64 / 101
クララとの邂逅
しおりを挟む
「クールなところも素敵です」
何故か笑うベルトランは放って置いて、龍《りゅう》はクララに向き合った。何をすべきかは、もう考えてある。
「お前がこいつの主人か」
「主人ではありませんが……まあ、同志的な存在でしょうか」
「立派でしょう、素晴らしいでしょう。この方になら話す気になりませんか」
横に下がって余裕が出来たベルトランがうるさい。
「どうだか。格好だけ立派な奴など、掃いて捨てるほどいる」
クララは龍をねめつけた後、苦笑した。
「私は忙しい。帰れ」
「待ってくれ、話を聞いてくれ!!」
ベルトランも顔を赤くして怒鳴るが、クララは意に介した様子がない。
「小物に興味はない、お前はどけ」
いきなり踏み込み、細身のナイフで切りつけられて、ベルトランが悲鳴をあげた。
その場で足が止まっている彼の後ろに、龍は回り込む。疾走してきたクララが、にわかに参戦してきた龍に一瞬顔をしかめた。
龍はそのわずかな間に撃つ。もちろん実弾ではなく、量を絞った麻酔弾だ。
「……っ」
弾はクララの足に命中した。これでしばらく、立ち回りは無理だ。龍はおろか、ベルトランすら殺せないだろう。
「……格好だけは立派と言ったことは、謝罪しよう」
彼女は小さな声でつぶやく。負けを認めた様子だが、憮然とした表情を崩さない。何かを語ろうとする様子もない。
「ほら、無駄だって言ったでしょう。こういう女なんですよ」
ふてくされているような彼女を見て、ベルトランは吐き捨てる。しかし龍は、深々と頭を下げた。権力も腕力もダメとなれば、あとは情に訴えるしかない。取り繕っても仕方無いのだ。
「お願いします。協力していただけませんか。里ひとつが丸々消えてしまった大事件なんです」
龍が必死に頼み込むと、クララはわずかに目をそらした。
「……それは知っている」
感情が露わになりかけている。そう見た龍はさらに歩を進めた。
「まあ平凡な言葉だが、ご愁傷様というところだ」
しかしクララは再び、そっけない様子に戻ってしまった。だが、いつまでも居座られるのも迷惑だと思ったのか、さらに口を開く。
「私は誰も見ていない。それだけは確実だ」
クララは龍の意図をはかるように冷たい目で見つめてきた。それでも食い下がろうとする気配をかぎとったのか、彼女はもう一度繰り返す。
「ここを通り抜けた者などいなかった。……これを聞くくらいの耳はあるだろう」
「今まではそうなのですね、分かりました。これから怪しげな人物を見かけたら連絡をいただけますか?」
「お前、意外としつこいな。それに無茶を言う」
クララは舌打ちをした。
「里が消えたと騒ぐが、今日行ってみたらロンクの街は無事だったぞ。お前が間違った情報をつかまされただけではないのか」
「消えたのはロンクの側にあった、別の里です。氷の谷の奥にあって──」
「なんだと?」
さらに言葉を続けようとする龍を、クララが遮った。彼女は揺れながらもなんとか立ち上がる。
「氷の谷の最深部に人だと……まさか」
クララは真剣な顔でつぶやく。
「何があったんでしょうか」
ベルトランがささやいてくるが、龍にだってわかりはしない。ただ、態度の豹変が妙だとは思う。
「わかった。お前の話に乗ろう」
クララは腰に手をかけ、偉そうなポーズのまま言う。
「もちろん、報酬はもらうぞ」
「それくらいはお安いご用です。この人が」
「しれっと丸投げしてくる貴方も素敵です」
ベルトランは諦めの表情でつぶやいた。クララが視線を龍に向けて、かすかに微笑む。
「その度胸は横の男も見習うべきだな。……お前、氷の里がなぜ滅びたか、知りたくないか?」
龍は自分の頬に朱がのぼるのを感じた。
「知りたい。いいえ、知らなければならないことです」
「ならば教えよう。来い」
短く言ってから、クララは踵を返す。龍たちもそれを追った。
クララの家の扉は、街のどの家よりも分厚かった。大層な構えだ、と龍はわずかに眉を寄せる。
「実験動物が街に繰り出しては、お前たちが困るだろう。中には毒や牙を持った奴もいる」
それを読み取ったようにクララが言い、龍たちに中を指し示す。龍が先に立って、ゆっくりと扉の中に入った。こもった空気が押し寄せてきて、ベルトランが咳払いをする。
「確かに、配慮はされていますね」
窓は鉄の雨戸のようなもので締め切られているし、廊下の途中にも鋼の扉があって途中で区切れるようになっている。動物の逃走を防ぐ仕組みだった。この分では、緊急脱出用の隠し通路まで完備してあるかもしれない。そのことを聞くと、クララは薄く笑っただけだった。
「ここは……」
「飼育室だ。私はここにいる動物を使って、各種実験を行っている」
招き入れられた室内はひんやりと涼しい。部屋の一つがガラス張りになっていて、死んだように動かない大きなトカゲがその内側で寝そべっていた。
「……中に入って最初に案内された部屋が、これとは」
ベルトランが長く息を吐く音が聞こえてきた。
何故か笑うベルトランは放って置いて、龍《りゅう》はクララに向き合った。何をすべきかは、もう考えてある。
「お前がこいつの主人か」
「主人ではありませんが……まあ、同志的な存在でしょうか」
「立派でしょう、素晴らしいでしょう。この方になら話す気になりませんか」
横に下がって余裕が出来たベルトランがうるさい。
「どうだか。格好だけ立派な奴など、掃いて捨てるほどいる」
クララは龍をねめつけた後、苦笑した。
「私は忙しい。帰れ」
