63 / 101
仏頂面な研究者
しおりを挟む
「中間っていうよりはだいぶ街よりですが……クララって女がいます。ここからだと、馬で一時間少しのところに住んでます」
「その人に会えませんか?」
龍《りゅう》の問いに、ベルトランは首を横に振る。
「残念ながら、巻き込まれるのを喜ぶとは思えませんね。なんせ、極端に偏屈で有名な女ですから」
彼女は研究者としてこの地に赴任してきたが、とんでもない性格と研究内容であることはすぐに知れわたった。実験だと言って周辺の動物を勝手に狩り、その骨を道端に放置する。彼女は動物を使って薬の研究をしていると言っていたが、実は犠牲になった人骨が混じっているという噂がすぐに広まった。
あまりにも周辺住民から苦情が多すぎて、街が空き地への移動対応を求めるほどだった。彼女はそれを受け入れ、今の住所に落ち着いているという。
「その時に移動を勧めに行ったのが僕の上官でして。なめられてはいけないと、かなり厳しく躾けられました。そのおかげか、なんとか移転に同意してくれたわけですが」
「では、顔見知りということですね」
「いや、反目しあう仲なのでそこまでは……」
「──もしその時のことを彼女が覚えていたら、話くらいは聞いてくれるかもしれません」
「どうでしょうねえ。どこにも与しない女ですよ」
「でも行くだけ行ってみましょう」
相談したわけではなく、すでに決めたのだとベルトランに告げる。彼は、こうなることは分かってました、と愚痴めいたことを言った。
「知りませんよ、逆上したクララに何されても」
「運には任せません。襲われても大丈夫なように準備をしていきます。あなたはただ、道案内だけしてください」
ベルトランに否と言わせない勢いで、龍は押し切った。
翌日、龍はさっそくベルトランを伴って、肌寒い山道を馬で駆けていた。道に沿って三十分ほど走ったところで、大きく右側に馬を寄せる。緑の色濃い森の中に分け入っていくと、やがて獣道が見えてくる。
徐々に広くなっていく道を進むと、急に目の前が開けた。龍たちの目の前に、久しく見ていなかった平らな土地があった。そこに、高い塀がそびえているのが見える。
「一応、手紙は送っておきました。しかし、読んでいるかどうか……」
「大丈夫みたいですよ」
大きな門の鍵と鎖は外されていた。塀の中に建っている石造りの屋敷は、まるで茨姫の城のように太い蔦で覆われていて、真っ黒なはずの屋根も緑に見えるほどだった。
「お……恐ろしい……」
ベルトランがびったり寄り添ってくるのをいなしながら、龍は進む。
一応屋敷の前には広場があるが、そこは巨大なゴミ捨て場と化している。物が淀んだ川のように溜まり、少しつつけば崩れ落ちてきそうだ。よく見ると、ゴミの中には動物の骨や、血も混ざっていた。むっと鼻をつく嫌な腐敗臭が漂ってくる。もともとこんな暮らしをしていたのなら、当然苦情も出るだろう。
「なるほど。人と関わる気はありません、と全面的に主張してる家ですよね」
「僕が最初に偵察に来た時より、だいぶひどいな……」
だが、たとえそうであっても、ここで帰る気はない。
「龍さん、こっちならまだ倒れたゴミも少なくて歩きやすそうですよ」
ベルトランが横手の道を指さした。聞かれた龍は、首を横に振る。
「みすみす遠回りをする気はありません。そっちには侵入者を始末する罠があります。──仕方無いですが、馬は少し離れたところに置いていきましょう」
「ええっ!?」
さすがにゴミの間に置くのはかわいそうということで、龍たちは少し戻って森のそばに馬をつないでくる。その後は虎子のナビに従って、大きなゴミの間を縫うようにして進んだ。
その甲斐あって、想定より早く玄関が見えてきた。石畳の玄関ポーチを抜けると、龍たちの前には、さび付いた扉が立ちふさがる。通常、扉の脇にありそうな呼び鈴も、来客を察知する門番も存在しない。
扉の横手に人影があった。それは何も言わず、龍たちを認めて動き出す。
「彼女がクララですよ」
龍のところからも、相手の姿が見えた。濃い紺色の髪に、彫像にも似た彫りの深い顔立ち。ベルトランに聞いていた姿と同じだ。
年の頃は三十ほど、それでも体は引き締まっていてスタイルは龍にひけをとらない。鋭い視線は学者というより、熟練のハンターのそれだ。
近寄っていった龍たちを、彼女はじろじろと見つめた。
「し……失礼します」
「ベルトランよ。私は慈善事業をやってるわけじゃない。失礼だという自覚があるなら、さっさと縄張りから去れ」
ベルトランに彼女はにべもなく言った。確かにもめ事を起こしそうな性格だ、と龍は内心ため息をついた。
「まあまあ、そんなこと言わずに……ひとつお聞きしたいことがあるだけですから」
「断る。研究の足を引っ張るな」
ベルトランはそこで言葉に詰まってしまった。困った顔で龍を振り返る。
「……僕は無能な男です」
「大丈夫です。最初から期待していませんでしたから」
「その人に会えませんか?」
龍《りゅう》の問いに、ベルトランは首を横に振る。
「残念ながら、巻き込まれるのを喜ぶとは思えませんね。なんせ、極端に偏屈で有名な女ですから」
彼女は研究者としてこの地に赴任してきたが、とんでもない性格と研究内容であることはすぐに知れわたった。実験だと言って周辺の動物を勝手に狩り、その骨を道端に放置する。彼女は動物を使って薬の研究をしていると言っていたが、実は犠牲になった人骨が混じっているという噂がすぐに広まった。
あまりにも周辺住民から苦情が多すぎて、街が空き地への移動対応を求めるほどだった。彼女はそれを受け入れ、今の住所に落ち着いているという。
「その時に移動を勧めに行ったのが僕の上官でして。なめられてはいけないと、かなり厳しく躾けられました。そのおかげか、なんとか移転に同意してくれたわけですが」
「では、顔見知りということですね」
「いや、反目しあう仲なのでそこまでは……」
「──もしその時のことを彼女が覚えていたら、話くらいは聞いてくれるかもしれません」
「どうでしょうねえ。どこにも与しない女ですよ」
「でも行くだけ行ってみましょう」
相談したわけではなく、すでに決めたのだとベルトランに告げる。彼は、こうなることは分かってました、と愚痴めいたことを言った。
「知りませんよ、逆上したクララに何されても」
「運には任せません。襲われても大丈夫なように準備をしていきます。あなたはただ、道案内だけしてください」
ベルトランに否と言わせない勢いで、龍は押し切った。
翌日、龍はさっそくベルトランを伴って、肌寒い山道を馬で駆けていた。道に沿って三十分ほど走ったところで、大きく右側に馬を寄せる。緑の色濃い森の中に分け入っていくと、やがて獣道が見えてくる。
徐々に広くなっていく道を進むと、急に目の前が開けた。龍たちの目の前に、久しく見ていなかった平らな土地があった。そこに、高い塀がそびえているのが見える。
「一応、手紙は送っておきました。しかし、読んでいるかどうか……」
「大丈夫みたいですよ」
大きな門の鍵と鎖は外されていた。塀の中に建っている石造りの屋敷は、まるで茨姫の城のように太い蔦で覆われていて、真っ黒なはずの屋根も緑に見えるほどだった。
「お……恐ろしい……」
ベルトランがびったり寄り添ってくるのをいなしながら、龍は進む。
一応屋敷の前には広場があるが、そこは巨大なゴミ捨て場と化している。物が淀んだ川のように溜まり、少しつつけば崩れ落ちてきそうだ。よく見ると、ゴミの中には動物の骨や、血も混ざっていた。むっと鼻をつく嫌な腐敗臭が漂ってくる。もともとこんな暮らしをしていたのなら、当然苦情も出るだろう。
「なるほど。人と関わる気はありません、と全面的に主張してる家ですよね」
「僕が最初に偵察に来た時より、だいぶひどいな……」
だが、たとえそうであっても、ここで帰る気はない。
「龍さん、こっちならまだ倒れたゴミも少なくて歩きやすそうですよ」
ベルトランが横手の道を指さした。聞かれた龍は、首を横に振る。
「みすみす遠回りをする気はありません。そっちには侵入者を始末する罠があります。──仕方無いですが、馬は少し離れたところに置いていきましょう」
「ええっ!?」
さすがにゴミの間に置くのはかわいそうということで、龍たちは少し戻って森のそばに馬をつないでくる。その後は虎子のナビに従って、大きなゴミの間を縫うようにして進んだ。
その甲斐あって、想定より早く玄関が見えてきた。石畳の玄関ポーチを抜けると、龍たちの前には、さび付いた扉が立ちふさがる。通常、扉の脇にありそうな呼び鈴も、来客を察知する門番も存在しない。
扉の横手に人影があった。それは何も言わず、龍たちを認めて動き出す。
「彼女がクララですよ」
龍のところからも、相手の姿が見えた。濃い紺色の髪に、彫像にも似た彫りの深い顔立ち。ベルトランに聞いていた姿と同じだ。
年の頃は三十ほど、それでも体は引き締まっていてスタイルは龍にひけをとらない。鋭い視線は学者というより、熟練のハンターのそれだ。
近寄っていった龍たちを、彼女はじろじろと見つめた。
「し……失礼します」
「ベルトランよ。私は慈善事業をやってるわけじゃない。失礼だという自覚があるなら、さっさと縄張りから去れ」
ベルトランに彼女はにべもなく言った。確かにもめ事を起こしそうな性格だ、と龍は内心ため息をついた。
「まあまあ、そんなこと言わずに……ひとつお聞きしたいことがあるだけですから」
「断る。研究の足を引っ張るな」
ベルトランはそこで言葉に詰まってしまった。困った顔で龍を振り返る。
「……僕は無能な男です」
「大丈夫です。最初から期待していませんでしたから」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
黄昏は悲しき堕天使達のシュプール
Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・
黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に
儚くも露と消えていく』
ある朝、
目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。
小学校六年生に戻った俺を取り巻く
懐かしい顔ぶれ。
優しい先生。
いじめっ子のグループ。
クラスで一番美しい少女。
そして。
密かに想い続けていた初恋の少女。
この世界は嘘と欺瞞に満ちている。
愛を語るには幼過ぎる少女達と
愛を語るには汚れ過ぎた大人。
少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、
大人は平然と他人を騙す。
ある時、
俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。
そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。
夕日に少女の涙が落ちる時、
俺は彼女達の笑顔と
失われた真実を
取り戻すことができるのだろうか。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
青い祈り
速水静香
キャラ文芸
私は、真っ白な部屋で目覚めた。
自分が誰なのか、なぜここにいるのか、まるで何も思い出せない。
ただ、鏡に映る青い髪の少女――。
それが私だということだけは確かな事実だった。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる