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「あ……」
悠が頭を上げると、河沼一香がいた。こちらには気づいてないようで、子ども遊んでいる。
誰の子どもかと気になったが、声をかけるつもりはなかった。すると、背後で気配を感じた。驚いて振り向くと、スマートフォンを片手にした木山恵がいた。
驚いて声をあげようとすると、口を抑えられた。
「……」
悠は気持ちを落ち着かせると『静かにする』と言う意味で軽く頷くと木山恵の手を叩いた。すると手をすぐに放してくれた。
「何しているの?」
小さな声で聞くと、木山恵はゆっくりと河沼一香を指さした。
「イチはバイトしている。だから見守っている」
単調な話し方であり感情が見えない。まるでロボのようであった。
「……授業ないの?」
「イチがバイトしてる。入れるわけがない。あの子ども父親しかいない。危険だ」
「……はぁ」
ようは監視をしているらしい。
ふと、河沼一香と目があった。向こうは驚いているようで何度か瞬きしていたが、直ぐに子どもの方に目を向けた。
「いつも見ているの?」
「……できる限りは」
木山恵が持っているスマートフォンの画面を見て驚愕した。
「ねぇ、それ」悠が指さすと彼女は頷いた。
「これでイチの位置だけじゃなくて、歩数、呼吸回数も分かる」
「こわ」
木山恵の感情の重さにひいた。
「怖くない。彼女を守るためには当たり前のことだ」
悪びれる事なくはっきりと言った。
「……当たり前の?」
「あぁ、愛情だ」
 河沼一香を正樹に置き換えると納得できた。悠も正樹の行動は全て知りたいと思った。けど、それが正樹にバレれて嫌われるのは嫌だった。
「可沼さんはなんて言っているの?」
「『構わない』と。イチは僕に隠し事をしない」
 二人の関係が羨ましかった。
「……そっか。それってどうやっての?」
「アプリでもできるが性能が悪い。だから、別途GPSを契約している。それとスマートウォッチをイチはつけているから」
そう言って、スマートフォンの画面を見ながら丁寧に教えてくれた。
「お前も正樹につければいい」
「え……」そうしたいが、戸惑いがあった。「いいのかな」
「恋人になったなら、構わないだろ。相手の全てを知りたいと言うのは当たり前の感情だ」
さも常識的な事であると語られた。木山恵と話しているとソレが当然のような感覚に襲われた。
「でも、正樹君の連絡先も知らなくて」
「そうか。スマートフォンかせ」
「え……いや。その……」
困っていると、木山恵は悠のポケットにあったスマートフォンを指さした。
悠は少し考えてからスマートフォンロックを解除し渡した。
木山恵と正樹の連絡先を手に入れた。
彼女は危ない思考を持っているが、敵対するような立場にはいない。
「アプリ送った。使ってみろ」
 スマートフォンを受け取ると頷いた。
「うん……」
言われた通りに、アプリをインストールした。その間に、木山恵は河沼一香をカメラで写真を取りながら自分のスマートフォン操作していた。実に器用な動きであった。
そんな木山恵をじっと見たが、とても女には見えなかった。
ふと自分のスマートフォンを見ると、『近藤正樹』と言う名前が出てき、承諾ボタンがあらわれた。それを押すと正樹の位置を示す表示が出た。
「ん?」
突然の事に目をパチクリさせていると、木山恵が「正樹にいれさせた」と言った。これでお互いの現在位置がわかるらしい。
こんな事を正樹に依頼する木山恵も不思議であったが、直ぐに承諾する正樹にも驚かされた。しかし、悠とっては嬉しいことであるため否定はしなかった。
「問題ないか?」
「うん。学校にいるみたい」
「だろうな。もう午後の授業が始まっている」
「あっ」
無断で授業を欠席したことに罪悪感を持った。しかし、木山恵と会え、このアプリを手に入れられたのは幸運だった。
「まぁ、そういう日もある」
寛容なのか興味ないのかさっぱりと分からない。木山恵はつかみようがない。
「じゃ、僕は帰る」
「僕……?」
木山恵の一人称に首を傾げた。彼女は男になりたいとわけではないと聞いた。しかし、その一人称は男を装っているように思えた。
「変か?」
「いえ、女性だと聞いたので」
「あぁ」木山恵は頷いた。「僕はどんな格好をしても男にみえるらしい」
悠は、正樹に見せてもらった木山恵の高校時代の写真を思い出した。
「改まった場所以外で『私』と言うと妙な空気になる」
悠は木山恵が女だと知っているから『僕』と一人称に違和感があったが知らなければ特に気はしない。
「イチの隣に堂々といるためだ。イチは可愛いいからすぐに声を掛けられる。この恰好の方が守りやすい」木山恵ははっきりと言った。
それでは木山恵自身が女性としての楽しみが奪われているのではないとかと心配した。
「男になりたくないのにいいの? 可愛い服着られないよ」
「それはお前の思考。僕は服なんてどうでもいい。イチと一緒にいられるならなんでもいい」
悠はハッとして「ごめんなさい」とすぐに謝罪した。
生まれた時の性別で常識や好みを押し付けられるのは苦痛を良く知っているのにやってしまった。
「別にいい。本当に行くから」焦っている様子であった。彼女はスマートフォンの画面を確認すると舌打ちをしてその場を離れた。
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