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押し寄せる鉄槌
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住民たちは移動し、かつて愛生《あい》が河原を見下ろしていた丘に上がる。人形の一部が前に出て、住民たちをとり囲んだ。そのうちに、横手からも住民と人形たちが上がってくる。
「生き残っていたのはこれで全部か」
「確認できる限りは」
「よし、守りを固めろ」
丘の上と下、対峙する侍と農民。ささいなことで均衡が破れれば、下の部隊は飛びかかってくる。愛生はそう読んでいた。
しかし奇妙なことに、焦れているはずの光政《みつまさ》は攻めてこなかった。あえて愛生たちの自由に任せているように見える。からかっているのか、それとも他に意図があるのか。
愛生は考えながら、背後を振り返った。いつも動き回っている農民たちの足取りはしっかりしていたが、今度は帚木《ははきぎ》が膝をついてしまった。
「すみません、ここまでのようです……」
震える声で彼は言う。
「やるべきことはやってくれたんだろう。休んで体力を回復しろ」
帚木は苦しそうな息のまま、首を横に振る。
「……人形たちがかなり減りました。普通の人間が武器を持っていたとしても、そうそう負けない子たちがです。よほどの威力の砲で押し切られたか、そうでなければ──」
帚木が何かを言いかけた瞬間、農民たちがざわつき始めた。愛生は彼らが指さす方角を見やる。
どっと鎧姿の武者たちが押し寄せた。丘の上からでも、数が容易につかめないほどいる。武者たちの足が地面を叩く音が地鳴りのように聞こえてきた。実際に、地面さえ揺らいだかもしれない。
ひどく驚いた愛生が駆けつけた敵の数を数えていると、老人が歯を見せて笑った。
「驚け。千いるぞ」
武士たちは各々日本刀を持っていた。それに加えて、置盾と呼ばれる、支えの足がついた大きな板も配置されている。主に弓矢の攻撃を防ぐために編み出された盾だ。飛び道具に対しての警備も万全、というわけだ。
「増援が間に合い、喜ばしい。後続の軍はさらに二千いる。そいつらももうすぐ駆けつける。三千の軍に、三百弱の兵でどうやって戦うつもりだ? 高所を確保してはいるようだが、そんな有利はすぐに塵と消えるぞ。十分に嬲り尽くしてやる」
三千の軍に包囲された、たった百数十の農民と、百前後の人形。一斉攻撃をかけられたら、確かに光政の言う通りになるだろう。さっきまでキレていた光政の余裕の源はこれか。
囲みを破れるような装備はあるはずもなく、隠れる場所も逃げ道ももはやない。もはや彼らの憔悴は傍から見ても明らかで、身内同士で体を寄せ合って震えていた。
「後続の兵が到着するまで待ってやる。それまでに降伏し、儂の足元までおりてこい。さもなくば、貴様らの命はない」
すると、光政の方から意外なことに手がさしのべられた。村人同士の間で、不安げな視線が交わされる。
「こ……降伏した方がいいのかな?」
「それはどうでしょう。彼は拷問用具なら死ぬほど持っていますしね。約束を守って命は助けたとしても、死なない程度に拷問されるかもしれません。今後、今までのように農作業ができるとは限りませんよ」
帚木が静かに言うものだから、村人たちの顔が絶望に塗りつぶされていった。
「じゃあ、一か八か戦うしかないのか!?」
「話、聞いてなかったのか! 敵は三千いるんだぞ!」
「まあ、急ぐな急ぐな。……こっちにも、攻め手はあるんだ。世界は広いな」
愛生はつぶやいた。うつむいていた農民たちが、ふと顔を上げる。
「悪いが、刀も弓も、頭数でさえもこれには無力だ。ミサイルでも持ってこない限りはな」
「み、みさいる?」
妙な名称に顔をしかめる農民たちに、愛生は笑顔を向ける。
「気にするな、目論見があるってだけの話だ。それより、狙われてどんなに怖くても、ここを動くなよ。死ぬぞ」
愛生はそれだけ言って村人たちには目もくれず、ずっと丘の後ろの方を見ていた。
その前兆は、不意にきた。遠くから、どどっと音が聞こえてきた。地響きの音が、次第に近付いてきている。
愛生は刀をしっかり握る。緊張で、手がわずかに震えていた。
「は、小賢しい。車でも用意したか?」
「……迫っているのは車でも、人間じゃない」
「え?」
「ははは、よく村を見てないからこういう羽目になる。お前には、村の守り神が見えなかったらしいな」
愛生がそう言って笑うのと──その場に堰を切ったことによる大量の水が押し寄せるのは、ほぼ同時だった。間近に迫っていた脅威に気づいていなかった武者たちは、一様に目を見開く。
「な、なんだあれは!」
「鉄砲水だ、でもなんだってこっちへ来たんだ!?」
一度走り出した水は止まらない。深い青色をした川の水は、目にも止まらぬ速さで平地に流れこんできた。武士たちが浮き足立つが、もうその頃には水が膝下まで達している。
今度は丘の下が、阿鼻叫喚の騒ぎになった。襲い来る水から逃げようとする武士たちの鎧がぶつかりあうガチャガチャという音が、愛生のところまで聞こえてくる。しかし憤怒して振った刀は、愛生たちにはもう届かない。
