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仏頂面な研究者
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「中間っていうよりはだいぶ街よりですが……クララって女がいます。ここからだと、馬で一時間少しのところに住んでます」
「その人に会えませんか?」
龍《りゅう》の問いに、ベルトランは首を横に振る。
「残念ながら、巻き込まれるのを喜ぶとは思えませんね。なんせ、極端に偏屈で有名な女ですから」
彼女は研究者としてこの地に赴任してきたが、とんでもない性格と研究内容であることはすぐに知れわたった。実験だと言って周辺の動物を勝手に狩り、その骨を道端に放置する。彼女は動物を使って薬の研究をしていると言っていたが、実は犠牲になった人骨が混じっているという噂がすぐに広まった。
あまりにも周辺住民から苦情が多すぎて、街が空き地への移動対応を求めるほどだった。彼女はそれを受け入れ、今の住所に落ち着いているという。
「その時に移動を勧めに行ったのが僕の上官でして。なめられてはいけないと、かなり厳しく躾けられました。そのおかげか、なんとか移転に同意してくれたわけですが」
「では、顔見知りということですね」
「いや、反目しあう仲なのでそこまでは……」
「──もしその時のことを彼女が覚えていたら、話くらいは聞いてくれるかもしれません」
「どうでしょうねえ。どこにも与しない女ですよ」
「でも行くだけ行ってみましょう」
相談したわけではなく、すでに決めたのだとベルトランに告げる。彼は、こうなることは分かってました、と愚痴めいたことを言った。
「知りませんよ、逆上したクララに何されても」
「運には任せません。襲われても大丈夫なように準備をしていきます。あなたはただ、道案内だけしてください」
ベルトランに否と言わせない勢いで、龍は押し切った。
翌日、龍はさっそくベルトランを伴って、肌寒い山道を馬で駆けていた。道に沿って三十分ほど走ったところで、大きく右側に馬を寄せる。緑の色濃い森の中に分け入っていくと、やがて獣道が見えてくる。
徐々に広くなっていく道を進むと、急に目の前が開けた。龍たちの目の前に、久しく見ていなかった平らな土地があった。そこに、高い塀がそびえているのが見える。
「一応、手紙は送っておきました。しかし、読んでいるかどうか……」
「大丈夫みたいですよ」
大きな門の鍵と鎖は外されていた。塀の中に建っている石造りの屋敷は、まるで茨姫の城のように太い蔦で覆われていて、真っ黒なはずの屋根も緑に見えるほどだった。
「お……恐ろしい……」
ベルトランがびったり寄り添ってくるのをいなしながら、龍は進む。
一応屋敷の前には広場があるが、そこは巨大なゴミ捨て場と化している。物が淀んだ川のように溜まり、少しつつけば崩れ落ちてきそうだ。よく見ると、ゴミの中には動物の骨や、血も混ざっていた。むっと鼻をつく嫌な腐敗臭が漂ってくる。もともとこんな暮らしをしていたのなら、当然苦情も出るだろう。
「なるほど。人と関わる気はありません、と全面的に主張してる家ですよね」
「僕が最初に偵察に来た時より、だいぶひどいな……」
だが、たとえそうであっても、ここで帰る気はない。
「龍さん、こっちならまだ倒れたゴミも少なくて歩きやすそうですよ」
ベルトランが横手の道を指さした。聞かれた龍は、首を横に振る。
「みすみす遠回りをする気はありません。そっちには侵入者を始末する罠があります。──仕方無いですが、馬は少し離れたところに置いていきましょう」
「ええっ!?」
さすがにゴミの間に置くのはかわいそうということで、龍たちは少し戻って森のそばに馬をつないでくる。その後は虎子のナビに従って、大きなゴミの間を縫うようにして進んだ。
その甲斐あって、想定より早く玄関が見えてきた。石畳の玄関ポーチを抜けると、龍たちの前には、さび付いた扉が立ちふさがる。通常、扉の脇にありそうな呼び鈴も、来客を察知する門番も存在しない。
扉の横手に人影があった。それは何も言わず、龍たちを認めて動き出す。
「彼女がクララですよ」
龍のところからも、相手の姿が見えた。濃い紺色の髪に、彫像にも似た彫りの深い顔立ち。ベルトランに聞いていた姿と同じだ。
年の頃は三十ほど、それでも体は引き締まっていてスタイルは龍にひけをとらない。鋭い視線は学者というより、熟練のハンターのそれだ。
近寄っていった龍たちを、彼女はじろじろと見つめた。
「し……失礼します」
「ベルトランよ。私は慈善事業をやってるわけじゃない。失礼だという自覚があるなら、さっさと縄張りから去れ」
ベルトランに彼女はにべもなく言った。確かにもめ事を起こしそうな性格だ、と龍は内心ため息をついた。
「まあまあ、そんなこと言わずに……ひとつお聞きしたいことがあるだけですから」
「断る。研究の足を引っ張るな」
