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草原に佇むのは
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しかし完全にその場は水で清められており、こぼれた荷物は見つからなかった。柔らかくなった地面を踏み、愛生《あい》は道の先を見つめる。
「すまん、俺らのせいで危険な目に」
後悔した様子でノアが言う。前方の様子をうかがっていた愛生は、振り返って笑った。
「まあ、こういうこともあるさ。とりあえずなんとかなったから良しとしよう」
それから林を蛇行して進み、いくつかの急な坂を越える。北上を続けて小さな洞窟が見えた時、全員がほっとした声をあげた。
「くそ……簡単にいくとは思ってなかったが」
「ひでえところだな、ここは……」
あれからも状況は良くなるどころか悪化したが、なんとか全員生き残ったまま、ポイントに到達した。窪地の奥の小さな洞窟は、野営にはうってつけの場所だ。ただし洞窟の奥までからからに乾いていて、水の魔石がないと干上がってしまう。
「俺たちは洞窟を整える。先遣隊、聞いた話が本当かどうか確かめてこい。やばそうだったらさっさと逃げろよ」
ノアの指示を受けて、まだ元気な数人の男が飛び出していった。
すでに普通の水は飲み尽くしており、愛生が石を割って温度を下げる。その間、嘆きの声がそこここから聞こえてきた。
「暑いなあ。水の石はあとどれくらいある?」
「俺たちのは四日ってとこだな。正直、こいつの石がなかったらぎりぎりになるとこだ」
男たちが石を広げてみせる。それを見てノアが腕を組んだ。
「迂回路を探して迷う可能性を考えると……」
愛生はその話を聞いて驚いた。
一行はかなり上の方まで来ている。遠目でドラゴンの姿も確認できるほどだ。それなのにわざわざ、遠回りする意味が分からない。
「迂回?」
「もう取るべきルートは決まってたんだが……その途中に、厄介な眷属が住み着いちまったんだと聞いてな」
彼らには隙がなく、突破するきっかけがまるでなかった。そう言いながら引き返してきた冒険者たちがいたという。
「だから先遣隊を立てたのか」
「そういうことだ。間違いならいいが、合ってるとなると……道を考えなきゃな」
ノアのその言葉に、素直にうなずく者はあまりいなかった。皆、疲れている。今更通れるかどうか分からない道を探すより、検討して一番いいと決めた道に行きたいのだ。
「避けた先で、かえってろくでもねえことにならないか?」
「何か手はないのかよ、ノア」
「旅立つ前に、自慢してたじゃないか。強力なあてがあるって。それは、見つかったのか?」
話を振られて、ノアは気まずそうに頭をかいた。
「氷の一族、というのに出会って、力を借りようと思ってたんだが……」
「出会えなかったんだな」
最初の一行で見事に落ちがついている。
「うるせえ、伝説の一族なんてそうそう出会うかよ。情報の欠片もなかったわ」
つれなく言われて、ノアが怒る。
「つまり、強行突破できそうな戦力はないんだな」
計画倒れに終わったことを気にしても仕方が無い。愛生は軽くうなずいて、話を変えた。
「なら、大人しく先遣隊を待とう。行った奴らの分も、食事の準備をしておいてやるか」
それから三十分ほどして、不満そうな顔をした先遣隊が帰ってきた。
「いつもより遅かったな」
「やっぱり情報通り、眷属がいた。いつもはあてにならねえのに、こんな時に限って当てやがる」
「全て聞いた通りか」
「いや、それがな……」
先遣隊はノアに何事かささやきはじめた。それを聞き終わり、しばらくしてからやっと、ノアは愛生にちらっと視線を向けてくる。
「分かった。後はこっちで協議する。お前らは飯を食え、ご苦労だったな」
先遣隊がいなくなってから、愛生はすぐにノアに聞いた。
「その眷属って、どんなのだ?」
「ひと働きする気があるなら、行こう。ぐだぐだ喋るより、見た方が早い」
愛生はノアに続く。洞窟からはわずかな距離のところ、干上がった川を抜けて坂道を登った先で、ノアは足を止めた。
人影が見えて、愛生は一瞬ぎくりとする。その中の何体かは、明らかにこちらを向いていた。
「あれは人じゃないのか……?」
愛生は目を丸くした。
「似てるが眷属だ。間違いない」
笑っているような顔の少女が、荒野にぽつりぽつりと立っていた。彼女らは風に長い髪をなびかせながら、微動だにしない。瞬きすらしないその一様は、確かに人間のものではないだろう。
姿勢を正した愛生は、ノアに小声で聞いてみる。
「走り抜ければなんとかならないのか?」
一番遠い少女でも、直線距離にして一キロほどか。それくらいなら、愛生は全力で駆け抜ける自信があった。少女の目を盗むように後方をつっきれば、決して走れない距離ではない。
それか、実力行使で少女の何人かを捕らえたり、追い払ってしまうというのも悪くない。時間が無いなら、そちらの方が速いかも。
愛生がそう提案してみると、ノアは首を横に振った。
「そうやって辿り着こうとした奴はいたらしい。だが、ダメだったそうだ」
「すまん、俺らのせいで危険な目に」
後悔した様子でノアが言う。前方の様子をうかがっていた愛生は、振り返って笑った。
「まあ、こういうこともあるさ。とりあえずなんとかなったから良しとしよう」
それから林を蛇行して進み、いくつかの急な坂を越える。北上を続けて小さな洞窟が見えた時、全員がほっとした声をあげた。
「くそ……簡単にいくとは思ってなかったが」
「ひでえところだな、ここは……」
あれからも状況は良くなるどころか悪化したが、なんとか全員生き残ったまま、ポイントに到達した。窪地の奥の小さな洞窟は、野営にはうってつけの場所だ。ただし洞窟の奥までからからに乾いていて、水の魔石がないと干上がってしまう。
「俺たちは洞窟を整える。先遣隊、聞いた話が本当かどうか確かめてこい。やばそうだったらさっさと逃げろよ」
ノアの指示を受けて、まだ元気な数人の男が飛び出していった。
すでに普通の水は飲み尽くしており、愛生が石を割って温度を下げる。その間、嘆きの声がそこここから聞こえてきた。
「暑いなあ。水の石はあとどれくらいある?」
「俺たちのは四日ってとこだな。正直、こいつの石がなかったらぎりぎりになるとこだ」
男たちが石を広げてみせる。それを見てノアが腕を組んだ。
「迂回路を探して迷う可能性を考えると……」
愛生はその話を聞いて驚いた。
一行はかなり上の方まで来ている。遠目でドラゴンの姿も確認できるほどだ。それなのにわざわざ、遠回りする意味が分からない。
「迂回?」
「もう取るべきルートは決まってたんだが……その途中に、厄介な眷属が住み着いちまったんだと聞いてな」
彼らには隙がなく、突破するきっかけがまるでなかった。そう言いながら引き返してきた冒険者たちがいたという。
「だから先遣隊を立てたのか」
「そういうことだ。間違いならいいが、合ってるとなると……道を考えなきゃな」
ノアのその言葉に、素直にうなずく者はあまりいなかった。皆、疲れている。今更通れるかどうか分からない道を探すより、検討して一番いいと決めた道に行きたいのだ。
「避けた先で、かえってろくでもねえことにならないか?」
「何か手はないのかよ、ノア」
「旅立つ前に、自慢してたじゃないか。強力なあてがあるって。それは、見つかったのか?」
話を振られて、ノアは気まずそうに頭をかいた。
「氷の一族、というのに出会って、力を借りようと思ってたんだが……」
「出会えなかったんだな」
最初の一行で見事に落ちがついている。
「うるせえ、伝説の一族なんてそうそう出会うかよ。情報の欠片もなかったわ」
つれなく言われて、ノアが怒る。
「つまり、強行突破できそうな戦力はないんだな」
計画倒れに終わったことを気にしても仕方が無い。愛生は軽くうなずいて、話を変えた。
「なら、大人しく先遣隊を待とう。行った奴らの分も、食事の準備をしておいてやるか」
それから三十分ほどして、不満そうな顔をした先遣隊が帰ってきた。
「いつもより遅かったな」
「やっぱり情報通り、眷属がいた。いつもはあてにならねえのに、こんな時に限って当てやがる」
「全て聞いた通りか」
「いや、それがな……」
先遣隊はノアに何事かささやきはじめた。それを聞き終わり、しばらくしてからやっと、ノアは愛生にちらっと視線を向けてくる。
「分かった。後はこっちで協議する。お前らは飯を食え、ご苦労だったな」
先遣隊がいなくなってから、愛生はすぐにノアに聞いた。
「その眷属って、どんなのだ?」
「ひと働きする気があるなら、行こう。ぐだぐだ喋るより、見た方が早い」
愛生はノアに続く。洞窟からはわずかな距離のところ、干上がった川を抜けて坂道を登った先で、ノアは足を止めた。
人影が見えて、愛生は一瞬ぎくりとする。その中の何体かは、明らかにこちらを向いていた。
「あれは人じゃないのか……?」
愛生は目を丸くした。
「似てるが眷属だ。間違いない」
笑っているような顔の少女が、荒野にぽつりぽつりと立っていた。彼女らは風に長い髪をなびかせながら、微動だにしない。瞬きすらしないその一様は、確かに人間のものではないだろう。
姿勢を正した愛生は、ノアに小声で聞いてみる。
「走り抜ければなんとかならないのか?」
一番遠い少女でも、直線距離にして一キロほどか。それくらいなら、愛生は全力で駆け抜ける自信があった。少女の目を盗むように後方をつっきれば、決して走れない距離ではない。
それか、実力行使で少女の何人かを捕らえたり、追い払ってしまうというのも悪くない。時間が無いなら、そちらの方が速いかも。
愛生がそう提案してみると、ノアは首を横に振った。
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