「防水堤防を、ちょっと爆破させてもらっただけだ。こっちに水の流れが近付くようにな」
「生き残っていたのはこれで全部か」
「確認できる限りは」
「よし、守りを固めろ」
丘の上と下、対峙する侍と農民。ささいなことで均衡が破れれば、下の部隊は飛びかかってくる。愛生はそう読んでいた。
しかし奇妙なことに、焦れているはずの光政《みつまさ》は攻めてこなかった。あえて愛生たちの自由に任せているように見える。からかっているのか、それとも他に意図があるのか。
愛生は考えながら、背後を振り返った。いつも動き回っている農民たちの足取りはしっかりしていたが、今度は帚木《ははきぎ》が膝をついてしまった。
「すみません、ここまでのようです……」
震える声で彼は言う。
「やるべきことはやってくれたんだろう。休んで体力を回復しろ」
帚木は苦しそうな息のまま、首を横に振る。
「……人形たちがかなり減りました。普通の人間が武器を持っていたとしても、そうそう負けない子たちがです。よほどの威力の砲で押し切られたか、そうでなければ──」
帚木が何かを言いかけた瞬間、農民たちがざわつき始めた。愛生は彼らが指さす方角を見やる。
どっと鎧姿の武者たちが押し寄せた。丘の上からでも、数が容易につかめないほどいる。武者たちの足が地面を叩く音が地鳴りのように聞こえてきた。実際に、地面さえ揺らいだかもしれない。
ひどく驚いた愛生が駆けつけた敵の数を数えていると、老人が歯を見せて笑った。
「驚け。千いるぞ」
武士たちは各々日本刀を持っていた。それに加えて、置盾と呼ばれる、支えの足がついた大きな板も配置されている。主に弓矢の攻撃を防ぐために編み出された盾だ。飛び道具に対しての警備も万全、というわけだ。
「増援が間に合い、喜ばしい。後続の軍はさらに二千いる。そいつらももうすぐ駆けつける。三千の軍に、三百弱の兵でどうやって戦うつもりだ? 高所を確保してはいるようだが、そんな有利はすぐに塵と消えるぞ。十分に嬲り尽くしてやる」
三千の軍に包囲された、たった百数十の農民と、百前後の人形。一斉攻撃をかけられたら、確かに光政の言う通りになるだろう。さっきまでキレていた光政の余裕の源はこれか。
囲みを破れるような装備はあるはずもなく、隠れる場所も逃げ道ももはやない。もはや彼らの憔悴は傍から見ても明らかで、身内同士で体を寄せ合って震えていた。
「後続の兵が到着するまで待ってやる。それまでに降伏し、儂の足元までおりてこい。さもなくば、貴様らの命はない」
すると、光政の方から意外なことに手がさしのべられた。村人同士の間で、不安げな視線が交わされる。
「こ……降伏した方がいいのかな?」
「それはどうでしょう。彼は拷問用具なら死ぬほど持っていますしね。約束を守って命は助けたとしても、死なない程度に拷問されるかもしれません。今後、今までのように農作業ができるとは限りませんよ」
帚木が静かに言うものだから、村人たちの顔が絶望に塗りつぶされていった。
「じゃあ、一か八か戦うしかないのか!?」
「話、聞いてなかったのか! 敵は三千いるんだぞ!」
「まあ、急ぐな急ぐな。……こっちにも、攻め手はあるんだ。世界は広いな」
愛生はつぶやいた。うつむいていた農民たちが、ふと顔を上げる。
「悪いが、刀も弓も、頭数でさえもこれには無力だ。ミサイルでも持ってこない限りはな」
「み、みさいる?」
妙な名称に顔をしかめる農民たちに、愛生は笑顔を向ける。
「気にするな、目論見があるってだけの話だ。それより、狙われてどんなに怖くても、ここを動くなよ。死ぬぞ」
愛生はそれだけ言って村人たちには目もくれず、ずっと丘の後ろの方を見ていた。
その前兆は、不意にきた。遠くから、どどっと音が聞こえてきた。地響きの音が、次第に近付いてきている。
愛生は刀をしっかり握る。緊張で、手がわずかに震えていた。
「は、小賢しい。車でも用意したか?」
「……迫っているのは車でも、人間じゃない」
「え?」
「ははは、よく村を見てないからこういう羽目になる。お前には、村の守り神が見えなかったらしいな」
愛生がそう言って笑うのと──その場に堰を切ったことによる大量の水が押し寄せるのは、ほぼ同時だった。間近に迫っていた脅威に気づいていなかった武者たちは、一様に目を見開く。
「な、なんだあれは!」
「鉄砲水だ、でもなんだってこっちへ来たんだ!?」
一度走り出した水は止まらない。深い青色をした川の水は、目にも止まらぬ速さで平地に流れこんできた。武士たちが浮き足立つが、もうその頃には水が膝下まで達している。
今度は丘の下が、阿鼻叫喚の騒ぎになった。襲い来る水から逃げようとする武士たちの鎧がぶつかりあうガチャガチャという音が、愛生のところまで聞こえてくる。しかし憤怒して振った刀は、愛生たちにはもう届かない。
「防水堤防を、ちょっと爆破させてもらっただけだ。こっちに水の流れが近付くようにな」
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