ベルトランはそこで言葉に詰まってしまった。困った顔で龍を振り返る。
「……僕は無能な男です」
「大丈夫です。最初から期待していませんでしたから」
「その人に会えませんか?」
龍《りゅう》の問いに、ベルトランは首を横に振る。
「残念ながら、巻き込まれるのを喜ぶとは思えませんね。なんせ、極端に偏屈で有名な女ですから」
彼女は研究者としてこの地に赴任してきたが、とんでもない性格と研究内容であることはすぐに知れわたった。実験だと言って周辺の動物を勝手に狩り、その骨を道端に放置する。彼女は動物を使って薬の研究をしていると言っていたが、実は犠牲になった人骨が混じっているという噂がすぐに広まった。
あまりにも周辺住民から苦情が多すぎて、街が空き地への移動対応を求めるほどだった。彼女はそれを受け入れ、今の住所に落ち着いているという。
「その時に移動を勧めに行ったのが僕の上官でして。なめられてはいけないと、かなり厳しく躾けられました。そのおかげか、なんとか移転に同意してくれたわけですが」
「では、顔見知りということですね」
「いや、反目しあう仲なのでそこまでは……」
「──もしその時のことを彼女が覚えていたら、話くらいは聞いてくれるかもしれません」
「どうでしょうねえ。どこにも与しない女ですよ」
「でも行くだけ行ってみましょう」
相談したわけではなく、すでに決めたのだとベルトランに告げる。彼は、こうなることは分かってました、と愚痴めいたことを言った。
「知りませんよ、逆上したクララに何されても」
「運には任せません。襲われても大丈夫なように準備をしていきます。あなたはただ、道案内だけしてください」
ベルトランに否と言わせない勢いで、龍は押し切った。
翌日、龍はさっそくベルトランを伴って、肌寒い山道を馬で駆けていた。道に沿って三十分ほど走ったところで、大きく右側に馬を寄せる。緑の色濃い森の中に分け入っていくと、やがて獣道が見えてくる。
徐々に広くなっていく道を進むと、急に目の前が開けた。龍たちの目の前に、久しく見ていなかった平らな土地があった。そこに、高い塀がそびえているのが見える。
「一応、手紙は送っておきました。しかし、読んでいるかどうか……」
「大丈夫みたいですよ」
大きな門の鍵と鎖は外されていた。塀の中に建っている石造りの屋敷は、まるで茨姫の城のように太い蔦で覆われていて、真っ黒なはずの屋根も緑に見えるほどだった。
「お……恐ろしい……」
ベルトランがびったり寄り添ってくるのをいなしながら、龍は進む。
一応屋敷の前には広場があるが、そこは巨大なゴミ捨て場と化している。物が淀んだ川のように溜まり、少しつつけば崩れ落ちてきそうだ。よく見ると、ゴミの中には動物の骨や、血も混ざっていた。むっと鼻をつく嫌な腐敗臭が漂ってくる。もともとこんな暮らしをしていたのなら、当然苦情も出るだろう。
「なるほど。人と関わる気はありません、と全面的に主張してる家ですよね」
「僕が最初に偵察に来た時より、だいぶひどいな……」
だが、たとえそうであっても、ここで帰る気はない。
「龍さん、こっちならまだ倒れたゴミも少なくて歩きやすそうですよ」
ベルトランが横手の道を指さした。聞かれた龍は、首を横に振る。
「みすみす遠回りをする気はありません。そっちには侵入者を始末する罠があります。──仕方無いですが、馬は少し離れたところに置いていきましょう」
「ええっ!?」
さすがにゴミの間に置くのはかわいそうということで、龍たちは少し戻って森のそばに馬をつないでくる。その後は虎子のナビに従って、大きなゴミの間を縫うようにして進んだ。
その甲斐あって、想定より早く玄関が見えてきた。石畳の玄関ポーチを抜けると、龍たちの前には、さび付いた扉が立ちふさがる。通常、扉の脇にありそうな呼び鈴も、来客を察知する門番も存在しない。
扉の横手に人影があった。それは何も言わず、龍たちを認めて動き出す。
「彼女がクララですよ」
龍のところからも、相手の姿が見えた。濃い紺色の髪に、彫像にも似た彫りの深い顔立ち。ベルトランに聞いていた姿と同じだ。
年の頃は三十ほど、それでも体は引き締まっていてスタイルは龍にひけをとらない。鋭い視線は学者というより、熟練のハンターのそれだ。
近寄っていった龍たちを、彼女はじろじろと見つめた。
「し……失礼します」
「ベルトランよ。私は慈善事業をやってるわけじゃない。失礼だという自覚があるなら、さっさと縄張りから去れ」
ベルトランに彼女はにべもなく言った。確かにもめ事を起こしそうな性格だ、と龍は内心ため息をついた。
「まあまあ、そんなこと言わずに……ひとつお聞きしたいことがあるだけですから」
「断る。研究の足を引っ張るな」
ベルトランはそこで言葉に詰まってしまった。困った顔で龍を振り返る。
「……僕は無能な男です」
「大丈夫です。最初から期待していませんでしたから」
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