89 / 101
それは自信か過信か
しおりを挟む
「伝説の存在を、本気で狩れる気でいるのですか?」
龍《りゅう》は男を歓迎する気にはなれなかった。この男、うさんくさいのはもちろんのこと、なんとなく目つきが気にくわない。何をしでかすか分からない以上、すぐに話に乗る気になれなかった。
「俺は手広くやってる冒険者で、王の依頼も受けたことがあるんだがな。疾風のエルンストの名に聞き覚えはないか?」
「ありませんね、残念ながら」
聞かれてもないのに自己アピールをしてくる男は好きではないため、龍はあっさりと答えた。
「そうか、それは残念。俺はすでに、大量の装備と仲間を用意したぜ」
続きをせがまない龍に鼻を鳴らしはしたが、エルンストはぼろぼろと事情を喋ってくれる。龍の気持ちはとっくに冷えていたが、そのまま大人しく聞いていた。
「用意は万全だと?」
「そうだ。それに、ドラゴンは一度討伐されている。大昔の話だがな」
氷の一族のことだ、と龍は一瞬身構えた。しかしどこまで知っているか聞き出したところ、龍よりもざっくりした知識しかなかったので安心する。
落ち着け。変に口を滑らせて、スルニたちに迷惑がかかるようなことがあってはならない。
「あなたにもそれが出来ると?」
龍は苦笑しながら言った。
「ああ。あんたはその助けになりそうだ。だから誘ってる。見てれば分かるが、たいていの連中はあんたより下だよ」
それ以外にも暗に期待されていることがありそうだったが、龍はそれに気づかないふりをした。
「集まるのですか? こんな危険な任務に?」
「見てろ。少なくとも、百の単位では集まるはずだ」
龍は思考を巡らせた結果、その言葉を本気にしなかった。こんなところまで来る物好きがそんなにいるはずがない。集まってもせいぜい数人だろう、と。
しかし悔しいことに、エルンストの見立ては正しかった。数日経つと、ぞろぞろと冒険者たちが集まってきた。自信たっぷりの者も、逆に媚びへつらう者もいたが、エルンストはそのどちらも簡単に仲間に加え、保護を約束していた。非力そうな老人もいたのに、本当に大丈夫だろうか。
その対価として、彼は物資を要求する。どこから見つけてくるのか、宿には冒険者たちによって続々と必要な物資が運び込まれていく。それを精査するのは、エルンストの仕事だった。
「物資はこれで十分だな。人は多すぎだが、仕方ない。少ないよりましだ」
統率の取れない隊を持て余すくらいなら置いていけばいいのに、と龍は思った。しかしエルンストは問答無用で決めている様子だったので、口をつぐむ。
「どうした? ついてくる気になったか?」
談笑していたエルンストが、たたずむ龍に気づいて会話を止めた。
「はい。一つ条件をのんでくださるなら、ですが」
話に巻き込まれつつあるのを、龍は感じていた。それならただ時が過ぎるのを待つだけではなく、自分から飛び込んで有利な条件をもぎ取った方がいい。
背筋を伸ばした龍を見て、エルンストは目を細める。
「条件による。言ってみろ」
「私の連れと合流したら、彼も討伐隊に加えてほしいのです。いかがでしょう」
わずかに首をかしげた龍にちらっと視線をやってから、エルンストは笑った。
「いいだろう」
エルンストは低い声で言った。しかしその顔には、世間知らずのお嬢さんを騙してやった、と浮かれている様子が出ている。言わせておけばいい。うまくいったと思わせておけばいい。愛生《あい》に出会えたら、機を見て脱出してみせる。
「おあいにく様。騙されたのは貴方の方」
龍は誰にも聞こえないような声でつぶやいた。
翌朝、日が出始めてすぐ、冒険者たちは宿を出た。船に乗って島に向かうと、二時間ほどで着く。確かに近い。住人たちが逃げ出すわけだ。
島の入り江に船を止め、砂浜から上陸する。
ドラゴンは島にある山の上に住まうため、登っていかなければならないという。標高は富士山より少し低いくらい。想像を絶するほど高いわけではないし、荷を預けられる馬や牛のような騎獣を連れた者もいるが、それでも簡単ではない。
土を覆うようにどっさり雑草が生い茂り、木々が連なって見通しを遮る。龍はその向こうに目をこらした。
「……さすがにこの辺りはまだ、普通の森ですね。人の姿はありませんが」
「そうでもないみたいよ、お姉ちゃん」
虎子《とらこ》が指示した方角を見て、龍は思わず声をあげた。
「これは……」
茂っている草木ならなんということはない光景だが、それが全て根元から動いている。不用意に近付いた一人が、蔓でしたたかに顔を打たれ、わずかに怖じ気づいた顔を見せた。
それに気づいたエルンストが言う。
「大丈夫だ。ドラゴンの住み処にいる植物は、眷属の魔力で変質することがある。この程度でうろたえるな」
エルンストは上から下に、滑らせるようにして剣で蔓を切る。そうやって不気味にうごめく植物を打ち倒しながら、しゃにむにエルンストは前に進んだ。
彼の剣の腕が相当なものなのは、龍から見てもすぐにわかる。太い蔓がいくつも根元から切断され、蛇のように地面をのたうった。
「大したもんだ」
「隊長がついてるなら安心だな」
龍《りゅう》は男を歓迎する気にはなれなかった。この男、うさんくさいのはもちろんのこと、なんとなく目つきが気にくわない。何をしでかすか分からない以上、すぐに話に乗る気になれなかった。
「俺は手広くやってる冒険者で、王の依頼も受けたことがあるんだがな。疾風のエルンストの名に聞き覚えはないか?」
「ありませんね、残念ながら」
聞かれてもないのに自己アピールをしてくる男は好きではないため、龍はあっさりと答えた。
