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ゲームマスターは裏切る
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愛生《あい》は男の生き生きとした顔を見つめる。無邪気なその顔は、子供のように見えたが妙にまぶしかった。
「まだうちのジジイの残した、石版解析の途中さ。ジジイ本人は行方不明になっちまったし、親父とお袋は死んだ。だから俺がその内容を確かめなきゃならない。あの疫病神をぶっ飛ばしてな。重要なのはそれだけだ、別に地位も名誉もいらねえよ」
男はにやりと不敵に笑ってみせた。
「俺はノア。今は独り立ちしたところで無名だが──いずれ名を上げて、立派な宝探し屋になる男だ」
ノアは誇り高く胸を張った。面白い、と愛生は思う。この出逢いにはきっと意味があるに違いない。
「そうか。叶うと良いな」
「話しすぎたな……ところでお前、水と食料は持ってるのか? こっちは分けてやる余裕なんかないぞ。ついてくるなら自分で用意しろ」
俺はそこまでお人好しじゃない、とノアは釘を刺した。愛生もそこまで期待はしていない。分かった、と笑いかけてノアから離れ、小声でささやく。
「おい、京《けい》」
愛生は腕を組んだ。エイドステーションが、この近くにあればいいのだが。
「宿屋みたいなマークとか、なにか扉は見えないか」
「うーん……家みたいな印なら、上の方に反応があるけど」
「地図で上下の概念を持ち込むな」
さすがのバカ。しかし今更嘆いても仕方無い。
この愚弟の言うことを地図に換算すると、北の方にエイドステーションがあることになる。行ってみるしかない。
「……北にキャンプがあったんだ。そこまで戻れればなんとかなる」
「歩ける距離か? こっちは余分な手はないぞ」
「ああ、戻らなかったら勝手に出発してくれていい。どうせ最初はいなかったんだ、マイナスになっても影響はないだろ」
嘘をついた愛生は、そう言って歩き始めた。時々京に聞きながら、離れて三十分ほど歩いた頃だろうか、前方に青く光る扉が見えた。扉は岩壁にめりこんで、涼しい顔をしてそこにいる。
「わー、あったあった」
「なんて頼りにならないナビだ……」
愛生は宙に向かって息を吐きながら、扉に向き直る。なんの保障もなかったが、自分の読みが正しくて良かった。
滑るようにして扉が開く。運が良かった、という気持ちは、その室内を見た途端消し飛んだ。
室内にはアイテムがひしめいている。堂々と置かれた大剣、盾、それに食料や水。異質な輝きを放つ、見慣れない石の山。単純に推理ゲームをやるにしては、過ぎた準備の数々だった。
それが意味することは、一つしかない。
愛生は室内に置いてある水を飲むのも忘れ、かすれた声でつぶやいた。
「……もしかして、あのドラゴンを倒すのが目的だったりするのか?」
『そうだ』
久しぶりに、ゲームマスターの声がはっきり聞こえた。低い笑い声がそれに続くから、騎士も一緒にいるようだ。
『あの生物を仕留めることで、次の世界への扉は開く』
「問題なんてもんじゃないぞ。よくぞアレを出す気になったな」
その声には、二重に重なる低い笑いが返ってきただけだった。
「人類に死に絶えろって言いたいのか……」
姿も見えないゲームマスターに毒づくが、元から好き勝手言うし、人間に情などない相手だ。手加減を願うのはいい方法ではない。愛生は苦笑した。
「戻るのが不可能なら、自分でやってみるしかないか……」
とりあえず、資料にざっと目を通し、ドラゴン退治に使えそうなものがないか室内を見渡す。食料や水はもちろん、端っこにまとめて積んであった武器を、持てる限界まで持ち出すことにした。それにぴったりのリュックが置いてあるのが腹立たしいが、今は我慢する。
「この石はなんだ?」
最後に愛生はつぶやいた。大人の頭ほどの革袋の中に、青と緑の宝石がぎっしり入っている。その輝きに目がくらみそうで、愛生はあわてて袋の口を閉じた。
「分からないが、持っていってみるか」
愛生は袋を持ち上げた。
「……あいつに会うまで、ふがいない真似はできないからな」
愛生はそうつぶやき、来た道を戻った。周囲をうろついていた眷属に気を配っていたので、予想より時間がかかってしまった。
自分の長い影を見ながら帰還した愛生を認めて、ノアが目を丸くした。
「大荷物だな」
「食料と、酒に水。持てる分だけ持ってきた」
あるに越したことはないだろうが、切り立った道では荷車も使えない。結局、リュックのように背負える分しか持ってこられなかった。それでもノアたちに比べると荷物が大きいので、目立つ。結果、愛生を中心に円陣が組まれた。
火種めがけて眷属が来るといけないので、火は最小限にして覆いをかぶせる。
「武器はこれでいいか? 俺は知識がないから、確認して欲しいんだが」
ノアは愛生が持ってきた長剣を見て、刀身を軽く叩く。そして苦笑した。
「魔法をこめた弓矢の方が役に立つんだがな。なまじの金属だと、溶けたり歪んだりするから」
「俺は弓は使えないんだ」
「武器はそれだけか。魔法も宿ってないし、獲物がずいぶん頼りないな。……今更言ってもしょうがないが」
「まだうちのジジイの残した、石版解析の途中さ。ジジイ本人は行方不明になっちまったし、親父とお袋は死んだ。だから俺がその内容を確かめなきゃならない。あの疫病神をぶっ飛ばしてな。重要なのはそれだけだ、別に地位も名誉もいらねえよ」
男はにやりと不敵に笑ってみせた。
「俺はノア。今は独り立ちしたところで無名だが──いずれ名を上げて、立派な宝探し屋になる男だ」
ノアは誇り高く胸を張った。面白い、と愛生は思う。この出逢いにはきっと意味があるに違いない。
「そうか。叶うと良いな」
「話しすぎたな……ところでお前、水と食料は持ってるのか? こっちは分けてやる余裕なんかないぞ。ついてくるなら自分で用意しろ」
俺はそこまでお人好しじゃない、とノアは釘を刺した。愛生もそこまで期待はしていない。分かった、と笑いかけてノアから離れ、小声でささやく。
「おい、京《けい》」
愛生は腕を組んだ。エイドステーションが、この近くにあればいいのだが。
「宿屋みたいなマークとか、なにか扉は見えないか」
「うーん……家みたいな印なら、上の方に反応があるけど」
「地図で上下の概念を持ち込むな」
さすがのバカ。しかし今更嘆いても仕方無い。
この愚弟の言うことを地図に換算すると、北の方にエイドステーションがあることになる。行ってみるしかない。
「……北にキャンプがあったんだ。そこまで戻れればなんとかなる」
「歩ける距離か? こっちは余分な手はないぞ」
「ああ、戻らなかったら勝手に出発してくれていい。どうせ最初はいなかったんだ、マイナスになっても影響はないだろ」
嘘をついた愛生は、そう言って歩き始めた。時々京に聞きながら、離れて三十分ほど歩いた頃だろうか、前方に青く光る扉が見えた。扉は岩壁にめりこんで、涼しい顔をしてそこにいる。
「わー、あったあった」
「なんて頼りにならないナビだ……」
愛生は宙に向かって息を吐きながら、扉に向き直る。なんの保障もなかったが、自分の読みが正しくて良かった。
滑るようにして扉が開く。運が良かった、という気持ちは、その室内を見た途端消し飛んだ。
室内にはアイテムがひしめいている。堂々と置かれた大剣、盾、それに食料や水。異質な輝きを放つ、見慣れない石の山。単純に推理ゲームをやるにしては、過ぎた準備の数々だった。
それが意味することは、一つしかない。
愛生は室内に置いてある水を飲むのも忘れ、かすれた声でつぶやいた。
「……もしかして、あのドラゴンを倒すのが目的だったりするのか?」
『そうだ』
久しぶりに、ゲームマスターの声がはっきり聞こえた。低い笑い声がそれに続くから、騎士も一緒にいるようだ。
『あの生物を仕留めることで、次の世界への扉は開く』
「問題なんてもんじゃないぞ。よくぞアレを出す気になったな」
その声には、二重に重なる低い笑いが返ってきただけだった。
「人類に死に絶えろって言いたいのか……」
姿も見えないゲームマスターに毒づくが、元から好き勝手言うし、人間に情などない相手だ。手加減を願うのはいい方法ではない。愛生は苦笑した。
「戻るのが不可能なら、自分でやってみるしかないか……」
とりあえず、資料にざっと目を通し、ドラゴン退治に使えそうなものがないか室内を見渡す。食料や水はもちろん、端っこにまとめて積んであった武器を、持てる限界まで持ち出すことにした。それにぴったりのリュックが置いてあるのが腹立たしいが、今は我慢する。
「この石はなんだ?」
最後に愛生はつぶやいた。大人の頭ほどの革袋の中に、青と緑の宝石がぎっしり入っている。その輝きに目がくらみそうで、愛生はあわてて袋の口を閉じた。
「分からないが、持っていってみるか」
愛生は袋を持ち上げた。
「……あいつに会うまで、ふがいない真似はできないからな」
愛生はそうつぶやき、来た道を戻った。周囲をうろついていた眷属に気を配っていたので、予想より時間がかかってしまった。
自分の長い影を見ながら帰還した愛生を認めて、ノアが目を丸くした。
「大荷物だな」
「食料と、酒に水。持てる分だけ持ってきた」
あるに越したことはないだろうが、切り立った道では荷車も使えない。結局、リュックのように背負える分しか持ってこられなかった。それでもノアたちに比べると荷物が大きいので、目立つ。結果、愛生を中心に円陣が組まれた。
火種めがけて眷属が来るといけないので、火は最小限にして覆いをかぶせる。
「武器はこれでいいか? 俺は知識がないから、確認して欲しいんだが」
ノアは愛生が持ってきた長剣を見て、刀身を軽く叩く。そして苦笑した。
「魔法をこめた弓矢の方が役に立つんだがな。なまじの金属だと、溶けたり歪んだりするから」
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