AIはついに、全人類を人質にとりました。

七綱七名

文字の大きさ
上 下
38 / 101

真実を知ってから

しおりを挟む
「久しぶりに、本気で焦りましたよ。よその国に泣きついて、救ってもらおうかとも思いました。住民を脱出させようかとも思いました。……でもどちらも、本気にしてもらえるとは思えない。証拠は、死んでしまった男の言葉しかないんです」

 領主を直接見たことがある帚木《ははきぎ》ならばすぐに分かる。度を超えた領主の残酷さ、異様さ。人間の形をしてはいるが、中身が決して人ではないもの。本来なら領主の座から引きはがさなければならなかったもの。

 帚木は考えた末に、行動を始めた。ここでようやく、退路を断って凶暴な領主に立ち向かう覚悟を決めたのだ。

「亡くなった方の名前は分かっていましたから、その方と親しい人物に声をかけていき、同志を見いだしました。しかしそれでも、集まった味方は五十人ほどでした」

 強者もいたし、事務方に強い者もいた。同志たちは帚木の計画を聞き、最終的には納得してくれたという。

「良い計画を作ったんだな」
「時間がなかっただけですよ。領主が人形たちの殺し合いを見て、人形しかいない街が燃えるかりそめの一夜を見て、満足してくれることを祈るしかなかった」

 ここで問題が生じた。指揮や会場の設営は、他の者が引き受けてくれた。しかし物騒なことを行える人形を作れるのは、帚木一人しかいなかったのだ。

「あの人形たちを、全て一ヶ月で?」

 目を見張る愛生《あい》を見て、帚木は笑った。

「当初は今の半分くらいでしたがね。それでも大変だった」

 帚木は急いで職を辞したが、それでも時間は刻々と減っていった。時には、部品がたりなくて代金を待ってもらったり、細かな部品をくすねたことさえあったという。

「……失礼、嫌な話で申し訳ない」

 愛生は首を横に振った。一人で戦い続けた帚木を、責める気にはとてもなれない。

「まあ、その時の私は、幽鬼のような様だったらしいですよ。後に同僚から聞きました」
「それはそうだろうな……」
「しかしそのおかげで、作戦は思った以上にうまくいきました。領主は興奮して一晩中わめき続け、朝を迎えると同時に鼻血を噴いて倒れました。血はすぐに止まったようですが……さすがにそれで懲りたようで、それからは以前のように出歩くことはなくなりました」

 愛生は安堵の息をついた。

「厄介払いはできたわけだな。んで、ちゃんと罰せられたのか、そいつ」
「珍しくないことですが、年齢を理由に隠居となっています。しかしそれでもなお、彼は独自の人脈を持っている。逆らえば、屈強な兵を動かしてくるでしょう」
「んで、まだそいつに真相を悟られないよう、身を隠してるってわけか」

 つくづく迷惑なジジイだ。愛生は顔をしかめた。

 愛生の心の中を読み取ったように、帚木が困った顔になった。そして頭を下げる。

「申し訳ありません。しかし、我々には力が無い。あの老人が息絶えるまで、こうやってやり過ごすしかないんです。……悲劇を避けるために」

 そう言う帚木の目には、深い悲しみが宿っていた。

「人形は戦うのが、自分の生まれてきた理由ではないと思っているので、嫌がります。人工頭脳の基礎が、救助用人形ですから。けれど、人形たちの戦いは続くんです。再度同じようなことがあった時に備えて。……あなたには何も話さず、失礼しました。お詫びします」

 疲れ果てた顔でそう言い、頭を下げる帚木を見て、愛生はため息をこぼすしかなかった。彼の戦いは、まだ終わっていないのだ。

 だが、その細腕だけに全てを背負わせるのはもう終わりだ。

「……そうかい。いっそ俺が潰してやろうか、その馬鹿?」

 愛生がそう言うと、帚木は目を丸くしていた。

「冗談だ。黙っておくから心配するな」

 目配せすると、初めて──ほんの少しだけ、帚木が気安い表情になった。

「さ、夕食をごちそうします。……なにも盛りはしませんから、安心してください」

 帚木が手を叩くと、さっきの金髪の給仕人形が食事を運んできた。今日、卓の上に並んだのはステーキに付け合わせのマッシュポテトとクレソン、それに籠いっぱいのパン。

 出てきた料理は相変わらず実家の味だったが、愛生はうまいうまいと褒めておく。実際、長時間の探索で腹が減っていたので食事の機会は本当にありがたかった。



 その夜は、清潔に整えられた褥の中で、愛生はぐっすり眠った。

 日の出と共に、愛生は帚木の家を出る。睡眠で、疲労はすっかりとれていた。

「あの扉、内側からなら取っ手を引くだけで開きます。自動で閉まりますので、そのままにしておいてください」
「わかった」
「お気をつけて」
「お前もな」

 その功績をほとんどの者が知らない英雄に手を振り、別れた。

 道中、昨日の話を思い出す。早く村に着かなくてはと、愛生の心がはやる。誰と戦えばいいのか、だんだん分かってきた。次に、どうやって勝つかを考えなければならない。

 北の森を抜け、愛生は村に戻ってきた。

「今度のゲームは、どういう形で起こるかだが……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

おっ☆パラ

うらたきよひこ
キャラ文芸
こんなハーレム展開あり? これがおっさんパラダイスか!? 新米サラリーマンの佐藤一真がなぜかおじさんたちにモテまくる。大学教授やガテン系現場監督、エリートコンサル、老舗料理長、はたまた流浪のバーテンダーまで、個性派ぞろい。どこがそんなに“おじさん心”をくすぐるのか? その天賦の“モテ力”をご覧あれ!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...