AIはついに、全人類を人質にとりました。

七綱七名

文字の大きさ
上 下
62 / 101

悲惨な死者

しおりを挟む
 三十分ほどして、無事に警官と遺体があがってくる。多くの警官と軍が、ほっとしたような顔になった。

「助かった……」
「いざという時の備えくらいはしておいてください。間抜けですね」

 冷たく言った龍《りゅう》に、若い警官は憮然とした顔になった。

「そんなことを言うなら、なんで助けた」
「……絶対に、この子だけは谷に落としたくなかったので」

 咎める警官に、龍は小声でそう言うのが精一杯だった。外面を取り繕う余裕が、本当になかったのだ。

 警官が抱き上げた遺体はサレンだった。別れた時と同じボロボロのワンピースを身につけ、白い肌はいっそう白い。ただし、眼下には瞳が無く、暗い洞がぽっかりとあいている。

 龍はそれを遠目で見ることしかできなかった。

「あんた、すごかったな。……同僚の命を助けてくれて、ありがとう」

 まだむっとしている若い警官をよそに、他の者が気を遣ってくれた。公にお褒めの言葉はなかったが、現場検証が終わった後にサレンと面会させてくれるという。ぶっきらぼうではあったが、その対応に龍の気持ちも少し和らいだ。

 しばらく入れ替わり立ち替わり人が来て遺体を検分し、誰からともなく去っていく。その後に抱かせてもらったサレンの体は、びっくりするくらい軽かった。龍はのろのろとサレンの額を撫でる。

 瞼はすでに下ろされていた。勝ち気そうな目は、閉じられているとスルニのそれによく似ている。姉がいなくなって、スルニは悲しんでいるだろうか。それとももう、子の世にいないのだろうか。

 この姉妹は、何を欲しがっていたわけでもなかった。ただ妹と一緒に、ここで笑って生活していただけだった。

 それなのに、彼女の体からは死臭がしている。

 龍は目を瞑った。これはゲームで、彼女は実際にはいなくて、仕方がないと分かっていても、問わずにはいられない。

 ──この子が何をしたっていうんですか。



 サレンの検死結果が出たのは、それからかなり経って夕方のことだった。また病院に集まった面々は、三方から医師を囲むようにして座っている。

「亡骸は、龍さんが言っていた墓の近くに埋めてもらうことになりました。勝手に墓の近くを少し掘ることになりますが、祖先の方も許してくれるでしょう」

 龍は小さくうなずいた。サレンの弔いの話はそれで終わり、いよいよ事件の話に入っていく。医師が資料を配る間、しきりに低いささやきが交わされていた。

「他殺なのは間違いないな」
「ですね。目についた外傷はなさそうでしたが……」

 資料が行き渡ると、痛々しい顔で医師は言い放った。

「まず、皆にこれを伝えなければならん。この死体は他殺だ──心臓が、焼き切れている」

 途端に、室内が静まりかえった。

「馬鹿な」

 沈黙が破れると、雰囲気が変わる。室内は一気にやかましくなった。賑やかな室内を、龍はただ呆然と眺める。

「冗談でしょう?」
「くだらん。おとぎ話じゃあるまいし」
「誰がそんな冗談を言うものか」

 最初は相手にしなかった者も、医師の圧に押されて徐々に口をつぐみ始める。

「え、でも……皮膚は綺麗なものですよね?」

 ベルトランがおそるおそる聞いた。

「どうしてそんなことを……」
「知らん。犯人に聞け。焼けているのは心臓だけではなく、周辺臓器もだ。口の中にも火傷の跡がある。それは喉の中まで続いていることから、今回の凶器は口腔内から侵入し、胃へ落ちる前に高熱を発して心臓を焼き尽くしたと思われる」

 険しい顔のまま医師が伝える。一旦落ち着いていた室内が、またわき上がった。

「それを皆に伝えろと言うのですか!?」
「そもそもそんなもの、あるのか。使う方も安全には扱えないだろう」
「こんな見解が広まれば、ここの権威も失墜します」
「どうとでも言え。私は自分の鑑定に嘘はつけん」

 笑みをなくした顔のまま、医師はそう言い捨てて席を立ってしまった。真面目な学者や医者たちはこれに怒り、資料を見ながら議論を始めている。龍とベルトランが口を挟む間などなかった。結局、悪戯を咎められそうな子供のように、そろそろとその場を辞したのだった。


「あちらの検証は、専門家に任せましょう。いくら細かい理屈を聞いても、理解できません」
「そうですね」

 龍はうなずいた。他に死亡した者が見つからない限り、あちらに行くことはもうないだろう。

 ベルトランが先頭に立って、とぼとぼと馬を走らせる。龍はひとりつぶやいた。

「里が全滅じゃ、様子を聞くこともできませんね。せめて谷に入っていく人物の姿形を、誰かが見ていたら……」

 その思いつきで、集まっている人に話を聞いてみた。しかし龍が滞在している街の人々は、怯えているか、神経が麻痺して腑抜けのようになってしまっているか、見て見ぬふりをしているかだった。とても捜査の助けにはならない。

 龍はベルトランに聞いてみた。

「この村とあの山奥の中間点に、誰か住んでいないのですか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ゆうべには白骨となる

戸村井 美夜
キャラ文芸
誰も知らない「お葬式の裏側」と「日常の謎」を題材とした推理小説の二本立て。 どちらからお読み頂いても大丈夫です。 【ゆうべには白骨となる】(長編) 宮田誠人が血相を変えて事務所に飛び込んできたのは、暖かい春の陽射しが眠気を誘う昼下がりの午後のことであった(本文より)――とある葬儀社の新入社員が霊安室で目撃した衝撃の光景とは? 【陽だまりを抱いて眠る】(短編) ある日突然、私のもとに掛かってきた一本の電話――その「報せ」は、代わり映えのない私の日常を、一変させるものだった。 誰にでも起こりうるのに、それでいて、人生で何度と経験しない稀有な出来事。戸惑う私の胸中には、母への複雑な想いと、とある思惑が絶え間なく渦巻いていた―― ご感想などお聞かせ頂ければ幸いです。 どうぞお気軽にお声かけくださいませ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...