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機械人形(かれら)の生まれた理由
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「別にあなたただけに言っているわけじゃありません。彼らはずーっと、そう言っています。僕が聞かないだけですよ」
「……少しは話を聞いてやったらどうだ」
「嫌です。絶対にしません」
やけにきっぱりと帚木《ははきぎ》は言った。愛生《あい》や給仕人形には腰が低いのに、戦闘人形にだけ横柄だ。そこには明確な隔てがあった。愛生はそんな帚木に慣れなくて、戸惑った。
「人形は、作り手の僕には絶対服従です。そこも人間と違うところですね」
「でもなあ……」
愛生はうめいた。帚木は、口元を歪ませ、崩れた笑みを浮かべる。
「あなたは、本当に何もご存じないようだ」
「ああ。話してほしいんだ……なんで嘘をついたのか」
「いいでしょう。……まず、あなたにとって先ほどまでいた村はどう見えましたか?」
「どうって……飢饉もないようだし、みんな穏やかだったし……ぱっと見の感想だが、のんびりしてていい案配の村じゃないか?」
愛生は素直に感想を述べた。誰が見たって同じ感想を抱くだろう、と思いながら言う。
「そうですね。今は。昔は、みんなが我慢して、この村の東に城を構える領主の機嫌を損ねないように必死でした。外からの商人も、それを察してさっさと帰ってしまっていましたし」
「それ、本当か? 今と全然違うぞ」
愛生が首をひねると、帚木は笑った。
「そうでしょう。骨の髄まで獣のようだった前領主──光政《みつまさ》が倒れて二十年、だいぶ変わりました。虐げられた記憶のある民も年をとり、ようやく皆も村も落ち着いたところです」
「ずいぶんな言われようだな」
顔をしかめる愛生に向かって、帚木は光政について語った。
若いときから驕りを隠そうとしない御仁だったが、年をとって誰も止める者がいなくなってからはいよいよ外道に落ちていった。他の男兄弟が死に、何をしても許される状況になってからは、女子供をさらってきて殺したり、村人の兄弟に武器を持って戦わせたりしてより多くの血が流れるのを楽しんだという。
確かに話を聞く限り、どう控えめに言ってもクズだった。
「私はもともと、領主のもとで働いていました。人との付き合いが少ない人形師だから、かろうじて続いていたんです」
帚木には身寄りがない。頼れる家族のいない彼は、恐怖を感じつつも領主のもとで働くしかなかった。
「……私は、人命救助のための人形を作っていました」
「救助?」
話がわからなくなって、愛生は聞き返した。
「ええ。ここの河、水量が多いのはご存じでしょう。一旦長雨になれば、堤が容易に決壊して犠牲者が出る。しかし領主は人命救助には関心が薄い。その時少しでも溺れ死にそうな人間の助けになれば、と作ったもので」
一時しのぎのつもりだったが、昔から手先が器用な帚木が作った人形たちは、思ったより遥かに役に立った。村に配備してほしいと望む声も増え、それならばと何体か作った。
「立派じゃないか」
「いいえ、私は領主を正面から諫めることも出来なかった腰抜けですよ。ただひたすら、刃が自分に向かなければいい、一生隠れていられればそれでいいと思っていた、だからバチが当たったのでしょうね」
愛生は黙って視線を帚木に向けた。
「私はある日、救助人形の動作を見るために、川に来ていました。じっと立って様子を見ていたら──川を、一人の男が流されてきたんです」
困惑はしたが、帚木は人形に命じてその男を助け上げた。目の前で困っている人を見捨てることは出来なかったのだ。
助け上げた男は、良く日に焼けた体躯と、鋼のような黒い髪をもっていた。しかし彼は、深刻な問題を抱えていたのだ。水の中に落ちる前に、刀で斬られていて──引き上げても、もう、わずかしか命がなかった。
それだけなら、喧嘩の末かもしれない、不運なことだと片付けることも出来た。しかし、彼の言葉を聞いた帚木は、己の耳と正気を疑うことになる。
「その時、最後の力を振り絞って伝えてくださったのが、領主の驚くべき計画だったのです。領主がとうとう、領内に火を放つと言い始めたんです。その場所は農村ではない、木造家屋が密集する街」
愛生は本当に驚いた。衝撃が体を駆け抜けていく。日本式の家屋が密集している地帯は、非常に燃えやすい。江戸時代の最大の大火では、街のほとんどが火の海となり、死者は十万を超えたという。
それを理解しているとはとうてい思えない蛮行。愛生は思わず、目の前にいる帚木をにらみつけていた。
「……どうしてだ。どうして、そんなことになった。そんなに領民が憎かったのか」
愛生はしばしの沈黙の後に口を開く。
「悪意ではありません。領主とほとんどの領民は接点すらない。ただやってみたい、面白そうだからというそれだけの理由なんですよ。……本当に、忌々しい男でした」
「それを聞いて、色々考えたのか」
「いえ」
帚木には迷っている時間がなかった。彼が告げた殺戮の時は、わずか一ヶ月先だったのだ。
「なんて滅茶苦茶な……」
愛生はその時の帚木の内心を思い、ぞっとした。自分だったら、どうしていいか分からなかったかもしれない。
「……少しは話を聞いてやったらどうだ」
「嫌です。絶対にしません」
やけにきっぱりと帚木《ははきぎ》は言った。愛生《あい》や給仕人形には腰が低いのに、戦闘人形にだけ横柄だ。そこには明確な隔てがあった。愛生はそんな帚木に慣れなくて、戸惑った。
「人形は、作り手の僕には絶対服従です。そこも人間と違うところですね」
「でもなあ……」
愛生はうめいた。帚木は、口元を歪ませ、崩れた笑みを浮かべる。
「あなたは、本当に何もご存じないようだ」
「ああ。話してほしいんだ……なんで嘘をついたのか」
「いいでしょう。……まず、あなたにとって先ほどまでいた村はどう見えましたか?」
「どうって……飢饉もないようだし、みんな穏やかだったし……ぱっと見の感想だが、のんびりしてていい案配の村じゃないか?」
愛生は素直に感想を述べた。誰が見たって同じ感想を抱くだろう、と思いながら言う。
「そうですね。今は。昔は、みんなが我慢して、この村の東に城を構える領主の機嫌を損ねないように必死でした。外からの商人も、それを察してさっさと帰ってしまっていましたし」
「それ、本当か? 今と全然違うぞ」
愛生が首をひねると、帚木は笑った。
「そうでしょう。骨の髄まで獣のようだった前領主──光政《みつまさ》が倒れて二十年、だいぶ変わりました。虐げられた記憶のある民も年をとり、ようやく皆も村も落ち着いたところです」
「ずいぶんな言われようだな」
顔をしかめる愛生に向かって、帚木は光政について語った。
若いときから驕りを隠そうとしない御仁だったが、年をとって誰も止める者がいなくなってからはいよいよ外道に落ちていった。他の男兄弟が死に、何をしても許される状況になってからは、女子供をさらってきて殺したり、村人の兄弟に武器を持って戦わせたりしてより多くの血が流れるのを楽しんだという。
確かに話を聞く限り、どう控えめに言ってもクズだった。
「私はもともと、領主のもとで働いていました。人との付き合いが少ない人形師だから、かろうじて続いていたんです」
帚木には身寄りがない。頼れる家族のいない彼は、恐怖を感じつつも領主のもとで働くしかなかった。
「……私は、人命救助のための人形を作っていました」
「救助?」
話がわからなくなって、愛生は聞き返した。
「ええ。ここの河、水量が多いのはご存じでしょう。一旦長雨になれば、堤が容易に決壊して犠牲者が出る。しかし領主は人命救助には関心が薄い。その時少しでも溺れ死にそうな人間の助けになれば、と作ったもので」
一時しのぎのつもりだったが、昔から手先が器用な帚木が作った人形たちは、思ったより遥かに役に立った。村に配備してほしいと望む声も増え、それならばと何体か作った。
「立派じゃないか」
「いいえ、私は領主を正面から諫めることも出来なかった腰抜けですよ。ただひたすら、刃が自分に向かなければいい、一生隠れていられればそれでいいと思っていた、だからバチが当たったのでしょうね」
愛生は黙って視線を帚木に向けた。
「私はある日、救助人形の動作を見るために、川に来ていました。じっと立って様子を見ていたら──川を、一人の男が流されてきたんです」
困惑はしたが、帚木は人形に命じてその男を助け上げた。目の前で困っている人を見捨てることは出来なかったのだ。
助け上げた男は、良く日に焼けた体躯と、鋼のような黒い髪をもっていた。しかし彼は、深刻な問題を抱えていたのだ。水の中に落ちる前に、刀で斬られていて──引き上げても、もう、わずかしか命がなかった。
それだけなら、喧嘩の末かもしれない、不運なことだと片付けることも出来た。しかし、彼の言葉を聞いた帚木は、己の耳と正気を疑うことになる。
「その時、最後の力を振り絞って伝えてくださったのが、領主の驚くべき計画だったのです。領主がとうとう、領内に火を放つと言い始めたんです。その場所は農村ではない、木造家屋が密集する街」
愛生は本当に驚いた。衝撃が体を駆け抜けていく。日本式の家屋が密集している地帯は、非常に燃えやすい。江戸時代の最大の大火では、街のほとんどが火の海となり、死者は十万を超えたという。
それを理解しているとはとうてい思えない蛮行。愛生は思わず、目の前にいる帚木をにらみつけていた。
「……どうしてだ。どうして、そんなことになった。そんなに領民が憎かったのか」
愛生はしばしの沈黙の後に口を開く。
「悪意ではありません。領主とほとんどの領民は接点すらない。ただやってみたい、面白そうだからというそれだけの理由なんですよ。……本当に、忌々しい男でした」
「それを聞いて、色々考えたのか」
「いえ」
帚木には迷っている時間がなかった。彼が告げた殺戮の時は、わずか一ヶ月先だったのだ。
「なんて滅茶苦茶な……」
愛生はその時の帚木の内心を思い、ぞっとした。自分だったら、どうしていいか分からなかったかもしれない。
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