AIはついに、全人類を人質にとりました。

七綱七名

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再度、反転

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 その言葉に対する答えはなかった。代わりに暗い森の中で、何かが動く気配がする。

「来い」

 痩せて、狩りの本能に取り付かれた犬たちがいる。彼らは周囲をうろついていたが、ベルトランの指示ひとつで集まってきた。ここを選んだのは、これを目立たないようにするためか。もうすでに、彼は一人前の悪党の顔になっていた。

「あなたはもう、街には戻れない。ひどい殺し方をしたくはなかったが、仕方がない」

 犬の口元から見えている長い牙で噛みつかれたら、痛い程度では済まないだろう。きっと肉塊になるまで、攻撃は終わらない。龍《りゅう》は犬たちをねめつけた。

「襲え!」

 そのおぞましい飢えた犬の集団が、枷から解き放たれた。叫び声をあげながら、龍にむかってなだれこんでくる。馬が立ち上がって逃げ出した。

 わずかに木が途切れた場所、太陽の光の中にいる龍に向かって、犬が駆けてくる。恐ろしい光景を見ながら──それでも龍は笑った。

「なるほど、まっすぐ来ましたか。それならやりやすい」

 犬の集団は、龍の設置しておいた網に次々と引っかかった。黒い鉄鋼は彼らの体に絡みつき、締め上げる。

「なにかあるとは思っていましたが、この程度の数なら想定内です」

 網に覆われて犬がもがいているところへ、龍はすぐに杭を打ち込む。しばらく犬たちは恨みがましい悲鳴をあげていたが、やがて静かになった。それを横目でにらみつつ、龍は次の弾をこめ始めた。

「やられたな」

 一瞬意表をつかれた様子だったが、ベルトランはすぐに立ちなおった。犬の死体を踏み越えて、こちらへ彼がやってくる。身長に似つかわしくない巨大な盾を構えていた。盾越しに、ちらりとベルトランの茶色くうねった髪が見える。

 龍は銃を構えた。盾の向こうで、ベルトランが小さく口笛を吹く。

「特別な盾だ。あなたに破れるかな」
「問題ありません。……返答はこれでお気に召しましたか?」
「素晴らしい。やはりあなたはこうでなくては」

 勝手なことを言うベルトランを見つめて、龍は笑った。

「どこまででも追いかけていきますよ、あなたを捕まえるまでは──クララ」

 龍は確信を持って真の敵の名を呼んだ。抑えようとしても、どうしてもその声には怒りが混じる。

 狼狽したのは向こうの方だった。転びそうになってたたらを踏み、どうにか踏みとどまって攻撃をこらえる。すぐさま体勢を整えたのは、戦い慣れしている証拠だ。

「な、何を馬鹿馬鹿しいことを」

 龍は無言で銃弾を撃ち込んだ。見逃す気も助ける気も、もはやない。

 ベルトラン──いや、クララはその様子を見て、息を吐いた。

「……なぜそう思った」
「別に考えるまでもありません。まず、あなたの研究施設は立派すぎた。あれだけの動物を、ろくに職も得ていないあなたがどうやって食べさせているのか……必ず、裏に何かあると思いました」

 最初は、動物や研究成果をどこかに売っているのかと思っていた。しかし、それよりも可能性が高い事項が持ち上がってきたのだ。

 ──勅使からの強奪。彼らを狩りさえすれば、必要な物が手に入る。

「邪推だ。頭の中で考えたことでしかない。僕はベルトランだ」

 思考を打ち消そうとするクララに向かって、龍はさらに言葉を重ねた。

「それならこれはどうですか? ベルトランは乗馬が下手なんですよ。一度通った道は覚えてそれなりにマシになりますが、初めての道で難所があれば必ずつまずいて騒ぎだします」

 なんとなく、迎えに来たベルトランからはいつもと違うにおいを感じていた。だが、ヘタに問いただして、違和感を抱いたことを気づかれたくない。だから一旦はやり過ごして、わざと道を間違えてみたのだ。

 初めて通る道。なのに、ベルトランは四苦八苦する様子も無く、大人しくついてきた。その時、龍の腹は決まったのだった。

「何もないなら、なぜベルトランに化けて私を殺そうとしたのですか? 本当のことを言い回られたら、困るからでは?」

 龍がにらみすえるとベルトランが一歩引き、そして顔から何かを剥ぎ取った。

「バレたなら仕方無い。この姿も、嫌いではなかったのだがな」

 そこにいたのはクララだった。龍は黙って彼女を見つめる。にらまれても、彼女は涼しい顔をしていた。

「そこまで研究費が欲しかったのですか。ドラゴンの正体に迫るために」

 しかし困惑して聞く龍をよそに、クララは大笑いした。

「そうだな、欲しかった」
「街の人や、軍に訴えて研究費をもらおうとは思わなかったのですか?」
「バカなことを言うな。そんなことを理解できる連中じゃない」
「本気でやれば結果は違ったかも──」

 クララは昔を思い出しているのか、嫌そうな顔になった。それでも龍は語りかける。

「あなたは他人のためのものをかすめ取って寄生虫になる道を、自分で選んでしまったんですよ」
「それは……」

 傍から見ても明らかなほど、クララが動揺し顔を下に向けた。今日一番、感情が動いたといえる。まるで被っていた薄い仮面が剥がれて、崩れ落ちたようだった。
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