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第三章 SM少女と予告された事件

第三章のプロローグ

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 遠野さんはついにオレの家に来た。
疲れているため、オレのベッドで眠っていたが、ついさっき目を覚ます。
オレの母さんと話をし、オレの知らない幻獣化の事も遠野さんに教えていた。
幻獣化するルーツや方法は違うが、お互いの苦労を経験から読み取ったのだろう。
オレが母さんに話した遠野さんの特徴からも幻獣化を予測していたのかもしれない。

いずれにしても、幻獣化する二人が出会ってしまったのだ。
遠野さんは特に、幻獣を捜す部活を開始して、幻獣を捜し出そうとしていただけに、感激もひとしおのようだ。
オレの母さんに抱き付いて、涙を流し始める。

「ようやく見付けた……。
すいません。私の幻獣化を無くす方法って知っていますか? 
私のお母さんから幻獣化を無くすには、幻獣に直接聞くしかないと言われて探しているのですけど……」

遠野さんの幻獣を捜す目的は、自分の幻獣化を無くすためだった。
おそらく幻獣を見付け出して行けば、遠野さんの出生関係が分かるのかもしれない。
しかし、オレの母さんの幻獣化とは無関係だった。
そのため、オレの母さんは申し訳なさそうに言う。

「ごめんなさいね。私は幻獣化を無くす方法は知っていないのよ。
遠野さんとは、幻獣化の方法も違うし、ルーツも違うから教える事は出来ないわね。
私は頭の中で考えたイメージで幻獣化できるけど、あなたはどうするのかしら? 
私の場合は、幻獣化と言っても水や火、風や土の成分に成れるくらいで、精霊化といった方が正しいわね。
本物の幻獣の様に、翼を作り出す事も出来なくはないけど、相当の精神力を消費するのよ。私の精神力では、身体全体を水や火、風や土に変わるのが精一杯だったわ。
私は十六歳くらいからこの身体だから仕方ない事なのだろうけど……」

「そうなんですか。私は生まれつきこの身体です。
幻獣化できるようになったのは、十二歳の時ですけど……。
初めて幻獣になった時、クラスのみんなから恐がられて石を投げつけられました。
その時から友達を作らず、一人でいるようにしたんです。
髪を結ぶ事さえしなければ、変化はないので大丈夫なのですが……。
女子の友達を作ると、どうしても髪の毛をいじられるので、ずっと一人でいる様にしていたんです。

髪の毛を短くすれば良いと思うかもしれませんが、ある事情で切る事も出来ないんです。
木霊君に知られたのは、本当に偶然の出来事からなんです。
たった一人だけど、木霊君が友達になってくれて嬉しかった。
でも、恐いんです。友達から拒絶されるのが……。
だから幻獣化をどうしても無くしたいんです」

遠野さんは涙ながらに訴える。
オレの母さんは黙ってそれを聞いていた。
どうやら彼女にも人に言えない事情があるようだ。
幻獣化する者同士にしかわからない苦痛もあるのだ。

「そう、大変だったわね。
でも、木霊も言っているけど、遠野さんはとっても可愛いわよ。
だから、不必要に恐れているんじゃないかしら。
中学生の頃と違い、高校生という年齢は、みんな秘密もあるし、それなりに大人になっているわ。
みんなから受け入れてもらうんじゃなく、本当に大切な友人を作ることが大切じゃないのかしら。
そんな事情を知っても、あなたを信頼して受け入れてくれるような友達が……」

「でも、私は友達の作り方なんて知りません。
幻獣化を隠すために努力していました。
ずっと近付かず、離れずの位置を保とうとしていましたから……」

「確かに、最初は難しく思えるかもしれない。
でも、あなたが困った時も必ず助けてくれるわ。
だから、努力するのは大切なのよ。
もしも、あなたがその友達だとしたら、困った事や辛い事があった時、どうして欲しいかを考えるのよ。
そして、親しい友達だったのに離れていく時は、どうしてだろうと考えるのよ。

偶に、何日か努力しないと分かってもらえない事もあるけど、分かってもらえるまで努力する必要がある時もあるわ。
もう駄目だと思った時は、私に相談してね。
何かアドバイスができるかもしれない。
家族に相談しても良いのよ。
みんな助けてくれるわ!」

遠野さんは、涙を拭いて笑顔になる。
どうやら何か吹きれたようだ。
誰かに話す事で、大概の悩みは心が軽くなるのだ。

「はい。できる限り頑張ってみます!
木霊君もいるし、鏡野真梨さんとも知り合いになれたから、もう一人ぼっちではありません。
徐々に、友達を作って行くことにします!」

遠野さんは元気を取り戻したようだが、今度は反対にオレの母さんが憂欝な表情をする。

「実はね、木霊は私似だから、近いうちに幻獣化してしまうかもしれないの。
一応、大事にならない様にアドバイスはしているんだけど……。
でも、あの子は幻獣化の事までは知らないはず……」

「本当ですか! 木霊君と私が同じなんて感激です! 恋人になれて良かった!」

遠野さんはとびっきりの笑顔になるが、オレの母さんは暗い表情のままだった。
遠野さんはその表情を読み取り、浮かれるのを止める。

「すいません。自分は幻獣化が嫌なのに、息子さんが幻獣化になるのを喜んだりして……」

「いえ、幻獣化が問題ではないの。
問題なのは、木霊が魔術師(マジシャン)を目指している点よ。
あの子、幻獣化を知ったら魔術師(マジシャン)を目指すのを止めてしまうわ」

遠野さんはそれを聞き、ポカンとした表情をする。意味が分からないようだ。

「え、どうしてですか? 
むしろ他の魔術師(マジシャン)よりもすごい事ができるようになると思いますが……」

「そう、できるでしょうね。
でも、身体が他の人より圧倒的に優れているとしたら、どう思うかしら……。
この例えはあまり良くないかもしれないけど、身体障害を持ったアスリート達の大会で、健康なアスリートが参加して勝ちたいと思うかしら? 
そりゃあ、お互いが納得しての試合ならともかく、密かにそんな試合をして、ばれたらどうなるかしら?

選手生命だけでなく、世間の批判も辛く彼に当たるはずよ。
だから、木霊の性格からして、幻獣化するようになったら魔術師(マジシャン)を目指すのを止めてしまうと思うの。
実は、その兆候は出始めている。
あの子、ここ最近は魔法(マジック)の訓練もしていないのよ。
何となく感覚で分かっているんだわ。このまま続けても無駄だって……」

「でもそれだと、幻住高校で進学するのも難しくなるんじゃ……。
木霊君は魔法(マジック)の一芸で入学したようなモノだし、何もできないとなると高校中退の危険も出て来ますよ。
何か他の事で努力し始めないと……」

「ええ、でもあの子は魔法(マジック)一本で生きて来たのよ。
他の事なんて目も止めず、ひたすら魔法(マジック)の勉強をして来たのよ。
その夢が叶わないとなると、もう私では助ける事も拒むはず……」

遠野さんは一瞬考えて、こう決意する。

「私、木霊君が幻獣化した時は、彼が立ち直るまで彼を励まします! 
魔法(マジック)ができなくなっても、他に何かできる事のお手伝いをしてあげます。
難しい事かも知れませんけど、精一杯努力します!」

「じゃあ、木霊が落ち込んだ時は、遠野さんに任せるわね。
私も努力するけど、あなたの方が木霊の心を開く事ができるかもしれない」

「はい! 仮にも恋人です! ずっと傍にいます!」

遠野さんとオレの母さんは、オレの知らない所で協力し合っていた。

 オレはそんな事も知らず、鍋の材料を揃える。
ある程度準備できたところで、オレは母さんと遠野さんを呼ぶ。

「母さん、鍋の準備ができたよ。遠野さんは起きた?」

オレの母親は、遠野さんを抱きながら一緒に歩いて出て来た。
相当気に入ったらしく、友達のような感じだ。
制服を着ていれば、同級生にしか見えないだろう。
それでも、三人の子供を産んだ母親なのだ。

「ふふふ、起きたわよ。えるふちゃん可愛いから気に入っちゃった。
このまま木霊のお嫁さんになってくれないかな?」

浮かれる母さんに遠野さんは答える。

「頑張ります!」

まあ、予想はしていた事だ。
これ以上遠野さんをからかうと、本気で気不味くなってしまうかもしれない。
オレは軽く流して、ダイニングに案内する。
遠野さんのエプロン姿とか想像すると、まともに遠野さんの顔が見られない。
今のオレ達では、食事を一緒にするだけで精一杯なのだ。

好く醤油を取ろうとして手が触れ合って、醤油を落とすなんて事があるというが、そんな状況が起きたら心臓が止まりそうなほどドキドキしていた。
お互い、手が触れ合わない様にタイミングと距離を測る。
兄はこの場にいないが、妹は居て食事をしている。
普段はすぐに食べて、自分の部屋に引き籠るというのに、今日に限って食事時にいる。

まあ、兄の同級生の女子が家に着たら、誰でもそうなるか。
それに、妹は幻住高校入学を考えている。
興味は尽きないはずだ。
オレと遠野さんは、醤油トラップを回避し食事を続ける。
妹の水霊(みずち)は、幻住高校の制服について訊いてきた。

「ねえ、遠野さん。幻住高校の制服ってどんなのがあるの? 
あなたが着ているのは、黒色のブレザーに、スカートはチェックの赤色だけど、色違いの制服を見たよ。
学年によって制服が変わるの?」

水霊も機械オタクとはいえ女の子、幻住高校制服のスカートの色が気になっているようだ。実は、オレも気になっていた。
学校指定のスカートは四種類あるが、学年もクラスも別々で統一性が見当たらなかった。普通は、学年ごととか、クラス別に分かれているはずなのに、幻住高校の制服は、クラスの女子みんながバラバラの色である。
まあ、クラス別に分かれているのかもしれない。

A組は大体がチェックの青色を穿いている。
鏡野真梨が気に入って穿いているのは、チェックの緑色。
遠野さんが今穿いている(休日だが、部活と認識し着て来たようだ)のは、チェックの赤色である。
しかし、C組は全体的にチェックの黄色が多い。
D組は、全体的にチェックの赤色が多い。
しかし、クラスの半分以上は、他の色の制服を着ている。
これはどういう事なのだろうか?

「ああ、幻住高校は、一学年ごとにクラス替えをする傾向にあるので、制服の色は自由なんです。
本来は、クラス別に分かれていたのですが、成績が上がったり、努力して運動の大会を総なめにする選手が出たり、趣味が成功したりする生徒が出たり、一気に落ちこぼれた生徒が出たりしたため、一学年ごとにクラス替えをするようにしたんです。
そのため、制服は各々が気に入った色を着ています。
私は、制服の在庫が余ってしまったので、週ごとに制服の色を変えていますけど……」

「へー、クラス替えはちゃんとあるんだ。
木霊、残念だったね。遠野さんと来年は違うクラスかもよ?」

水霊は冷やかすようにオレを見て言う。遠野さんが確信を込めてこう答える。

「大丈夫です! 木霊君と私が違うクラスになる事は絶対ありません! 
そこだけは、お母様に頼んで、私がいる三年間は変わりません!」

遠野さんは顔を隠しながらそう言う。水霊は皮肉を込めてこう言った後、食器を重ねる。

「なんだ、もうバカップルかよ……。
木霊なんて、臆病だから母さんにせがまれても女子を連れて来られないと思っていたのに……」

オレは、食器を持って水洗い場に行く水霊を止める。
浮かれていて、妹とも仲良くなりたいと感じていたのかもしれない。
普段は、まともな会話さえもあまりしないのだ。

「おい、失礼だぞ! 確かに、共通の話題がなかったら危なかったけど……」

水霊はオレに優しく笑いかけてこう言う。

「安心した。良かったね、お兄ちゃん!」

妹が初めて女の子に見えた。
いつもは、臭いだの、邪魔だの、死ね、しか口にしない妹がオレに向かってお兄ちゃんと言ったのだ。
携帯電話に録音して、死ぬまでとっておきたいほどの感動をオレは感じていた。
これも遠野さんのおかげと言えるだろう。ありがとう、遠野さん。
毎日家に来て欲しいくらいの感謝だ!
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