54 / 101
少女との邂逅
しおりを挟む
「別に怖くはないですね。予想より寒いのには困っていますが……すぐに凍えるということはないでしょう」
「しかし」
まだ言うベルトランの腕をつかんで、龍《りゅう》は言った。
「あなたはしばらくそこにいてください。見張りをお願いしたいので。馬にも水をやっておいてください」
「は、はあ……」
ずっと乗ってきた馬をベルトランに預け、龍は奥へ進む。正直、あのナイトならいない方が気が楽だ。
吹き付けてくる冷気から身をかばうように、龍は己の腕で胴体を抱いた。やや猫背になり、小さくなりながらも先へ進む。まだ肝心の愛生《あい》どころか、賊の姿さえ全く見えない。
「どこまで行くの?」
「とりあえず数時間は歩いてみようかと思います。さすがに日が落ちてきたら、帰らないといけませんが」
「大丈夫かなあ……」
不安げな虎子《とらこ》をよそに、龍はずんずん奥に進んでいった。氷と岩で狭いが、一応ひと一人通れるくらいの道はある。薄気味悪い土地ではあるが、猛獣の類いがいない分、今のところは前の塔よりだいぶ歩きやすかった。
ふと龍は振り向いた。かろうじて聞き取れる程度の声がするのに気づき、眉をひそめる。
「今、ひとの声がしませんでしたか」
「……確かに、レーダーに人の姿があるよ。でも小さい。大人の男じゃなさそう」
虎子も声を低くしている。龍は音をたてないよう、慎重にそちらに近付いていった。たとえ子供だったとしても、無害な相手とは断言できない。
物陰からのぞくと、人が動くのがよく見えた。
一人が先導し、もう一人が後を追っている。少女たちだった。姉妹なのか、二人とも白髪に青や紺が混じった、グラデーションの髪をしている。彼女らの髪は長く伸びて腰にまで達していた。しかし大事に手入れされてそうなったのではなく、好き放題伸ばしたという感じでざんばらだった。
しかも極端に痩せていて、それを覆い隠すように粗末な布を巻いていた。顔立ちがとてもかわいらしいのが、かえって痛々しく感じる。親は何をしているのかと、龍は少し呆れた。
その時、龍の足元の氷がかすかにきしんだ。急にたった音だったので、龍は隠れるわけにもいかず棒立ちになってしまった。
「……誰?」
無心に氷を削り取っていた少女たちが、不意に振り返った。そして龍を視認すると、二人揃って氷の際まで急速に後ずさる。妹と思われる方が龍を指さし、ぱくぱくと魚のように口を動かした。驚きすぎて、悲鳴も出ないらしい。
その幽霊のような青白い顔にたじろぎつつ、龍は口を開く。
「ごめんなさい。この辺りを散歩していたの。少しお話ししていい?」
突っ立っていた姉が、不意に龍の方を見つめた。立ち向かうべきか逃げるべきか、それとも話しかけるか迷っているように見える。
重苦しい空気の中、龍は彼女の前にしゃがみ、微笑みかけた。
「何をしてたんですか?」
「食べ物……探してた」
ちょっと言いよどんだが、少女は答えた。
龍は唖然として、少女の手元を見つめた。必死で掘り起こされ、少女の手に握られていたのは、ただのしなびた雑草に見える。栄養になるどころか、食べてしまったらかえって毒になりそうだ。彼女たちの住み処は、そこまで余裕がないのだろうか。
「うーん、私はそれを食べたことがなくて。良かったらこれ……一緒に食べませんか?」
龍の示したサンドイッチに目を奪われていた姉は、うなずきかけた。しかし一瞬の後、激しく首を横に振る。
「毒が混じってるかもしれないから、いらない」
「これじゃ嫌? じゃあ、いいものを作ってあげますね」
龍はため息をついて、サンドイッチを諦めた。龍が食べられるものなら、フェムトにとっては毒扱いなのかもしれない。
「では、この水筒の中のスープにしましょう」
龍は、密閉してある水筒を取り出した。飲める水が入っていたが、道中で飲んでしまっている。
開口部から適当に氷を入れ、それをなんとか操作してスープに変えた。
「これなら、毒が混ざってたら私も死にますよね? 敵ではないと、信じてもらえましたか?」
姉にしがみついていた妹が、肩越しに水筒をのぞく。
「お姉ちゃん……」
妹が姉の顔色をうかがい、小さくつぶやいた。ためらってはいるが、妹の方の意思は決まっているようだ。
しばしの沈黙の後、龍が水筒を差し出すと、姉妹はそれを無心で口にする。よほど飢えていたのか、きれいさっぱりスープがなくなるまでは一瞬だった。それでも姉の方は、最後の一杯を妹に譲ってやって、年長者らしいところを見せていた。
結局彼女らは龍が作り出したサンドイッチにも無造作に手を伸ばし始め、たちまち平らげてしまった。そして龍の横に座り込み、丸く膨れた腹をさすっている。
燃え尽きた様子の少女たちが復活してきたのは、たっぷり十分ほどもたってからだった。
「……いつも食べているものより、ずっといい」
姉の方が、ようやくかすかにではあるが笑顔を見せた。
「私は龍といいます。あなたたちは?」
「私はサレン。妹はスルニ」
妹を抱き寄せながら姉が言った。
「ここには誰と来たんですか?」
龍が問うと、サレンとスルニは奇妙な顔をして、お互いを見やる。
「しかし」
まだ言うベルトランの腕をつかんで、龍《りゅう》は言った。
「あなたはしばらくそこにいてください。見張りをお願いしたいので。馬にも水をやっておいてください」
「は、はあ……」
ずっと乗ってきた馬をベルトランに預け、龍は奥へ進む。正直、あのナイトならいない方が気が楽だ。
吹き付けてくる冷気から身をかばうように、龍は己の腕で胴体を抱いた。やや猫背になり、小さくなりながらも先へ進む。まだ肝心の愛生《あい》どころか、賊の姿さえ全く見えない。
「どこまで行くの?」
「とりあえず数時間は歩いてみようかと思います。さすがに日が落ちてきたら、帰らないといけませんが」
「大丈夫かなあ……」
不安げな虎子《とらこ》をよそに、龍はずんずん奥に進んでいった。氷と岩で狭いが、一応ひと一人通れるくらいの道はある。薄気味悪い土地ではあるが、猛獣の類いがいない分、今のところは前の塔よりだいぶ歩きやすかった。
ふと龍は振り向いた。かろうじて聞き取れる程度の声がするのに気づき、眉をひそめる。
「今、ひとの声がしませんでしたか」
「……確かに、レーダーに人の姿があるよ。でも小さい。大人の男じゃなさそう」
虎子も声を低くしている。龍は音をたてないよう、慎重にそちらに近付いていった。たとえ子供だったとしても、無害な相手とは断言できない。
物陰からのぞくと、人が動くのがよく見えた。
一人が先導し、もう一人が後を追っている。少女たちだった。姉妹なのか、二人とも白髪に青や紺が混じった、グラデーションの髪をしている。彼女らの髪は長く伸びて腰にまで達していた。しかし大事に手入れされてそうなったのではなく、好き放題伸ばしたという感じでざんばらだった。
しかも極端に痩せていて、それを覆い隠すように粗末な布を巻いていた。顔立ちがとてもかわいらしいのが、かえって痛々しく感じる。親は何をしているのかと、龍は少し呆れた。
その時、龍の足元の氷がかすかにきしんだ。急にたった音だったので、龍は隠れるわけにもいかず棒立ちになってしまった。
「……誰?」
無心に氷を削り取っていた少女たちが、不意に振り返った。そして龍を視認すると、二人揃って氷の際まで急速に後ずさる。妹と思われる方が龍を指さし、ぱくぱくと魚のように口を動かした。驚きすぎて、悲鳴も出ないらしい。
その幽霊のような青白い顔にたじろぎつつ、龍は口を開く。
