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侍の影
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気がつくと、愛生《あい》は一人になっていた。服まで取り上げられてはいないが、荷物は全てなくなっていて心もとない。
強張った体を、伸びによってまっすぐに戻す。ぼんやりしていた視界が元に戻った。体のあちこちにすり傷があるが、ひどい怪我はない。
「なんだ、あれは? なあ、どう思う?」
つぶやいてみても、龍《りゅう》の声はない。慌てて周囲を駆けてみたが、細い道があるばかりで、他はただ生い茂った雑草しかない。夕方の日射しはあるが、その中に龍の姿も警官隊の姿もなかった。
信じられないことに、全く違う場所に来てしまったようだ。
「まいったな。まず龍を探さないと」
愛生が道を歩くと、畑が見えてきた。暖かい気候で作物はよく育っているようで、夕焼けの中でもしっかりした葉っぱが茂っているのが見える。畑の奥には家が何軒か固まって建っていて、煮炊きのためか煙が出ていた。閉ざされた障子に、時折ちらちらと人影が動くのが見える。
「障子……ってことは、日本が舞台なのか!?」
さっきまでイギリス風の国にいたのに、いきなり和風の世界に飛ばされてしまった。この世界の位置関係はどうなっているんだ、と愛生は毒づく。
まっすぐ道を降りてみた。相変わらず西洋のような高い塀のある家はなく、昔の農村写真で見た、茅葺き屋根の家屋が続く。
「まいったね。船を使えば、あの大陸まで戻れたりするのか?」
愛生はとりあえず人を捜し回り、ようやく活発そうな村の娘を見つけた。畑帰りなのか、たすきで着物の袖をまくっている。籠の中は野菜でいっぱいになっていて、娘は満足そうだった。
「すまん。俺と同じような服装の娘を、見なかったかな」
娘は愛生に気づいて顔を上げる。
「いいやあ、そんな変な服の人は見たことがないよ」
「ソフィアやカーター、ベルトランって名前に聞き覚えは?」
「なんだねそれは?」
その言葉は本心のようだった。愛生は娘に軽く一礼して、その場を去る。
「さっきの状況とは全然違うじゃないか……話が違うぞ」
龍はどこにいるのだろう。心配しているに違いない。彼女を泣かせるようなことだけはしたくない愛生は、とうとう最終手段に出た。
「京《けい》」
……ひどいナビだとわかっているが、頼らずにはいられないのが悔しい。
「京、この近くに龍はいるか」
「ふあ」
寝てやがった。うとうとと船を漕ぐ姿が容易に想像できて、愛生は額に皺を刻む。
「んにゃー。ここにいるのは、兄ちゃんだけだなあ」
やっぱり、と愛生は肩を落とす。合流するまでの苦難の道は確定してしまった。なぜこんなことをしたのか、とゲームマスターに問いただしたが、空からはなんの声も返ってこなかった。
「虎子《とらこ》に聞いて探してもらってくれ。隣にいるんだろう?」
「いや。なんかゲームマスターから、俺たちを隔離するよう警告が来たんだ。だから今は完全に別々」
「なんてこった! ここに来て一人か……とにかく、龍を探さないと」
憮然とした顔で愛生は言う。パートナーがいなくなった痛手だけではない。ナビがこのポンコツしか残らなくなった窮地からも、早々に脱出しなければ。
「兄ちゃん、ピンチだな」
比べたところで仕方無いが、せめてこいつが虎子の十分の一でも頼りになればいいのに。愛生の口から、とめどなくため息がもれた。
「とにかく、移動したい。周りに何が見えるか教えてくれ」
「周りったって……なんか、人気がないんだよな」
「夕方だからな。みんな、仕事を終えて帰った後かも……」
愛生は寂しい周囲を見渡しながら言った。さっきの娘もそうだったし、村人はもう家に入ってしまったかもしれない。
「変な石が、まとまって立ってるくらいだ。なんか、そろえて作った石みたいだな……」
愛生はそれを聞いて無言になった。
「おい。石の数はまさか……」
「いち、に……」
弟は律儀に声を出して、八まで数えた。その数を確信すると同時に、気持ちが落ち着かず背筋が冷えてくる。死亡フラグが立った気がして愛生は押し黙る。
「わかった。それ以上言うな」
「お地蔵様とかじゃねーの? なんか兄貴、顔青くなってんぞ」
ゲームマスターは、今度は街を作るにあたって日本の小説世界を参考にしたらしい。それにしても、ひどすぎる。もっと穏やかな舞台設定はなかったのか。
「それは墓かもしれない。逃げこんだものの財宝目当てに村人たちに惨殺され、『七生まで祟る』と言い残した武者のな」
「シチショー? それってどこのこと? パワーアップアイテムのありか?」
「すまん」
龍に話しているつもりで言うと大怪我を負う。慎重にいこう。
「……とりあえず、俺の周りに変なサムライみたいな奴はいないか」
危険なにおいがしないか、京に探らせる。するとポンコツが、珍しく実のあることを言い出した。
「サムライ……それなら、そんなような連中がいるなあ。鎧着て、刀持ってる」
心の準備もなくそんなことを言われて、愛生の背筋が寒くなった。
「……場所は」
「えー? なんか近くの河原だよ」
「案内しろ今すぐにだ分かったか愚弟が」
強張った体を、伸びによってまっすぐに戻す。ぼんやりしていた視界が元に戻った。体のあちこちにすり傷があるが、ひどい怪我はない。
「なんだ、あれは? なあ、どう思う?」
つぶやいてみても、龍《りゅう》の声はない。慌てて周囲を駆けてみたが、細い道があるばかりで、他はただ生い茂った雑草しかない。夕方の日射しはあるが、その中に龍の姿も警官隊の姿もなかった。
信じられないことに、全く違う場所に来てしまったようだ。
「まいったな。まず龍を探さないと」
愛生が道を歩くと、畑が見えてきた。暖かい気候で作物はよく育っているようで、夕焼けの中でもしっかりした葉っぱが茂っているのが見える。畑の奥には家が何軒か固まって建っていて、煮炊きのためか煙が出ていた。閉ざされた障子に、時折ちらちらと人影が動くのが見える。
「障子……ってことは、日本が舞台なのか!?」
さっきまでイギリス風の国にいたのに、いきなり和風の世界に飛ばされてしまった。この世界の位置関係はどうなっているんだ、と愛生は毒づく。
まっすぐ道を降りてみた。相変わらず西洋のような高い塀のある家はなく、昔の農村写真で見た、茅葺き屋根の家屋が続く。
「まいったね。船を使えば、あの大陸まで戻れたりするのか?」
愛生はとりあえず人を捜し回り、ようやく活発そうな村の娘を見つけた。畑帰りなのか、たすきで着物の袖をまくっている。籠の中は野菜でいっぱいになっていて、娘は満足そうだった。
「すまん。俺と同じような服装の娘を、見なかったかな」
娘は愛生に気づいて顔を上げる。
「いいやあ、そんな変な服の人は見たことがないよ」
「ソフィアやカーター、ベルトランって名前に聞き覚えは?」
「なんだねそれは?」
その言葉は本心のようだった。愛生は娘に軽く一礼して、その場を去る。
「さっきの状況とは全然違うじゃないか……話が違うぞ」
龍はどこにいるのだろう。心配しているに違いない。彼女を泣かせるようなことだけはしたくない愛生は、とうとう最終手段に出た。
「京《けい》」
……ひどいナビだとわかっているが、頼らずにはいられないのが悔しい。
「京、この近くに龍はいるか」
「ふあ」
寝てやがった。うとうとと船を漕ぐ姿が容易に想像できて、愛生は額に皺を刻む。
「んにゃー。ここにいるのは、兄ちゃんだけだなあ」
やっぱり、と愛生は肩を落とす。合流するまでの苦難の道は確定してしまった。なぜこんなことをしたのか、とゲームマスターに問いただしたが、空からはなんの声も返ってこなかった。
「虎子《とらこ》に聞いて探してもらってくれ。隣にいるんだろう?」
「いや。なんかゲームマスターから、俺たちを隔離するよう警告が来たんだ。だから今は完全に別々」
「なんてこった! ここに来て一人か……とにかく、龍を探さないと」
憮然とした顔で愛生は言う。パートナーがいなくなった痛手だけではない。ナビがこのポンコツしか残らなくなった窮地からも、早々に脱出しなければ。
「兄ちゃん、ピンチだな」
比べたところで仕方無いが、せめてこいつが虎子の十分の一でも頼りになればいいのに。愛生の口から、とめどなくため息がもれた。
「とにかく、移動したい。周りに何が見えるか教えてくれ」
「周りったって……なんか、人気がないんだよな」
「夕方だからな。みんな、仕事を終えて帰った後かも……」
愛生は寂しい周囲を見渡しながら言った。さっきの娘もそうだったし、村人はもう家に入ってしまったかもしれない。
「変な石が、まとまって立ってるくらいだ。なんか、そろえて作った石みたいだな……」
愛生はそれを聞いて無言になった。
「おい。石の数はまさか……」
「いち、に……」
弟は律儀に声を出して、八まで数えた。その数を確信すると同時に、気持ちが落ち着かず背筋が冷えてくる。死亡フラグが立った気がして愛生は押し黙る。
「わかった。それ以上言うな」
「お地蔵様とかじゃねーの? なんか兄貴、顔青くなってんぞ」
ゲームマスターは、今度は街を作るにあたって日本の小説世界を参考にしたらしい。それにしても、ひどすぎる。もっと穏やかな舞台設定はなかったのか。
「それは墓かもしれない。逃げこんだものの財宝目当てに村人たちに惨殺され、『七生まで祟る』と言い残した武者のな」
「シチショー? それってどこのこと? パワーアップアイテムのありか?」
「すまん」
龍に話しているつもりで言うと大怪我を負う。慎重にいこう。
「……とりあえず、俺の周りに変なサムライみたいな奴はいないか」
危険なにおいがしないか、京に探らせる。するとポンコツが、珍しく実のあることを言い出した。
「サムライ……それなら、そんなような連中がいるなあ。鎧着て、刀持ってる」
心の準備もなくそんなことを言われて、愛生の背筋が寒くなった。
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