「待ってくれ、話を聞いてくれ!!」
ベルトランも顔を赤くして怒鳴るが、クララは意に介した様子がない。
「小物に興味はない、お前はどけ」
いきなり踏み込み、細身のナイフで切りつけられて、ベルトランが悲鳴をあげた。
その場で足が止まっている彼の後ろに、龍は回り込む。疾走してきたクララが、にわかに参戦してきた龍に一瞬顔をしかめた。
龍はそのわずかな間に撃つ。もちろん実弾ではなく、量を絞った麻酔弾だ。
「……っ」
弾はクララの足に命中した。これでしばらく、立ち回りは無理だ。龍はおろか、ベルトランすら殺せないだろう。
「……格好だけは立派と言ったことは、謝罪しよう」
彼女は小さな声でつぶやく。負けを認めた様子だが、憮然とした表情を崩さない。何かを語ろうとする様子もない。
「ほら、無駄だって言ったでしょう。こういう女なんですよ」
ふてくされているような彼女を見て、ベルトランは吐き捨てる。しかし龍は、深々と頭を下げた。権力も腕力もダメとなれば、あとは情に訴えるしかない。取り繕っても仕方無いのだ。
「お願いします。協力していただけませんか。里ひとつが丸々消えてしまった大事件なんです」
龍が必死に頼み込むと、クララはわずかに目をそらした。
「……それは知っている」
感情が露わになりかけている。そう見た龍はさらに歩を進めた。
「まあ平凡な言葉だが、ご愁傷様というところだ」
しかしクララは再び、そっけない様子に戻ってしまった。だが、いつまでも居座られるのも迷惑だと思ったのか、さらに口を開く。
「私は誰も見ていない。それだけは確実だ」
クララは龍の意図をはかるように冷たい目で見つめてきた。それでも食い下がろうとする気配をかぎとったのか、彼女はもう一度繰り返す。
「ここを通り抜けた者などいなかった。……これを聞くくらいの耳はあるだろう」
「今まではそうなのですね、分かりました。これから怪しげな人物を見かけたら連絡をいただけますか?」
「お前、意外としつこいな。それに無茶を言う」
クララは舌打ちをした。
「里が消えたと騒ぐが、今日行ってみたらロンクの街は無事だったぞ。お前が間違った情報をつかまされただけではないのか」
「消えたのはロンクの側にあった、別の里です。氷の谷の奥にあって──」
「なんだと?」
さらに言葉を続けようとする龍を、クララが遮った。彼女は揺れながらもなんとか立ち上がる。
「氷の谷の最深部に人だと……まさか」
クララは真剣な顔でつぶやく。
「何があったんでしょうか」
ベルトランがささやいてくるが、龍にだってわかりはしない。ただ、態度の豹変が妙だとは思う。
「わかった。お前の話に乗ろう」
クララは腰に手をかけ、偉そうなポーズのまま言う。
「もちろん、報酬はもらうぞ」
「それくらいはお安いご用です。この人が」
「しれっと丸投げしてくる貴方も素敵です」
ベルトランは諦めの表情でつぶやいた。クララが視線を龍に向けて、かすかに微笑む。
「その度胸は横の男も見習うべきだな。……お前、氷の里がなぜ滅びたか、知りたくないか?」
龍は自分の頬に朱がのぼるのを感じた。
「知りたい。いいえ、知らなければならないことです」
「ならば教えよう。来い」
短く言ってから、クララは踵を返す。龍たちもそれを追った。
クララの家の扉は、街のどの家よりも分厚かった。大層な構えだ、と龍はわずかに眉を寄せる。
「実験動物が街に繰り出しては、お前たちが困るだろう。中には毒や牙を持った奴もいる」
それを読み取ったようにクララが言い、龍たちに中を指し示す。龍が先に立って、ゆっくりと扉の中に入った。こもった空気が押し寄せてきて、ベルトランが咳払いをする。
「確かに、配慮はされていますね」
窓は鉄の雨戸のようなもので締め切られているし、廊下の途中にも鋼の扉があって途中で区切れるようになっている。動物の逃走を防ぐ仕組みだった。この分では、緊急脱出用の隠し通路まで完備してあるかもしれない。そのことを聞くと、クララは薄く笑っただけだった。
「ここは……」
「飼育室だ。私はここにいる動物を使って、各種実験を行っている」
招き入れられた室内はひんやりと涼しい。部屋の一つがガラス張りになっていて、死んだように動かない大きなトカゲがその内側で寝そべっていた。
「……中に入って最初に案内された部屋が、これとは」
ベルトランが長く息を吐く音が聞こえてきた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ゆうべには白骨となる
戸村井 美夜
キャラ文芸
誰も知らない「お葬式の裏側」と「日常の謎」を題材とした推理小説の二本立て。
どちらからお読み頂いても大丈夫です。
【ゆうべには白骨となる】(長編)
宮田誠人が血相を変えて事務所に飛び込んできたのは、暖かい春の陽射しが眠気を誘う昼下がりの午後のことであった(本文より)――とある葬儀社の新入社員が霊安室で目撃した衝撃の光景とは?
【陽だまりを抱いて眠る】(短編)
ある日突然、私のもとに掛かってきた一本の電話――その「報せ」は、代わり映えのない私の日常を、一変させるものだった。
誰にでも起こりうるのに、それでいて、人生で何度と経験しない稀有な出来事。戸惑う私の胸中には、母への複雑な想いと、とある思惑が絶え間なく渦巻いていた――
ご感想などお聞かせ頂ければ幸いです。
どうぞお気軽にお声かけくださいませ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる