39 / 101
合わない墓の数
しおりを挟む
犯人候補としては、その前領主。またはその手先、ということになるのだろう。聞く限り相当気性が荒いようだから、大量殺人になるかもしれない。愛生《あい》たちにつきつけられるのは、こんな事件ばかりだった。
今の領主がしっかりしているなら会って助力を求めたいが、親父に好き勝手されているような体たらく──ほとんど傀儡のような状態──ではそれは望めない。
「となると、全面戦争になった時にどうするか、決めておかないとな……」
まずは地形と、建造物の位置の把握だ。どこにでもある田んぼと山、そして川。これが戦をする上では、重要な地形となる。
「……といっても、防御に使えるものがなーんにもないな」
愛生はわずかに眉をひそめ、唸った。この地区は田んぼが多く、隠れられる場所がほとんどない。家も木と藁の作りだから、火矢でも放たれたらつるっと丸裸にされてしまうだろう。
「俺がここで戦をするとしたら……」
まずは主要な道に兵を置いて逃げ場をなくす。それから家を全て焼いて住民をあぶり出し、脚の遅いものから殺していく。
長期戦なら田畑を焼いて食料を押収し、飢えさせるという手もあるが……それは領主の性格に合わないだろう。
「いずれにせよ、住民側に勝ち目はないな」
「……兄貴って、ホントに性格悪いのな」
呆れた様子の京《けい》の声が、頭上から降ってくる。
「もしもの話だよ。最悪の事態を想像しとけば、いざっていう時に迷わなくて済むだろ。お前も村の全体図くらい、頭に入れておけ」
「そんな難しいこと言われても困る!!」
「お前、普段どうやって東京で生活してるんだ?」
愛生は思わず仏頂面になった。
「分からなくなったら人に聞けばいいし。最悪、家から車が迎えに来てくれるからさ」
「ああ、そうかい」
愛生は生返事をしながら村の端まで来て、踵を返した。
「しっかりした砦を、今から築くのは無理か……」
まともな平地はどこからも丸見え。河原の方は帚木《ははきぎ》が使っているし、使えそうなのは、少し高くなっている小丘くらい。大規模な開発をしようものなら、まず真っ先に領主にバレる。
「武器をとって兵を排除できる奴は絶対必要で、あとはこっちにも何か秘密兵器が欲しいな……」
せめて、村人の味方になってくれる勇敢な武士がいればいいのだが。帚木の知り合いは、まだ健在だろうか。他に牽制になるような勢力、統治者はないだろうか。できることなら領主が村に夢中になっている間に、突然背後から襲いかかれればベストなのだが。
「エイドステーションで、周辺国の地図でも探すか」
愛生は調査に見切りをつけ、戦術を練るためにねぐらに帰ろうとした。そろそろ時刻も夕方になり、空に橙色が混じってきた。徐々に、足元を見るのに提灯が欲しい薄暗さになってきている。
その時、愛生は視界の端で何かが動いたのに気づく。
影だ。人の形をしたそれから長いものが伸びていて、何か武器を帯びていることを愛生に教えてくれる。愛生はそちらから見えない位置に移動した。
「夕方は逢魔、とは言うが……あれは人間だな」
足軽、とでもいうのだろうか。胴体に鎧はつけているものの、腕や足に装備が全くない。彼はしばらく周囲を見渡していたが、愛生には気づかなかったらしく、来た道を引き返した。
追っていくと、数人の似た格好をした足軽がたむろしていた。その中心に、異質な武者がいる。
虚ろな印象を与える男だった。真っ黒な鎧兜を身にまとっている。兜の隙間から、神経質そうな顔がのぞいていた。
男は苛立たしげに周囲を見渡し、何やらしきりに帳面に書き付けている。何やら足軽たちに罵声を浴びせた後、追加で命令をしていた。部下をあずかっているとしたら、それなりの身分か。
愛生は直感的に物陰に身を隠す。その直後に、男の顔がこちらを向いた。見つかったか、と思ったが、彼はゆっくりと顔を元に戻した。
彼らは程なくして立ち去ったが、そのなんの感情も浮かんでいなさそうな目は、愛生に強い印象を残した。人形よりも人形めいた顔に対抗しようと、愛生は拳を握っていたことに気づく。
「あの不気味な男、誰かを探しているようだったが……」
なんとなくそれは、自分な気がした。ここに来てから、特に人目を避けてはいない。噂にのぼることもあっただろう。
異分子である愛生を追い払いたいだけならいいが、この村に住んでいる人に迷惑がかかるようなことをしようと企んではいないだろうか。
「なあ、兄ちゃん」
愛生が唇をかんだその時、不意に声がかかる。
「なんだよ、京。ナビならいらないぞ」
「手がかり探してるんだろ? なんであの墓に行かないの?」
京の妙な一言に、愛生はなんとも言えない感情を抱いた。前から不思議ちゃんで馬鹿ではあったが、今度は一体なんだ。
「調べたよ。墓は七つとも」
「八つだって言ったじゃん」
「どう見ても墓石は七つしかなかったぞ!!」
「奥にもう一つ隠してあるじゃん。草の向こう」
「……お前、そのことを俺には一回も言ってないよな?」
今の領主がしっかりしているなら会って助力を求めたいが、親父に好き勝手されているような体たらく──ほとんど傀儡のような状態──ではそれは望めない。
「となると、全面戦争になった時にどうするか、決めておかないとな……」
まずは地形と、建造物の位置の把握だ。どこにでもある田んぼと山、そして川。これが戦をする上では、重要な地形となる。
