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大いなる侵略者
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「そ、そんなことがあるんですか!?」
ベルトランが顔を蒼白にした。
「一気に出てくることはない。ただ、そう猶予はないな」
「じ、じゃあ軍が戦うしか……」
「よく言われる台詞だが、勇気と無謀をはき違えるなよ。大型の眷属はお前の倍くらいの身長があるぞ。しかも火を吐き、馬より足も速い。相対したらどうなるか考えてみろ」
「死にますね」
肩を落としてベルトランはつぶやいた。
「なんとか眷属を狩る方法はなかったんですか?」
龍《りゅう》が聞くと、クララは苦い顔になって答えた。
「私は色々な可能性を考慮した。結果、襲ってくる炎の眷属を倒す方法は一つだと判断する。その鍵が、氷の一族だ」
龍は少し高いところにあるクララの顔を見上げた。
「沼や大河さえ凍らせたという氷の一族の能力で、炎を包囲し封じ込める。ドラゴンは、体内に炎を宿している。その炎が消えたとき、いかな強大なドラゴンでも死に至るというから、冷やし続ければいずれは」
「……子供の考えたような作戦ですね」
龍は顔をしかめた。
「ああ。しかし本当に、これしか手がないのだ。今のヒトの持つ技術ではな」
クララは低く言う。
「かつて人間に手を貸したが、恐れ嫌われた氷の一族は姿を消した。そうなると一旦は見捨てた王族も、惜しくなったのだろうな。どこにいるのか手を尽くして探したというが、今まで見つかったという報告は一件もなかった。しかし、炎の眷属が徒党を組み、先に氷の一族を捜し当ててしまったとしたら」
龍は口に手を当てた。しかし長の話とつきあわせると、納得がいく。あの人たちは、氷の一族の末裔。彼らが大昔に戦ったのはドラゴンとその眷属で、人間やドラゴンに存在をかぎつけられないために、この山に籠もった。
「早々、活発になったドラゴンがこの街に来るかもしれんな。そうなったら、何もかも捨てて逃げ出すことだ。それでも、どうなるか保障は出来んが」
まさか、と言いかけて龍は口をつぐんだ。この世界では、なんだって起こるのだ。横では血の気の引いた顔をしたベルトランが、ただ呆然としている。
「ああ、そうそう。言うまでもないが、このことは街の住民には秘密だぞ」
当たり前のように言うクララに、龍はうなずくしかなかった。
暮れかかった日射しが街にかかっている。久しぶりに日の下に出た龍は、一路街を目指しながらため息をついた。トラブルは慣れたものだと思っていたが、ここまでの事態は予想外だ。
逃げるために準備しておくといっても、街には馬に乗れる者ばかりではない。老人もいれば子供もいる。馬車で通れるような道は限られているし、それを急ごしらえで作ったとして間に合うものか。
龍はベルトランと別れてから、虎子《とらこ》に話しかけてみた。
「虎子。何か怪しげなものが街に接近している気配はありますか?」
「……今は特に。映像を遡れるか試してみる」
「ありがとう。無理しないでください」
虎子をいたわってから、龍は宿に戻った。しかし炎を吐く蜥蜴の姿が、脳裏に焼き付いて離れない。結局、あまり眠れなかった。
「休むより動いていた方が、気が楽かも……」
龍はひとり起き上がった。
そういえば、この街に来てからエイドステーションに足を踏み入れていない。別にこの宿屋に不自由はしていないが、あそこには情報があった。それは知っておきたい。
龍は夜中に起き出す。確か、受付にこの街の地図があったはずだ。
もう食事の準備も終わっているのか、ホールにも台所にも人気がなかった。しかし暗がりのどこかから、青い光が漏れ出ているのが見える。
「あれは……」
光に気づいて龍は進む。足を止めたのは、物置扉の前だった。主に、おかみさんが燃えないゴミや粗大ゴミを置いているところだと聞いている。だから、宿の者もめったに足を踏み入れない。
気がついて良かった。意外な場所にあったものだ。人目につかない場所だが、無断で侵入するのが後ろめたく、龍はそそくさと足を踏み入れる。
よくできた扉は、主を待っていたかのように開いた。
部屋の中は暖かい。龍を待っていたように、紅茶とクッキーのセットが置いてあった。龍は少し紅茶に口をつけてから、腰を下ろして資料の解析にとりかかる。
ドラゴンの生態。飛行速度。好むもの。縄張りの広さ。
「これは確かに、大変ですね」
抱えた資料を棚に戻し、龍はしばし沈黙した。圧倒的な戦力。これは平均的な軍が一個師団あっても無理だろう。そもそもこの世界に航空戦力がない以上、頭上をとられてしまえばそのまま兵の命がなくなっていくのは目に見えている。
「せめて平和に共存できればいいですが……」
ドラゴンの大半は好戦的で、自分が縄張りにした土地に人がいるとかぎつければまず襲ってくるという。──たとえそこが、先に人間が住んでいた場所だったとしても。
「盗むとか横取るという意識もなさそうですね」
人の命など、ドラゴンにとっては蟻と同じ。自分が目をつけた場所に邪魔な連中がいるから排除する。ただそれだけで、犠牲になる方のことなど考えもしないのだ。それが自然のあり方だ、と言われればそれまでだが。
