29 / 101
侍の影
しおりを挟む
気がつくと、愛生《あい》は一人になっていた。服まで取り上げられてはいないが、荷物は全てなくなっていて心もとない。
強張った体を、伸びによってまっすぐに戻す。ぼんやりしていた視界が元に戻った。体のあちこちにすり傷があるが、ひどい怪我はない。
「なんだ、あれは? なあ、どう思う?」
つぶやいてみても、龍《りゅう》の声はない。慌てて周囲を駆けてみたが、細い道があるばかりで、他はただ生い茂った雑草しかない。夕方の日射しはあるが、その中に龍の姿も警官隊の姿もなかった。
信じられないことに、全く違う場所に来てしまったようだ。
「まいったな。まず龍を探さないと」
愛生が道を歩くと、畑が見えてきた。暖かい気候で作物はよく育っているようで、夕焼けの中でもしっかりした葉っぱが茂っているのが見える。畑の奥には家が何軒か固まって建っていて、煮炊きのためか煙が出ていた。閉ざされた障子に、時折ちらちらと人影が動くのが見える。
「障子……ってことは、日本が舞台なのか!?」
さっきまでイギリス風の国にいたのに、いきなり和風の世界に飛ばされてしまった。この世界の位置関係はどうなっているんだ、と愛生は毒づく。
まっすぐ道を降りてみた。相変わらず西洋のような高い塀のある家はなく、昔の農村写真で見た、茅葺き屋根の家屋が続く。
「まいったね。船を使えば、あの大陸まで戻れたりするのか?」
愛生はとりあえず人を捜し回り、ようやく活発そうな村の娘を見つけた。畑帰りなのか、たすきで着物の袖をまくっている。籠の中は野菜でいっぱいになっていて、娘は満足そうだった。
「すまん。俺と同じような服装の娘を、見なかったかな」
娘は愛生に気づいて顔を上げる。
「いいやあ、そんな変な服の人は見たことがないよ」
「ソフィアやカーター、ベルトランって名前に聞き覚えは?」
「なんだねそれは?」
その言葉は本心のようだった。愛生は娘に軽く一礼して、その場を去る。
「さっきの状況とは全然違うじゃないか……話が違うぞ」
龍はどこにいるのだろう。心配しているに違いない。彼女を泣かせるようなことだけはしたくない愛生は、とうとう最終手段に出た。
「京《けい》」
……ひどいナビだとわかっているが、頼らずにはいられないのが悔しい。
「京、この近くに龍はいるか」
「ふあ」
寝てやがった。うとうとと船を漕ぐ姿が容易に想像できて、愛生は額に皺を刻む。
「んにゃー。ここにいるのは、兄ちゃんだけだなあ」
やっぱり、と愛生は肩を落とす。合流するまでの苦難の道は確定してしまった。なぜこんなことをしたのか、とゲームマスターに問いただしたが、空からはなんの声も返ってこなかった。
「虎子《とらこ》に聞いて探してもらってくれ。隣にいるんだろう?」
「いや。なんかゲームマスターから、俺たちを隔離するよう警告が来たんだ。だから今は完全に別々」
「なんてこった! ここに来て一人か……とにかく、龍を探さないと」
憮然とした顔で愛生は言う。パートナーがいなくなった痛手だけではない。ナビがこのポンコツしか残らなくなった窮地からも、早々に脱出しなければ。
「兄ちゃん、ピンチだな」
比べたところで仕方無いが、せめてこいつが虎子の十分の一でも頼りになればいいのに。愛生の口から、とめどなくため息がもれた。
「とにかく、移動したい。周りに何が見えるか教えてくれ」
「周りったって……なんか、人気がないんだよな」
「夕方だからな。みんな、仕事を終えて帰った後かも……」
愛生は寂しい周囲を見渡しながら言った。さっきの娘もそうだったし、村人はもう家に入ってしまったかもしれない。
「変な石が、まとまって立ってるくらいだ。なんか、そろえて作った石みたいだな……」
愛生はそれを聞いて無言になった。
「おい。石の数はまさか……」
「いち、に……」
弟は律儀に声を出して、八まで数えた。その数を確信すると同時に、気持ちが落ち着かず背筋が冷えてくる。死亡フラグが立った気がして愛生は押し黙る。
「わかった。それ以上言うな」
「お地蔵様とかじゃねーの? なんか兄貴、顔青くなってんぞ」
ゲームマスターは、今度は街を作るにあたって日本の小説世界を参考にしたらしい。それにしても、ひどすぎる。もっと穏やかな舞台設定はなかったのか。
「それは墓かもしれない。逃げこんだものの財宝目当てに村人たちに惨殺され、『七生まで祟る』と言い残した武者のな」
「シチショー? それってどこのこと? パワーアップアイテムのありか?」
「すまん」
龍に話しているつもりで言うと大怪我を負う。慎重にいこう。
「……とりあえず、俺の周りに変なサムライみたいな奴はいないか」
危険なにおいがしないか、京に探らせる。するとポンコツが、珍しく実のあることを言い出した。
「サムライ……それなら、そんなような連中がいるなあ。鎧着て、刀持ってる」
心の準備もなくそんなことを言われて、愛生の背筋が寒くなった。
「……場所は」
「えー? なんか近くの河原だよ」
「案内しろ今すぐにだ分かったか愚弟が」
強張った体を、伸びによってまっすぐに戻す。ぼんやりしていた視界が元に戻った。体のあちこちにすり傷があるが、ひどい怪我はない。
「なんだ、あれは? なあ、どう思う?」