「……といっても、防御に使えるものがなーんにもないな」
愛生はわずかに眉をひそめ、唸った。この地区は田んぼが多く、隠れられる場所がほとんどない。家も木と藁の作りだから、火矢でも放たれたらつるっと丸裸にされてしまうだろう。
「俺がここで戦をするとしたら……」
まずは主要な道に兵を置いて逃げ場をなくす。それから家を全て焼いて住民をあぶり出し、脚の遅いものから殺していく。
長期戦なら田畑を焼いて食料を押収し、飢えさせるという手もあるが……それは領主の性格に合わないだろう。
「いずれにせよ、住民側に勝ち目はないな」
「……兄貴って、ホントに性格悪いのな」
呆れた様子の京《けい》の声が、頭上から降ってくる。
「もしもの話だよ。最悪の事態を想像しとけば、いざっていう時に迷わなくて済むだろ。お前も村の全体図くらい、頭に入れておけ」
「そんな難しいこと言われても困る!!」
「お前、普段どうやって東京で生活してるんだ?」
愛生は思わず仏頂面になった。
「分からなくなったら人に聞けばいいし。最悪、家から車が迎えに来てくれるからさ」
「ああ、そうかい」
愛生は生返事をしながら村の端まで来て、踵を返した。
「しっかりした砦を、今から築くのは無理か……」
まともな平地はどこからも丸見え。河原の方は帚木《ははきぎ》が使っているし、使えそうなのは、少し高くなっている小丘くらい。大規模な開発をしようものなら、まず真っ先に領主にバレる。
「武器をとって兵を排除できる奴は絶対必要で、あとはこっちにも何か秘密兵器が欲しいな……」
せめて、村人の味方になってくれる勇敢な武士がいればいいのだが。帚木の知り合いは、まだ健在だろうか。他に牽制になるような勢力、統治者はないだろうか。できることなら領主が村に夢中になっている間に、突然背後から襲いかかれればベストなのだが。
「エイドステーションで、周辺国の地図でも探すか」
愛生は調査に見切りをつけ、戦術を練るためにねぐらに帰ろうとした。そろそろ時刻も夕方になり、空に橙色が混じってきた。徐々に、足元を見るのに提灯が欲しい薄暗さになってきている。
その時、愛生は視界の端で何かが動いたのに気づく。
影だ。人の形をしたそれから長いものが伸びていて、何か武器を帯びていることを愛生に教えてくれる。愛生はそちらから見えない位置に移動した。
「夕方は逢魔、とは言うが……あれは人間だな」
足軽、とでもいうのだろうか。胴体に鎧はつけているものの、腕や足に装備が全くない。彼はしばらく周囲を見渡していたが、愛生には気づかなかったらしく、来た道を引き返した。
追っていくと、数人の似た格好をした足軽がたむろしていた。その中心に、異質な武者がいる。
虚ろな印象を与える男だった。真っ黒な鎧兜を身にまとっている。兜の隙間から、神経質そうな顔がのぞいていた。
男は苛立たしげに周囲を見渡し、何やらしきりに帳面に書き付けている。何やら足軽たちに罵声を浴びせた後、追加で命令をしていた。部下をあずかっているとしたら、それなりの身分か。
愛生は直感的に物陰に身を隠す。その直後に、男の顔がこちらを向いた。見つかったか、と思ったが、彼はゆっくりと顔を元に戻した。
彼らは程なくして立ち去ったが、そのなんの感情も浮かんでいなさそうな目は、愛生に強い印象を残した。人形よりも人形めいた顔に対抗しようと、愛生は拳を握っていたことに気づく。
「あの不気味な男、誰かを探しているようだったが……」
なんとなくそれは、自分な気がした。ここに来てから、特に人目を避けてはいない。噂にのぼることもあっただろう。
異分子である愛生を追い払いたいだけならいいが、この村に住んでいる人に迷惑がかかるようなことをしようと企んではいないだろうか。
「なあ、兄ちゃん」
愛生が唇をかんだその時、不意に声がかかる。
「なんだよ、京。ナビならいらないぞ」
「手がかり探してるんだろ? なんであの墓に行かないの?」
京の妙な一言に、愛生はなんとも言えない感情を抱いた。前から不思議ちゃんで馬鹿ではあったが、今度は一体なんだ。
「調べたよ。墓は七つとも」
「八つだって言ったじゃん」
「どう見ても墓石は七つしかなかったぞ!!」
「奥にもう一つ隠してあるじゃん。草の向こう」
「……お前、そのことを俺には一回も言ってないよな?」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ゆうべには白骨となる
戸村井 美夜
キャラ文芸
誰も知らない「お葬式の裏側」と「日常の謎」を題材とした推理小説の二本立て。
どちらからお読み頂いても大丈夫です。
【ゆうべには白骨となる】(長編)
宮田誠人が血相を変えて事務所に飛び込んできたのは、暖かい春の陽射しが眠気を誘う昼下がりの午後のことであった(本文より)――とある葬儀社の新入社員が霊安室で目撃した衝撃の光景とは?
【陽だまりを抱いて眠る】(短編)
ある日突然、私のもとに掛かってきた一本の電話――その「報せ」は、代わり映えのない私の日常を、一変させるものだった。
誰にでも起こりうるのに、それでいて、人生で何度と経験しない稀有な出来事。戸惑う私の胸中には、母への複雑な想いと、とある思惑が絶え間なく渦巻いていた――
ご感想などお聞かせ頂ければ幸いです。
どうぞお気軽にお声かけくださいませ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる