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ハッピーエンドは中止で候
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「大丈夫ですか!?」
自分にすがりつく彼女の背中をなでながら、愛生《あい》はできるだけゆったり笑ってみせた。たとえ完全回復していなくても、泣きそうな彼女に心配はかけられない。
「ああ、大丈夫だ。心配するな」
龍《りゅう》は愛生の顔を見て、ようやくうなずいた。それでも、しっかりつないだ手は離そうとしない。
「そういや、途中に残ってた雑魚はどうなった? まだ百は残ってたろ」
「下りながら見てきましたが、全て灰になっていましたよ。首領が死んだからでしょう」
「あっけないもんだな。撤退もできないとは、不便な体だ」
雑魚掃除に動かなければと思っていた愛生は、ほっと息をついた。他にできることは、と周囲を見ていると、警官たちがわらわらと寄ってくる。
「上がった同僚たちから、少し話は聞きました。あなたたちのその力は、一体どこから来ているのですか?」
「武器を見せていただきたいのですが」
愛生は少し言いよどむ。対して龍はにっこりと笑ってみせた後、深く頭を下げる。
「神のご加護によって……ですよ。詳しいことは申せませんが」
あ、説明が面倒くさいから適当に誤魔化した。
「そ、そうでしたか。どれだけの修行をなさったのか……」
「神はこうも仰せです。騒ぎになる前に、さっさとここを片付けろと。怪我人の手当も忘れるなと」
胸を張る龍を見て、警官たちが神妙な顔でうなずく。愛生以外には、龍が面倒くさがっていることはバレていないようだ。
間もなく、犯人と化け物の運び出しが始まった。淀みなく進む作業を見ながら、愛生は苦笑し、ソフィアが鼻を鳴らした。
「解決だけして後は何もしないのね。すがすがしいグウタラぶり」
ソフィアが苦笑した。
「立ち回りがうまいと言ってくれよ」
「そうね。助かったわ。最初は手がかりがなくてダメかと思ったけど……あなたたちと組んでよかった、最高の探偵だったわ」
ソフィアが手を上げた。愛生はかがみこんで、掌を合わせる。
「……背の高さが合わないから、いまいち締まらないわね」
見上げる姿勢が気にくわないのか、そう言ってごそごそ備蓄物資の樽を昇っているソフィアを見て、愛生は笑った。
ふと視線を横へ移す。
ようやく解放されたハーフエルフや、取りこまれていた召使いたちがひしめきあっている。雑談すらできない彼らに向かって、何枚も毛布が用意された。
「あの、これは……」
「何が起こったのかは、後で教えるとしよう。今はゆっくり休め。……罪はそれから、償ってもらうがな」
恰幅の良い男──ソフィアが父だと言う──がそう言うと、彼らは不安げにしながらもうなずいた。警察官に付き添われて、彼らが指示する方向に歩いて行く。
「やあ。署長のカーターだ。ソフィアが言っていた探偵っていうのは、君たちかね」
愛生は首を縦に振った。
「私には何があったか教えてもらえるかね? 最後まで現場には入れなかったものだから」
カーターは体をゆすりながら言った。愛生は素直に、あったことをすべて吐き出す。署長は黙って聞いていたが、時々本気でわかっていないような顔になった。無理もない、と愛生は思う。
「……全部化け物はいなくなったからな、もう危険はない。だが、あんたらには適当な言い訳を考えてもらわなきゃならん」
愛生は塔を見上げながらつぶやく。カーターは興味深げにうなずいた。
「いやいや、君たちが解決したことにしたまえ。こちらも大いに溜飲が下がったよ」
「いいよ、面倒なだけだから。蝿がうるさかったから叩き落としたようなもんだ。ややこしい後始末を任せるんだ、せめてあんたの手柄にしてくれ」
とんでもないことのように扱われる筋合いはない。ゲームをクリアしただけなのだから。愛生はあくまでこの立場を固辞した。
「次の街へ行くまでは静かに過ごさせて欲しい。明日からは取材も取り調べもお断りだ。こっちも色々と準備したいんでね」
愛生はそう行って、カーターの礼の言葉を遮った。彼もそれ以上は押してこず、一瞬沈黙が流れる。
「……それでは、ゆっくり休める宿に案内しよう」
「頼む」
愛生は迷わず言った。カーターが先に立って歩き出し、愛生と龍は手をつないだままそれについていく。
「愛生、見て下さい」
ふと龍に呼び止められて、愛生は振り返った。小さな驚きの声が、口からもれる。警官と怪我人たちの間に、忘れられない顔があった。オリバーと……舞踏会で、悔し泣きしていたあの少女だった。
誰が、と一瞬愛生は思った。そしてすぐに、ソフィアの顔を思い出す。
「あいつ」
彼女は気づいていたのだ。真っ先に事件の結末を知りたいのが、誰かということに。
「……この点では、彼女に完敗ですね」
「確かにな。大した名探偵だよ、あいつは」
愛生は改めて二人をまじまじと見た。
オリバーと少女が、そろって頭を下げている。それはどんな言葉よりも、深い感謝の意を示すものだった。たまらなくなって、愛生は声をかけずに立ち去った。
「どうされました?」
「いや、なんでもない」
何か言いかけたカーターの言葉を、愛生は遮った。
「事件を解決できて、よかったですね」
龍が言う。愛生も心からそう思っていた。
「これでようやく、ぐっすり眠れそうだ」
しばし歩いたところで、愛生は立ち止まった。
「で、これからどうする? 数日ゆっくりするか、一泊したら事件を探しに出るか……」
龍は少し考え込んだ。
「私はすぐ出発でも構いませんが、愛生の傷の具合が……」
「戦闘さえしなければ大丈夫だ。数日かければ元に戻るだろうし」
「それでは、明日からまた事件探しですね」
そこまで言ったとき、前方から何かが走ってきた。
「あれは、人か」
「そのようですね」
警察とは違う、白っぽい制服を着ている人間が走ってくる。近付いてくると、男性だとわかった。
男は急いで立ち止まると、龍の目の前でやおら両手を広げた。
「……おい、誰だ? 会う約束でもしてたのか?」
「私に聞かれても困ります。愛生の知り合いではないのですか?」
愛生はどう対応したものか困って立ちつくす。龍は前方の不審者を仰いだ。
こちらが何か言う前に、男が喋り出した。
「その女神像のような艶やかな肌、完璧な造形、素晴らしい……その上、名探偵とは。私はベルトラン、海を隔てた国の少尉でございます。ぜひお見知りおきください」
しばいてやろうかこいつ。愛生は一瞬そう思ったが、思い直して男の観察を始めた。
背の高い男だ。愛生よりさらに二十センチは高い。現実世界なら、ドラマで色男役もできる整った顔立ち。茶髪のゆるくうねった髪を短く切りそろえ、白い肌よりさらに白い歯を持っている。──それなのに、妙に軽薄な感じがぬぐえなかった。
緊張感もなにもない、こんなのを少尉にして大丈夫なのだろうか。
「あなたはまるで太陽のように明るく見えます。恋とはこういうものなのですね。僕をあなたの僕の一人にしていただけませんか?」
「どうしたんだ、コレ」
愛生が呆れている間に男がひざまずき、体が下に沈む。膝をつく格好になった男を、龍はねめつけた。
「イヤです。いきなり出てきて、なんですかあなた」
不穏な空気が辺りに漂う。愛生は眉をひとめながらささやいた。
「危険がない、という意味では大丈夫そうだが……」
「全然大丈夫ではありません」
狙われている方の龍は顔をしかめた。
「そもそも、あなたが止めてくれないのですか」
「……あんまり危機感がわかないというか、お前、興味ないだろ」
二人でぼそぼそ会話していると、固まっていたカーターがようやく動き出した。
「……お知り合いですか?」
「「違う」」
愛生と龍の声が揃った。
「おい、いい加減立てよカン違い野郎。どこからここの話を聞きつけてきたかは知らないが、俺たちは疲れてるんだ」
愛生が言ったが、男は顔を上げる様子がない。
「実は折り入って、あなたにお願いが……是非、手を貸していただきたいのです」
「せめてあなた『たち』って言えよ。お前の頭の中には龍しかないのか」
愛生が苦虫を噛みつぶした次の瞬間、空間に異変が起きた。さっきまで晴れていたのに、空を暗雲が埋め尽くす。
「なんだ!?」
「まさか、あの化け物が生きていたのか!?」
浮き足だっていた警官たちの顔が、瞬時に引き締まった。それもすぐに、愛生からは見えなくなる。
周囲に竜巻が起こったような、奇妙な感覚。視界が七色の光に染まり、愛生はそれをただ見ているしかなかった。やがて、光の色は濃い紫へと定着していく。光は一点に収束し、その外は濃い闇があるばかりだ。
愛生はふとなにかに脚をとられ、目の前の光に向かって投げ出されていた。とっさに息を止めて辺りの様子をうかがう。一瞬光が強くなって、その後は何も見えなくなった。
自分にすがりつく彼女の背中をなでながら、愛生《あい》はできるだけゆったり笑ってみせた。たとえ完全回復していなくても、泣きそうな彼女に心配はかけられない。
「ああ、大丈夫だ。心配するな」
龍《りゅう》は愛生の顔を見て、ようやくうなずいた。それでも、しっかりつないだ手は離そうとしない。
「そういや、途中に残ってた雑魚はどうなった? まだ百は残ってたろ」
「下りながら見てきましたが、全て灰になっていましたよ。首領が死んだからでしょう」
「あっけないもんだな。撤退もできないとは、不便な体だ」
雑魚掃除に動かなければと思っていた愛生は、ほっと息をついた。他にできることは、と周囲を見ていると、警官たちがわらわらと寄ってくる。
「上がった同僚たちから、少し話は聞きました。あなたたちのその力は、一体どこから来ているのですか?」
「武器を見せていただきたいのですが」
愛生は少し言いよどむ。対して龍はにっこりと笑ってみせた後、深く頭を下げる。
「神のご加護によって……ですよ。詳しいことは申せませんが」
あ、説明が面倒くさいから適当に誤魔化した。
「そ、そうでしたか。どれだけの修行をなさったのか……」
「神はこうも仰せです。騒ぎになる前に、さっさとここを片付けろと。怪我人の手当も忘れるなと」
胸を張る龍を見て、警官たちが神妙な顔でうなずく。愛生以外には、龍が面倒くさがっていることはバレていないようだ。
間もなく、犯人と化け物の運び出しが始まった。淀みなく進む作業を見ながら、愛生は苦笑し、ソフィアが鼻を鳴らした。
「解決だけして後は何もしないのね。すがすがしいグウタラぶり」
ソフィアが苦笑した。
「立ち回りがうまいと言ってくれよ」
「そうね。助かったわ。最初は手がかりがなくてダメかと思ったけど……あなたたちと組んでよかった、最高の探偵だったわ」
ソフィアが手を上げた。愛生はかがみこんで、掌を合わせる。
「……背の高さが合わないから、いまいち締まらないわね」
見上げる姿勢が気にくわないのか、そう言ってごそごそ備蓄物資の樽を昇っているソフィアを見て、愛生は笑った。
ふと視線を横へ移す。
ようやく解放されたハーフエルフや、取りこまれていた召使いたちがひしめきあっている。雑談すらできない彼らに向かって、何枚も毛布が用意された。
「あの、これは……」
「何が起こったのかは、後で教えるとしよう。今はゆっくり休め。……罪はそれから、償ってもらうがな」
恰幅の良い男──ソフィアが父だと言う──がそう言うと、彼らは不安げにしながらもうなずいた。警察官に付き添われて、彼らが指示する方向に歩いて行く。
「やあ。署長のカーターだ。ソフィアが言っていた探偵っていうのは、君たちかね」
愛生は首を縦に振った。
「私には何があったか教えてもらえるかね? 最後まで現場には入れなかったものだから」
カーターは体をゆすりながら言った。愛生は素直に、あったことをすべて吐き出す。署長は黙って聞いていたが、時々本気でわかっていないような顔になった。無理もない、と愛生は思う。
「……全部化け物はいなくなったからな、もう危険はない。だが、あんたらには適当な言い訳を考えてもらわなきゃならん」
愛生は塔を見上げながらつぶやく。カーターは興味深げにうなずいた。
「いやいや、君たちが解決したことにしたまえ。こちらも大いに溜飲が下がったよ」
「いいよ、面倒なだけだから。蝿がうるさかったから叩き落としたようなもんだ。ややこしい後始末を任せるんだ、せめてあんたの手柄にしてくれ」
とんでもないことのように扱われる筋合いはない。ゲームをクリアしただけなのだから。愛生はあくまでこの立場を固辞した。
「次の街へ行くまでは静かに過ごさせて欲しい。明日からは取材も取り調べもお断りだ。こっちも色々と準備したいんでね」
愛生はそう行って、カーターの礼の言葉を遮った。彼もそれ以上は押してこず、一瞬沈黙が流れる。
「……それでは、ゆっくり休める宿に案内しよう」
「頼む」
愛生は迷わず言った。カーターが先に立って歩き出し、愛生と龍は手をつないだままそれについていく。
「愛生、見て下さい」
ふと龍に呼び止められて、愛生は振り返った。小さな驚きの声が、口からもれる。警官と怪我人たちの間に、忘れられない顔があった。オリバーと……舞踏会で、悔し泣きしていたあの少女だった。