ベルトランが顔を蒼白にした。
「一気に出てくることはない。ただ、そう猶予はないな」
「じ、じゃあ軍が戦うしか……」
「よく言われる台詞だが、勇気と無謀をはき違えるなよ。大型の眷属はお前の倍くらいの身長があるぞ。しかも火を吐き、馬より足も速い。相対したらどうなるか考えてみろ」
「死にますね」
肩を落としてベルトランはつぶやいた。
「なんとか眷属を狩る方法はなかったんですか?」
龍《りゅう》が聞くと、クララは苦い顔になって答えた。
「私は色々な可能性を考慮した。結果、襲ってくる炎の眷属を倒す方法は一つだと判断する。その鍵が、氷の一族だ」
龍は少し高いところにあるクララの顔を見上げた。
「沼や大河さえ凍らせたという氷の一族の能力で、炎を包囲し封じ込める。ドラゴンは、体内に炎を宿している。その炎が消えたとき、いかな強大なドラゴンでも死に至るというから、冷やし続ければいずれは」
「……子供の考えたような作戦ですね」
龍は顔をしかめた。
「ああ。しかし本当に、これしか手がないのだ。今のヒトの持つ技術ではな」
クララは低く言う。
「かつて人間に手を貸したが、恐れ嫌われた氷の一族は姿を消した。そうなると一旦は見捨てた王族も、惜しくなったのだろうな。どこにいるのか手を尽くして探したというが、今まで見つかったという報告は一件もなかった。しかし、炎の眷属が徒党を組み、先に氷の一族を捜し当ててしまったとしたら」
龍は口に手を当てた。しかし長の話とつきあわせると、納得がいく。あの人たちは、氷の一族の末裔。彼らが大昔に戦ったのはドラゴンとその眷属で、人間やドラゴンに存在をかぎつけられないために、この山に籠もった。
「早々、活発になったドラゴンがこの街に来るかもしれんな。そうなったら、何もかも捨てて逃げ出すことだ。それでも、どうなるか保障は出来んが」
まさか、と言いかけて龍は口をつぐんだ。この世界では、なんだって起こるのだ。横では血の気の引いた顔をしたベルトランが、ただ呆然としている。
「ああ、そうそう。言うまでもないが、このことは街の住民には秘密だぞ」
当たり前のように言うクララに、龍はうなずくしかなかった。
暮れかかった日射しが街にかかっている。久しぶりに日の下に出た龍は、一路街を目指しながらため息をついた。トラブルは慣れたものだと思っていたが、ここまでの事態は予想外だ。
逃げるために準備しておくといっても、街には馬に乗れる者ばかりではない。老人もいれば子供もいる。馬車で通れるような道は限られているし、それを急ごしらえで作ったとして間に合うものか。
龍はベルトランと別れてから、虎子《とらこ》に話しかけてみた。
「虎子。何か怪しげなものが街に接近している気配はありますか?」
「……今は特に。映像を遡れるか試してみる」
「ありがとう。無理しないでください」
虎子をいたわってから、龍は宿に戻った。しかし炎を吐く蜥蜴の姿が、脳裏に焼き付いて離れない。結局、あまり眠れなかった。
「休むより動いていた方が、気が楽かも……」
龍はひとり起き上がった。
そういえば、この街に来てからエイドステーションに足を踏み入れていない。別にこの宿屋に不自由はしていないが、あそこには情報があった。それは知っておきたい。
龍は夜中に起き出す。確か、受付にこの街の地図があったはずだ。
もう食事の準備も終わっているのか、ホールにも台所にも人気がなかった。しかし暗がりのどこかから、青い光が漏れ出ているのが見える。
「あれは……」
光に気づいて龍は進む。足を止めたのは、物置扉の前だった。主に、おかみさんが燃えないゴミや粗大ゴミを置いているところだと聞いている。だから、宿の者もめったに足を踏み入れない。
気がついて良かった。意外な場所にあったものだ。人目につかない場所だが、無断で侵入するのが後ろめたく、龍はそそくさと足を踏み入れる。
よくできた扉は、主を待っていたかのように開いた。
部屋の中は暖かい。龍を待っていたように、紅茶とクッキーのセットが置いてあった。龍は少し紅茶に口をつけてから、腰を下ろして資料の解析にとりかかる。
ドラゴンの生態。飛行速度。好むもの。縄張りの広さ。
「これは確かに、大変ですね」
抱えた資料を棚に戻し、龍はしばし沈黙した。圧倒的な戦力。これは平均的な軍が一個師団あっても無理だろう。そもそもこの世界に航空戦力がない以上、頭上をとられてしまえばそのまま兵の命がなくなっていくのは目に見えている。
「せめて平和に共存できればいいですが……」
ドラゴンの大半は好戦的で、自分が縄張りにした土地に人がいるとかぎつければまず襲ってくるという。──たとえそこが、先に人間が住んでいた場所だったとしても。
「盗むとか横取るという意識もなさそうですね」
人の命など、ドラゴンにとっては蟻と同じ。自分が目をつけた場所に邪魔な連中がいるから排除する。ただそれだけで、犠牲になる方のことなど考えもしないのだ。それが自然のあり方だ、と言われればそれまでだが。
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