つぶやいてみても、龍《りゅう》の声はない。慌てて周囲を駆けてみたが、細い道があるばかりで、他はただ生い茂った雑草しかない。夕方の日射しはあるが、その中に龍の姿も警官隊の姿もなかった。
信じられないことに、全く違う場所に来てしまったようだ。
「まいったな。まず龍を探さないと」
愛生が道を歩くと、畑が見えてきた。暖かい気候で作物はよく育っているようで、夕焼けの中でもしっかりした葉っぱが茂っているのが見える。畑の奥には家が何軒か固まって建っていて、煮炊きのためか煙が出ていた。閉ざされた障子に、時折ちらちらと人影が動くのが見える。
「障子……ってことは、日本が舞台なのか!?」
さっきまでイギリス風の国にいたのに、いきなり和風の世界に飛ばされてしまった。この世界の位置関係はどうなっているんだ、と愛生は毒づく。
まっすぐ道を降りてみた。相変わらず西洋のような高い塀のある家はなく、昔の農村写真で見た、茅葺き屋根の家屋が続く。
「まいったね。船を使えば、あの大陸まで戻れたりするのか?」
愛生はとりあえず人を捜し回り、ようやく活発そうな村の娘を見つけた。畑帰りなのか、たすきで着物の袖をまくっている。籠の中は野菜でいっぱいになっていて、娘は満足そうだった。
「すまん。俺と同じような服装の娘を、見なかったかな」
娘は愛生に気づいて顔を上げる。
「いいやあ、そんな変な服の人は見たことがないよ」
「ソフィアやカーター、ベルトランって名前に聞き覚えは?」
「なんだねそれは?」
その言葉は本心のようだった。愛生は娘に軽く一礼して、その場を去る。
「さっきの状況とは全然違うじゃないか……話が違うぞ」
龍はどこにいるのだろう。心配しているに違いない。彼女を泣かせるようなことだけはしたくない愛生は、とうとう最終手段に出た。
「京《けい》」
……ひどいナビだとわかっているが、頼らずにはいられないのが悔しい。
「京、この近くに龍はいるか」
「ふあ」
寝てやがった。うとうとと船を漕ぐ姿が容易に想像できて、愛生は額に皺を刻む。
「んにゃー。ここにいるのは、兄ちゃんだけだなあ」
やっぱり、と愛生は肩を落とす。合流するまでの苦難の道は確定してしまった。なぜこんなことをしたのか、とゲームマスターに問いただしたが、空からはなんの声も返ってこなかった。
「虎子《とらこ》に聞いて探してもらってくれ。隣にいるんだろう?」
「いや。なんかゲームマスターから、俺たちを隔離するよう警告が来たんだ。だから今は完全に別々」
「なんてこった! ここに来て一人か……とにかく、龍を探さないと」
憮然とした顔で愛生は言う。パートナーがいなくなった痛手だけではない。ナビがこのポンコツしか残らなくなった窮地からも、早々に脱出しなければ。
「兄ちゃん、ピンチだな」
比べたところで仕方無いが、せめてこいつが虎子の十分の一でも頼りになればいいのに。愛生の口から、とめどなくため息がもれた。
「とにかく、移動したい。周りに何が見えるか教えてくれ」
「周りったって……なんか、人気がないんだよな」
「夕方だからな。みんな、仕事を終えて帰った後かも……」
愛生は寂しい周囲を見渡しながら言った。さっきの娘もそうだったし、村人はもう家に入ってしまったかもしれない。
「変な石が、まとまって立ってるくらいだ。なんか、そろえて作った石みたいだな……」
愛生はそれを聞いて無言になった。
「おい。石の数はまさか……」
「いち、に……」
弟は律儀に声を出して、八まで数えた。その数を確信すると同時に、気持ちが落ち着かず背筋が冷えてくる。死亡フラグが立った気がして愛生は押し黙る。
「わかった。それ以上言うな」
「お地蔵様とかじゃねーの? なんか兄貴、顔青くなってんぞ」
ゲームマスターは、今度は街を作るにあたって日本の小説世界を参考にしたらしい。それにしても、ひどすぎる。もっと穏やかな舞台設定はなかったのか。
「それは墓かもしれない。逃げこんだものの財宝目当てに村人たちに惨殺され、『七生まで祟る』と言い残した武者のな」
「シチショー? それってどこのこと? パワーアップアイテムのありか?」
「すまん」
龍に話しているつもりで言うと大怪我を負う。慎重にいこう。
「……とりあえず、俺の周りに変なサムライみたいな奴はいないか」
危険なにおいがしないか、京に探らせる。するとポンコツが、珍しく実のあることを言い出した。
「サムライ……それなら、そんなような連中がいるなあ。鎧着て、刀持ってる」
心の準備もなくそんなことを言われて、愛生の背筋が寒くなった。
「……場所は」
「えー? なんか近くの河原だよ」
「案内しろ今すぐにだ分かったか愚弟が」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっ☆パラ
うらたきよひこ
キャラ文芸
こんなハーレム展開あり? これがおっさんパラダイスか!?
新米サラリーマンの佐藤一真がなぜかおじさんたちにモテまくる。大学教授やガテン系現場監督、エリートコンサル、老舗料理長、はたまた流浪のバーテンダーまで、個性派ぞろい。どこがそんなに“おじさん心”をくすぐるのか? その天賦の“モテ力”をご覧あれ!
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる