AIはついに、全人類を人質にとりました。

七綱七名

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虐殺のはじまり

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 伏せると同時に、頭の上に何かが刺さった音がした。愛生《あい》は危うく水路に落ちそうになりながら、道を転がる。

 じゅ、と何かが溶ける音がした。次いで、焦げ臭い匂いが漂う。火矢だ。忌まわしい攻撃が、ついに来た。

 愛生が両手を使って体を起こすと、熱で変形した積み藁が、今まさに燃え上がろうとしているところだった。愛生が後ずさると、乾いた藁はあっという間にばちばちと音を立てながら炎の塊と化し、その豪炎が周囲の草にも燃え広がり始めた。

「火事だ!」

 愛生は民家に向かって突進し、無我夢中で怒鳴った。周囲の家に居た村人から、悲鳴とどよめきがあがる。

「なんだと!?」
「本当だ、煙があがってる!」

 青い顔をした女たちが、子供を抱えながら家から飛び出してきた。囲われて眠っていたニワトリたちも目を覚まして、忙しなく羽音をたてている。皆の絶望が、空気に乗って辺りに漂っていく。

「燃えてるぞ! 年寄りも家の外に出ろ!」
「田圃は無事なのかい!? 水を引いてこなきゃ──」
「馬鹿、そんなことしてる場合か! 逃げないと炎に囲まれるぞ!」

 四方八方から声が飛び交う。会話ができる者はまだ良い方で、震えて立てない者もたくさんいた。その合間を、狼煙のような太い煙が遮っていく。

「……帚木《ははきぎ》に伝えろ。例の作戦を実行だ、とな。できるか?」

 人形は困惑した様子もなく、飛び立った。どうか途中で怪物のような武士に射落とされないでくれ、と愛生は祈る。

 それから村の様子を見て回った。いくらも歩かないうちに、パニックになった村人がそこここに集まっているのがわかる。彼らの意識は現実から離れ、少しふわふわしていた。危険な兆候だ。

「逃げろ! あっちには船がある!」

 誰かが不用意にそう口走った。悲鳴とわめき声と共に、逃げる人波が愛生を飲みこむ。誰か一人が走り出すと、次々と人々が後に続いた。

 駆ける人々は、細い道に固まってやがて壁のようになる。あちらこちらで押し合いへし合いが始まり、列が混乱し始めた。我先にと焦って、かえって避難が遅くなっているのだ。

 愛生はとっさに、現実世界でいつも父に言われていたことを思い出した。

 群衆の中でテロに巻き込まれたら、まず人の少ない方向に逃げろ。固まっていたら相手は必ずそこを狙う。犠牲者を増やして話題になることが、奴らの一番の目的だからだ。

 だが、今の村人がその話を理解できるとは思えない。逃れられない恐怖に囚われているからだ。

 このままでは全員殺される。狙っている敵の方を潰さなくてはならない。愛生は姿勢を低くしたまま、村の中央とは反対側に駆けていく。そこで愛生は、昨日まで村になかった奇妙な物体に気づいた。

 逃げていく人々と、炎に気を取られていたが──なんだ。あの集められた物体は。大きな二輪は見えるが、あれは車ではない。

 中央に長く細い筒が伸びている。砲弾を平行に飛ばすために構えられたその筒の名前は……

「カノン砲!」

 愛生は耐えきれずにそう叫んでいた。しかしありったけ絞り出したその声が、村人に届くことはない。

 何かが飛んでいくとき、風が起こす音。そして背筋をかすめる気配。

 それに気づいた愛生が息をのんだ次の瞬間、愛生の前方から黒煙がたちのぼった。凄まじい、咆哮にも似た着弾音があがる。

 巨大な砲弾による爆発が、そこに立っていた人間たちをなぎ払ったのだ。逃げようと密集していた、老若男女全てを。すさまじい破壊力の前に、人間たちはあまりにも無力だった。

 愛生は咳き込みながら頭を振る。顔をしかめたまま、前方を見た。

 その場を無音が支配している。嵐が終わった後の無音だ。愛生は風にまじってきた血の臭いに気づき、息をつめた。

 砲撃の跡に、爆発の衝撃でばらばらに引き裂かれた人間の残骸が転がっている。麻痺していた聴覚が、ようやく生き残った村人たちの絶叫をとらえた。愛生はそちらに駆け寄る。

 直撃を受けた十数人はほぼ即死だった。その中でわずかに動いていた男が、動きを止めた。服はぼろきれと化し、全身が火傷をしている。そして腹に大穴があいていた。彼の開いた瞳が、零れ出た舌が恨めしそうな形相を作る。

 だが、それで最後だった。もう、命はない。横たわる彼は、ただの「死体」になったのだと愛生は肌で感じた。

「砲兵まで動かしやがったか……」

 村のあちこちから火の手が上がっている。わめき声は大きくなるばかりだ。愛生は駆け回っている間にできた擦り傷からにじむ血をぬぐって、唇を噛んだ。

 再び、砲の装填準備が進んでいる。愛生は荒い息を吐きながら立ち上がった。このままでは、堆く死体が積み上がることになる。愛生は長刀を持っている。大砲ではなく、使い手の方を黙らせないと。

 愛生はざっと視線を流す。目の前に武士が五人ほど、固まって立っているのに気づいた。その中央に小さな人影がある。

 愛生は思わず歩みを止めた。そこに槍が突き込まれる。反射的に、愛生はその柄をつかんでへし折っていた。
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