70 / 101
判明した真犯人
しおりを挟む
「何が違うというのです。放置し、見捨て、幼子にまで過酷な暮らしをさせておいて、今更いい人ぶろうとするのは図々しいと──」
意地になって怒る龍《りゅう》に、男はかっと目を開いてみせた。
「そんなはずはございません! 毎年、氷の一族のために正式な勅使が出ていたのです。しかし彼らの住み処は諸国のどこにもないのか、昔から勅使が戻らず──皆、王への恨みで殺されたのだという噂も立っているのです」
年々、勅使に志願する者は減っている。もういいのでは、という意見は後を絶たない。それでも王は否とは言わない。
「そこに氷の一族への感謝と尊敬の念があるからでございます。我らを守って生き延びさせ、人々が暮らしを営めるようにした一族への。あなたがどう考えるかは勝手だが、それだけは間違いない!」
龍はその言葉で、ふと我に返った。無理にでも笑みを浮かべると、少し気持ちが落ち着いてくる。
「……分かりました。私も大人げなかったですね」
なおも身をよじろうとしている男を、龍はなだめた。この男も、嘘をついている様子はない。
「それならなぜ、外の人間など見たことはないと長は言っていたのでしょう。特に拒絶しているような様子もなかったのに」
できるだけ、いつもの調子で思考を整理してみる。
少しだけでも金や物資の支援があれば、いや、一族が尊敬されていると分かるだけでも、長たちはどんなに喜んだだろう。しかし、それは全く届いていなかった。
「私には……わかりません」
勢い余って寝床に倒れこんだ男は、咳払いをした。
「勅使に出会ったことすらないなら、誰かがそれを奪って、利用していた?」
「そんな。そうだとしたら……おお、なんということ……」
男は目を閉じ、首を横に振ってから──意識を手放した。男に上掛けをかけてやってから、龍は静かに部屋を出る。
会話の値打ちはあった。そういうことだったのだ。事実を知って、龍の感情は揺れていた。
一瞬思考がまとまらなくなる。しかしどう考えても、一つの結論しかなかった。求めていたものはとうにあったのに、今までいろんなことに目がくらんで見えていなかったのだ。
「ああ、嫌になってきた……」
全てわかった。後は、割り切るしかない。最も卑劣な真犯人をどう追い詰めるか、それだけ考えるのだ。
荷物を馬にくくり、龍は街を出た。龍の馬を守るように、ベルトランが付き従う。相変わらず龍以外眼中にないといった感じで、彼は騒がしく喋りながらも横に並んでいた。
「あれ?」
迷うことなく進んでいた龍は林の大きな道をそれて、鋭い葉を持つ針葉樹の立ち並ぶ方へ入っていった。もちろん獣道すらないため、馬も戸惑っている。龍はそれをいなして、ゆるやかな昇りになっている土地を進んだ。
時折窪みに足をとられそうになりながらも、龍は着実に足場を確保し進んでいった。しかし間もなく、高い岩壁に突き当たる。下からは頂上が見えないくらいだから、馬での突破は不可能だ。
龍がそう思いながら立っていると、ベルトランが追いついてきた。
「困りますよ。急にいなくなられては」
「ごめんなさい。……何か白くて光るものが見えて。里の生き残りじゃないかと、思ったんです」
ベルトランはそれを聞いて苦笑した。
「たまたま岩か何かが光ったんじゃないですか? 今は、軍も捜索に本腰を入れていますから、そう新たな物が見つかるとは思えません」
「……いつまでも割り切れないものですね」
「無理に忘れようとすることはないですよ。さあ、行きましょう」
彼は自信たっぷりに、道を折れて先導していく。龍も複雑な気分になったが、それ以上のことは何も言わなかった。
何度か道を曲がって、見通しの悪い交叉にさしかかった。一応馬が通れる道らしきものはあるのだが、茂った木で前方が遮られる上に、道に倒木がごろごと転がっている。そして地面は湿っていて、足場も悪かった。
龍は馬を降り、木くずや草をかき分けて倒木の方へ向かった。しゃがんでその幹に手をかけ、しばらく見てから次へ向かう。
「どうしました? 昔、切り株の年輪で方角が分かるって教えてもらいましたが、倒木でもできるんですか?」
龍と一緒に周辺を調べていたベルトランが首をかしげた。その媚びたような仕草が、龍には鼻につく。
「それとも疲れました?」
「この倒木、全て切り口が新しいですね」
龍はベルトランに詰問調子で言う。ベルトランは言われて初めて、まじまじと断面を見た。
「誰かが私を足止めするために、わざと切り倒したように見えるんですが」
「へえ」
ベルトランに驚いた様子はない。その顔は、今まで一緒に過ごしてきた男のものではなかった。口元が不気味につり上がり、明らかに龍を見下げた顔をしている。
「……好き放題やってくれますね」
「その言葉、そっくりあなたに返そう。余計なことばかりしてくれる。……せっかく楽に終わると思ったのに」
ベルトランは今までの子供っぽい口調すら改めていた。
「苦労して、あなたのために集めたのだから……これはゆっくり味わって欲しい」
「ベルトラン、何を!?」
意地になって怒る龍《りゅう》に、男はかっと目を開いてみせた。
「そんなはずはございません! 毎年、氷の一族のために正式な勅使が出ていたのです。しかし彼らの住み処は諸国のどこにもないのか、昔から勅使が戻らず──皆、王への恨みで殺されたのだという噂も立っているのです」
年々、勅使に志願する者は減っている。もういいのでは、という意見は後を絶たない。それでも王は否とは言わない。
