AIはついに、全人類を人質にとりました。

七綱七名

文字の大きさ
上 下
37 / 101

機械人形(かれら)の生まれた理由

しおりを挟む
「別にあなたただけに言っているわけじゃありません。彼らはずーっと、そう言っています。僕が聞かないだけですよ」
「……少しは話を聞いてやったらどうだ」
「嫌です。絶対にしません」

 やけにきっぱりと帚木《ははきぎ》は言った。愛生《あい》や給仕人形には腰が低いのに、戦闘人形にだけ横柄だ。そこには明確な隔てがあった。愛生はそんな帚木に慣れなくて、戸惑った。

「人形は、作り手の僕には絶対服従です。そこも人間と違うところですね」
「でもなあ……」

 愛生はうめいた。帚木は、口元を歪ませ、崩れた笑みを浮かべる。

「あなたは、本当に何もご存じないようだ」
「ああ。話してほしいんだ……なんで嘘をついたのか」
「いいでしょう。……まず、あなたにとって先ほどまでいた村はどう見えましたか?」
「どうって……飢饉もないようだし、みんな穏やかだったし……ぱっと見の感想だが、のんびりしてていい案配の村じゃないか?」

 愛生は素直に感想を述べた。誰が見たって同じ感想を抱くだろう、と思いながら言う。

「そうですね。今は。昔は、みんなが我慢して、この村の東に城を構える領主の機嫌を損ねないように必死でした。外からの商人も、それを察してさっさと帰ってしまっていましたし」
「それ、本当か? 今と全然違うぞ」

 愛生が首をひねると、帚木は笑った。

「そうでしょう。骨の髄まで獣のようだった前領主──光政《みつまさ》が倒れて二十年、だいぶ変わりました。虐げられた記憶のある民も年をとり、ようやく皆も村も落ち着いたところです」
「ずいぶんな言われようだな」

 顔をしかめる愛生に向かって、帚木は光政について語った。

 若いときから驕りを隠そうとしない御仁だったが、年をとって誰も止める者がいなくなってからはいよいよ外道に落ちていった。他の男兄弟が死に、何をしても許される状況になってからは、女子供をさらってきて殺したり、村人の兄弟に武器を持って戦わせたりしてより多くの血が流れるのを楽しんだという。

 確かに話を聞く限り、どう控えめに言ってもクズだった。

「私はもともと、領主のもとで働いていました。人との付き合いが少ない人形師だから、かろうじて続いていたんです」

 帚木には身寄りがない。頼れる家族のいない彼は、恐怖を感じつつも領主のもとで働くしかなかった。

「……私は、人命救助のための人形を作っていました」
「救助?」

 話がわからなくなって、愛生は聞き返した。

「ええ。ここの河、水量が多いのはご存じでしょう。一旦長雨になれば、堤が容易に決壊して犠牲者が出る。しかし領主は人命救助には関心が薄い。その時少しでも溺れ死にそうな人間の助けになれば、と作ったもので」

 一時しのぎのつもりだったが、昔から手先が器用な帚木が作った人形たちは、思ったより遥かに役に立った。村に配備してほしいと望む声も増え、それならばと何体か作った。

「立派じゃないか」
「いいえ、私は領主を正面から諫めることも出来なかった腰抜けですよ。ただひたすら、刃が自分に向かなければいい、一生隠れていられればそれでいいと思っていた、だからバチが当たったのでしょうね」

 愛生は黙って視線を帚木に向けた。

「私はある日、救助人形の動作を見るために、川に来ていました。じっと立って様子を見ていたら──川を、一人の男が流されてきたんです」

 困惑はしたが、帚木は人形に命じてその男を助け上げた。目の前で困っている人を見捨てることは出来なかったのだ。

 助け上げた男は、良く日に焼けた体躯と、鋼のような黒い髪をもっていた。しかし彼は、深刻な問題を抱えていたのだ。水の中に落ちる前に、刀で斬られていて──引き上げても、もう、わずかしか命がなかった。

 それだけなら、喧嘩の末かもしれない、不運なことだと片付けることも出来た。しかし、彼の言葉を聞いた帚木は、己の耳と正気を疑うことになる。

「その時、最後の力を振り絞って伝えてくださったのが、領主の驚くべき計画だったのです。領主がとうとう、領内に火を放つと言い始めたんです。その場所は農村ではない、木造家屋が密集する街」

 愛生は本当に驚いた。衝撃が体を駆け抜けていく。日本式の家屋が密集している地帯は、非常に燃えやすい。江戸時代の最大の大火では、街のほとんどが火の海となり、死者は十万を超えたという。

 それを理解しているとはとうてい思えない蛮行。愛生は思わず、目の前にいる帚木をにらみつけていた。

「……どうしてだ。どうして、そんなことになった。そんなに領民が憎かったのか」

 愛生はしばしの沈黙の後に口を開く。

「悪意ではありません。領主とほとんどの領民は接点すらない。ただやってみたい、面白そうだからというそれだけの理由なんですよ。……本当に、忌々しい男でした」
「それを聞いて、色々考えたのか」
「いえ」

 帚木には迷っている時間がなかった。彼が告げた殺戮の時は、わずか一ヶ月先だったのだ。

「なんて滅茶苦茶な……」

 愛生はその時の帚木の内心を思い、ぞっとした。自分だったら、どうしていいか分からなかったかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ゆうべには白骨となる

戸村井 美夜
キャラ文芸
誰も知らない「お葬式の裏側」と「日常の謎」を題材とした推理小説の二本立て。 どちらからお読み頂いても大丈夫です。 【ゆうべには白骨となる】(長編) 宮田誠人が血相を変えて事務所に飛び込んできたのは、暖かい春の陽射しが眠気を誘う昼下がりの午後のことであった(本文より)――とある葬儀社の新入社員が霊安室で目撃した衝撃の光景とは? 【陽だまりを抱いて眠る】(短編) ある日突然、私のもとに掛かってきた一本の電話――その「報せ」は、代わり映えのない私の日常を、一変させるものだった。 誰にでも起こりうるのに、それでいて、人生で何度と経験しない稀有な出来事。戸惑う私の胸中には、母への複雑な想いと、とある思惑が絶え間なく渦巻いていた―― ご感想などお聞かせ頂ければ幸いです。 どうぞお気軽にお声かけくださいませ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...