸ばした右手で身体の正面を左から右へと水平に動かした。
「この扉の向こう、もうひとつ向こうの扉までの間に街があるんですよ。そこは馬の世話や車両の手入れを生業とする人々が暮らしているんです。乗り合い馬車の始発の出発に向けて早朝から準備して、準備の整ったぶんからこの広場に並ぶんですよ。だからこの扉は六時よりずっと早くに開くんですよ」

 途中で膝を折り、ユーカスと視線を合わせて話すイルフィンに、ユーカスはきらきらした笑顔を向けている。
 面白くない。
 ふん、と睨んだユーフェミアを、見上げてイルフィンは微かに唇の片端を上げた。
 面白くない。
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