「そこに氷の一族への感謝と尊敬の念があるからでございます。我らを守って生き延びさせ、人々が暮らしを営めるようにした一族への。あなたがどう考えるかは勝手だが、それだけは間違いない!」
龍はその言葉で、ふと我に返った。無理にでも笑みを浮かべると、少し気持ちが落ち着いてくる。
「……分かりました。私も大人げなかったですね」
なおも身をよじろうとしている男を、龍はなだめた。この男も、嘘をついている様子はない。
「それならなぜ、外の人間など見たことはないと長は言っていたのでしょう。特に拒絶しているような様子もなかったのに」
できるだけ、いつもの調子で思考を整理してみる。
少しだけでも金や物資の支援があれば、いや、一族が尊敬されていると分かるだけでも、長たちはどんなに喜んだだろう。しかし、それは全く届いていなかった。
「私には……わかりません」
勢い余って寝床に倒れこんだ男は、咳払いをした。
「勅使に出会ったことすらないなら、誰かがそれを奪って、利用していた?」
「そんな。そうだとしたら……おお、なんということ……」
男は目を閉じ、首を横に振ってから──意識を手放した。男に上掛けをかけてやってから、龍は静かに部屋を出る。
会話の値打ちはあった。そういうことだったのだ。事実を知って、龍の感情は揺れていた。
一瞬思考がまとまらなくなる。しかしどう考えても、一つの結論しかなかった。求めていたものはとうにあったのに、今までいろんなことに目がくらんで見えていなかったのだ。
「ああ、嫌になってきた……」
全てわかった。後は、割り切るしかない。最も卑劣な真犯人をどう追い詰めるか、それだけ考えるのだ。
荷物を馬にくくり、龍は街を出た。龍の馬を守るように、ベルトランが付き従う。相変わらず龍以外眼中にないといった感じで、彼は騒がしく喋りながらも横に並んでいた。
「あれ?」
迷うことなく進んでいた龍は林の大きな道をそれて、鋭い葉を持つ針葉樹の立ち並ぶ方へ入っていった。もちろん獣道すらないため、馬も戸惑っている。龍はそれをいなして、ゆるやかな昇りになっている土地を進んだ。
時折窪みに足をとられそうになりながらも、龍は着実に足場を確保し進んでいった。しかし間もなく、高い岩壁に突き当たる。下からは頂上が見えないくらいだから、馬での突破は不可能だ。
龍がそう思いながら立っていると、ベルトランが追いついてきた。
「困りますよ。急にいなくなられては」
「ごめんなさい。……何か白くて光るものが見えて。里の生き残りじゃないかと、思ったんです」
ベルトランはそれを聞いて苦笑した。
「たまたま岩か何かが光ったんじゃないですか? 今は、軍も捜索に本腰を入れていますから、そう新たな物が見つかるとは思えません」
「……いつまでも割り切れないものですね」
「無理に忘れようとすることはないですよ。さあ、行きましょう」
彼は自信たっぷりに、道を折れて先導していく。龍も複雑な気分になったが、それ以上のことは何も言わなかった。
何度か道を曲がって、見通しの悪い交叉にさしかかった。一応馬が通れる道らしきものはあるのだが、茂った木で前方が遮られる上に、道に倒木がごろごと転がっている。そして地面は湿っていて、足場も悪かった。
龍は馬を降り、木くずや草をかき分けて倒木の方へ向かった。しゃがんでその幹に手をかけ、しばらく見てから次へ向かう。
「どうしました? 昔、切り株の年輪で方角が分かるって教えてもらいましたが、倒木でもできるんですか?」
龍と一緒に周辺を調べていたベルトランが首をかしげた。その媚びたような仕草が、龍には鼻につく。
「それとも疲れました?」
「この倒木、全て切り口が新しいですね」
龍はベルトランに詰問調子で言う。ベルトランは言われて初めて、まじまじと断面を見た。
「誰かが私を足止めするために、わざと切り倒したように見えるんですが」
「へえ」
ベルトランに驚いた様子はない。その顔は、今まで一緒に過ごしてきた男のものではなかった。口元が不気味につり上がり、明らかに龍を見下げた顔をしている。
「……好き放題やってくれますね」
「その言葉、そっくりあなたに返そう。余計なことばかりしてくれる。……せっかく楽に終わると思ったのに」
ベルトランは今までの子供っぽい口調すら改めていた。
「苦労して、あなたのために集めたのだから……これはゆっくり味わって欲しい」
「ベルトラン、何を!?」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ゆうべには白骨となる
戸村井 美夜
キャラ文芸
誰も知らない「お葬式の裏側」と「日常の謎」を題材とした推理小説の二本立て。
どちらからお読み頂いても大丈夫です。
【ゆうべには白骨となる】(長編)
宮田誠人が血相を変えて事務所に飛び込んできたのは、暖かい春の陽射しが眠気を誘う昼下がりの午後のことであった(本文より)――とある葬儀社の新入社員が霊安室で目撃した衝撃の光景とは?
【陽だまりを抱いて眠る】(短編)
ある日突然、私のもとに掛かってきた一本の電話――その「報せ」は、代わり映えのない私の日常を、一変させるものだった。
誰にでも起こりうるのに、それでいて、人生で何度と経験しない稀有な出来事。戸惑う私の胸中には、母への複雑な想いと、とある思惑が絶え間なく渦巻いていた――
ご感想などお聞かせ頂ければ幸いです。
どうぞお気軽にお声かけくださいませ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる