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メイド長と御曹司 編

御曹司は報われる

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1000回目のタイムリープが終わり、何度も見慣れた光景が再び視界に広がる。

十時を指す時計の針、11月22日のままの日付、そして目の前には意中の女性。

俺はこの告白を最後にする覚悟で臨む――――――



「澄花、俺はお前のことが―――」



が、俺は思わず言葉を呑んだ。

直前になって勇気が無くなったというわけではない。

ただ、違和感を覚えたから。



「澄花……?」



目の前にいる人の名を呼ぶ。

これまでのタイムリープなら、澄花は掃除用具を片手に、俺の話を煩わしそうに聞き流していたのに。

でも今の澄花は違った。

俺が声を掛ける前からすでに掃除の手を止めて、いや、そもそも両手には何も持っていない。

両指先を合わせ、静かに俯いたまま、キュッと口元を結んで立っていた。



「…………司様、覚えてますか?」



何を言っているのか分からず、俺は無言になってしまった。

覚えているとは、一体何を差しているのか……



「もう隠さなくても良いんですよ。私、全部分かってますから」

「―――……!?」



思わず声が出そうになる。

ようやく澄花の言葉を理解してしまったから。



「な、なんで……」



動揺を悟られないように、冷静さを心掛けて尋ねる。

でも澄花は全てを見透かしていて、



「私のことが好き、なんですよね? そんなに畏まらずとも言いたいことはしっかり伝わってますよ」

「!? ち、ちが―――」

「違うのですか? あれほど好きを重ねられては誤魔化しようがないと思いますが」

「――――――」



無理だった。弁解の余地がない。

澄花は全てを知っていた。

でもいつからタイムリープを―――――― 



……もしかして最初から俺と同じようにタイムリープをしていたとでも言うのか!?



「あああの、あ、あのその……!」



ヤバい、呂律が回らない。

これまでのタイムリープ、俺が一方的に何度も初告白し続けていたはずなのに、澄花は全ての告白が初めてだったはずなのに。

けどそれは全部俺の勘違いで、澄花は何度も俺を断り続けていたのが正しい現実。

と言うことはつまり、俺は嫌がっている澄花に好き好き言い続けた頭の沸いたストーカーということに――――――



こ、これはまずい。

獅童家の跡取りとあろう者が裏ではこんな変態だったという汚名がもし広がってしまったら。

そう、俺の将来は完全に澄花の選択に左右されている、俺の弱みを澄花に握られてしまったのだ。



「す、すみません! 凄い嫌がってたのに俺めっちゃ告白しちゃってて……ほんとすみません! で、でも澄花もタイムリープしてるなんて普通思わないでしょ!? いやそもそもタイムリープなんて非日常的体験自体が有り得ないけどさ!?」

「それにしては随分とノリノリだったように見えましたが」

「ぬぐぅっ……!? そ、それはその……どうせリセットされるならと思ったらブレーキが利かなくなっちゃって……」



駄目だ。下手な言い訳は通じない。

澄花は全てを知っているのだから、今更取り繕っても意味がない。



―――素直に謝ろう。





「…………澄花、ほんとごめん。嫌がってたのに俺の都合ばかり押し付けちゃって」



俺は頭を下げる。

獅童家の人間は他人に頭を下げてはならない、そんな家訓を今だけは忘れて。



「でも俺は昔みたいに澄花と楽しくいられたら、それだけで嬉しいんだよ。立場とか身分とかそんな面倒なもの全部取っ払って、ただ純粋に好きな人と一緒に笑っていたいんだ」



心の内を全て伝える。

何度も言ってきた言葉を忘れてほしくないから。

この期に及んでまだ俺は自分の都合を押し付けている。

結局、こんな俺だから澄花に嫌われるのだろう。



「だからもう一度だけ、澄花に言いたいんだ」



それでも伝えたい衝動が抑えられない。

こんな気持ちに駆られてしまう今この瞬間がとても心地良いと思ってしまったから。



「澄花、俺は貴方のことが――――――」



好きです、そう伝えようとした。

でも直前で口元が閉じてしまう。



「…………駄目ですよ。まだ私の話は終わってませんから」



唇に当たっている感触、時間を経てようやく理解する。

これは人差し指だった。



「ん、まだ動かさないでください……本当にせっかちな人ですね、貴方は」



いつの間にか目と鼻の先まで近づいていた澄花が落ち着いた声で言う。

瞳は前髪に隠れ、口元が僅かに覗かせるのみ。

でも、いつもの白く透き通るような肌がほんのりと赤く火照っているように見えた。



「本当にせっかちですよ……せっかちで自分勝手で強引で……、でも真面目で優しくて、いつまでも昔のことを覚えてくれていて……」



振れる指に僅かに力が籠る。

身体を震わせ、なにかが頬を伝う。



「ずっと冷たい態度をとってるのに、何度も何度も嫌いと言ってるのに、昔と変わらず私に接してくれて……っ、それでも貴方を否定しなければならない私の気持ちが貴方に分かりますか……っ!?」



静かな部屋に響き渡る澄花の叫び。

途端に静寂が襲い、俺は何も言えずにいた。

澄花が蓋してきた自らの想い、本音。それを知って、俺の頭の中はぐちゃぐちゃになってしまった。



「…………一つだけ、私と約束してください。それがなければ安心できません」



呆然とする俺に対し、澄花は今にも溢れそうなものを抑えながらそう言った。



「約束って、なにを……」

「これは二人だけの秘密にしてほしいという約束です。なにがあっても私との関係を公表しない、それが条件です。その保証がないのでしたら、私はこの先の言葉を貴方に伝えることはできません」



世間体、俺には受け入れがたいものだが澄花はそれを絶対視する。

メイド長としての責務か、でもやはり俺には理解できない。



「頷くか、首を横に振るのか、どちらか選んでくださいっ」



でも澄花は望んでいる。

ならばそれだけで十分。

俺の信条など二の次、澄花のために俺はしっかりと頷いた。



すると、澄花が俺の服の袖をぎゅっと握る。

ゆっくりと顔を上げ、隠れていた瞳が露わになる。



「……ごめん不安にさせて」

「今後はもう二度と、ですからね……」



ゆっくり、ゆっくりと、澄花は自身を落ち着かせる。

苦しくなる息をどうにか落ち着かせ、そしていつもの澄花へ、いや違う。

昔のまま、あの頃の澄花に戻り、彼女は小さく伝えた。



「―――私も好きだよ、司」



最後のタイムリープを経て、俺達はようやく素直になることができたのだった。
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