AIはついに、全人類を人質にとりました。

七綱七名

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絶対王者は君臨す

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「進めったら!」
「いや、待て。前の時も、獣の方が先に反応していた。奴らの方が、空気の動きをよく知ってるんだ」

 エルンストやその取り巻きが一行を咎め、後ずさった。

「あれを使う時が来たかもな」

 誰かがぽつりと漏らした言葉にうなずいて上を振りあおいだ瞬間、エルンストは顔をひきつらせる。体が硬直して動けない様子だった。

 彼を凍り付かせているのがなんなのか、視線をやらなくても龍《りゅう》には想像がついた。一瞬静かになった後、風に乗って、山頂から顔を出した生き物の咆哮が聞こえてくる。

 耳の奥をひっかくような、気味の悪い感触を残す声。その声の持ち主は、赤く三角に尖った鼻先をこちらに向けている。

「火でも吐くつもりかよ……」

 ぎょっとした冒険者がつぶやいた次の瞬間、山が割れた。はるか高みだと思っていた山頂が吹き飛び、巨石があちらこちらへ飛び散る。すかさずセトが緑の石を一気に砕き、強風でそれを味方から外した。だが、今度は風で彼自身が煽られてしまう。

「く……」

 龍は岩に打ち込んだワイヤーで、なんとか自分とセトの体を支えた。しかし、それ以外の人間を助けることは難しい。冒険者たちは、あっという間に分断されてしまった。

「すまない、助かった」
「……いえ、そのお言葉は、まだ早いかと」

 見上げると、翼を広げ、低く唸るドラゴンの姿がある。龍は不覚ながら、その黄金の瞳に見ほれてしまった。

 有無を言わさず、戦いの場に引きずり出されてしまったというのに。

『待っていたぞ』

 ドラゴンはその戸惑いを感じ取ったのか、人にも分かる言葉で話しかけてきた。

『愚かな人間よ。逃げたくば逃げよ、戦いたくば戦え。どちらにせよ、私にとっては児戯にすぎない』

 ドラゴンはまじまじと人間たちを見つめた。笑うように、大きく口をあけてみせる。

 今まで近寄ってこさせたのは、襲うための準備でしかなかった。それがこれからどういう展開を意味するか、龍には一瞬でよく分かった。

 飛び上がった巨体に対して、魔石を投げる暇すらなかった。荷物を振り捨てて逃げ出した獣たちが、その巨体の足爪で両断され、流された血は瞬く間に大地に吸い込まれた。

 体に比べて不自然なほど翼が大きいのは、巨体を飛ばすためか。かざした翼は、逃げ場を奪うように大きく宙を覆っていた。

 龍は外面に構わず、大声で叫ぶ。

「撤退しましょう。完全に敵から丸見え、勝算がありません!」
「……できない」

 龍は側にいるセトをにらんだ。

「あなたまで、どうして分かってくれないんですか!?」
「そうじゃない。できないんだよ。……すでにドラゴンの間合いに入ってしまった。もう、我々は逃げられない」

 龍はセトの顔を見つめ、ため息をついた。場の緊張感は最大に達している。

「だが、なぜかエルンストの顔には少し余裕があるように見える。直接対決して、勝算があるのか……?」

 不思議そうに見やる彼の目前で、エルンストは何かを投げた。いつもの魔石だろうか。最悪だ、と龍は唇を噛んだ。

 水や風は、確かに一瞬炎をそらすことができる。しかしエルンストの望むような効果は得られない。ドラゴンは体内の機関を凍らせないと、死なないのだから。

「無理です、引いて!」

 龍の叫びをよそに、石が転がる。──そこから出てきたのは、水でも風でもなかった。氷だ。

 目の前に、エルンストの身長よりも高い氷の覆いができた。それは今まで、見たことのない光景だ。

 勢いよく発した氷を見て、冒険者たちがどよめく。その顔に希望が宿った。

「責任持ってお前らを導くと言ったはずだ。必ず生き残って、こいつを狩って帰る!」

 エルンストが叫ぶと、興奮がさざ波のように広がっていく。

「やっぱりあんたを選んだのは正しかったぜ!」

 奇跡を目の当たりにした集団が手を振る。彼らに降ってくる氷のかけらが、紙吹雪のように空中できらめいた。

 綺麗だ。とても綺麗だ。それなのに、龍はこうつぶやかずにはいられない。

「違う……」

 龍の胸に、嫌な予感がよぎった。違う。あの氷は、違う。

「何が違うんだ」
「弱すぎるんです、あれは……」

 龍が最後まで言う前に、その予感が現実となった。ドラゴンの目が金色に輝き、軽く炎をぶつけただけで──さらりと、その氷は溶けてしまったのだった。あまりにも儚い散り様だ。

 エルンストの横顔が炎で照らされ、驚愕の表情があらわになる。よほど思いもよらなかったのか、他の冒険者も石を投げる手を止めた。

 油断していた一人が、その余波をもろに食らった。彼は骨すら残すことなく、地上から姿を消す。死んでいったことすら夢かと思うような死に様だった。

 所詮付け焼き刃の能力。突然襲いかかってきた、圧倒的な自然の暴力の前には、人間など無意味なのだと思い知らせるような光景だった。

 冒険者たちが、理不尽な光景に目を疑っている。そして、なんのためにここまで来たのかと後悔し始めている。その様子を、ドラゴンがのんびり見ていた。
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