誰が、と一瞬愛生は思った。そしてすぐに、ソフィアの顔を思い出す。
「あいつ」
彼女は気づいていたのだ。真っ先に事件の結末を知りたいのが、誰かということに。
「……この点では、彼女に完敗ですね」
「確かにな。大した名探偵だよ、あいつは」
愛生は改めて二人をまじまじと見た。
オリバーと少女が、そろって頭を下げている。それはどんな言葉よりも、深い感謝の意を示すものだった。たまらなくなって、愛生は声をかけずに立ち去った。
「どうされました?」
「いや、なんでもない」
何か言いかけたカーターの言葉を、愛生は遮った。
「事件を解決できて、よかったですね」
龍が言う。愛生も心からそう思っていた。
「これでようやく、ぐっすり眠れそうだ」
しばし歩いたところで、愛生は立ち止まった。
「で、これからどうする? 数日ゆっくりするか、一泊したら事件を探しに出るか……」
龍は少し考え込んだ。
「私はすぐ出発でも構いませんが、愛生の傷の具合が……」
「戦闘さえしなければ大丈夫だ。数日かければ元に戻るだろうし」
「それでは、明日からまた事件探しですね」
そこまで言ったとき、前方から何かが走ってきた。
「あれは、人か」
「そのようですね」
警察とは違う、白っぽい制服を着ている人間が走ってくる。近付いてくると、男性だとわかった。
男は急いで立ち止まると、龍の目の前でやおら両手を広げた。
「……おい、誰だ? 会う約束でもしてたのか?」
「私に聞かれても困ります。愛生の知り合いではないのですか?」
愛生はどう対応したものか困って立ちつくす。龍は前方の不審者を仰いだ。
こちらが何か言う前に、男が喋り出した。
「その女神像のような艶やかな肌、完璧な造形、素晴らしい……その上、名探偵とは。私はベルトラン、海を隔てた国の少尉でございます。ぜひお見知りおきください」
しばいてやろうかこいつ。愛生は一瞬そう思ったが、思い直して男の観察を始めた。
背の高い男だ。愛生よりさらに二十センチは高い。現実世界なら、ドラマで色男役もできる整った顔立ち。茶髪のゆるくうねった髪を短く切りそろえ、白い肌よりさらに白い歯を持っている。──それなのに、妙に軽薄な感じがぬぐえなかった。
緊張感もなにもない、こんなのを少尉にして大丈夫なのだろうか。
「あなたはまるで太陽のように明るく見えます。恋とはこういうものなのですね。僕をあなたの僕の一人にしていただけませんか?」
「どうしたんだ、コレ」
愛生が呆れている間に男がひざまずき、体が下に沈む。膝をつく格好になった男を、龍はねめつけた。
「イヤです。いきなり出てきて、なんですかあなた」
不穏な空気が辺りに漂う。愛生は眉をひとめながらささやいた。
「危険がない、という意味では大丈夫そうだが……」
「全然大丈夫ではありません」
狙われている方の龍は顔をしかめた。
「そもそも、あなたが止めてくれないのですか」
「……あんまり危機感がわかないというか、お前、興味ないだろ」
二人でぼそぼそ会話していると、固まっていたカーターがようやく動き出した。
「……お知り合いですか?」
「「違う」」
愛生と龍の声が揃った。
「おい、いい加減立てよカン違い野郎。どこからここの話を聞きつけてきたかは知らないが、俺たちは疲れてるんだ」
愛生が言ったが、男は顔を上げる様子がない。
「実は折り入って、あなたにお願いが……是非、手を貸していただきたいのです」
「せめてあなた『たち』って言えよ。お前の頭の中には龍しかないのか」
愛生が苦虫を噛みつぶした次の瞬間、空間に異変が起きた。さっきまで晴れていたのに、空を暗雲が埋め尽くす。
「なんだ!?」
「まさか、あの化け物が生きていたのか!?」
浮き足だっていた警官たちの顔が、瞬時に引き締まった。それもすぐに、愛生からは見えなくなる。
周囲に竜巻が起こったような、奇妙な感覚。視界が七色の光に染まり、愛生はそれをただ見ているしかなかった。やがて、光の色は濃い紫へと定着していく。光は一点に収束し、その外は濃い闇があるばかりだ。
愛生はふとなにかに脚をとられ、目の前の光に向かって投げ出されていた。とっさに息を止めて辺りの様子をうかがう。一瞬光が強くなって、その後は何も見えなくなった。
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