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本物と偽物
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「そのような者は多い。十分に一軍が形成できるくらいにな。儂は、そういう連中を見る目はあるというわけだ」
「……有能なのは間違いないな。さすが、本物を殺して成り代わっただだけのことはある」
老人は大きく口を開いた。そのまま陸にあがった魚のように、ぱくぱくと唇を動かす。何か言おうとしても、言葉が出てこない様子だった。
振り上げた拳をつきあげたまま固まる光政《みつまさ》に、愛生《あい》はさらに意地悪く言った。
「聞こえなかったのか? お前はまぎれもない偽物なんだろう?」
今まで剛勇、狂気に支配されていたにせよ、何者にも干渉されない一種の威厳のようなものが、光政にはみなぎっていた。それが一気に崩れ落ち、ひょいと違う人物に変わってしまったような──ちょうど舞台で俳優が入れ替わってしまったような、そんな奇妙な空気が場を支配した。
愛生だけは動揺の中、落ち着いていた。これみよがしに肩をすくめ、光政を見つめる。
「話し合う余地があるなら、警告で済ませてやろうと思ったがな。お前は光政じゃない。本物はもうとっくに、墓の下に入っているよ」
「何を証拠に……」
「お前らも見たんだろう、あの家系図。あそこで薄墨に塗られていたのは、血友病の保因者だ」
その言葉を聞いて、光政はうめいた。この時代に血友病がなんと呼ばれていたかは知らないが、ゲームのキャラにはそれが何を示すかわかるようになっているのだろう。
「家系図で、塗りつぶされずに残っている名前に光政はなかった。つまり、光政もまた血友病の陽性者だったことになる。まあ、ここまでは自然なつながりだ。血友病は男性の方が発症しやすいからな、男子の光政がなったところで普通だ」
愛生はとうとう、触れてはならない場所に入っていった。光政の目が、限界まで見開かれる。
「だが、血友病はまともな治療を受けなければ、十代にも満たず死亡するといわれている重病だ。それなのになぜ、こいつはこんな高齢になるまで生きている?」
突きつけられた事実に、光政は一瞬後ずさりした。
「……さあな。儂が病に対して、耐性を持っていた。ただ、それだけの話であろうよ。勇猛果敢な者に対しては、病魔でさえも道を開けるということだな」
光政が吼えた。なんとか逃げ道を探そうとしている。そうはいくか。
「同じ空気を吸うのも嫌なレベルなんだが、その説に反論させてもらう。お前はもともと血友病じゃなかった」
「なんだと!? そんなわけがなかろう」
光政は、額に青筋が浮き出そうな勢いで怒鳴った。
「妄言をいますぐやめぬと──」
「鼻血」
愛生のその一言で、光政の顔が歪んだ。
今まで頑としていた武士たちの間にも、迷いのようなものが生じ始めた。周囲からささやき声が聞こえてくる。この事実は、光政とごくわずかな側近しか知らなかったのだろう。
「実際に血友病患者ならば、出血は一大事。当主の一大事を恐れて、大騒ぎになったはずだ。しかしおかしなことに、お前の出血はすぐ止まったという。そんなことが血友病患者であるわけがない。どこかで入れ替わった証拠だ」
光政は、まるで喉元に刃を突きつけられたような表情になった。
「どうやったかは知らん──最初はこいつの発案じゃなかったんだろう。体よく自分のために動く傀儡が欲しかった、誰か重臣の仕業ってところか。よく外に隠してきた方だ、そいつの脳味噌の出来が良かったんだろう」
しかし人のやることに、完璧はない。その隠蔽に徹底的な亀裂を入れたのは、皮肉にも光政自身の癖のせいだった。愛生はそれを思い、可笑しそうに体を揺する。
「城主の秘密は、決して外にもれてはならない。だが、それをすっかり忘れていた馬鹿のせいでそうはいかなくなった。知った相手は消さなくちゃならない。今までも相当殺してきたんだろう」
だが、その追っ手の網から逃れ、人形たちに守られてきたのが帚木《ははきぎ》だった。
「しかしようやく、帚木を見つけた。始末しようとしたところで、そいつが見慣れない黒ずくめの男と接触しだした。明らかにそいつはこの国の者じゃない。襲うのはしばらく待って、男の周囲を調べた」
光政の周辺で、顔に恐怖を浮かべた者が数人居た。彼らの指紋をとれば、きっと机のものと一致する奴がいるだろう。
「家まで探って、どうやらそいつも秘密を知っているらしいと分かった。逃がすわけにはいかない。だから今日、御大将自らこの村に乗り込んできたわけだ。──何かおかしいところがあるか?」
愛生は相手をバカにしきった目線を向ける。光政は否定しなかった。武士の間からわずかにどよめきがあがった。
相手の勢いが弱まったその隙を逃さず、愛生は周囲の武士の懐に入っていた。不意をつかれた敵の攻撃は空を切る。遠慮無く槍先を地面に叩きつけられ、次いで身を沈めた愛生に顎を蹴り飛ばされた。
愛生は首を振って、怒りの声をあげる老人に向き直った。
「お前は当主じゃない。ただのもうろくした爺だ。容赦しないからな」
「……有能なのは間違いないな。さすが、本物を殺して成り代わっただだけのことはある」
老人は大きく口を開いた。そのまま陸にあがった魚のように、ぱくぱくと唇を動かす。何か言おうとしても、言葉が出てこない様子だった。
振り上げた拳をつきあげたまま固まる光政《みつまさ》に、愛生《あい》はさらに意地悪く言った。
「聞こえなかったのか? お前はまぎれもない偽物なんだろう?」
今まで剛勇、狂気に支配されていたにせよ、何者にも干渉されない一種の威厳のようなものが、光政にはみなぎっていた。それが一気に崩れ落ち、ひょいと違う人物に変わってしまったような──ちょうど舞台で俳優が入れ替わってしまったような、そんな奇妙な空気が場を支配した。
愛生だけは動揺の中、落ち着いていた。これみよがしに肩をすくめ、光政を見つめる。
「話し合う余地があるなら、警告で済ませてやろうと思ったがな。お前は光政じゃない。本物はもうとっくに、墓の下に入っているよ」
「何を証拠に……」
「お前らも見たんだろう、あの家系図。あそこで薄墨に塗られていたのは、血友病の保因者だ」
その言葉を聞いて、光政はうめいた。この時代に血友病がなんと呼ばれていたかは知らないが、ゲームのキャラにはそれが何を示すかわかるようになっているのだろう。
「家系図で、塗りつぶされずに残っている名前に光政はなかった。つまり、光政もまた血友病の陽性者だったことになる。まあ、ここまでは自然なつながりだ。血友病は男性の方が発症しやすいからな、男子の光政がなったところで普通だ」
愛生はとうとう、触れてはならない場所に入っていった。光政の目が、限界まで見開かれる。
「だが、血友病はまともな治療を受けなければ、十代にも満たず死亡するといわれている重病だ。それなのになぜ、こいつはこんな高齢になるまで生きている?」
突きつけられた事実に、光政は一瞬後ずさりした。
「……さあな。儂が病に対して、耐性を持っていた。ただ、それだけの話であろうよ。勇猛果敢な者に対しては、病魔でさえも道を開けるということだな」
光政が吼えた。なんとか逃げ道を探そうとしている。そうはいくか。
「同じ空気を吸うのも嫌なレベルなんだが、その説に反論させてもらう。お前はもともと血友病じゃなかった」
「なんだと!? そんなわけがなかろう」
光政は、額に青筋が浮き出そうな勢いで怒鳴った。
「妄言をいますぐやめぬと──」
「鼻血」
愛生のその一言で、光政の顔が歪んだ。
今まで頑としていた武士たちの間にも、迷いのようなものが生じ始めた。周囲からささやき声が聞こえてくる。この事実は、光政とごくわずかな側近しか知らなかったのだろう。
「実際に血友病患者ならば、出血は一大事。当主の一大事を恐れて、大騒ぎになったはずだ。しかしおかしなことに、お前の出血はすぐ止まったという。そんなことが血友病患者であるわけがない。どこかで入れ替わった証拠だ」
光政は、まるで喉元に刃を突きつけられたような表情になった。
「どうやったかは知らん──最初はこいつの発案じゃなかったんだろう。体よく自分のために動く傀儡が欲しかった、誰か重臣の仕業ってところか。よく外に隠してきた方だ、そいつの脳味噌の出来が良かったんだろう」
しかし人のやることに、完璧はない。その隠蔽に徹底的な亀裂を入れたのは、皮肉にも光政自身の癖のせいだった。愛生はそれを思い、可笑しそうに体を揺する。
「城主の秘密は、決して外にもれてはならない。だが、それをすっかり忘れていた馬鹿のせいでそうはいかなくなった。知った相手は消さなくちゃならない。今までも相当殺してきたんだろう」
だが、その追っ手の網から逃れ、人形たちに守られてきたのが帚木《ははきぎ》だった。
「しかしようやく、帚木を見つけた。始末しようとしたところで、そいつが見慣れない黒ずくめの男と接触しだした。明らかにそいつはこの国の者じゃない。襲うのはしばらく待って、男の周囲を調べた」
光政の周辺で、顔に恐怖を浮かべた者が数人居た。彼らの指紋をとれば、きっと机のものと一致する奴がいるだろう。
「家まで探って、どうやらそいつも秘密を知っているらしいと分かった。逃がすわけにはいかない。だから今日、御大将自らこの村に乗り込んできたわけだ。──何かおかしいところがあるか?」
愛生は相手をバカにしきった目線を向ける。光政は否定しなかった。武士の間からわずかにどよめきがあがった。
相手の勢いが弱まったその隙を逃さず、愛生は周囲の武士の懐に入っていた。不意をつかれた敵の攻撃は空を切る。遠慮無く槍先を地面に叩きつけられ、次いで身を沈めた愛生に顎を蹴り飛ばされた。
愛生は首を振って、怒りの声をあげる老人に向き直った。
「お前は当主じゃない。ただのもうろくした爺だ。容赦しないからな」
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