AIはついに、全人類を人質にとりました。

七綱七名

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五人の共通点

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「あまり重く見てやるな。子供のしたことだよ。……そうだな。少々残酷だが、外国に売られてしまったんじゃないか」
「そうでしょうか。人を何人も船や車に乗せるのは、とても目立ちます。誘拐事件が起こってからは人目も厳しくなりましたし、普通の船なら必ず分かるでしょう」
「ほう。ならば、君の見解はどうだい」
「犯人とされたハーフエルフの顔は、見た人間によって全く造形が違います。これは、事件ごとに異なる者が子供をさらっているとみるべきでしょう。いくら個々の犯人を追っていても無駄なことです」

 卿はそれを聞き、軽く顎に手を当てた。

「しかしそれなら、最低でも犯人は五人いることになるね。悪いが、そんな偶然があるとは思えない」
「黒幕がいると考えればどうでしょう。個々の犯人は名前も顔も知らないが、彼らを何らかの理由をつけて集め──全員を操っている黒幕がいるとしたら」

 少女の考えていることが分かって、愛生は絶句した。

「君の考えは面白いが、最初の事件があったのは一年も前だ。それほどの長期に及んで、犯人をかばい通すなんてことはできるのかな」
「普通の人なら無理でしょうね……莫大な収入があり、味方がたくさんいて、これくらいの敷地をお持ちなら、話は別ですが。案外、卿なら犯人をご存じなのではないですか?」

 娘は嫌味を言った。目にありありと侮蔑の感情が出ていて、明らかに頭に血が昇っている様子だ。

 卿は驚きの表情を浮かべ、妻は一瞬不快そうに顔をしかめる。しかし二人とも、すぐに表情を戻した。

「面白い冗談だね。残念ながら、私は大半の子供には興味が無くてね。知的な会話ができない相手は、ここにいたとしても、すぐに帰っていただくだろう。それが一番、手間がかからない」

 低い声で笑う卿を、少女はまだにらみつけている。周囲は困惑していて、諭す者もなかった。

「でも……」
「知っているだろう? 私は弁護士。厄介ごとは際限なく向こうからやってくる。わざわざ、自分で生み出すなんてごめんだな。これで答えになったかい?」

 そう言って皮肉な顔になった後、卿はつけ加えて言った。

「犯人がいつ凶暴になるかわからない。この前さらわれた子はじめ、皆が無事に発見されるよう、祈っているよ」

 卿はこれ以上相手をする気はないようで、少女に完全に背を向けた。何を言われても、頑なにこちらを向こうとはしない。

 少女は音をたてて走り去った。周囲の大人たちは目を見開き、口々に囁き合う。

「無茶苦茶なことするな。子供といえど許されん」
「あんな躾の悪い娘、どうして野放しにしておきますの?」
「……どこか、大きな家のコネがあるのか?」

 訝しみ、無駄な推測が流れる中、愛生はそろそろと会場から遠ざかり始めた。ソフィアは苦い顔でそれを見ていたが、制止しようとはしなかった。



「何て勝手なことをしてくれた……」

 愛生は大急ぎで少女を追いかけた。よりにもよって卿が犯人と、本人に直接言うなんて。もし本当にそうだったら、どうするつもりなのだ。

 相手がいかになりふり構わず走ろうとも、大人と子供の脚力はまるで違う。必ず追いつけるはずだった。

 広間の北側にあるポーチから屋敷を出て、庭の隅へ走り出る。外と屋敷を隔てる塀まではかなり距離があって、芝生の中に道がついている。

 その道を辿った先、庭男が使う納屋の横に、少女はうずくまっていた。夜の闇の中、背中を丸めると、小さい体がいっそう縮んで見える。

「ここは泥で汚い。綺麗なドレスが汚れるぞ」

 息を整えた愛生が言うと、少女はかぶりを振った。放って置いてくれ、というサインだ。しばらくして、龍も追いついてくる。

 愛生たちがしつこく横に座っていると、少女がようやく顔を上げた。

「……なんだ、探偵のあんたか。普通の人間じゃなさそうだったけど、結局みんなと一緒ね。卿に媚びを売って、気に入られるためにこんなところまで来て」
「勝手に判断するな。俺だって思うところがあってここに来てる」

 少女は、どうだか、と言いたげに首をかしげた。

「妙な行動をすると思ったら……あいつを疑ってるのか?」

 愛生が言うと、少女は抗議の視線を向けてきた。

「疑っているんじゃないわ、犯人よ。あいつは人殺しなのよ」

 これはまた蛇蝎のごとく嫌っているものだ。愛生はじっと少女を見ながら続きの言葉を待つ。

「適当に罪をきせようとしてるんじゃないって言うなら、証拠を見せてみろ」
「……あるけど、私が持ってないもの。あいつ、ずーっと手袋してるでしょう?」
「それは身だしなみとして当然じゃないのか」
「普通の人ならね。あいつは右手全体に、火傷の痕があるのよ」

 それとこれとがどうつながるのか分からず、愛生は首をひねった。

「私は西側に住む友達から話を聞いたの」
「そもそも、なんで西側出身の子と知り合った? 接点がないだろう」
「ある夜、仕事が終わった後、みんなで東側に遊びに行こうってことになって」
「そう簡単に東側に入れるとは思えないが」

 愛生は、自分が門で受けたチェックを思い出していた。基本的に通ろうとしている人間は全て声をかけられ、壁の内部の詰め所で持ち物や来歴を調べられる。子供が悪戯でどうにかできるとは思えなかった。

「門を通ろうとすればね。東側の外壁だって広いもの、ひと一人が抜けられるくらいの穴があったのよ」
「抜け穴だと?」

 愛生が顔をしかめる。

「かなり前からあったみたいよ。もともと、私がその穴を使って西側に遊びに行ってたんだから」

 少女はしれっととんでもないことを言う。

「習い事、行儀作法、将来の結婚相手……我慢させられることばっかりで、イヤになっちゃって。夜に屋敷を抜け出してうろうろしてたら、西側の子たちと仲良くなったの」

 全く違う生活だったが、だからこそ互いが珍しかった。最初は照れもあったけれど、打ち解けてしまうと、子供たちは兄妹のように団子になって遊んでいた。

「遊ぶのはいつも西側だったけど、たまには東も見てみたいって言うから……私が抜け穴のことを教えたの」

 子供たちは最初はびっくりしていたが、少女に手伝われ、何回か往復するにつれて大胆になっていった。徐々に東側の街を探索していき、街外れにまで到達するようになった頃──事件が起こる。

「その日、私は親に見つかってしまって行けなかったんだけど。街外れに、大きな鏡があるって……誰かが見つけてきた」

 その言葉は嘘ではなかった。試しに覗きに行ってみると、ハーフエルフたちが、必死の形相で大きな鏡を台にたてかけているところだった。そしてその鏡面に向かって、なにやらハーフエルフたちがつぶやくと──

「右手に火傷のある男が……鏡の中から現れた?」

 わけがわからない。遊興だったとしても、そんな話は聞いたことがなかった。ファンタジー寄りの世界だから、そういう不思議な鏡があってもおかしくはないが。

「信じられないでしょ。でも、さらに続きがあるのよ。男の後からぞろぞろ、鍋を抱えた使用人みたいな連中もやって来て……それがみんな、下半身が蛇の怪物なの」
「見間違いじゃないのか」
「本当よ。その場にいた五人、みんなが見たんだから。怪物が持ってた壺からなんだか酸っぱい、変な臭いがしたとも言ってた。ずっといたら毒かもしれないって誰かが言い出して、あわてて帰ってきたみたいだけど……」

 街の隅の森、そこで夜中に運ばれてきた不思議な鏡にかき回される壺、怪しげな怪物たち。実際出くわしたら恐怖で寿命が縮みそうだ。一体何が行われていたのだろう。何を企んでいたのだろう。

「その五人は今どうしてる? 元気なのか?」
「……五人とももういない。誘拐されたの」
「まさか……」

 誘拐された子供たちにそんな共通点があったとは。

「みんな怯えてた。けど、誰にも言えなかった。言ったら、あの化け物が殺しに来るかもしれないから……忘れるって約束した。でも、それでも、さらわれた。もうきっと殺されてる。私のせいだ。私が抜け穴の存在なんか教えたから!」
「無茶苦茶言うな。悪いのは──」

 険しい顔で言う少女をなだめようとした愛生だったが、それがさらに激しい感情を呼び起こした。

「じゃあ、あの子たちが悪いって? 何したっていうのよ。仕事が忙しくて、毎日は遊べなくて……やっと予定が合うのが夜しかなくて、たまたま遊びに出て怪しげなものを見た、それが殺される理由になるわけないじゃない!」

 龍が首を横に振った。

「あなたも子供たちも誰も悪くない。悪いのは犯人。それ以外にありますか?」

 龍が妹を諭すように言った。

 少女は声を嗚咽に変えてしゃがみこむ。憎しみの重さに耐えかねて、今にも潰れてしまいそうに見えた。

 きっと、後悔していた。友人の残した証言の手がかりを、ずっと探していて。ずっと疑念を胸の中でたぎらせて。だからやっと見つけた卿に対して、あんな見え見えの敵意を発してしまった。

 しかし、その証拠を白日のもとに晒すのはかなり難しい。万が一火傷の痕を見せてくれたとしても、その男と同一であると証言できる者がいない。卿が獣のような男だとしたら、もう子供たちは殺されてしまっているだろうし。

「ちょっとその手で証明は難しいだろうなあ」
「私が嘘をついてるって言いたいの」

 少女は気色ばんで拳を握る。愛生は哀れみの視線を向けた。

「それは嘘じゃないと思う。ただ、あれだけの有名人で、君より遥かに上手だ。面の皮も厚く、うっかり口を滑らせるなんてこともないだろう。すぐにどうこうしてくることはないだろうけど、これ以上やるなら攻め方は考えないとな」
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