「ごめんなさい。この辺りを散歩していたの。少しお話ししていい?」
突っ立っていた姉が、不意に龍の方を見つめた。立ち向かうべきか逃げるべきか、それとも話しかけるか迷っているように見える。
重苦しい空気の中、龍は彼女の前にしゃがみ、微笑みかけた。
「何をしてたんですか?」
「食べ物……探してた」
ちょっと言いよどんだが、少女は答えた。
龍は唖然として、少女の手元を見つめた。必死で掘り起こされ、少女の手に握られていたのは、ただのしなびた雑草に見える。栄養になるどころか、食べてしまったらかえって毒になりそうだ。彼女たちの住み処は、そこまで余裕がないのだろうか。
「うーん、私はそれを食べたことがなくて。良かったらこれ……一緒に食べませんか?」
龍の示したサンドイッチに目を奪われていた姉は、うなずきかけた。しかし一瞬の後、激しく首を横に振る。
「毒が混じってるかもしれないから、いらない」
「これじゃ嫌? じゃあ、いいものを作ってあげますね」
龍はため息をついて、サンドイッチを諦めた。龍が食べられるものなら、フェムトにとっては毒扱いなのかもしれない。
「では、この水筒の中のスープにしましょう」
龍は、密閉してある水筒を取り出した。飲める水が入っていたが、道中で飲んでしまっている。
開口部から適当に氷を入れ、それをなんとか操作してスープに変えた。
「これなら、毒が混ざってたら私も死にますよね? 敵ではないと、信じてもらえましたか?」
姉にしがみついていた妹が、肩越しに水筒をのぞく。
「お姉ちゃん……」
妹が姉の顔色をうかがい、小さくつぶやいた。ためらってはいるが、妹の方の意思は決まっているようだ。
しばしの沈黙の後、龍が水筒を差し出すと、姉妹はそれを無心で口にする。よほど飢えていたのか、きれいさっぱりスープがなくなるまでは一瞬だった。それでも姉の方は、最後の一杯を妹に譲ってやって、年長者らしいところを見せていた。
結局彼女らは龍が作り出したサンドイッチにも無造作に手を伸ばし始め、たちまち平らげてしまった。そして龍の横に座り込み、丸く膨れた腹をさすっている。
燃え尽きた様子の少女たちが復活してきたのは、たっぷり十分ほどもたってからだった。
「……いつも食べているものより、ずっといい」
姉の方が、ようやくかすかにではあるが笑顔を見せた。
「私は龍といいます。あなたたちは?」
「私はサレン。妹はスルニ」
妹を抱き寄せながら姉が言った。
「ここには誰と来たんですか?」
龍が問うと、サレンとスルニは奇妙な顔をして、お互いを見やる。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
ゆうべには白骨となる
戸村井 美夜
キャラ文芸
誰も知らない「お葬式の裏側」と「日常の謎」を題材とした推理小説の二本立て。
どちらからお読み頂いても大丈夫です。
【ゆうべには白骨となる】(長編)
宮田誠人が血相を変えて事務所に飛び込んできたのは、暖かい春の陽射しが眠気を誘う昼下がりの午後のことであった(本文より)――とある葬儀社の新入社員が霊安室で目撃した衝撃の光景とは?
【陽だまりを抱いて眠る】(短編)
ある日突然、私のもとに掛かってきた一本の電話――その「報せ」は、代わり映えのない私の日常を、一変させるものだった。
誰にでも起こりうるのに、それでいて、人生で何度と経験しない稀有な出来事。戸惑う私の胸中には、母への複雑な想いと、とある思惑が絶え間なく渦巻いていた――
ご感想などお聞かせ頂ければ幸いです。
どうぞお気軽にお声かけくださいませ。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる