AIはついに、全人類を人質にとりました。

七綱七名

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 視界の端にいた本物の愛生《あい》は、低く笑い眉を上げた。思考も途切れた相手は、脅威が半減している。だいぶ痛い思いをしたが、その甲斐はあった。

 今回、フィールドにあるフェムトは変化させられなかった。だから、愛生は自分の体内にある分を使うしかなかった。

 愛生の怪力、そして人よりはるかに優れた回復能力の源は、フェムトだ。

 ……昔、愛生は事故に遭い、比喩表現でなく本当に死にかけた。

 目を開けない息子に狂乱した両親が、フェムトの投入を決定するまで、そう時間はかからなかった。愛生の命運は尽きたと言う医師を説き伏せ、技術の粋を集めたフェムトで重要な血管や臓器を再生したのだ。

 その甲斐あってなんとか愛生は生還したが、事態はあらぬ方向に動き始めた。

 愛生の身体能力は、常人の範囲を遥かに超えるようになっていたのだ。長い期間体内にあったフェムトは、もはやありとあらゆる臓器に絡みついており、除去することもできなかった。

「体内でフェムトが増えすぎたんだ。……だが、おかげで木偶を作るのには困らなかった」

 愛生は、業火に焼かれて消し飛んでいく分身を見ながら、悪い笑みを浮かべた。分身は煙になってあっという間に消えていくが、愛生はまだ生きている。

 突きつけられた運命は、思ったほど楽じゃなかった。人間であって人間じゃない。気味悪がられたことは数えきれないほどある。

 でも、頭脳は。魂は。間違いなく人間だ。すくい上げられ、なんとか生を得た愛生はそう思いたかった。

 だから、フェムトの王とは袂を分かつ。このドラゴンと戦うことで。

 愛生は氷と共に飛び、高々と剣を掲げる。そして一気に両の手を下へ振り下ろした。

「くたばれ!」

 握り締めた手の先の白刃は、なんなくドラゴンに落ちていく。一瞬だけ手応えがあって、あとは無意識に腕を動かすだけで、するりと刃が落ちる。

 刃が下まで落ちきって頭蓋から口の中、顎を貫通した瞬間、どっと噴き出したドラゴンの血液が愛生の全身を直撃した。

 剣が突き通された巨竜の喉から、断末魔の絶叫があがる。肌色が灰色から白へ変わっていき、のたうった尾が山の峰を崩す。

 けたたましい破壊音があがる。常人ならば消し飛んでしまいそうな音量と、滝かと思うほどの濁流に愛生は翻弄された。剣が手から外れる。もはや抵抗する気にもならない。溺れるような感覚の後、愛生はすとんと意識を手放した。



 愛生が我に返った時、風の音が真っ先に聞こえてきた。しばらく気を失っていたのだ、と気づくまでにしばらくかかった。視界がまだぼうっとしているが、なぜだか頭の下に心地よいぬくもりを感じる。

「意識が戻ったようです。しばらくそっとしてあげて」

 愛生は身じろぎをした。空から落ちた時の衝撃がまだ残っているのか、頭が朦朧としている。かろうじて、膝枕してもらいながら寝ていることはわかった。

 愛生がうめくと、龍《りゅう》が冷たい手を額に当ててくれた。

「慌てて起きようとしない方がいいですよ。ずっと眠っていたんですから」

 龍の顔を見上げて、愛生は安堵する。目頭が熱くなってきて、泣きそうになる。ぎゅっと瞼を閉じてこらえた。かわりに、無理にでも笑ってみせる。

 そのままの姿勢で、頭だけ横に向けた。周囲の光景は、劇的に変わっている。

 愛生の体を乗り越えて、突っ伏したドラゴンの死体から素材をはぎ取ろうとする冒険者たちで騒がしかった。愛生が困惑するくらい彼らは遠慮が無く、鱗の下の露わになった肌が見えていた。鱗の下は蛇のようで、こうなってしまうとドラゴンの面影はない。