「そうか、それは残念。俺はすでに、大量の装備と仲間を用意したぜ」
続きをせがまない龍に鼻を鳴らしはしたが、エルンストはぼろぼろと事情を喋ってくれる。龍の気持ちはとっくに冷えていたが、そのまま大人しく聞いていた。
「用意は万全だと?」
「そうだ。それに、ドラゴンは一度討伐されている。大昔の話だがな」
氷の一族のことだ、と龍は一瞬身構えた。しかしどこまで知っているか聞き出したところ、龍よりもざっくりした知識しかなかったので安心する。
落ち着け。変に口を滑らせて、スルニたちに迷惑がかかるようなことがあってはならない。
「あなたにもそれが出来ると?」
龍は苦笑しながら言った。
「ああ。あんたはその助けになりそうだ。だから誘ってる。見てれば分かるが、たいていの連中はあんたより下だよ」
それ以外にも暗に期待されていることがありそうだったが、龍はそれに気づかないふりをした。
「集まるのですか? こんな危険な任務に?」
「見てろ。少なくとも、百の単位では集まるはずだ」
龍は思考を巡らせた結果、その言葉を本気にしなかった。こんなところまで来る物好きがそんなにいるはずがない。集まってもせいぜい数人だろう、と。
しかし悔しいことに、エルンストの見立ては正しかった。数日経つと、ぞろぞろと冒険者たちが集まってきた。自信たっぷりの者も、逆に媚びへつらう者もいたが、エルンストはそのどちらも簡単に仲間に加え、保護を約束していた。非力そうな老人もいたのに、本当に大丈夫だろうか。
その対価として、彼は物資を要求する。どこから見つけてくるのか、宿には冒険者たちによって続々と必要な物資が運び込まれていく。それを精査するのは、エルンストの仕事だった。
「物資はこれで十分だな。人は多すぎだが、仕方ない。少ないよりましだ」
統率の取れない隊を持て余すくらいなら置いていけばいいのに、と龍は思った。しかしエルンストは問答無用で決めている様子だったので、口をつぐむ。
「どうした? ついてくる気になったか?」
談笑していたエルンストが、たたずむ龍に気づいて会話を止めた。
「はい。一つ条件をのんでくださるなら、ですが」
話に巻き込まれつつあるのを、龍は感じていた。それならただ時が過ぎるのを待つだけではなく、自分から飛び込んで有利な条件をもぎ取った方がいい。
背筋を伸ばした龍を見て、エルンストは目を細める。
「条件による。言ってみろ」
「私の連れと合流したら、彼も討伐隊に加えてほしいのです。いかがでしょう」
わずかに首をかしげた龍にちらっと視線をやってから、エルンストは笑った。
「いいだろう」
エルンストは低い声で言った。しかしその顔には、世間知らずのお嬢さんを騙してやった、と浮かれている様子が出ている。言わせておけばいい。うまくいったと思わせておけばいい。愛生《あい》に出会えたら、機を見て脱出してみせる。
「おあいにく様。騙されたのは貴方の方」
龍は誰にも聞こえないような声でつぶやいた。
翌朝、日が出始めてすぐ、冒険者たちは宿を出た。船に乗って島に向かうと、二時間ほどで着く。確かに近い。住人たちが逃げ出すわけだ。
島の入り江に船を止め、砂浜から上陸する。
ドラゴンは島にある山の上に住まうため、登っていかなければならないという。標高は富士山より少し低いくらい。想像を絶するほど高いわけではないし、荷を預けられる馬や牛のような騎獣を連れた者もいるが、それでも簡単ではない。
土を覆うようにどっさり雑草が生い茂り、木々が連なって見通しを遮る。龍はその向こうに目をこらした。
「……さすがにこの辺りはまだ、普通の森ですね。人の姿はありませんが」
「そうでもないみたいよ、お姉ちゃん」
虎子《とらこ》が指示した方角を見て、龍は思わず声をあげた。
「これは……」
茂っている草木ならなんということはない光景だが、それが全て根元から動いている。不用意に近付いた一人が、蔓でしたたかに顔を打たれ、わずかに怖じ気づいた顔を見せた。
それに気づいたエルンストが言う。
「大丈夫だ。ドラゴンの住み処にいる植物は、眷属の魔力で変質することがある。この程度でうろたえるな」
エルンストは上から下に、滑らせるようにして剣で蔓を切る。そうやって不気味にうごめく植物を打ち倒しながら、しゃにむにエルンストは前に進んだ。
彼の剣の腕が相当なものなのは、龍から見てもすぐにわかる。太い蔓がいくつも根元から切断され、蛇のように地面をのたうった。
「大したもんだ」
「隊長がついてるなら安心だな」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ゆうべには白骨となる
戸村井 美夜
キャラ文芸
誰も知らない「お葬式の裏側」と「日常の謎」を題材とした推理小説の二本立て。
どちらからお読み頂いても大丈夫です。
【ゆうべには白骨となる】(長編)
宮田誠人が血相を変えて事務所に飛び込んできたのは、暖かい春の陽射しが眠気を誘う昼下がりの午後のことであった(本文より)――とある葬儀社の新入社員が霊安室で目撃した衝撃の光景とは?
【陽だまりを抱いて眠る】(短編)
ある日突然、私のもとに掛かってきた一本の電話――その「報せ」は、代わり映えのない私の日常を、一変させるものだった。
誰にでも起こりうるのに、それでいて、人生で何度と経験しない稀有な出来事。戸惑う私の胸中には、母への複雑な想いと、とある思惑が絶え間なく渦巻いていた――
ご感想などお聞かせ頂ければ幸いです。
どうぞお気軽にお声かけくださいませ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる