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法務大臣と摂政
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太陽は沈み、月明かりと火の光のみを頼りにペンを動かす。
本来仕事は公務時間内に終わらしたかったのであるが本日予想外の事が起き仕事が思うようにはかどらず自室まで持ち帰ってしまった。
「ルカの件聞きましたか?摂政どの」
目の前ソファーに足をあげ転がりながらだるそうに言葉を放つのは法務大臣アーサーである。母譲りのきれいな金髪を伸ばし後ろで束ねている。青い瞳は見えないくらいいつも細めている。
相変わらず美しい男だと思う。
「ルカの報告は宰相のクリスティーナから昼間の公務時間に外務室で受けている」
私の皮肉を気にせず、アーサーは立ち上がり机の側までくると私の目の前にあった書類を持ちひらひらと遊ぶよう持ってからに端におく。
「オリバー寂しいの? ルカが自分の意識を伝えられたんだよ?」
自分の心が見透かされ何も言えなくなり、書く対象がなくなったペンを机に音を立てておく。
確か寂しい。人見知りが強いルカは人付き合いが苦手で様々なところで誤解をされていた。しかし、生まれた瞬間から一緒にいる叔父である私には懐いてくれた。
いつも何をするのも全て私に相談してくれた。
「相談がなかった。」
ボソリとつぶやいた私の言葉にアーサーは大笑いする。
笑いながら私の頭を乱暴になぜた。そして、頭を抱えるように抱きしめてくれた。それに素直に従い、彼の胸に額をつける。
「ルカもいつまでも子どもじゃないよ。自分で考えて行動する時期だと思うな。さっさと甥ばなれしないと。その為に家庭教師の件も手を出さなかったでしょ」
アーサーは私の頭を両手でつかみ、胸から離すと自分の顔近付ける。
彼の美しい顔が目の前にきて胸が高鳴った。鼻と鼻が触れるか触れないかの位置でまでくると普段はあまり開かれない青い目に見つめられた。
心臓が壊れると思うくらい早く動く。
「あんまり甥っ子ばかりだと、拗ねちゃうよ。」
ワザとらしく音を立てて頬に口付けをした。
触れられた場所が熱を持つのを感じた。彼から漏れる色気には私は抗うことはない。無言で彼に従う。
「お仕事終わりでしょう。その為に私室に移動して僕が手伝ってあげたんだから。」
今まで山の様にあった書類が全て片付けられている。さっきアーサーが手にした書類で最後だ。
どうも甥の事が絡むと仕事がうまく行かずアーサーの手をかりてしまう。頼りすぎなのはわかっているのかだが……。
「オリバー」
耳元で甘く囁かれると頭がはたらかなくなる。いつも、笑顔で飄々としているがこういう時だけ表情をかえ、甘い雰囲気をつくるのだ。
*****
僕は椅子に座るオリバーの手を引きベッドまでエスコートした。
真っ赤になり俯きながらも僕の手を握るオリバーはとても可愛い。結婚して長くなるが彼の可愛いさは、増していくばかりである。
はじめて会った彼はまだ幼さが残る少年であった。
王族である僕は16歳の成人になると盛大な誕生祭が行われそれ以降公務を行わなくてはならない。その特権として、国外へ行けるようになるのだ。
義務と権利というは常に一体だ。
僕は隣国パニーア共和国に行きたかった。
昔の争いから公的交流以外は関わりがないということだが、摂政である母や女王である伯母はたびたび出かけているということを知っている。
我が国とは違う文化に是非とも触れてみたい。
今日は、伯母と母について隣国へ行く。公的なものではなく友人に会いにいくだけであるため同行を許可された。
隣国といっても馬車で数時間掛かる。馬車では母と二人きりの時間を久しぶりに過ごした。
背筋を伸ばし騎士の制服を着た母が足の間に剣を持ち僕の目の前座る。その姿は摂政ではなく騎士そのものである。しかし騎士のように男くさくなく、優しい笑顔を振りまいているので格好いいと城の侍女や民に人気がある。
元々母は摂政ではなく騎士になりたかったようである。しかし、第二子として生まれた以上摂政にならないという道はない。
だが、騎士なりたいという思いを諦めることはせず、母は次期摂政として業務を行いながら騎士としての訓練および試験を受け副隊長まで上りつめた。そこで伯母が王位継承したので騎士を辞め摂政となった。
いまだに騎士の制服を着ているのは楽だからと言うが本当は未練があるのかもしれない。
「母が騎士の姿なのは騎士に未練があるのですか?」
「ドレスは動きづらいからね。」
優しく微笑み相変わらず自由な発言をする母。思い起こせば母のドレス姿を見たことがない。
「そういえばフィリップ第一王子は一緒に向かわないのですか?」
第一王子のフィリップも僕と同い年であり、半年前に誕生祭を行った。希望すれば一緒に同行することもできたと思う。彼こそ他国を見て感じた方がいいと思う。
「フィリップ? 面倒くさい。」
母は目をつぶり眉間にシワを寄せた。
面倒くさい理由は想像できたのでそれ以上聞かなかった。母も話したくないのであろう。
第一王子フィリップは色々面倒くさい。次期国王であるから言われたことは真面目に学習し、大人に指示従ういい子だ。
伯母譲りのきれいな顔している。そのため自分が動かなくとも全て事が運んでいくのだ。そのため自ら動いて学ぶという事がない。
だからこそ、僕は連れてくるべきだと思うが連れてくるまでが面倒くさいのかも知れない。
我が国の将来が心配になった。
しばらく馬車で森を走り、小さな屋敷の前で停止した。我が国でも隣国の領地でもない場所にある小さな屋敷につくと母に降りるよう指示される。
本来はどちらかの領地になる予定であったがそれで揉めたため今はそのままどこにも属さない場所となっている。
そのためこの場所は無法地帯だ。
屋敷に入ると、すでに伯母である女王がいた。彼女はいつものドレスではなく赤いワンピースにブラウスという平民の服を着ている。
「ご無沙汰しております。姉上」
母は伯母に挨拶すると、僕に袋を投げて渡した。
あまりに勢いよく投げるため落としそうになったが母はそれを気にしない。
僕に着替えるように指示をすると自分も着替えるためさっさと置いてあった袋を持ち二階へ上がっていった。
僕が戸惑っていると伯母がクスクスと笑い、着替える部屋を教えてくれた。母のやり方にはなかなか慣れない。
伯母に案内された部屋に入り、袋をあけるとグレーのズボンに黄ばんワイシャツに帽子という平民の一般的な服が入っていた。
変装するということか。
公ではない訪問と聞いていたが、僕が想像していたものとも違うらしい。
これはお忍びと言うやつである。騎士の護衛もいなく、女王と摂政、自分だけで向かうのはおかしいと思っていた。きっとただの訪問ではなく何か目的がある。
しかし何も説明がない。まぁ、最初からお忍びであると知ってもついて行ったので今と何もかわらない。
着替えて部屋をでると、そこにはすでに着替えた母がいた。
「似合うじゃないか」
僕の格好をみて楽しそうに笑う母は、ひざまでのズボンにワイシャツそして、サスペンダーという青年のようであった。母と呼んで良いものか迷う。
「グレース、いつ見ても格好いいわね。また、町娘にアピールされるわね」
クスクスと口に手を当ててからかう伯母に母は眉を下げて困ったような顔をして「好意は嬉しいのだけどね」とため息をついた。
そして、全ての荷物を置いて外にでるように僕に指示する。分からない事だらけだが隣国に入れるならと母の指示に素直に従う。
屋敷から隣国までは徒歩で向かった。あたりは木々に囲まれており昼間でも視界が悪いが、人が通ったと思われる場所がいくつもあった。それはつまり、ここを住処とする人間がいるということだ。なんのしがらみもなく、野生の様に生きるのも楽しそうだと思う。
「気を抜くなよ。死ぬよ?」
考え見透かされたようで厳しく忠告された。
事実だろう。
僕は散々母や騎士と共に訓練してきたが規則のない喧嘩に勝てるか不明である。命を懸ける戦いを僕はしたことがない。
無法地帯が楽しそうだと思うのは僕が恵まれているからだと思う。
一時間程度歩いた先に隣国の大きな門が見えた。「わぁお」嬉しさで思わず声を上げてしまい母は叩かれる。慌てて口を押さえると伯母に笑われた。今日はよく笑われる日だ。
門に着くと、門番と母が何やら話をしてお金を渡すと入国を許可された。
大きな門は開かず、横にある小さな扉から中に入る。他にも商人らしい人物が多く出入りしていた。貿易や交流が盛んなようである。
国内に入るとまず広がるのは農村だ。
広大な畑を多くの人間が耕している。その風景を見ていると母たちに置いていかれた。本当に容赦ない。慌てて母たちにかけよる。
どこまで歩いても農村が広がり、先が見えない。
今日はとてもよく歩く。だから体力のないフィリップは連れてこなかったのかと思う。
我が国を出た時には登り始めた太陽がそろそろ沈もうとしている。かなりの時間歩いていたようで僕の足もさすがに悲鳴を上げていたが母たちの速度は落ちない。おいて行かれまいと重い足を必死に動かした。その時「あそこだ」と母が大きな屋敷を指差した。
僕が目を細め母の指さす方向を見ると、農村の中にポツリと一軒ある。
そこから数キロ離れた場所に村のように家が密集して建っていた。
母たちの友人は嫌われているのだろうか。屋敷が見えてから30分以上かかり玄関に到着した。
僕は息を切らし、汗だくであるが母たちは、涼しい顔で扉をノックしている。
次は絶対にフィリップを連れてきて同じ目にあわせてやりたいと思った。あの坊ちゃんは途中で挫折するかもしれない。
それは面倒くさい。僕はフィリップの尻拭いなど絶対にいやだ。
屋敷から返事と共に扉が開く。なかから出てきた女性は黒髪に黒い瞳であったため酷く驚いた。
異国のもの。
母たちは女性に挨拶をした。
侍女にこんなに丁寧な挨拶は必要あるのかと思いながら、母にならい挨拶をする。
僕はその女性をじっと見つめてしまう。
女性は見られることに慣れているようで僕が見ている事に気づいても笑顔絶やさず屋敷の中へと案内してくれた。
母に「見過ぎ」と叩かれたが視線を外すことが出来なかった。
案内され通された部屋には金髪で青い目をしている少し運動不足な男性が立っていた。
どこかで見たことがあると思う。
「よくきたね。イサベル、グレース、そしてえっとそちらは」
ズボンの上にのった大きなお腹を揺らしながら、握手をして挨拶をした男性は僕の顔見て紹介をもとめる。
僕は本当にこの男性の顔をどこかで見たとこがあるが思い出せない。
「お招きありがとう。あれはグレースの息子よ。ドナルド」
伯母が僕を雑に紹介する。“あれ”と言われ上に名前も伝えてくれない。悲しくなりながらもう一度男性を見ると思い出した。
「あ、ドナルド・ホワイト大統領」
ドナルド殿は突然の大きな声に驚いたようだがすぐ笑顔にもどり「元だよ」と言ってくれたが母に足を踏まれた。
そして、「名乗れ」耳元で小さいが鋭い声で言われた。
母の本気の怒りを受け背筋が自然と伸びる。
「パレス王国の摂政グレース・アレクサンダー・エドワードの息子で、アーサー・アレクサンダー・グレースと申します」
「改めまして、ドナルド・ホワイト元大統領だよ。ちょいと前に大統領選に落ちてしまったからね。まぁ奥どうぞ」
大きなお腹を揺らしながら笑う。
それから、僕をテーブルのあるところまで案内した。
友人として接しているためドナルド殿は女王の伯母をエスコートしない。しかも敬称もなく普通にはなしている。
式典でのドナルド殿とは貴族のようであったが今はまるで平民のおじさんだ。
全員が席に着くのを待ってからドナルド殿は「私に聞きたいことはあるのか」と訪ねてくれた。
「隣国を知りたいからイサベル達についてきたんだろ。しかし、こんな形ですまないね。大統領じゃないから公式の場で会えないんだよね」
こんな形とは僕が平民の姿であることだろう。それとも大統領邸に招待できないことであろうか。
母たちには今日来なくてはいけなかった理由があるのだろう、
僕は我が国にはない隣国の大統領について聞くことにした。すると、ドナルド殿は丁寧教えてくれた。
「大統領とは国民が選挙で決める国の代表である。大統領を支える人も選挙で選ぶんだよ。それが議員だね。そちらの国でいう女王、摂政、宰相など政を行って居る全員を国民が選ぶ形だよね」
それは知っている話であるが僕のために教えてくれているのでドナルド殿の話に僕が素直に頷いていると、言葉をとめて腕を組みじっと僕顔をみた。
そして、にこりと笑うと自分のあごを触り何やら考えているようであった。
「教科書に載っている話じゃつまらないよね。何がいいかなぁ」
眉を寄せながら窓の外を見る。
僕も同じように窓の外に視線をやるとそこには先ほど案内してくれた異国の女性がいた。
長い黒髪を後ろで結び花壇に水をあげている。
黒髪の民がいる国はここから船で半月以上掛かる国である。我が国と隣国は島国であるから他国へ行くのが大変なのだ。
そのため奴隷以外の異国出身の者を始めてみた。
そこまで考え、自分の考えを否定した。
「女性は奴隷か。しかし……」
我が国が輸入している奴隷に黒髪に黒い瞳を持つものはいない。
僕が発した言葉により静かになっている事に気付いた。そして、自分の思考が口から漏れていること焦った。
大人3人の顔を見わたす。今度は母に足を踏まれる事はなかったがそこにいた全員が眉を寄せ暗い顔をする。
「そうよ。アーサー」
「それが問題なんだ」
伯母に続き、母が口を開く。
背筋を伸ばし、足を綺麗に揃えている伯母に対して母は足を組みテーブル肘までついている。この中で一番えらそうな態度だ。
黒髪の奴隷がいる理由など一つしかない。
「闇市ですかね」とはっきりと伝えた。
その闇市の奴隷である彼女が、奴隷を禁止している隣国にいる理由はなんだ。
人間は珍しい者を好み、珍しい者を拒む。
ドナルド殿は大統領として人気があり初当選から今まで落選することはなかった。任期終了近くなると毎回選挙が行われる。
それに常に当選していた。
今、都市部から離れた郊外に住んでいる様子から恐らく何年も当選していない。勿論、議員も落選しているはずだ。
再度外にいるソーワ王国の女性を見ると女性の近くに彼女と同じ髪色の幼い少年がいた。
使用人が自分の子どもを職場につれてくるか?
それとも奴隷であった彼女を使用人したのではない……?
すると……。
「ソーワ王国の女性はドナルド殿の二人目の妻……?」
口してみたが考えすぎかと思い首をふる。
しかし、ドナルド殿顔をみると目と口を大きく開けて固まっている。先ほどまで険しい顔していた母が大笑いしている。
伯母の表情も先ほどより柔らかくなっている。
「面白いわね。屋敷内の事柄からそこまで導き出せるとは」
大きく息を吐いて椅子に座り直す伯母を見て「更に僕の想像話いいですか?」と前置きをいれるとドナルド殿は何度まばたきをしている。
母は楽しそうだ。
先ほどのように大笑いはしていないが笑いはとまらないようである。
伯母が頷くのを確認すると僕は話を続ける。
愛妻家と話を聞いてたドナルド殿が2人目の妻を貰うということは確実に第一夫人が関わっている。
つまり……。
「奴隷女性を連れてきたのはホワイト夫人ですね」
恐らく、奴隷女性は彼女が助けないと命に関わる状態であったのだろう。
しかし、闇市奴隷の彼女が隣国で生活するのは難しい。我が国ほどではないと思うが島国特有の外部を拒む特性は隣国にもあるはずである。
結婚そして出産が一番早く安全性に居場所を手に入れる事ができる。
しかし、それには信頼できる男性が必要であった。それもこの国の権力者かいい。
それなら誰も女性に手を出ない。
ホワイト夫人はドナルド殿を慕っているはずであるが他の女をあてがうなんて。奴隷女性にそれほどの価値があるのか。
違う。闇市出身の奴隷女性だからこそ価値があるのか。その代償払ったとしても……。
「政の世界から追い出された理由はそれですかね」
ドナルド殿は「参った」と頭をかきながらまた大きなお腹を揺らしている。
母たちは相変わらず楽しそうに僕の話を聞いている。ここまで突っ込んだ事を聞いていいのか迷う部分もあったが雰囲気で話してしまった。
「ほとんど正解だよ。まぁ、もう少ししたら政界に戻るよ」
「ちょうど現大統領のボロが出ている。ドナルド殿以外の大統領は不祥事が多かったな」
にやついた母の顔はなんとも言えない。大人の世界は色々あるのだろう。触っただけで誇りがでる人もいる。
きっと手段を選んでいるとドナルド殿に勝てないのだ。
後は彼女の容姿を受け継いだ子どもが幸せになってるといいと願う。
「ドナルド殿はあの方が好きなんですか?同情ではなくですか?」
ドナルド殿も奴隷女性もお互いに好きあって一緒にいるのか疑問に思った。生活のためとは言っても感情のない結婚はさみしいと思う。
予期しなかった質問であったようで、ドナルド殿は咳き込み頭をかきながら頷くドナルド殿は耳まで赤くなっている。
母たちがニヤニヤしてドナルド殿を見ている。馴れ初めを知っているだろう。
ドナルド殿のその反応で解答はわかったため、もう話はよいかと席を立つ事にした。
僕がいない方ができる話もあるだろうと母の顔を見るが相変わらず、ニヤニヤとドナルド殿を眺めている。
「ドナルド殿、第二夫人とお話してきてよろしいでしょうか」
ドナルド殿の承諾を得るとゆっくり立ち上がり母たちに挨拶をして部屋を出た。
あの三人から離れた事で緊張がとけ、胸をなでおろす。
ある程度この国の事を聞く事ができたし、そろそろ退室する頃合いだと感じた。護衛なしのお忍びでの入国。
恐らく僕に聞かれたくない話もあるだろう。
照れるドナルド殿はなんだか可愛かった。
ドナルド殿はあの女性の事が好きなんだろうが女性はどうなんだろう。
仕方なくドナルド殿と結婚したのなら可哀想だ。周囲の者は丁寧に接しているようであるが第二夫人である。
一夫多妻は我が国では考えられないが、その代わり妾や不倫をするものいるから同じだと思ったが、妻とした方が権利がもらえるから有利だと感じた。
国より規則が違うのがとても面白い。ここにきた意味があった。
屋敷から外に出ると花壇の所に女性とその子どもの影があった。
早く話したいと急ぐ気持ちを我慢してなるべく相手に警戒されないように声をかける。
「ドナルド殿の奥方でしょうか」
二人がこちらを振り向いた。大声出さず会話ができるくらいの位置で足を止める。
あまり近づきすぎると怖がられるかと思った。元奴隷との接し方がよく分からないが、警戒されないようなるべく優しく挨拶をすることにした。
「お初にお目に掛かります。隣国パレスの摂政グレース・アレクサンダー・エドワードの息子、アーサー・アレクサンダー・グレースです。先ほど案内して頂きましたのに大した挨拶もせず失礼致しました」
あの時は彼女を侍女だと思っていた。本当に失礼な事をしたと反省する。
僕が名乗ると女性は姿勢を正しスカートを持ち深々と頭を下げる。少年も頭だけ一瞬下げた。
「お初にお目にかかります。ドナルド・ホワイトの妻、リン・ホワイトでございます。こちらは息子のオリバー・ホワイトでございます。娘と第一夫人の子どもは只今不在で挨拶できず申し訳ありません」
僕が王族とわかっているはずであるが堂々した態度は流石、元大統領の夫人であると思う。
ホワイト第二夫人は美しい女性である。黒髪に黒い瞳は珍しいがとても美しいかった。
更に注目すべきはオリバーだ。
夫人の腰くらいの身長であるオリバーも夫人と同じ黒髪に黒い瞳をしてる。
ドナルド殿の血が入ってるせいか肌はホワイト第二夫人より白く透き通るようである。
島民の肌も白いが太陽に負けてしまうようで年齢と共に染みが増えていく。しかし、ホワイト第二夫人もオリバーも染み一つない肌をしている。
オリバーの黒い瞳がチラチラと僕を見る。不信に思われているのかもしれないが、そんなオリバーの表情も可愛くて堪らない。
是非とも声聞きたい。
「何かご用意でしょうか」
ホワイト第二夫人に声を掛けられて、自分が挨拶後何も言っていないことに気づき焦った。
オリバーに魅入ってしまいホワイト第二夫人の存在を忘れていたのだ。
息子を余りにじっくりと見てしまったせいか、ホワイト第二夫人に警戒されたかもしれない。
「失礼致しました。ホワイト第二夫人。少しお話をしたく伺いました」
「リンで構いません。私の祖国の事でしょうか?」
優しく微笑む彼女からは少し疲れを感じた。
ソーワ王国特有の容姿を持つ彼女はよく質問攻めに会うのだろう。
勿論僕もあの国の事を知りたいと思った。しかしそれ以上に今はオリバーを知りたい。
せめて声を聞きたい。
さっきまで瞬きせずに僕を見ていたオリバーだが目が乾いたようで瞬きをして目をこすっていた。その愛らしさに思わず顔緩む。
「オリバーと話したいのですか?子どもが好きなんですね」
返事をせずオリバーに夢中になっている僕に気づき口手を当てて苦笑した。
そしてオリバーをつれて手を伸ばせば触れる距離まできてくれた。僕は慌ててホワイト第二夫人に視線をうつす。
「申し訳ありません。えっと、僕に敬語は不要です。リンと呼びますからアーサーと呼んで下さい」
リンにそう告げるとリンは目を大きくしたがチラリと上を見るとすぐに、微笑んだ。そして頷く。
僕はリンが頷いたのを確認すると、オリバーと視線を合わせるようにしゃがんだ。オリバーは緊張しているのか母のスカートをキュッとにぎっている。
「勿論オリバーもそう呼んでくれると嬉しい」
オリバーは戸惑った顔をして母のスカートにぎった小さな手に力をいれた。怖がらせてしまったと思ったが、恥ずかしそうに目をキョロキョロさせたオリバーの小さな口から可愛らしい声が聞こえた。
「アーサー」
天使。
可愛らしい容姿に愛らしい声の為思わず叫びそうになり、胸を押さえる。僕の呼吸が荒くなった。
「あ、大丈夫?苦しい?」
オリバーは母から手を離すと、顔を傾け僕の顔を心配そうに覗いてくる。
顔が近い、今にも鼻同士がくっつきそうだ。
僕の様子からオリバーは体調が悪いと思ったらしく背中をさすってくれる。
「大丈夫。ありがとう」
無理やり気持ちを落ち着かせ、オリバーに礼をいいながら顔あげるとリンが上を見て口を動かしている。
視線の先に先ほどいた部屋の窓がある。
そこにいたのは母だ。母は口の動きだけでリンと会話している。
そして、はっきり『ほっとけ』とリンに伝えていた。リンは頷くとまだしゃがみこんでいる僕と心配そうにしてるオリバーに「ごゆっくり」と言って去って言ってしまった。
か弱い元奴隷の女性と言う印象は崩れた。リンは母と同じニオイがする。
今、僕の横で不安そうに眉を寄せる少年だけが味方な気がした。
本来仕事は公務時間内に終わらしたかったのであるが本日予想外の事が起き仕事が思うようにはかどらず自室まで持ち帰ってしまった。
「ルカの件聞きましたか?摂政どの」
目の前ソファーに足をあげ転がりながらだるそうに言葉を放つのは法務大臣アーサーである。母譲りのきれいな金髪を伸ばし後ろで束ねている。青い瞳は見えないくらいいつも細めている。
相変わらず美しい男だと思う。
「ルカの報告は宰相のクリスティーナから昼間の公務時間に外務室で受けている」
私の皮肉を気にせず、アーサーは立ち上がり机の側までくると私の目の前にあった書類を持ちひらひらと遊ぶよう持ってからに端におく。
「オリバー寂しいの? ルカが自分の意識を伝えられたんだよ?」
自分の心が見透かされ何も言えなくなり、書く対象がなくなったペンを机に音を立てておく。
確か寂しい。人見知りが強いルカは人付き合いが苦手で様々なところで誤解をされていた。しかし、生まれた瞬間から一緒にいる叔父である私には懐いてくれた。
いつも何をするのも全て私に相談してくれた。
「相談がなかった。」
ボソリとつぶやいた私の言葉にアーサーは大笑いする。
笑いながら私の頭を乱暴になぜた。そして、頭を抱えるように抱きしめてくれた。それに素直に従い、彼の胸に額をつける。
「ルカもいつまでも子どもじゃないよ。自分で考えて行動する時期だと思うな。さっさと甥ばなれしないと。その為に家庭教師の件も手を出さなかったでしょ」
アーサーは私の頭を両手でつかみ、胸から離すと自分の顔近付ける。
彼の美しい顔が目の前にきて胸が高鳴った。鼻と鼻が触れるか触れないかの位置でまでくると普段はあまり開かれない青い目に見つめられた。
心臓が壊れると思うくらい早く動く。
「あんまり甥っ子ばかりだと、拗ねちゃうよ。」
ワザとらしく音を立てて頬に口付けをした。
触れられた場所が熱を持つのを感じた。彼から漏れる色気には私は抗うことはない。無言で彼に従う。
「お仕事終わりでしょう。その為に私室に移動して僕が手伝ってあげたんだから。」
今まで山の様にあった書類が全て片付けられている。さっきアーサーが手にした書類で最後だ。
どうも甥の事が絡むと仕事がうまく行かずアーサーの手をかりてしまう。頼りすぎなのはわかっているのかだが……。
「オリバー」
耳元で甘く囁かれると頭がはたらかなくなる。いつも、笑顔で飄々としているがこういう時だけ表情をかえ、甘い雰囲気をつくるのだ。
*****
僕は椅子に座るオリバーの手を引きベッドまでエスコートした。
真っ赤になり俯きながらも僕の手を握るオリバーはとても可愛い。結婚して長くなるが彼の可愛いさは、増していくばかりである。
はじめて会った彼はまだ幼さが残る少年であった。
王族である僕は16歳の成人になると盛大な誕生祭が行われそれ以降公務を行わなくてはならない。その特権として、国外へ行けるようになるのだ。
義務と権利というは常に一体だ。
僕は隣国パニーア共和国に行きたかった。
昔の争いから公的交流以外は関わりがないということだが、摂政である母や女王である伯母はたびたび出かけているということを知っている。
我が国とは違う文化に是非とも触れてみたい。
今日は、伯母と母について隣国へ行く。公的なものではなく友人に会いにいくだけであるため同行を許可された。
隣国といっても馬車で数時間掛かる。馬車では母と二人きりの時間を久しぶりに過ごした。
背筋を伸ばし騎士の制服を着た母が足の間に剣を持ち僕の目の前座る。その姿は摂政ではなく騎士そのものである。しかし騎士のように男くさくなく、優しい笑顔を振りまいているので格好いいと城の侍女や民に人気がある。
元々母は摂政ではなく騎士になりたかったようである。しかし、第二子として生まれた以上摂政にならないという道はない。
だが、騎士なりたいという思いを諦めることはせず、母は次期摂政として業務を行いながら騎士としての訓練および試験を受け副隊長まで上りつめた。そこで伯母が王位継承したので騎士を辞め摂政となった。
いまだに騎士の制服を着ているのは楽だからと言うが本当は未練があるのかもしれない。
「母が騎士の姿なのは騎士に未練があるのですか?」
「ドレスは動きづらいからね。」
優しく微笑み相変わらず自由な発言をする母。思い起こせば母のドレス姿を見たことがない。
「そういえばフィリップ第一王子は一緒に向かわないのですか?」
第一王子のフィリップも僕と同い年であり、半年前に誕生祭を行った。希望すれば一緒に同行することもできたと思う。彼こそ他国を見て感じた方がいいと思う。
「フィリップ? 面倒くさい。」
母は目をつぶり眉間にシワを寄せた。
面倒くさい理由は想像できたのでそれ以上聞かなかった。母も話したくないのであろう。
第一王子フィリップは色々面倒くさい。次期国王であるから言われたことは真面目に学習し、大人に指示従ういい子だ。
伯母譲りのきれいな顔している。そのため自分が動かなくとも全て事が運んでいくのだ。そのため自ら動いて学ぶという事がない。
だからこそ、僕は連れてくるべきだと思うが連れてくるまでが面倒くさいのかも知れない。
我が国の将来が心配になった。
しばらく馬車で森を走り、小さな屋敷の前で停止した。我が国でも隣国の領地でもない場所にある小さな屋敷につくと母に降りるよう指示される。
本来はどちらかの領地になる予定であったがそれで揉めたため今はそのままどこにも属さない場所となっている。
そのためこの場所は無法地帯だ。
屋敷に入ると、すでに伯母である女王がいた。彼女はいつものドレスではなく赤いワンピースにブラウスという平民の服を着ている。
「ご無沙汰しております。姉上」
母は伯母に挨拶すると、僕に袋を投げて渡した。
あまりに勢いよく投げるため落としそうになったが母はそれを気にしない。
僕に着替えるように指示をすると自分も着替えるためさっさと置いてあった袋を持ち二階へ上がっていった。
僕が戸惑っていると伯母がクスクスと笑い、着替える部屋を教えてくれた。母のやり方にはなかなか慣れない。
伯母に案内された部屋に入り、袋をあけるとグレーのズボンに黄ばんワイシャツに帽子という平民の一般的な服が入っていた。
変装するということか。
公ではない訪問と聞いていたが、僕が想像していたものとも違うらしい。
これはお忍びと言うやつである。騎士の護衛もいなく、女王と摂政、自分だけで向かうのはおかしいと思っていた。きっとただの訪問ではなく何か目的がある。
しかし何も説明がない。まぁ、最初からお忍びであると知ってもついて行ったので今と何もかわらない。
着替えて部屋をでると、そこにはすでに着替えた母がいた。
「似合うじゃないか」
僕の格好をみて楽しそうに笑う母は、ひざまでのズボンにワイシャツそして、サスペンダーという青年のようであった。母と呼んで良いものか迷う。
「グレース、いつ見ても格好いいわね。また、町娘にアピールされるわね」
クスクスと口に手を当ててからかう伯母に母は眉を下げて困ったような顔をして「好意は嬉しいのだけどね」とため息をついた。
そして、全ての荷物を置いて外にでるように僕に指示する。分からない事だらけだが隣国に入れるならと母の指示に素直に従う。
屋敷から隣国までは徒歩で向かった。あたりは木々に囲まれており昼間でも視界が悪いが、人が通ったと思われる場所がいくつもあった。それはつまり、ここを住処とする人間がいるということだ。なんのしがらみもなく、野生の様に生きるのも楽しそうだと思う。
「気を抜くなよ。死ぬよ?」
考え見透かされたようで厳しく忠告された。
事実だろう。
僕は散々母や騎士と共に訓練してきたが規則のない喧嘩に勝てるか不明である。命を懸ける戦いを僕はしたことがない。
無法地帯が楽しそうだと思うのは僕が恵まれているからだと思う。
一時間程度歩いた先に隣国の大きな門が見えた。「わぁお」嬉しさで思わず声を上げてしまい母は叩かれる。慌てて口を押さえると伯母に笑われた。今日はよく笑われる日だ。
門に着くと、門番と母が何やら話をしてお金を渡すと入国を許可された。
大きな門は開かず、横にある小さな扉から中に入る。他にも商人らしい人物が多く出入りしていた。貿易や交流が盛んなようである。
国内に入るとまず広がるのは農村だ。
広大な畑を多くの人間が耕している。その風景を見ていると母たちに置いていかれた。本当に容赦ない。慌てて母たちにかけよる。
どこまで歩いても農村が広がり、先が見えない。
今日はとてもよく歩く。だから体力のないフィリップは連れてこなかったのかと思う。
我が国を出た時には登り始めた太陽がそろそろ沈もうとしている。かなりの時間歩いていたようで僕の足もさすがに悲鳴を上げていたが母たちの速度は落ちない。おいて行かれまいと重い足を必死に動かした。その時「あそこだ」と母が大きな屋敷を指差した。
僕が目を細め母の指さす方向を見ると、農村の中にポツリと一軒ある。
そこから数キロ離れた場所に村のように家が密集して建っていた。
母たちの友人は嫌われているのだろうか。屋敷が見えてから30分以上かかり玄関に到着した。
僕は息を切らし、汗だくであるが母たちは、涼しい顔で扉をノックしている。
次は絶対にフィリップを連れてきて同じ目にあわせてやりたいと思った。あの坊ちゃんは途中で挫折するかもしれない。
それは面倒くさい。僕はフィリップの尻拭いなど絶対にいやだ。
屋敷から返事と共に扉が開く。なかから出てきた女性は黒髪に黒い瞳であったため酷く驚いた。
異国のもの。
母たちは女性に挨拶をした。
侍女にこんなに丁寧な挨拶は必要あるのかと思いながら、母にならい挨拶をする。
僕はその女性をじっと見つめてしまう。
女性は見られることに慣れているようで僕が見ている事に気づいても笑顔絶やさず屋敷の中へと案内してくれた。
母に「見過ぎ」と叩かれたが視線を外すことが出来なかった。
案内され通された部屋には金髪で青い目をしている少し運動不足な男性が立っていた。
どこかで見たことがあると思う。
「よくきたね。イサベル、グレース、そしてえっとそちらは」
ズボンの上にのった大きなお腹を揺らしながら、握手をして挨拶をした男性は僕の顔見て紹介をもとめる。
僕は本当にこの男性の顔をどこかで見たとこがあるが思い出せない。
「お招きありがとう。あれはグレースの息子よ。ドナルド」
伯母が僕を雑に紹介する。“あれ”と言われ上に名前も伝えてくれない。悲しくなりながらもう一度男性を見ると思い出した。
「あ、ドナルド・ホワイト大統領」
ドナルド殿は突然の大きな声に驚いたようだがすぐ笑顔にもどり「元だよ」と言ってくれたが母に足を踏まれた。
そして、「名乗れ」耳元で小さいが鋭い声で言われた。
母の本気の怒りを受け背筋が自然と伸びる。
「パレス王国の摂政グレース・アレクサンダー・エドワードの息子で、アーサー・アレクサンダー・グレースと申します」
「改めまして、ドナルド・ホワイト元大統領だよ。ちょいと前に大統領選に落ちてしまったからね。まぁ奥どうぞ」
大きなお腹を揺らしながら笑う。
それから、僕をテーブルのあるところまで案内した。
友人として接しているためドナルド殿は女王の伯母をエスコートしない。しかも敬称もなく普通にはなしている。
式典でのドナルド殿とは貴族のようであったが今はまるで平民のおじさんだ。
全員が席に着くのを待ってからドナルド殿は「私に聞きたいことはあるのか」と訪ねてくれた。
「隣国を知りたいからイサベル達についてきたんだろ。しかし、こんな形ですまないね。大統領じゃないから公式の場で会えないんだよね」
こんな形とは僕が平民の姿であることだろう。それとも大統領邸に招待できないことであろうか。
母たちには今日来なくてはいけなかった理由があるのだろう、
僕は我が国にはない隣国の大統領について聞くことにした。すると、ドナルド殿は丁寧教えてくれた。
「大統領とは国民が選挙で決める国の代表である。大統領を支える人も選挙で選ぶんだよ。それが議員だね。そちらの国でいう女王、摂政、宰相など政を行って居る全員を国民が選ぶ形だよね」
それは知っている話であるが僕のために教えてくれているのでドナルド殿の話に僕が素直に頷いていると、言葉をとめて腕を組みじっと僕顔をみた。
そして、にこりと笑うと自分のあごを触り何やら考えているようであった。
「教科書に載っている話じゃつまらないよね。何がいいかなぁ」
眉を寄せながら窓の外を見る。
僕も同じように窓の外に視線をやるとそこには先ほど案内してくれた異国の女性がいた。
長い黒髪を後ろで結び花壇に水をあげている。
黒髪の民がいる国はここから船で半月以上掛かる国である。我が国と隣国は島国であるから他国へ行くのが大変なのだ。
そのため奴隷以外の異国出身の者を始めてみた。
そこまで考え、自分の考えを否定した。
「女性は奴隷か。しかし……」
我が国が輸入している奴隷に黒髪に黒い瞳を持つものはいない。
僕が発した言葉により静かになっている事に気付いた。そして、自分の思考が口から漏れていること焦った。
大人3人の顔を見わたす。今度は母に足を踏まれる事はなかったがそこにいた全員が眉を寄せ暗い顔をする。
「そうよ。アーサー」
「それが問題なんだ」
伯母に続き、母が口を開く。
背筋を伸ばし、足を綺麗に揃えている伯母に対して母は足を組みテーブル肘までついている。この中で一番えらそうな態度だ。
黒髪の奴隷がいる理由など一つしかない。
「闇市ですかね」とはっきりと伝えた。
その闇市の奴隷である彼女が、奴隷を禁止している隣国にいる理由はなんだ。
人間は珍しい者を好み、珍しい者を拒む。
ドナルド殿は大統領として人気があり初当選から今まで落選することはなかった。任期終了近くなると毎回選挙が行われる。
それに常に当選していた。
今、都市部から離れた郊外に住んでいる様子から恐らく何年も当選していない。勿論、議員も落選しているはずだ。
再度外にいるソーワ王国の女性を見ると女性の近くに彼女と同じ髪色の幼い少年がいた。
使用人が自分の子どもを職場につれてくるか?
それとも奴隷であった彼女を使用人したのではない……?
すると……。
「ソーワ王国の女性はドナルド殿の二人目の妻……?」
口してみたが考えすぎかと思い首をふる。
しかし、ドナルド殿顔をみると目と口を大きく開けて固まっている。先ほどまで険しい顔していた母が大笑いしている。
伯母の表情も先ほどより柔らかくなっている。
「面白いわね。屋敷内の事柄からそこまで導き出せるとは」
大きく息を吐いて椅子に座り直す伯母を見て「更に僕の想像話いいですか?」と前置きをいれるとドナルド殿は何度まばたきをしている。
母は楽しそうだ。
先ほどのように大笑いはしていないが笑いはとまらないようである。
伯母が頷くのを確認すると僕は話を続ける。
愛妻家と話を聞いてたドナルド殿が2人目の妻を貰うということは確実に第一夫人が関わっている。
つまり……。
「奴隷女性を連れてきたのはホワイト夫人ですね」
恐らく、奴隷女性は彼女が助けないと命に関わる状態であったのだろう。
しかし、闇市奴隷の彼女が隣国で生活するのは難しい。我が国ほどではないと思うが島国特有の外部を拒む特性は隣国にもあるはずである。
結婚そして出産が一番早く安全性に居場所を手に入れる事ができる。
しかし、それには信頼できる男性が必要であった。それもこの国の権力者かいい。
それなら誰も女性に手を出ない。
ホワイト夫人はドナルド殿を慕っているはずであるが他の女をあてがうなんて。奴隷女性にそれほどの価値があるのか。
違う。闇市出身の奴隷女性だからこそ価値があるのか。その代償払ったとしても……。
「政の世界から追い出された理由はそれですかね」
ドナルド殿は「参った」と頭をかきながらまた大きなお腹を揺らしている。
母たちは相変わらず楽しそうに僕の話を聞いている。ここまで突っ込んだ事を聞いていいのか迷う部分もあったが雰囲気で話してしまった。
「ほとんど正解だよ。まぁ、もう少ししたら政界に戻るよ」
「ちょうど現大統領のボロが出ている。ドナルド殿以外の大統領は不祥事が多かったな」
にやついた母の顔はなんとも言えない。大人の世界は色々あるのだろう。触っただけで誇りがでる人もいる。
きっと手段を選んでいるとドナルド殿に勝てないのだ。
後は彼女の容姿を受け継いだ子どもが幸せになってるといいと願う。
「ドナルド殿はあの方が好きなんですか?同情ではなくですか?」
ドナルド殿も奴隷女性もお互いに好きあって一緒にいるのか疑問に思った。生活のためとは言っても感情のない結婚はさみしいと思う。
予期しなかった質問であったようで、ドナルド殿は咳き込み頭をかきながら頷くドナルド殿は耳まで赤くなっている。
母たちがニヤニヤしてドナルド殿を見ている。馴れ初めを知っているだろう。
ドナルド殿のその反応で解答はわかったため、もう話はよいかと席を立つ事にした。
僕がいない方ができる話もあるだろうと母の顔を見るが相変わらず、ニヤニヤとドナルド殿を眺めている。
「ドナルド殿、第二夫人とお話してきてよろしいでしょうか」
ドナルド殿の承諾を得るとゆっくり立ち上がり母たちに挨拶をして部屋を出た。
あの三人から離れた事で緊張がとけ、胸をなでおろす。
ある程度この国の事を聞く事ができたし、そろそろ退室する頃合いだと感じた。護衛なしのお忍びでの入国。
恐らく僕に聞かれたくない話もあるだろう。
照れるドナルド殿はなんだか可愛かった。
ドナルド殿はあの女性の事が好きなんだろうが女性はどうなんだろう。
仕方なくドナルド殿と結婚したのなら可哀想だ。周囲の者は丁寧に接しているようであるが第二夫人である。
一夫多妻は我が国では考えられないが、その代わり妾や不倫をするものいるから同じだと思ったが、妻とした方が権利がもらえるから有利だと感じた。
国より規則が違うのがとても面白い。ここにきた意味があった。
屋敷から外に出ると花壇の所に女性とその子どもの影があった。
早く話したいと急ぐ気持ちを我慢してなるべく相手に警戒されないように声をかける。
「ドナルド殿の奥方でしょうか」
二人がこちらを振り向いた。大声出さず会話ができるくらいの位置で足を止める。
あまり近づきすぎると怖がられるかと思った。元奴隷との接し方がよく分からないが、警戒されないようなるべく優しく挨拶をすることにした。
「お初にお目に掛かります。隣国パレスの摂政グレース・アレクサンダー・エドワードの息子、アーサー・アレクサンダー・グレースです。先ほど案内して頂きましたのに大した挨拶もせず失礼致しました」
あの時は彼女を侍女だと思っていた。本当に失礼な事をしたと反省する。
僕が名乗ると女性は姿勢を正しスカートを持ち深々と頭を下げる。少年も頭だけ一瞬下げた。
「お初にお目にかかります。ドナルド・ホワイトの妻、リン・ホワイトでございます。こちらは息子のオリバー・ホワイトでございます。娘と第一夫人の子どもは只今不在で挨拶できず申し訳ありません」
僕が王族とわかっているはずであるが堂々した態度は流石、元大統領の夫人であると思う。
ホワイト第二夫人は美しい女性である。黒髪に黒い瞳は珍しいがとても美しいかった。
更に注目すべきはオリバーだ。
夫人の腰くらいの身長であるオリバーも夫人と同じ黒髪に黒い瞳をしてる。
ドナルド殿の血が入ってるせいか肌はホワイト第二夫人より白く透き通るようである。
島民の肌も白いが太陽に負けてしまうようで年齢と共に染みが増えていく。しかし、ホワイト第二夫人もオリバーも染み一つない肌をしている。
オリバーの黒い瞳がチラチラと僕を見る。不信に思われているのかもしれないが、そんなオリバーの表情も可愛くて堪らない。
是非とも声聞きたい。
「何かご用意でしょうか」
ホワイト第二夫人に声を掛けられて、自分が挨拶後何も言っていないことに気づき焦った。
オリバーに魅入ってしまいホワイト第二夫人の存在を忘れていたのだ。
息子を余りにじっくりと見てしまったせいか、ホワイト第二夫人に警戒されたかもしれない。
「失礼致しました。ホワイト第二夫人。少しお話をしたく伺いました」
「リンで構いません。私の祖国の事でしょうか?」
優しく微笑む彼女からは少し疲れを感じた。
ソーワ王国特有の容姿を持つ彼女はよく質問攻めに会うのだろう。
勿論僕もあの国の事を知りたいと思った。しかしそれ以上に今はオリバーを知りたい。
せめて声を聞きたい。
さっきまで瞬きせずに僕を見ていたオリバーだが目が乾いたようで瞬きをして目をこすっていた。その愛らしさに思わず顔緩む。
「オリバーと話したいのですか?子どもが好きなんですね」
返事をせずオリバーに夢中になっている僕に気づき口手を当てて苦笑した。
そしてオリバーをつれて手を伸ばせば触れる距離まできてくれた。僕は慌ててホワイト第二夫人に視線をうつす。
「申し訳ありません。えっと、僕に敬語は不要です。リンと呼びますからアーサーと呼んで下さい」
リンにそう告げるとリンは目を大きくしたがチラリと上を見るとすぐに、微笑んだ。そして頷く。
僕はリンが頷いたのを確認すると、オリバーと視線を合わせるようにしゃがんだ。オリバーは緊張しているのか母のスカートをキュッとにぎっている。
「勿論オリバーもそう呼んでくれると嬉しい」
オリバーは戸惑った顔をして母のスカートにぎった小さな手に力をいれた。怖がらせてしまったと思ったが、恥ずかしそうに目をキョロキョロさせたオリバーの小さな口から可愛らしい声が聞こえた。
「アーサー」
天使。
可愛らしい容姿に愛らしい声の為思わず叫びそうになり、胸を押さえる。僕の呼吸が荒くなった。
「あ、大丈夫?苦しい?」
オリバーは母から手を離すと、顔を傾け僕の顔を心配そうに覗いてくる。
顔が近い、今にも鼻同士がくっつきそうだ。
僕の様子からオリバーは体調が悪いと思ったらしく背中をさすってくれる。
「大丈夫。ありがとう」
無理やり気持ちを落ち着かせ、オリバーに礼をいいながら顔あげるとリンが上を見て口を動かしている。
視線の先に先ほどいた部屋の窓がある。
そこにいたのは母だ。母は口の動きだけでリンと会話している。
そして、はっきり『ほっとけ』とリンに伝えていた。リンは頷くとまだしゃがみこんでいる僕と心配そうにしてるオリバーに「ごゆっくり」と言って去って言ってしまった。
か弱い元奴隷の女性と言う印象は崩れた。リンは母と同じニオイがする。
今、僕の横で不安そうに眉を寄せる少年だけが味方な気がした。
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