【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ

文字の大きさ
上 下
121 / 143
第五章

10

しおりを挟む


「アンドリュー……おかえりなさい!」


まだ酒を飲んでいないのに顔が熱い。それを誤魔化すためにやけに砕けた乾杯になってしまった。不安になってグラスを掲げた先を見つめると、アンドリューが困ったように笑っている。

2人、静かにワインを煽って再び目が合うと、どうしたらいいかわからなくなって料理に視線を落とす。我ながら立派な料理になった。荘園内の増税をすることもなく、困窮していることを使用人に悟られることなく、うまく乗り越えるには苦労の連続だった。うまい理由をつけて最近は1日1食で節約していたから、なおのこと料理が輝いて見える。


「知っている顔はカルロだけになってしまったな。やけに女が多いのはリノの趣味か?」


思ってもみないアンドリューの質問に、ついカルロを見てしまう。


「元来、女性の方が希望者は多いのです。先代がご存命の時には私の一存で男性を多く採用しておりました」


なるほどね。そう含みのある笑みを浮かべて俺を見やる。それが責められているようで視線を外してしまった。


「ぁ……アンドリュー、馬上槍試合に何度も出場していると聞き及びました」

「なぜ、今それが関係ある?」


失敗したと思った。俺とアンドリューとでは立場が違うのだ。それはたった3日違いの長男と次男といった立場ではない。


「気になる……貴婦人でもいるのかと……」

「なるほど。領地持ちの未亡人の気を引くために試合に臨んでいるとでも?」


隠せなていない怒気で空気が凍る。その冷気でせっかくの料理が冷めてしまうのが心苦しかった。嫉妬心を隠しアンドリューの本心を探りたかったが、これ以上深入りしても拗らせるだけだと観念する。


「いいえ。昔よく、馬上槍試合ごっこをしたのを覚えていますか?」


俺の本心を隠したまま今日というこの日を最良にしたい、その一心で童心に呼びかける。その唐突さからだろう、彼は不可解といった顔で呆然とした。


「よく荘園の子らも混じって本番さながらで試合をして……。俺はアンドリューと戦いたかったのに、いつもシーバルに邪魔をされて。覚えていますか? シーバル」

「あ、ああ……」

「父上が亡くなった頃から見かけなくなって、もう5年も連絡がつかない。今日、アンドリューが帰省するとなった段でもう一度探してみたのですが、ついぞ見つかりませんでした」


カトラリーが投げ出された音に驚き、テーブルの先を見る。


「く、口に合わないものでもありましたか……?」

「いいや、リノ。随分と痩せ細っていたから心配したが、いい暮らしをしているようでなによりだ。少なくとも俺は祝杯ですらこんな料理を食べたことはない」


アンドリューの後ろから声をかけようとした使用人カルロを、俺は睨みつけそれを制した。


「シーバル? 今更そんな小僧を呼び出してどうしたかったのだ? 俺が一度も勝てなかったシーバルとともに、次男の凋落を見て嘲笑いたかったか?」

「いいえ。シーバルはアンドリューを慕っていました。だから、きっとこの日を一緒に喜んでもらえると……」

「喜ぶ……? 相も変わらず、めでたい奴だ!」


乱暴に椅子を倒しながら立ち上がり、アンドリューはそのまま部屋を後にした。

その一部始終をどこか他人事のように眺めていたのは、自身の防衛本能かもしれない。それを証拠に、俺はナイフとフォークをテーブルに突き立てたまま動けなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける

堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」  王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。  クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。  せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。  キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。  クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。  卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。  目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。  淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。  そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。

ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。 事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...