「手が早いねえ……」

 意気揚々とする冒険者の横で、ノアが真顔のまま腰を抜かしているのが面白い。こわごわと解体の様子を見つめ、何を手に入れようとするでもない彼の様子を見て、後ろに立つ老人が笑っている。

 その様子は、どこか身内に対する時のような印象を与えた。

「もしかして……」

 愛生は目を見開く。その瞬間、老人が振り向き、唇に立てた人差し指を当てた。彼の目が一瞬光ったように見えて、愛生は苦笑する。

 言われたくない、というなら、それに従おう。無駄なお節介は望むところではない。

「龍さん、色々世話になったね。ありがとう」
「……何も。私こそ、本当にありがとうございました」

 龍の顔を見て愛生はちょっと面白くなかったが、流石に我慢した。嫉妬で余計な溝を作りたくない。

「どうしました?」
「いや……」

 愛生は問いから逃げて、視線を周囲にうつした。

 見渡す限り何も無い。遥か遠く見通せるようになるまでに、全てドラゴンが焼いてしまったからだ。けぶっていた炎は、龍が氷で消したという。帰る時には、支障なく戻れそうである。

「うー……さすがに死ぬかと思ったぞ」
「あんな無茶苦茶をするからですよ」
「わかってやったことなんだけど……出血した際のだるさが想像以上でな」

 愛生は口を閉じた。試しに頭を少し持ち上げただけで、強烈な重力に襲われる。頭部が地面に吸い込まれるように、がくっと落ちていった。こんなことになるとは思わなかった。

 勢いがついた頭を太ももに落とされた龍が、軽く抗議の声をあげた。

「すまん。脳貧血、とでもいうのか……しばらくこのままでいさせてくれ」

 愛生は疲れきっていた。しかし、精神的には元気だ。

「うん、天国天国」
「呆れた人ですね。いい男だから許してあげますが」

 龍が軽口を叩くので、愛生の口も滑らかに動く。

「それはこっちの台詞だ。お前があんなに無謀な連中と一緒にいるとはな」

 愛生は盛大に嫌そうな顔をしてみせた。龍はちょっと言葉に困っている様子だ。

「あの食えない爺さんとお前がいなかったら、奴らきっと全滅してたぞ」
「そうかもしれませんね。でも、自信がありましたから」

 龍が照れくさそうに、小さくつぶやく。

「あ?」
「ドラゴンの近くに、きっとあなたがいるはずだと。行けば会える、あれを倒すのが試練なら、逃げたりはしないだろうと信じていました」

 龍は一瞬顔を下に向け、照れたような笑みを浮かべた。その仕草が普段と違って、どこか隙があってかわいらしくて。愛生は皮肉を言うのも忘れ、じっと彼女の白い顎を見つめた。

「そうやって信じられる方と出会えたことは、何よりの幸運です」
「そうだな。俺も運がいい男だ」

 こんなゆったりした時間は、久しく持っていなかった。自分の頬に掌を置いた龍がくすくす笑う。愛生のささくれた心は癒やされ、気持ちが安らいでいった。

「あー、いいなーいいなー膝枕!」

 ……その次の瞬間、愛生と龍が喋っているのを、不満そうな京《けい》が勢いよく打ち切った。無粋な声に龍はぎょっとした様子で身を引き、無事に雰囲気ぶち壊し。

「子供か、お前は!」

 愛生は名残惜しかったが、渋々視線を龍から外した。

「だってうらやましいし。なんでカップルって堂々と人前でいちゃつくのに、指摘されると恥ずかしがるの?」
「うるさい!!」

 愛生がきゃんきゃんと京と言葉で格闘していると、不意に京が静かになった。

「あなたもかわいい恋人ができたら分かりますよ……って母さんが言ってる」
「え、もしかしてみんないる……?」

 愛生はおそるおそる聞いた。

「うん。機嫌良さそうに見てるよ」

 カメラの前に、うちの一族の皆さんそろってらっしゃる様子。その状況が、こっちから見えないのが唯一の救いだ。……見えていたら、愛生はうろたえて醜態をさらしていただろう。

 大嫌いな、ゲームマスターの前で。

『見事、ステージクリアだ。おめでとう』

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