78 / 101
氷のほほえみ
しおりを挟む
会話をやめて、龍《りゅう》は後ろの長たちのそばへ歩いて行った。
「あなたたちは、どういうつもりであんなところに……」
「眷属の襲撃があったのは事実。……どこからともなく炎が上がった。今までに無い強い力を感じたな」
長は長年の経験から、これはドラゴンの一族だと直感した。それまでの心中はもう死んでも構わないと思っていたのに、祖先の敵に殺されることだけは矜持が許さなかった。
「一応備えはしていたので、時間を稼いで皆が使える最大魔法を発動した。そのあと、命からがら逃げ出したというわけだな」
ただし、目的を果たした片目はこぼれ落ちてしまった。あの絵の男女が隻眼だったのは、そういう意味も含まれていたのだ。
「重大な意味をとりこぼしていたことは恥だが、もうこうなった以上どうしようもない。身を隠していたのだが、ある時女がやって来てな」
はじめは拒絶していた長も、龍の名が出てきたので話を聞いた。そこでロンギスから毎年勅使が出ていたことを聞かされて、隠れ里から出てきたというわけだ。
「どうせあの場所はもう知られてしまった。ならば出た方がよかろうと決めたのだ」
「……しかし、分かりません。サレンはどうして死んでしまったのですか?」
その問いに、長は恥じるように顔を伏せた。
「最初の攻撃が、スルニの近くに落ちてな。幸い炎にまかれはしなかったが、あの子は倒れて頭から血を流していた」
それを見たサレンは恐怖を忘れ、顔に青筋を立てて怒ったという。彼女の怒りは容易に消えなかった。
「あの子には魔法を教え始めたところだった。使う機会も必要もないだろうが、子供に教えるのはしきたりだからな」
スルニの言っていた「おつとめ」とは、魔法の練習のことだったのだ。
「いくらなんでも無茶だ、隠れていろと言ったのだが……スルニが怪我をしたのを見て、あの子が冷静でいられるわけがなかった」
長が体をつかんで止める前に、サレンはよく理解していない魔法を発動してしまった。その魔法はサレンの体から両目ばかりでなく精気をも吸い取り、結局絞り尽くして死に追いやったのだ。
「そういうことでしたか……」
「いかにその精神が高潔であろうとも、分を超えた力は身を滅ぼす。そのことを教えていなかったのが悪いのだが」
「……それでも、サレンはスルニを守り切りましたよ」
「ああ、そうだな」
長はうなずく。龍はここで、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「それならどうして、サレンだけあんなところで見つかったんでしょう……」
「サレンの死体を持って飛び去っていった、鳥のような眷属がいたな。攻撃が当たってよろめいていたから、そいつが力尽きて途中で落としたのだろう。何がしたかったのかは、わしらにもわからん」
「そういうことでしたか……」
長は状況を説明すると、しばし黙った。
「これからどうされるつもりなのですか?」
「そうだな……」
やや長めの沈黙の末に、長が答えた。
「ロンギスに向かう。将来どうなるかわからんし、彼らの手を借りることに恐れがないわけではないが、長年我らを探していた誠意には答えたいと思ってな。飢えにも渇きにももう飽きた」
気持ちが楽になったからだろう、長は軽口すらたたいてみせた。確かに彼らの側には、荷を満載した馬車があり、護衛の兵士もついていた。
「精一杯やってみせるさ。サレンのためにもな」
旅を前にして、大人たちは盛り上がっていた。その様子を、女が穏やかな目で見ている。
「先のことは私も考えるわ。さて、そろそろ国に帰って報告をしなきゃ。彼らを連れて行く場所も決めなきゃならないしね」
「あなたも元気で」
龍は言って手を差し出した。
「私はビアンカ」
その手を握った女は最後に声を潜めて、こう言った。
「名前はめったに人に教えないの。これでも恩に感じてるのよ。会う機会があったら、またね」
そう言って、女は日の中を歩いていった。行き交う馬車や人々に紛れて、彼女の姿はすぐに見えなくなる。いつかまた、力を合わせて戦う日が来るのだろうか。
「お姉ちゃん」
声をかけられた龍ははっとした。長に、スルニもついていくだろう。道が遠く離れていくのが、寂しくさえあった。それに、最愛の姉を失った彼女のこの先が、気になって仕方無い。
「……これから、どうするんですか?」
龍はおそるおそるスルニに問うた。
「ちょっと遠いところに行くけど、そこで私たちが村を作るの! だって、もう隠れてなくていいんだもの」
スルニが、誇らしげに答える。姉の命と引き換えに、唯一両の目が残った少女。彼女の目は、未来に向いていた。
龍がその勇気に感心していると、スルニは小さな握り拳を差し出した。
「みんなに教えてもらって作ったの。これ、よかったらもらって」
「……ありがたく、いただきます」
スルニがくれたのは、不思議な氷の欠片だった。確かに冷たいのに、龍がぎゅっと握り締めても溶けない。龍は腰を落としてそれを受け取り、息を吐く。泣きそうになるのを、なんとかこらえた。
「あなたたちは、どういうつもりであんなところに……」
「眷属の襲撃があったのは事実。……どこからともなく炎が上がった。今までに無い強い力を感じたな」
長は長年の経験から、これはドラゴンの一族だと直感した。それまでの心中はもう死んでも構わないと思っていたのに、祖先の敵に殺されることだけは矜持が許さなかった。
「一応備えはしていたので、時間を稼いで皆が使える最大魔法を発動した。そのあと、命からがら逃げ出したというわけだな」
ただし、目的を果たした片目はこぼれ落ちてしまった。あの絵の男女が隻眼だったのは、そういう意味も含まれていたのだ。
「重大な意味をとりこぼしていたことは恥だが、もうこうなった以上どうしようもない。身を隠していたのだが、ある時女がやって来てな」
はじめは拒絶していた長も、龍の名が出てきたので話を聞いた。そこでロンギスから毎年勅使が出ていたことを聞かされて、隠れ里から出てきたというわけだ。
「どうせあの場所はもう知られてしまった。ならば出た方がよかろうと決めたのだ」
「……しかし、分かりません。サレンはどうして死んでしまったのですか?」
その問いに、長は恥じるように顔を伏せた。
「最初の攻撃が、スルニの近くに落ちてな。幸い炎にまかれはしなかったが、あの子は倒れて頭から血を流していた」
それを見たサレンは恐怖を忘れ、顔に青筋を立てて怒ったという。彼女の怒りは容易に消えなかった。
「あの子には魔法を教え始めたところだった。使う機会も必要もないだろうが、子供に教えるのはしきたりだからな」
スルニの言っていた「おつとめ」とは、魔法の練習のことだったのだ。
「いくらなんでも無茶だ、隠れていろと言ったのだが……スルニが怪我をしたのを見て、あの子が冷静でいられるわけがなかった」
長が体をつかんで止める前に、サレンはよく理解していない魔法を発動してしまった。その魔法はサレンの体から両目ばかりでなく精気をも吸い取り、結局絞り尽くして死に追いやったのだ。
「そういうことでしたか……」
「いかにその精神が高潔であろうとも、分を超えた力は身を滅ぼす。そのことを教えていなかったのが悪いのだが」
「……それでも、サレンはスルニを守り切りましたよ」
「ああ、そうだな」
長はうなずく。龍はここで、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「それならどうして、サレンだけあんなところで見つかったんでしょう……」
「サレンの死体を持って飛び去っていった、鳥のような眷属がいたな。攻撃が当たってよろめいていたから、そいつが力尽きて途中で落としたのだろう。何がしたかったのかは、わしらにもわからん」
「そういうことでしたか……」
長は状況を説明すると、しばし黙った。
「これからどうされるつもりなのですか?」
「そうだな……」
やや長めの沈黙の末に、長が答えた。
「ロンギスに向かう。将来どうなるかわからんし、彼らの手を借りることに恐れがないわけではないが、長年我らを探していた誠意には答えたいと思ってな。飢えにも渇きにももう飽きた」
気持ちが楽になったからだろう、長は軽口すらたたいてみせた。確かに彼らの側には、荷を満載した馬車があり、護衛の兵士もついていた。
「精一杯やってみせるさ。サレンのためにもな」
旅を前にして、大人たちは盛り上がっていた。その様子を、女が穏やかな目で見ている。
「先のことは私も考えるわ。さて、そろそろ国に帰って報告をしなきゃ。彼らを連れて行く場所も決めなきゃならないしね」
「あなたも元気で」
龍は言って手を差し出した。
「私はビアンカ」
その手を握った女は最後に声を潜めて、こう言った。
「名前はめったに人に教えないの。これでも恩に感じてるのよ。会う機会があったら、またね」
そう言って、女は日の中を歩いていった。行き交う馬車や人々に紛れて、彼女の姿はすぐに見えなくなる。いつかまた、力を合わせて戦う日が来るのだろうか。
「お姉ちゃん」
声をかけられた龍ははっとした。長に、スルニもついていくだろう。道が遠く離れていくのが、寂しくさえあった。それに、最愛の姉を失った彼女のこの先が、気になって仕方無い。
「……これから、どうするんですか?」
龍はおそるおそるスルニに問うた。
「ちょっと遠いところに行くけど、そこで私たちが村を作るの! だって、もう隠れてなくていいんだもの」
スルニが、誇らしげに答える。姉の命と引き換えに、唯一両の目が残った少女。彼女の目は、未来に向いていた。
龍がその勇気に感心していると、スルニは小さな握り拳を差し出した。
「みんなに教えてもらって作ったの。これ、よかったらもらって」
「……ありがたく、いただきます」
スルニがくれたのは、不思議な氷の欠片だった。確かに冷たいのに、龍がぎゅっと握り締めても溶けない。龍は腰を落としてそれを受け取り、息を吐く。泣きそうになるのを、なんとかこらえた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ゆうべには白骨となる
戸村井 美夜
キャラ文芸
誰も知らない「お葬式の裏側」と「日常の謎」を題材とした推理小説の二本立て。
どちらからお読み頂いても大丈夫です。
【ゆうべには白骨となる】(長編)
宮田誠人が血相を変えて事務所に飛び込んできたのは、暖かい春の陽射しが眠気を誘う昼下がりの午後のことであった(本文より)――とある葬儀社の新入社員が霊安室で目撃した衝撃の光景とは?
【陽だまりを抱いて眠る】(短編)
ある日突然、私のもとに掛かってきた一本の電話――その「報せ」は、代わり映えのない私の日常を、一変させるものだった。
誰にでも起こりうるのに、それでいて、人生で何度と経験しない稀有な出来事。戸惑う私の胸中には、母への複雑な想いと、とある思惑が絶え間なく渦巻いていた――
ご感想などお聞かせ頂ければ幸いです。
どうぞお気軽にお声かけくださいませ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる