AIはついに、全人類を人質にとりました。

七綱七名

文字の大きさ
上 下
98 / 101

やるなら二人で

しおりを挟む
 眷属が口から油のようなものをまき散らす。それにドラゴンの熱がかかると、尋常で無い勢いで炎が燃え上がった。煙が目にしみて、ぼろぼろ涙が出てくる。

 黒煙の間に、かろうじてノアが行き来している姿が見える。それに向かって、龍《りゅう》が氷を差し向けた。

「氷があるうちに退避しろ、ドラゴンは引き受けた!!」
「すまん! ……よかったらこれを使え!」

 すぐに意図を理解したノアは、何かを放ると一目散に逃げ出した。仲間があわてて彼を迎え入れる。

 愛生《あい》がすぐそばに転がったものを見ると──あの高そうな剣だった。

「全く。龍、悪かったな」
「あなたの仲間なら、放ってはおけませんよ」

 愛生の内心を察したようで、龍は笑って答える。そして愛生を見つめた。

「さあ、敵が来ますよ」

 さっきよりも強い殺気を纏った炎が、まっすぐに愛生をめがけて飛んでくる。

「させません!」

 その炎の勢いを絶つのは、空気を切り裂いて放たれた、塔にも等しい巨大な氷柱。それが炎に突き刺さり、押しつぶしそのまま消火した。

「どういう魔法だよ、全く」

 愛生はどんどん氷が溶ける水蒸気を浴びながら笑った。このとびきりの援護で、状況は好転し始めている。

「行きなさい!」

 龍の号令に会わせて、とげとげしい氷の柱がドラゴンに向かって降り注いだ。図体が大きい相手だから、いくらでも氷の柱が当たる場所がある。今までの恨みを返すように、氷はドラゴンの頭と体に突き刺さった。

 絶叫をあげてのけぞるドラゴン。その咆哮は、周囲の者全ての体を揺さぶった。

「これで倒れるか……」

 愛生は期待したが、ドラゴンはまだ動き、愛生たちに近付こうとしていた。

 顔に柱を突き刺したまま、起き上がったドラゴンは痛みをこらえてか、憎々しげにこちらを向く。明らかな異変を認めたその瞳には、敵意だけでなくかすかに動揺と恐怖の色があった。

 精神的に疲弊した上に片目が潰れているので、攻撃の精度が落ちた。尾が闇雲に振り回され、爪も愛生たちの側を通り過ぎていく。さっきまで感じた痛いほどの覇気もなく、明らかに弱っている。

「効いてるな」

 愛生と龍は、互いに不敵な笑みを交わしあった。

「──最終局面はやっぱり」
「二人そろってがいいな、相棒」

 そして掌が空中でぶつかる。互いに少しだけ荒れた、だがたくましくなった手に触れて安心した。

 もう会えないのかと絶望した日もあった。隣で手を握っていてほしいのに、誰もいない寂しさを噛みしめたこともあった。しかしもう今は、大丈夫だ。

『やはり……やはりあの者たちの力は、滅びてはいなかったか!』

 ドラゴンが顔を左右に振る。力任せに尖塔を破壊して引き抜き、いっそう凶悪になった面構えを見せた。熱を受けて溶け始めた氷が、ぴしりと鋭い音をたてる。

「……覚悟しろよ」

 愛生はその音を合図に動き出した。走って一気に距離をつめようとすると、控えていた眷属の鬼火たちが、素早く動き始めた。その数はざっと数百、音もなく忍び寄るその炎にまとわりつかれれば、命はない。

「龍! 眷属が来るぞ」

 愛生が声をあげて合図した。それの一瞬後に、正確な射撃。いつもの射撃場にいるのかと見まがうほどの冷静さ。氷をまとった杭が愛生の側へ飛び、鬼火たちはあわてて逃げていった。賢明な判断だ。

 さらに愛生はドラゴンに肉薄する。剣を体に立て、よじ登ろうとしたその途端、上空が明るくなった。空に星が急に増えたようで、愛生はちらっとそちらを見やる。

 上に鎮座しているのは、無数の火の玉。さっきの鬼火より、もっと多い。それが一斉に、こぼれるように落ちてきた。

「火の雨だ!」

 愛生が叫ぶ。しかし龍はそこから動かず、指先を軽く動かして天空へと向けた。諦めたのではない。

 雨のようにひとつひとつ降り注ぐ鬼火をとどめているのは、霰と降り注ぐ氷の粒。それは炎の雨を包み込み、単なるくすぶった煙に変えていく。一瞬で風景が見違えた。

 凍り付き、うち捨てられた火の残骸を飛び越え、愛生は一気に距離をつめた。その足元に、氷の板が寄ってくる。思いもよらない展開だったが、愛生は迷わずそれに飛び乗った。

 次の瞬間、熱気をはらんだ過酷な地面は遥か下に遠ざかる。不思議な氷に乗って、空を飛んでいた。氷から発する涼しい風が、愛生の全身を包み込む。

 ドラゴンの周囲の炎も、さほど熱くは感じない。視線を落とすと、生身の愛生の下に、ドラゴンの巨体が見えた。

「視界良好、とうとう来たぞ!」

 愛生の元気な声が聞こえたかのように、氷の足場が集まりはじめた。愛生の気配を感じ取ったドラゴンが頭と翼を振るが、その時には愛生は敵の死角に回り込んでかわしている。

 すかさず、愛生は全神経を手に集中させて、剣でドラゴンの口の横を殴る。ようやく、攻撃が届いた。

『ぐあ……』
「龍!」

 思わず開いたであろうドラゴンの口に、龍が放った氷の塊が飛び込む。

 その違和感に、ドラゴンが一瞬硬直する。引きつった叫びをあげ、それを吐き出そうとする頭を、愛生は剣で殴るようにして叩き潰した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ゆうべには白骨となる

戸村井 美夜
キャラ文芸
誰も知らない「お葬式の裏側」と「日常の謎」を題材とした推理小説の二本立て。 どちらからお読み頂いても大丈夫です。 【ゆうべには白骨となる】(長編) 宮田誠人が血相を変えて事務所に飛び込んできたのは、暖かい春の陽射しが眠気を誘う昼下がりの午後のことであった(本文より)――とある葬儀社の新入社員が霊安室で目撃した衝撃の光景とは? 【陽だまりを抱いて眠る】(短編) ある日突然、私のもとに掛かってきた一本の電話――その「報せ」は、代わり映えのない私の日常を、一変させるものだった。 誰にでも起こりうるのに、それでいて、人生で何度と経験しない稀有な出来事。戸惑う私の胸中には、母への複雑な想いと、とある思惑が絶え間なく渦巻いていた―― ご感想などお聞かせ頂ければ幸いです。 どうぞお気軽にお声かけくださいませ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...