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第一楽章 出会いと気づき

友達

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自宅から15分、自転車に乗って厚ヶ崎駅に向かう。

都内まで一本でいくことが出来るが、この駅で乗車するときには既に座席は埋まっているため、40分ほど立った状態で過ごさな変えればならない。

なので、休日に友人と都内まで遊びに行く際は、ここから二つ先の駅で乗り換えるのが定石となっている。

隣接しているこまり市の中核である南小鞠駅では、厚ヶ崎駅を通る路線とは別の路線が始発で都心までつながっているため、自由に座席を独占することが出来るのだ。

そして、ただ始発が出ているだけが取り柄の駅ではない。

ベッドタウンとして発展しているこまり市は、大型商業施設が建ち並び、娯楽施設やビジネス街も備えている。

自分が生まれる以前のこまり市は周辺市町村と変わらない辺鄙な地域だったらしいが、再開発が進んだ今では、住みやすい街としての地位を獲得するほどにまで成長を遂げていた。

都心に比べると一段階劣るものの、ある程度の娯楽をそろえる南小鞠駅周辺は、近隣市町村からの利用が圧倒的に多く、県内有数の都市であった。



太陽に日差しが十分に照り付ける時間帯、厚ヶ崎駅から乗車した俺は二駅先の南小鞠駅で下車する。

もうすぐ五月になるからか、この日の気温は平年以上の暖かさであった。

そのため、10分ほど車両内で格闘していただけで、既に額に汗が滲んだ。



「暑いな……」



賑わいを見せる階段から離れた位置にいた俺は、その光景を遠目に、先ほど自販機で購入した水を手に取る。

そして、風通しの良いホームで冷たい飲料を口に含む。

この瞬間を楽しむために満員電車に耐えたのなら、最高のご褒美と言える。



「……よし」



休憩を終えた俺は、人通りが減ったことを確認して階段を上り、改札に向かう。

そのまま改札を抜け、あいつとの待ち合わせ場所に着く。

駅構内の中心にそびえ立つ大樹のモニュメント周辺には、他にも待ち合わせをしている人が多くいた。

日曜日というのもあり、いつも以上の人混みだ。

そんな中から、一人を探す。



……いた



スマホを確認しながら、彼女のいる場所を特定する。

俺が近づくと、あちらも気づいたのか、こちらに向かってきた。



「ちょっと、遅いんだけど!」

「いや、時間通りだから」

「五分前行動は必須でしょ?」

「遊びでも適用されるのかよ……」



いつも通り、憎まれ口を叩かれる。

でも、表情はいつもと違う。

声も少し上ずんでいた。

今日のデートに悪い感情は抱いていないらしい。

それだけ分かれば、気は楽だった。



……



彼女の服装が目に映る。

今日の彼女は簡素な変装にとどめていた。

紺色の眼鏡を身に着け、ロング上の白いワンピースにデニムパンツを基調とし、その上から、ゆったりとしたベージュのカーディガンを羽織っている。

カーディガンは少し分厚くなっていて、今日の暖かい気候には若干合わないのではないかと勘繰った。



「その服装暑くないの?」

「ちょうどいいよ、走るわけじゃないんだし」



スニーカーのつま先を片方だけ上げながら、彼女はそう呟く。

一方の俺は、普段から身体を動かしているため、動きやすいスポーツブランドのロゴが入ったTシャツと伸縮性のあるパンツを基調とし、その上からナイロンジャケットを羽織ったシンプルなコーデだった。

少し暑いと思ったが、夕方になれば気温も下がり、肌寒くなることを見越して一応羽織ってきた。

ここに来る途中が密着の連続で体温が高かったため、脱ぎ捨ててしまいたいと思ったが、ボディーバッグは小さいものを選んで持ってきたので、折りたたんでも仕舞うことは出来ない。

仕方なく、体温が冷める間だけは我慢することにした。



「あれ、そう言えば、マスクしてないんだな」

「……目立ちたくないからもうしない。堂々としていれば案外ばれないでしょ」



そういうものなのだろうか、俺にはよく分からない。

と思ったけど、この間見たバラエティー番組に出演していた俳優が言っていた。



収録後に放送局を出るときはいつも出待ちのファンが殺到するのに、オフの日に街中を出歩いても全く声をかけられなかった。



ばれないようにしているからばれるのであって、堂々としていれば案外他人は気が付かないらしい。

でも、彼女はその俳優とは異なる。

声優とかアニメをたいして知らなくても分かるような有名人ではなく、おそらく悠馬のような知識人の中でもとりわけコアな層ぐらいしか彼女を知らないのではないだろうか。



「そんなに有名人だったの?」



気になって俺は話を振る。

我ながら結構失礼な質問だと思う。

そう言う踏み込んだ質問は避けるようにしていたのに。



「一回だけイベントで表舞台に立っただけで、対して知名度はないと思うけど」



でも、彼女は特に不機嫌になることもなく答えてくれる。



「今じゃなくって、今後有名になった時に問題になるからばれたくないの」

「え、どんな問題?」

「例えばだけど、今の自分が悪いことをしてるとして、それをSNSに上げられても、対して影響はないの。せいぜい私が業界から消えるだけ」

「うん」

「でも、有名になって地位も名誉も持っている人が同じことをやったら、そんな穏便に話が進まないの。炎上するし、活動を停止しないといけないし、最悪引退も視野に入れないといけない」



朝のニュースを見ていれば、たまに不祥事が原因で活動停止を余儀なくされている芸能人を数多見る。

そこら辺にいる人と毎日のようにテレビ、雑誌、広告に引っ張りだこな著名人、影響力があるのはどちらか、判断するのは容易である。



「今の段階で弱みを握られたら後々の自分に影響するの。だから、あんたがばらさなければ今のところは順調ってこと、分かる?」



そこまで言い切り、俺に再度通告をする彼女。

一度痛い目に合っているのだから、そんなことはしないというのに。



「分かってるよ。だから、さっさと行こうぜ。もうすぐで始まっちゃうだろ?」

「あ、そうだね」



話を終えて、俺たちは少し勇み足でこの場を後にする。

構内を進み、前方に見える階段を下りていくと、そのまま駅外に出ることが出来る。

案内標識を確認しながら、俺たちは駅東口に降り立つ。



「人が多いな……」

「まあ、日曜だしね」



俺の独り言に彼女は賛同してくれた。

駅のロータリーを抜けて、そのまま大通りを進んでいくと、突然開けた場所が現れる。

今日俺たちが一日を過ごす予定の場所だ。



「私、ここに来たの初めて」

「そうなのか? 俺はたまに部活仲間と来るけど」



少し意外だった。

地元周辺には高校生が一日中遊べるような場所がない。

辛うじて駅周辺が適正だろうが、俺たちにとっては少々窮屈だった。

しかし、ここには全てが揃っている。

今から向かう映画館もその一つだ。

10階にも連なる大型商業施設で、食糧売り場はもちろん、映画館やゲームセンターなどの娯楽施設、ファッション専門店や飲食店も数多く入っており、ここらでは珍しい大型書店も備えてある。

この建物だけではない。

周辺にも、同じような商業施設が揃っており、探し物があるならば、南小鞠駅に行けば全てが解決する。



だからこそ、意外だったのだ。

高校生にもなったというのに地元で遊ぶしか選択肢がないなんて。



「いつもは友達とどこで遊んでるの? 都内とか?」



芸能人だから、その関係で親しくなる人との付き合いの方が、彼女的には楽なのであろうか。

何気なく聞いてみる。

けど、俺はこの時気づかなかった。

何気なく聞いた質問が彼女の神経を逆なでしたしたことに。



「……ない」

「え?」

「……ないの」

「何が?」



よく聞き取れなかった俺は、何度も応対をする。

この時に、気付いていれば良かったのに。



「だ、だから、いないの!」

「いないって___」

「友達、いないの!」



目を逸らしながら、声を荒げて彼女は答える。

信号待ちをしている周囲の人たちが、こちらを見ているのが分かった。

完全に地雷を踏んでしまった相方を見て、気の毒に思ったのだろう。

事実、俺は後悔している。



「あ、そうなのか、えっと、その……」



なんて声をかければいいのか分からなかった。

彼女のことを何も知らなかったから、知りたいと思って質問したのに、こんな結果になるとは思わなかったんだ。

少しでも会話を楽しめるように切り出した最初の話題が、この場の雰囲気を壊してしまった。



「…………」



下を向いて、こちらを見ないようにしている。



……



まずい。

このまま挽回しなかったら、今日が最悪な一日になってしまう。



気が付くと信号が青になっていた。

人混みが捌けてきた瞬間を狙って、俺は彼女を連れて人の少ないところへ向かう。

そして、周りに誰もいないことを確認して、俺は彼女に話しかける。



「ごめん、まさかいないとは思わなくって……」

「…………」

「お前の事よく知らなかったから、タブーってことも分からなくってさ……」

「…………」

「でもさ、一人でも楽しいことっていっぱいあるもんな! だから___」

「えぐってるから! 傷口!!」



突然言葉を遮って俺に罵声を浴びせてくる。

俺は驚いてしまい、身を後ろへ反らしてしまった。



「え?」

「え? じゃないでしょ?! それでフォローしてるつもりなの?! むしろ逆効果だから!」

「ごめん……」

「ほんとごめんなさいね?! 友達のいないボッチ人間で!」

「あ、いや___」

「でもしょうがないでしょ?! レッスンばっかりで学校に行く時間ないんだから……!」

「……うん」

「教室で孤立するのが嫌でずっと保健室登校なんだから、友達作る機会もないし……」

「……」

「事務所の同期もみんな競争相手だから、話しかけてほしくない雰囲気出してくるし……」

「……」

「だから、同年代の人と遊んだことがない…の……」



段々と勢いが無くなり、彼女は再びベンチに腰掛けてしまった。

俺は彼女が胸に秘めていた悲痛な叫びを聞いた。

普通とは異なる生活、それに伴う関係構築の難しさ。

同じ学年の人たちが楽しそうに話し合っている中、自分は明かせない秘密を抱えたまま関係を築かなければならないのだ。

それでも関係が築けることが出来るのかもしれない。

でも、その関係性は果たして対等なものと言えるのだろうか。

いずれ綻びが生まれてしまうであろう、その関係性に。



「……」



それならば、秘密を明かしても問題のない、訳アリの生徒が集う高校を選択すればよかったのではないか。

純粋に気になった俺は、それを質問しようとしたが、寸前でやめた。

理由を聞かなくっても、それくらいの検討はつく。



そんな高校に進んでしまえば、周りの同学年と気兼ねなく話すことは出来るだろう。

けど、芸能関係者が数多く在籍しているとあれば、もれなくファンや取り巻きと随伴する生活を送ることになるのだ。

加えて、そんな学園生活を送る以上、周りの生徒も自分と同様に仕事を優先して、人並みとは言えない特殊な学園生活になるだろう。

学校の帰りに寄り道したり、休日に友達と遊びに行ったり、教室で雑談をしたり、そんなたわいもない学園生活の欠片もない、周囲の目を気にしながらの落ち着かない日常。

果たしてそれが、彼女の求めるありきたりな青春なのであろうか。

そんな窮屈な青春を送りたいと願うのだろうか。



「だったらさ……」



俺は自分の頭の中で導き出した最善の選択を提案する。



「俺と友達になろうよ。今みたいな関係じゃなくって、もっと気楽で、シンプルで、思い出に残るような関係にさ……」



彼女は目を開き、口元を強く結んでいた。



「いいの……?」



ただの確認でないことは俺にもわかる。

でも、対等でない現状よりも、俺は対等でありたい。

全てを知った上で、発言しているんだ。

覚悟なら出来ている。



「ああ、もちろん」



彼女を安心させるため、出来る限りの笑顔で応える。



「休日になったら一緒に映画を見たり、レストランで食事したり、ショッピングしたり、今日あったことを話し合いながら帰ったり、そんな一日を過ごしてもいいんだ……」

「______」

「だからさ、今日は楽しもうよ、二人で」



俺は手を差し伸べる。

彼女は、この一歩を待ち望んでいたのかもしれない。

自分にもできるのだ、と。



「……うん、分かった」



彼女はベンチから立ち上がり、屹立していた俺を追い抜いて、日陰から抜け出す。



「ほら、行こうよ! 映画が始まっちゃうよ!」



日に照らされる彼女の表情は、先ほどとはまるで別人のようだった。

憑き物がとれたかのように、すっきりした表情。



俺は差し出したはずの手を定位置に戻し、走る彼女を追いかける。



「ああ! 待ってくれよ!」



待たないよ、そう言いながら先を行く彼女。

寧ろ元気いっぱいだった。

と、思っていると、突然振り返って、俺が追いつくのを待ってくれた。



「どうしたの?」



不思議に思った俺は、追いつくと同時に声をかけた。



「……あのさ、友達ってことはさ、仲が良いってことでしょ?」

「……?」



質問の意図が上手く掴めなかった。

そんな俺の態度をいじらしく思ったのか、彼女は口を開いた。



「だからさ、ちゃんと呼んでよ、私の事、お前じゃなくってさ。ちゃんと名前があるんだから」



名前……



思い描いていなかった状況に整理がつかない。

いきなり名前呼びは変ではなかろうか。



「……安藤」



結局最後に日和ってしまった。

大事なところでかっこつかない自分に呆れる。



「まあ、それでいいや。じゃあ行こっか、祐介君」

「…………」



異性からいきなり名前呼びをされて、思わず胸が騒いだ。

安藤の友人に対する距離感がこんがらがっている気がする。

安藤の中で名前呼びがそれほど重要ではないとも言えるけど。



……



でも、嬉しかった。

異性と話すことはあるけど、明確に友人関係を持とうと思ったのはこれが初めてだ。

知らないもう一人の自分が背中を後押ししてくれているようだった。



「ボーっとしてないで、さっさと行くよ!」

「あ、ああ」



つい意識に集中してしまった。

目の前の時間を楽しもう。



俺は気持ちを切り替えて、再び安藤の背中を追いかけた。
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