AIはついに、全人類を人質にとりました。

七綱七名

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愚弟の成長、そして一巻の終わり

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「よう」
「おはようございます」

 話しかけた愛生《あい》に対して、帚木《ははきぎ》はうやうやしく頭を下げた。光政《みつまさ》を倒してから彼はずっと持ち上げてくれていて、愛生としては少々面食らっている。

「一段落だな。……お前、人形作りはもうやめるのか?」

 愛生がそう問うと、帚木は肩をすくめてみせた。

「いいえ。しがみつくしかないでしょう。私はこれ以外に、生きる術を知らないのですから」
「そりゃそう思うよなあ。でも、お前なら他の細工だって、なんでもできそうな気がするぞ?」
「買いかぶりですよ。それに……あの子たちを、もう一度生まれ変わらせてあげたいと思っていまして」

 愛生は仰天した。帚木はさらに続ける。

「全く同じものは出来ないでしょう。しかし動くことをやめたくはない。……今度こそ、生まれてきて良かったと思えるように、作ってあげたいんです」

 愛生は帚木を見つめた。一時はかなり弱っていたが、心配は無用だったようだ。帚木はしっかりと立ち直っている。

 彼の頭の中には、一体どんな奇妙で精巧な人形の構想が出来上がっているのだろう。それを聞けないことが、愛生は心から残念だった。

「そうかい。頑張れよ」
「……いい時間です。私は昼にしますが、一緒にどうですか? 軽食ならありますが」
「ありがとう、自分で持ってきてるよ」

 愛生はローストビーフ入りのサンドイッチを、帚木は村人からもらったらしいおにぎりを並んで食べた。

「そろそろ食べ終わったか、兄貴」

 食事が終わって水を飲んでいると、頭上から急に声がかかる。

「ああ。どうした?」
「ちょっと、来て欲しいところがあるんだよ」

 問い詰めても、京《けい》は妙に口ごもるだけだ。なにか目論見があるらしい。結局愛生の方が折れて、京と一緒に行くことにした。

「……なんじゃいねえ、あれ」
「さあ。また帚木さんが、なんぞ作ったんじゃないのか?」

 村人たちが円陣を組みながら、見守っている物がある。愛生はその正体に気付いた時、はっとした。

 視線の先には、崖がある。そこに、この前までなかった巨大な黒い扉が浮かび上がっていた。扉には、龍の頭の紋章が、金色のペンキのようなもので描かれている。

 まだ当惑している愛生に向かって、京が言う。

「その龍の紋章に、ぴったりの名前の人がいるだろ。忘れたとは言わせないぞ、兄貴」
「まさか……どんな手を使ったんだ?」

 愛生が思わず言うと、京は憤慨してみせた。

「俺だって単なる足手まといじゃないんだぞ。龍さんの居場所を探してみて、それらしいポイントを見つけたんだ。兄貴がそこに行けるように、みんなに調整してもらうのにしばらくかかったけど」
「お前……」
「俺は確かに馬鹿だけどさあ、記憶力くらいはあるよ。……ちょっとだけだけど。元通り、二人で冒険するのが、兄貴にとってきっと一番いいんだと思う」
「ありがとうな」

 愛生は、弟の親切に素直に感謝した。久しぶりに、心が和む感覚を味わう。

「お前を、みんなを信じるよ。龍と合流して、必ず現実世界に戻る」

 愛生が言うと同時に、静かに扉が手前に開く。愛生はそちらに向かって歩き出した。

「……ゲーム、クリアだな」
「行ってしまわれるのですね? 本当に、お世話になりました」

 名残惜しそうにこちらを見る帚木。そして、村の生き残りたち。その姿は全く異なっているのに、なぜか似ているように見えた。

 戦いが何かを変えたのだろうか、お互い守り合うように並んで立っている。歓声も歓喜もなかったが、ひとり住んでいた帚木の中で、何かが変わったのを確かに感じた。これなら、彼も村で暮らせるようになるかもしれない。

「荒れたのは一時のことだろう。これから頑張れよ」

 邪魔にならないよう少し下がった彼らに手を振って、愛生は前へ進む。もう再び会うことはないだろう彼らの姿を脳裏に刻み、扉に足を踏み入れた。

 扉が閉まった次の瞬間、光が押し寄せてきて愛生は目を閉じる。

 再び目を開いた時、絶句した。

 再開を切望した相手はその先にいなかった。つかもうとした手は空を切り、その前には――草木一本生えない、灼熱の大地が広がっていた。生き物の気配はない。目の前にいる、ただ一つの生物を除いては。

 目の前にいたのは、最高位の生物、ドラゴン。

 ただ獲物を始末するだけのためにあるような、大きな爪の生えた前後脚。人の想像するあらゆる怪異のそれを集めたような、漆黒で奇妙な形をした鱗。そして、なによりも山を覆うほどの大きな翼。

 愛生は、まるで熱い物に触れたかのように飛び退いた。

 脚を折り、寝ていた風情のドラゴンは、後ろにいる愛生の気配を感じ取って、身じろぎをした。

 吠えもせず、ドラゴンは静かに起き上がる。それがかえって、恐ろしかった。

 そして二つの太陽と見まがうような金色の双眸が天をにらむ。その光は、愛生の脳裏に焼きついた。

「終わった……」

 立ちつくした愛生は反射的に、そうつぶやいていた。


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