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真実を知ってから
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「久しぶりに、本気で焦りましたよ。よその国に泣きついて、救ってもらおうかとも思いました。住民を脱出させようかとも思いました。……でもどちらも、本気にしてもらえるとは思えない。証拠は、死んでしまった男の言葉しかないんです」
領主を直接見たことがある帚木《ははきぎ》ならばすぐに分かる。度を超えた領主の残酷さ、異様さ。人間の形をしてはいるが、中身が決して人ではないもの。本来なら領主の座から引きはがさなければならなかったもの。
帚木は考えた末に、行動を始めた。ここでようやく、退路を断って凶暴な領主に立ち向かう覚悟を決めたのだ。
「亡くなった方の名前は分かっていましたから、その方と親しい人物に声をかけていき、同志を見いだしました。しかしそれでも、集まった味方は五十人ほどでした」
強者もいたし、事務方に強い者もいた。同志たちは帚木の計画を聞き、最終的には納得してくれたという。
「良い計画を作ったんだな」
「時間がなかっただけですよ。領主が人形たちの殺し合いを見て、人形しかいない街が燃えるかりそめの一夜を見て、満足してくれることを祈るしかなかった」
ここで問題が生じた。指揮や会場の設営は、他の者が引き受けてくれた。しかし物騒なことを行える人形を作れるのは、帚木一人しかいなかったのだ。
「あの人形たちを、全て一ヶ月で?」
目を見張る愛生《あい》を見て、帚木は笑った。
「当初は今の半分くらいでしたがね。それでも大変だった」
帚木は急いで職を辞したが、それでも時間は刻々と減っていった。時には、部品がたりなくて代金を待ってもらったり、細かな部品をくすねたことさえあったという。
「……失礼、嫌な話で申し訳ない」
愛生は首を横に振った。一人で戦い続けた帚木を、責める気にはとてもなれない。
「まあ、その時の私は、幽鬼のような様だったらしいですよ。後に同僚から聞きました」
「それはそうだろうな……」
「しかしそのおかげで、作戦は思った以上にうまくいきました。領主は興奮して一晩中わめき続け、朝を迎えると同時に鼻血を噴いて倒れました。血はすぐに止まったようですが……さすがにそれで懲りたようで、それからは以前のように出歩くことはなくなりました」
愛生は安堵の息をついた。
「厄介払いはできたわけだな。んで、ちゃんと罰せられたのか、そいつ」
「珍しくないことですが、年齢を理由に隠居となっています。しかしそれでもなお、彼は独自の人脈を持っている。逆らえば、屈強な兵を動かしてくるでしょう」
「んで、まだそいつに真相を悟られないよう、身を隠してるってわけか」
つくづく迷惑なジジイだ。愛生は顔をしかめた。
愛生の心の中を読み取ったように、帚木が困った顔になった。そして頭を下げる。
「申し訳ありません。しかし、我々には力が無い。あの老人が息絶えるまで、こうやってやり過ごすしかないんです。……悲劇を避けるために」
そう言う帚木の目には、深い悲しみが宿っていた。
「人形は戦うのが、自分の生まれてきた理由ではないと思っているので、嫌がります。人工頭脳の基礎が、救助用人形ですから。けれど、人形たちの戦いは続くんです。再度同じようなことがあった時に備えて。……あなたには何も話さず、失礼しました。お詫びします」
疲れ果てた顔でそう言い、頭を下げる帚木を見て、愛生はため息をこぼすしかなかった。彼の戦いは、まだ終わっていないのだ。
だが、その細腕だけに全てを背負わせるのはもう終わりだ。
「……そうかい。いっそ俺が潰してやろうか、その馬鹿?」
愛生がそう言うと、帚木は目を丸くしていた。
「冗談だ。黙っておくから心配するな」
目配せすると、初めて──ほんの少しだけ、帚木が気安い表情になった。
「さ、夕食をごちそうします。……なにも盛りはしませんから、安心してください」
帚木が手を叩くと、さっきの金髪の給仕人形が食事を運んできた。今日、卓の上に並んだのはステーキに付け合わせのマッシュポテトとクレソン、それに籠いっぱいのパン。
出てきた料理は相変わらず実家の味だったが、愛生はうまいうまいと褒めておく。実際、長時間の探索で腹が減っていたので食事の機会は本当にありがたかった。
その夜は、清潔に整えられた褥の中で、愛生はぐっすり眠った。
日の出と共に、愛生は帚木の家を出る。睡眠で、疲労はすっかりとれていた。
「あの扉、内側からなら取っ手を引くだけで開きます。自動で閉まりますので、そのままにしておいてください」
「わかった」
「お気をつけて」
「お前もな」
その功績をほとんどの者が知らない英雄に手を振り、別れた。
道中、昨日の話を思い出す。早く村に着かなくてはと、愛生の心がはやる。誰と戦えばいいのか、だんだん分かってきた。次に、どうやって勝つかを考えなければならない。
北の森を抜け、愛生は村に戻ってきた。
「今度のゲームは、どういう形で起こるかだが……」
領主を直接見たことがある帚木《ははきぎ》ならばすぐに分かる。度を超えた領主の残酷さ、異様さ。人間の形をしてはいるが、中身が決して人ではないもの。本来なら領主の座から引きはがさなければならなかったもの。
帚木は考えた末に、行動を始めた。ここでようやく、退路を断って凶暴な領主に立ち向かう覚悟を決めたのだ。
「亡くなった方の名前は分かっていましたから、その方と親しい人物に声をかけていき、同志を見いだしました。しかしそれでも、集まった味方は五十人ほどでした」
強者もいたし、事務方に強い者もいた。同志たちは帚木の計画を聞き、最終的には納得してくれたという。
「良い計画を作ったんだな」
「時間がなかっただけですよ。領主が人形たちの殺し合いを見て、人形しかいない街が燃えるかりそめの一夜を見て、満足してくれることを祈るしかなかった」
ここで問題が生じた。指揮や会場の設営は、他の者が引き受けてくれた。しかし物騒なことを行える人形を作れるのは、帚木一人しかいなかったのだ。
「あの人形たちを、全て一ヶ月で?」
目を見張る愛生《あい》を見て、帚木は笑った。
「当初は今の半分くらいでしたがね。それでも大変だった」
帚木は急いで職を辞したが、それでも時間は刻々と減っていった。時には、部品がたりなくて代金を待ってもらったり、細かな部品をくすねたことさえあったという。
「……失礼、嫌な話で申し訳ない」
愛生は首を横に振った。一人で戦い続けた帚木を、責める気にはとてもなれない。
「まあ、その時の私は、幽鬼のような様だったらしいですよ。後に同僚から聞きました」
「それはそうだろうな……」
「しかしそのおかげで、作戦は思った以上にうまくいきました。領主は興奮して一晩中わめき続け、朝を迎えると同時に鼻血を噴いて倒れました。血はすぐに止まったようですが……さすがにそれで懲りたようで、それからは以前のように出歩くことはなくなりました」
愛生は安堵の息をついた。
「厄介払いはできたわけだな。んで、ちゃんと罰せられたのか、そいつ」
「珍しくないことですが、年齢を理由に隠居となっています。しかしそれでもなお、彼は独自の人脈を持っている。逆らえば、屈強な兵を動かしてくるでしょう」
「んで、まだそいつに真相を悟られないよう、身を隠してるってわけか」
つくづく迷惑なジジイだ。愛生は顔をしかめた。
愛生の心の中を読み取ったように、帚木が困った顔になった。そして頭を下げる。
「申し訳ありません。しかし、我々には力が無い。あの老人が息絶えるまで、こうやってやり過ごすしかないんです。……悲劇を避けるために」
そう言う帚木の目には、深い悲しみが宿っていた。
「人形は戦うのが、自分の生まれてきた理由ではないと思っているので、嫌がります。人工頭脳の基礎が、救助用人形ですから。けれど、人形たちの戦いは続くんです。再度同じようなことがあった時に備えて。……あなたには何も話さず、失礼しました。お詫びします」
疲れ果てた顔でそう言い、頭を下げる帚木を見て、愛生はため息をこぼすしかなかった。彼の戦いは、まだ終わっていないのだ。
だが、その細腕だけに全てを背負わせるのはもう終わりだ。
「……そうかい。いっそ俺が潰してやろうか、その馬鹿?」
愛生がそう言うと、帚木は目を丸くしていた。
「冗談だ。黙っておくから心配するな」
目配せすると、初めて──ほんの少しだけ、帚木が気安い表情になった。
「さ、夕食をごちそうします。……なにも盛りはしませんから、安心してください」
帚木が手を叩くと、さっきの金髪の給仕人形が食事を運んできた。今日、卓の上に並んだのはステーキに付け合わせのマッシュポテトとクレソン、それに籠いっぱいのパン。
出てきた料理は相変わらず実家の味だったが、愛生はうまいうまいと褒めておく。実際、長時間の探索で腹が減っていたので食事の機会は本当にありがたかった。
その夜は、清潔に整えられた褥の中で、愛生はぐっすり眠った。
日の出と共に、愛生は帚木の家を出る。睡眠で、疲労はすっかりとれていた。
「あの扉、内側からなら取っ手を引くだけで開きます。自動で閉まりますので、そのままにしておいてください」
「わかった」
「お気をつけて」
「お前もな」
その功績をほとんどの者が知らない英雄に手を振り、別れた。
道中、昨日の話を思い出す。早く村に着かなくてはと、愛生の心がはやる。誰と戦えばいいのか、だんだん分かってきた。次に、どうやって勝つかを考えなければならない。
北の森を抜け、愛生は村に戻ってきた。
「今度のゲームは、どういう形で起こるかだが……」
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