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初日は観光から始めよう
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だいたいの家が白い屋根に水色の壁、という日本ではそうない色使いをしている。装飾だろうか日よけだろうか、各家の扉には暖簾のような長い布がかかっている。明らかににわかごしらえの質素な布もあれば金糸が入ったものもあり、その住民の趣味が見てとれた。
「やっぱり金糸が入っているところの方がお金持ちなのでしょうか?」
龍《りゅう》は聞いてみた。
「いやあ、そんな泥棒の標的になるようなことはしませんって。大体が、宿屋や商店ですよ。売り上げのため、目立つためにやってるんです」
「なるほどね」
「あ、アクセサリーを売っています。一つプレゼントさせてください!」
「いらないです」
本当に無駄に元気な人だ、と龍はため息をついた。わめくベルトランに、とりあえずなんでもいいから宿を探してくれと伝える。真面目に付き合っていたらきりがない。
ベルトランがちょっと残念そうな顔で足を踏み入れたのは、小さな宿だった。さっぱりとした飾り気のない内装だが、掃除が行き届いていて龍は好感を抱く。
「ここにしましょう」
「大丈夫なんですか、いきなり入って」
「これまでも何度も世話になってるんです。おかみさんはいい人ですよ」
「まあまあ、ベルトランさんじゃないの! いつもうちの人が助けてもらって、すまないねえ」
本当にベルトランが顔を出しただけで、宿の主人がぱっと顔を輝かせた。龍には理解できないが、まあいいところもあるのだろう。
「さ、少し遅くなりましたが、昼食にしましょう。ここは料理が美味しいんですよ。今日は私たちのために、滅多に出さない長期熟成ワインも、開けてくれるそうです!」
「……羽振りがいいことね」
龍はため息とともに答えた。
「さあさ、くつろいでくださいまし。窓際の良い席があいていますよ」
ベルトランは主人と楽しそうに話している。
「なんて綺麗な方なんでしょう。ベルトランさん、ずいぶんご執心ね」
「そうでしょうそうでしょう、なんで分かったんですか? いやあ、おかみさんには敵わないな」
着席した龍は黙々と出されたパンを口の中につめこんだ。自分のことに集中していないと、馬鹿馬鹿しいだけだ。
無骨な形のパンは、てっきり固いかと思っていたら中がもちもちとして柔らかく、大変美味しかった。店主が厨房から持ってきた、牛乳をたっぷり使ったシチューと、実によく合う。思わぬごちそうだったので、時間をかけてゆっくりと食事をする。
……これは、愛生の実家の味だろう。龍にはあまり記憶のない味だった。
ベルトランの前には、少し龍とは違う具のシチューが並んでいる。フェムトと実物だから違うというより、もともと入っているものが違うようだ。
「相変わらず、おかみさんのパボのシチューは美味しいなあ」
「パボ?」
「ここら辺でよく食べる鳥ですよ」
その写真を見せてもらうと、ニワトリよりもよく太った孔雀に似ていた。太りすぎて飛べないようにして養殖し、食料として利用する。それ以外にも、水槽で飼うことのできる鰻のような魚も人気があるそうだ。
「後からそちらの料理もお出ししましょうか?」
「いえ、結構です」
現実世界にない食材だ、そのまま出てこないに決まっている。無駄に家族に料理をさせることもないと考えた龍は、口を閉じてにっこりと微笑んだ。
「それでは、紅茶のおかわりはいかが?」
美しい陶器のポットを持って、おかみさんがやってきた。
「タダならいただきます! もらえる物は、もらっておかないと!」
「そういうのを卑しいと言うのですよ」
調子のいい男だ。龍は懲らしめのためにベルトランの足を蹴ってやったが、まるで動じた様子がない。
「ニナ、そっちの籠を持ってきてちょうだい。落とさないでね」
「わかったー!」
おかみさんが、カウンターの向こう側を見て叫ぶ。奥から幼い声がして、龍の視線がそちらに吸い寄せられた。
髪をまとめた小さな女の子が、忙しなく動いている。父親からパンで一杯になった籠を渡され、微笑んでいた。
虎子《とらこ》と同じくらいの歳だろうか。そう思いながら、龍はしばらく食堂の中を見ていた。自然と口元に笑みが浮かぶ。
「パンのおかわり、どうぞー!」
「ありがとう。いただきます」
龍が礼を言うと、少女はくしゃっと顔を動かして笑う。そして皿にパンを置くと、瞬く間に次のテーブルにうつっていった。騒ぐこともなく仕事をこなす姿は、すでに一人前の風格すらある。
「あの女の子は、娘さんですか?」
「そうですよ、うちの末の子。あと二人図体のでかい兄貴がいて、裏で薪割りをしてくれてます。幸い、みんな丈夫に育ってくれて……うちは恵まれてるわ」
おかみさんが胸を張る。
「小さい頃から手伝いか。全然やらなかったなあ」
「今からでも見習ってはどうです?」
口ごもるベルトランを見て龍が笑っていると、横手から新たに笑い声があがった。しかしこちらは、純粋な笑いではなく、嘲笑うような色があった。
「あら、そちらのお嬢さんも働いたことがないように見えるわよ。あなたも一緒に働いたら?」
「やっぱり金糸が入っているところの方がお金持ちなのでしょうか?」
龍《りゅう》は聞いてみた。
「いやあ、そんな泥棒の標的になるようなことはしませんって。大体が、宿屋や商店ですよ。売り上げのため、目立つためにやってるんです」
「なるほどね」
「あ、アクセサリーを売っています。一つプレゼントさせてください!」
「いらないです」
本当に無駄に元気な人だ、と龍はため息をついた。わめくベルトランに、とりあえずなんでもいいから宿を探してくれと伝える。真面目に付き合っていたらきりがない。
ベルトランがちょっと残念そうな顔で足を踏み入れたのは、小さな宿だった。さっぱりとした飾り気のない内装だが、掃除が行き届いていて龍は好感を抱く。
「ここにしましょう」
「大丈夫なんですか、いきなり入って」
「これまでも何度も世話になってるんです。おかみさんはいい人ですよ」
「まあまあ、ベルトランさんじゃないの! いつもうちの人が助けてもらって、すまないねえ」
本当にベルトランが顔を出しただけで、宿の主人がぱっと顔を輝かせた。龍には理解できないが、まあいいところもあるのだろう。
「さ、少し遅くなりましたが、昼食にしましょう。ここは料理が美味しいんですよ。今日は私たちのために、滅多に出さない長期熟成ワインも、開けてくれるそうです!」
「……羽振りがいいことね」
龍はため息とともに答えた。
「さあさ、くつろいでくださいまし。窓際の良い席があいていますよ」
ベルトランは主人と楽しそうに話している。
「なんて綺麗な方なんでしょう。ベルトランさん、ずいぶんご執心ね」
「そうでしょうそうでしょう、なんで分かったんですか? いやあ、おかみさんには敵わないな」
着席した龍は黙々と出されたパンを口の中につめこんだ。自分のことに集中していないと、馬鹿馬鹿しいだけだ。
無骨な形のパンは、てっきり固いかと思っていたら中がもちもちとして柔らかく、大変美味しかった。店主が厨房から持ってきた、牛乳をたっぷり使ったシチューと、実によく合う。思わぬごちそうだったので、時間をかけてゆっくりと食事をする。
……これは、愛生の実家の味だろう。龍にはあまり記憶のない味だった。
ベルトランの前には、少し龍とは違う具のシチューが並んでいる。フェムトと実物だから違うというより、もともと入っているものが違うようだ。
「相変わらず、おかみさんのパボのシチューは美味しいなあ」
「パボ?」
「ここら辺でよく食べる鳥ですよ」
その写真を見せてもらうと、ニワトリよりもよく太った孔雀に似ていた。太りすぎて飛べないようにして養殖し、食料として利用する。それ以外にも、水槽で飼うことのできる鰻のような魚も人気があるそうだ。
「後からそちらの料理もお出ししましょうか?」
「いえ、結構です」
現実世界にない食材だ、そのまま出てこないに決まっている。無駄に家族に料理をさせることもないと考えた龍は、口を閉じてにっこりと微笑んだ。
「それでは、紅茶のおかわりはいかが?」
美しい陶器のポットを持って、おかみさんがやってきた。
「タダならいただきます! もらえる物は、もらっておかないと!」
「そういうのを卑しいと言うのですよ」
調子のいい男だ。龍は懲らしめのためにベルトランの足を蹴ってやったが、まるで動じた様子がない。
「ニナ、そっちの籠を持ってきてちょうだい。落とさないでね」
「わかったー!」
おかみさんが、カウンターの向こう側を見て叫ぶ。奥から幼い声がして、龍の視線がそちらに吸い寄せられた。
髪をまとめた小さな女の子が、忙しなく動いている。父親からパンで一杯になった籠を渡され、微笑んでいた。
虎子《とらこ》と同じくらいの歳だろうか。そう思いながら、龍はしばらく食堂の中を見ていた。自然と口元に笑みが浮かぶ。
「パンのおかわり、どうぞー!」
「ありがとう。いただきます」
龍が礼を言うと、少女はくしゃっと顔を動かして笑う。そして皿にパンを置くと、瞬く間に次のテーブルにうつっていった。騒ぐこともなく仕事をこなす姿は、すでに一人前の風格すらある。
「あの女の子は、娘さんですか?」
「そうですよ、うちの末の子。あと二人図体のでかい兄貴がいて、裏で薪割りをしてくれてます。幸い、みんな丈夫に育ってくれて……うちは恵まれてるわ」
おかみさんが胸を張る。
「小さい頃から手伝いか。全然やらなかったなあ」
「今からでも見習ってはどうです?」
口ごもるベルトランを見て龍が笑っていると、横手から新たに笑い声があがった。しかしこちらは、純粋な笑いではなく、嘲笑うような色があった。
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